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トロヴァトーレ

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第二幕その六


第二幕その六

「あの方がもうおられないのなら。俗世にいる意味はないわ」
「そして祭壇に身を捧げられるのですね」
「ええ」
 レオノーラは頷いた。
「最早私の望みはそれしかありません」
「それはならぬ」
 ここで伯爵が木の陰から姿を現わした。
「伯爵」
「貴女には婚礼の為の祭壇しか必要ない」
「何を仰るのですか!?」
「それは」
 レオノーラのその問いに答えるかのように彼の後ろにフェルランドと兵士達が姿を現わす。
「こういうことだ」
「まさか!」
「その通りだ」
 イネスの驚きの声に答えた。
「では来るのだ。私の手の中に」
「あああ・・・・・・」
 驚きと恐怖で身体が動かなくなった。伯爵はそれを知っているのかゆっくりと近付いて来る。それがレオノーラの恐怖をさらに高めていた。だがその時であった。
「待て!」
 不意に誰かの声がした。
「ヌッ!」
「その声は!」
 それを聞いた伯爵とレオノーラは同時に声がした方に顔を向けた。そこには白銀の満月を背にしたマンリーコが立っていた。
「マンリーコ様」
 レオノーラが彼の姿を認め喜びの声を漏らす。
「伯爵、無体は許さんぞ」
「フン」
 しかし彼を見ても伯爵は怖気づいてはいなかった。
「死人が何を言うか」
「生憎だが私は生きている」
 彼はそう返した。
「今その証拠を見せようか。地獄に私がいるかどうか」
「面白い」
 伯爵は彼と正対して笑った。
「一人で何をするつもりか」
「誰が一人と言った」
「何!?」
 その時だった。マンリーコの後ろから一斉に叫び声があがった。
「何っ!」
 それを聞いた伯爵とフェルランド達は思わず声をあげた。見ればそこには兵士達がいたのだ。
「貴様の手勢か」
「如何にも」
 マンリーコは答えた。
「これで五分と五分だ。だが私にあって貴様にないものがある」
「それは何だ」
「彼女の愛と」
「ヌウウ」
 それを聞いた伯爵の顔が歪んだ。
「神の御加護だ。それがあるからこそ今私はここにいるのだ」
「それが何時までも続くと思っているのか」
「無論」
 マンリーコも負けてはいなかった。
「ならば今それを見せようか」
「望むところ」
 両者は剣を抜いた。双方の後ろに控える者達も同じだ。そしてレオノーラを挟んで激しく睨み合う。
「死にたいようだな」
「それは貴様にそのまま返そう」
 相変わらず強い調子で対峙する。
「今すぐ私と彼女の前から去れ、永遠にな」
「それはこちらの台詞。彼女は私だけのものだからな」
「私のものだ」
「どうあっても引かぬつもりだな」
「無論」
「ならば剣で決めようぞ」
「望むところ」
 兵士達も前に出る。双方今まさに斬り合わんとしたその時であった。
「伯爵」
 フェルランドが彼を制した。前に出る。
「どうした」
「ここは引きましょう。神の御前です故」
「馬鹿を言え」
 だが伯爵は取り合おうとしなかった。
「今ここでこの不埒な男を成敗するのだ。その神の御前でな」
「それはわかっております。しかし」
「しかし・・・・・・何だ?」
「見たところ兵はまだいるようです。何やら気配を感じます」
「何っ」
 伯爵はそれに驚いて辺りを見回した。すると闇の中に何かが蠢いて見えた。
「まさか」
「有り得ます。もしそうだとすると今ここで戦えば我等は皆殺しに遭います」
 その危惧は当たった。彼等の右に新手が姿を現わした。
「マンリーコ、無事か!?」
 黒い髪と目をした小柄な男が姿を現わした。青い服に黒いマントを羽織っている。
「ルイス」
 マンリーコは彼の名を呼んだ。
「来てくれたのか」
「ああ。山を降りたと聞いてな。もしやと思いここに来たが」
 彼はマンリーコ達の側にまで降りてきてそう言った。その後ろには手勢がいる。
「当たりだったようだな。まさか敵さんがいたとは」
 そして伯爵達に目をやった。
「ああ。だがここは私の手勢だけで充分だ」
「いや、そういうわけにもいかない」
 助太刀を断ろうとするマンリーコに対してそう言った。
「あんたは病み上がりだ。そんな状況で戦ったら危険だ」
「しかし」
「まあここは任せてくれよ。いいな」
「・・・・・・わかった」
 マンリーコは渋々ながらそれに従った。ルイスとその手勢はマンリーコの手勢と共に伯爵達を取り囲んだ。
「さて、これで形勢は変わったわけだが」
 ルイスは伯爵達を見据えて言った。
「どうする?、剣を収めるならよし。しかしまだ抜いているというのなら」
 彼はそう言いながら剣で伯爵を指し示した。
「わかっているな。さあ、どうするんだい?」
「クッ・・・・・・」
 伯爵は顔を紅潮させていた。そしてその手に持つ剣を振り上げようとする。だがフェルランドはそれを止めた。
「伯爵、多勢に無勢です」
「しかし」
「機会はまたあります。ここは剣を収めましょう」
「だがここで引けば」
「少なくとも命は保てます。生きていれば必ず好機が訪れますから」
「クッ・・・・・・」
 彼も分別がないわけではない。嫌々ながらもそれに従うことにした。
「わかった。ここはそなたの言葉に従おう」
「はい」
 伯爵は剣を下ろした。そしてそれを腰に収めた。
「これでよいな」
「いかにも」
 フェルランドではなくルイスがそれに答えた。
「ではレオノーラ、貴女は」
「はい」
 彼女はそれに頷いた。そしてマンリーコの側に寄る。
「ようやく貴方の許に入ることができましたね」
「ええ」
 マンリーコは彼女を抱き締めてそれに答えた。
「この日が来るのを信じておりました」
「私もです」
 こうしてレオノーラはマンリーコの手の中に入ったのであった。それを見る伯爵の目は憎悪で燃え上がっていた。
「マンリーコ」
 彼は敵の名を呼んだ。
「このことは決して忘れはせぬぞ。必ずや貴様を地獄の業火で焼き尽くしてくれる」
「できるものならな」
 マンリーコはそれに言い返した。
「だがそれは今ではない。戦場でだ」
「そう、戦場でだ」
 伯爵はマンリーコの言葉を繰り返した。
「戦場で貴様を必ず倒す。覚えておれ」
「忘れるものか。それはこちらの言葉だからな」
「面白い。ではまた会おうぞ。今度会う時は」
「貴様が死ぬ時だ」
 そう言って両者は互いに別れた。マンリーコはレオノーラと共にその場を去った。イネスやルイスもそれに同行する。兵士達が彼等を守っていた。
 伯爵とフェルランド、そしてその兵士達はそこで彼等を見るしかなかった。彼等は白銀の月の下憎悪の炎でその身を焦がしていた。
 
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