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トロヴァトーレ

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第二幕その一


第二幕その一

                  第二幕 ジプシーの女
 二人の決闘から暫く時が流れた。その間戦いもあり内乱は今も尚続いていた。人々はそんな中においてもそれぞれの生活を送っていた。
 それはジプシー達も同じであった。放浪の民である彼等にも生活があるのである。
 彼等は山のふもとに集まっていた。そしてそこで時が来るのを待っていた。
「見ろ、夜が明けたぞ」
 誰かが言った。夜の帳が脱ぎ捨てられ空がその衣を変えていた。
「後家さんが喪服を脱ぐようだ。そして俺達の一日がはじまる」
「おう」
 他の者達がそれに合わせる。
「さあ、仕事だ。仕事をはじめるぞ。皆道具を手に持て!」
「よし!」
 ジプシー達はそれぞれの道具を手にした。そしてそれを打ち叩く。
「女達よ、俺達ジプシーの生活を彩ってくれる女達よ」
「呼んだかい!?」
 ここで女達も姿を現わした。
「酒をくれ。景気付けにな」
「あいよ」
 それぞれに杯を手渡す。そこにはワインが入っている。
「飲むぞ、太陽が入っているこの葡萄の美酒を」
「よしきた!」
 頭領らしき壮年の男の言葉に従い皆それを一気に飲み干す。
「じゃあ行くぞ。今日も一日仕事だ」
「おう!」
 皆元気に山を降りていく。男も女も。だが一人そこに残っている者がいた。
 それは一人の中年の女であった。三十代後半程のジプシーの女であった。色は浅黒く、髪はまるで暗闇の様に黒い。その黒い瞳は何かを見て怯えているようである。そしてその顔も整ってはいるがやはり何かに怯えているようであった。そして同時に憎悪、狂気も漂わせていた。彼女はもう弱くなった焚火の前に一人座っていた。うずくまるように。
「火が燃えている」
 女は目の前に残る焚火の残りを見ながら呟いた。
「あの時もそうだった。勢いづいた人の波が火に向かって駆けて行った。嬉しそうな顔で」
 呟く度にその顔が恐怖に歪んでいく。目の光には狂気も混ざっている。
「喜びの声の中一人の女が引き立てられていった。忌まわしい地獄の業火に向かって」
 頭を抱えた。
「炎はさらに燃え上がる。生け贄を求めて天まで燃え盛り。人々はその炎を見てさらに叫ぶ、殺せ、殺せ、と」
 息が荒くなっていく。目が血走っていた。
「女はそれを恐怖と絶望の顔で見ている。人々はその惨めな姿を見てさらに笑う。天罰だ、と」
「一体どうしたんだい、母さん」
 ここで後ろから一人の男が姿を現わした。
「またうなされていたのかい?」
「マンリーコ」
 女は後ろに現われたマンリーコに顔を向けた。マンリーコは彼女の隣に来て座った。
「起きていたのかい」
「皆の声でね」
 彼は笑ってそう答えた。
「あれだけ騒げばね」
「そうだったのかい」
「ああ」
 彼はそれに答えた。
「皆もう行ったんだね」
「そうだよ、仕事にね」
「俺も傷が癒えたら行かなくちゃならないけれど」
「けれどそれにはまだ早いよ」
 だが女はここでマンリーコを止めた。
「御前の傷はかなり深かったからね。用心おしよ」
「わかってるよ」
 マンリーコは優しい笑みを浮かべてそれに応えた。
「自重しているよ。母さんの為だたらね」
「わかっていればいいんだよ」
 女はそれを聞いて目を細めた。
「御前は何といってもこのアズチェーナの大切なたった一人の息子だからね」
「うん」
「だからね、決して無茶はするんじゃないよ」
「それは無理かも知れないけれど」
 マンリーコは少し悲しい顔になった。
「俺は騎士だからね」
「そうかい」
 アズチェーナもそれを聞き悲しい顔になった。
「ところで」
「何だい?」
 マンリーコは問うてきた。
「さっきの独り言だけれど」
「ああ、あれかい」
「前からよく言っているよね。あれは一体何なんだい?」
「昔の話さ、昔のね」
「昔の」
「そうさ、御前にはまだ何も話してはいなかったか」
「寝言でよく聞いてはいたけれど。前から気にはなっていたよ」
「そうかい。聞きたいかい、この話」
「よかったら」
 マンリーコはせがんだ。
「是非聞かしてくれないかい」
「わかったよ」
 アズチェーナはそれを聞いて頷いた。
「御前は小さい時からいつも外に出ていた。だから話す機会もなかったしね」
「うん」
「じゃあ話すよ。この話を」
 異様に長い前置きであった。
「あの忌まわしい話を、御前のお婆さん、私のいとおしいお母さんの最後をね」
「ああ」
 マンリーコは頷いた。その顔からはもう笑みが消えていた。
 
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