| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

レンズ越しのセイレーン

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

Mission
Mission7 ディケ
  (5) ハ・ミル村 ③~キジル海瀑(分史)①

 
前書き
 そう在るように望まれたから、わたしはこの世に産まれたの 

 
「ありがとう、ローエン。――悪い、色々、気遣わせて。心配かけてごめんな。もう大丈夫だから! みんなにも帰ってきてもらおう」

 早口でまくし立て、ルドガーはGHSをホルスターから取り出した。かける相手はユティ。あのメンバーでGHSを持っているのは彼女しかいない。

『もしもし』
「あ、ユティ。待たせたな。話終わったから、帰って来ていいぞ」
『分かった。エルたち連れてそっち戻る。――ルドガー』
「ん、どうした」

 スピーカーが沈黙した。長く、長く、長い間を置いて、ようやくユティがしゃべった。

『今、どんな気持ち?』

 脈絡のない質問をされて立ち尽くした。まるでルドガーがローエンに何を話したか知っているようではないか。

「どんな、って」
『答えて』
「……ちょっとは気が楽になったよ。ローエンのおかげでまだこの仕事、踏ん張れそうだ」
『なら、よかった。それじゃ』

 通話が切られた。ルドガーも通話offのボタンを押し、ホルダーに筐体を戻した。

「どうかされましたか?」
「いや。ユティの奴がさ、今どんな気持ち? って訊いてきて。まさか聞いてたんじゃないだろうなあいつ」
「ほっほっ。ユティさんならシルフ耳でもおかしくありませんな」
「あの中だとミラなんかもそれっぽいよな。というか、ミラがシルフ耳だと俺が困る」
「年頃の男女が一つ屋根の下で生活していると、聞かれてはまずいことも多いですからね――」
「そっちの『困る』じゃねえよ! 年寄りのくせにとんでもないこと神妙な顔して言うなぁ!」
「何話してるの?」

 頭上からの声に驚いて上を見上げる。空中でミュゼが肘を突いて寝転がった態勢で浮いていた。

「びっくりさせんなよ~」
「ルドガーは飛んだままの精霊はお嫌いかしら?」
「飛んでようが浮いてようが別にいいよ。死角から声かけないでくれってこと」
「――ルドガーさんは実は大物かもしれませんね」

 ミュゼだけでなくエルもルルも、ミラも、ユティもぞろぞろと戻ってきた。

「さっさと終わらせて帰るわよ。荷車以外の方法でね」

 語尾に圧倒的殺気を感じた。ルドガーは首振り人形よろしくこくこく肯いた。

「じ、じゃあ行くか。準備はいいか?」

 否はない。ルドガーはGHSの画面を操作する。分史座標データと、進入のYES/NOボタンを呼び出し、YESボタンを押した。






 進入後に出た位置は、ハ・ミルからそう遠くないキジル海瀑だった。

「これが分史世界……光の霊勢が変化しているのかしら?」

 ミュゼは物珍しさを隠しもせず海瀑のあちこちを眺めている。

「あ! 変なキレーな貝っ」

 エルが波打ち際へと走っていった。ルルもエルを追っていった。ルドガーが声をかけてもお構いなしだ。ルドガーはため息をついた。

「今さらだけど、あんな小さい子を連れ歩くあなたの気がしれないわね」
「ぐ」

 エルがルドガーの骸殻変身に不可欠だから、などと正直にいえば、往路の荷馬車でのように殴られかねない。

「……約束したんだ。一緒に『カナンの地』に行くって」
「ふーん」
「言っちゃ悪いが、エルは一人じゃ『道標』集めなんてできないし、俺はエルが後ろにいると思うから戦える。必要なんだ、お互い」
「人間って、守るものがあるほうが強いって言うものね」

 ミュゼがルドガーとミラを上から覗き込んできた。

「ルドガーにとっては、エルなんでしょう?」
「ああ」

 力を借りているという以上に、なりゆきだからという以上に、エルは特別な存在だ。

「そう思うなら、もっとエルに構ってやりなさいよ。父親と別れて、家がどこかも分からない女の子なんて、いくら甘やかしてもやり過ぎなんてことないんだから」
「結構、構ってやってるつもりなんだけど」
「エルがカラハ・シャールに行くの、何でだと思う?」
「…………」
「ふふ。その子の言う通りね。誰だって、ひとりぼっちはイヤだものね」

 酒瓶の中のシャルトリューズのように、ミュゼの瞳は妖しく、されども優しく揺らめいていた。

「そう、だよな」

 ルドガーは砂浜で遊ぶエルのもとへと歩き出す。性別も世代も違う自分だが、せめて彼女の話し相手にくらいはなってやれると信じて。




 同じ頃、ユリウスもまたキジル海瀑にいた。
 あちらからすると岩の洞穴を抜けた先で死角になった海岸の、高い岩の陰。ニアミス覚悟の至近距離であると同時に、久しく聞けなかった弟の声を聞ける位置でもある。

(元気そうでよかった)

 少女と戯れるルドガーの声を聴いていると、ささくれていた心が潤っていく。

「お待たせ」

 向こう側の海岸に集中させていた聴力を戻す。そこには案の定、ユティがいた。足音を殺し気配を消したのだとしても、ここまで近づかれて気づかなかったのは不覚だ。

「よく俺がここにいると分かったな」
「分かるよ。どこにいても、アナタなら」

 蒼眸がユリウスを射抜く。彼女がたまに見せる、このまっすぐすぎる目が苦手だ。

「まずは、はい。いつもの写真付きルドガー生活報告書。――ニ・アケリアからこっち、ルドガーと6、ワタシ独りでは12、分史世界に潜った。『道標』は見つからなかった。今あるのはアナタが奪ったそれと、『ロンダウの虚塵』、二つ。これは前にも話した通り」
「前の報告より増えてないか」
「増えてない。ルドガーにはなるべく分史世界に行かせないようにしてる」
「君の分史破壊数だ」
「前の連絡から3増えたけど、それはユリウスには重要じゃない事柄。でしょう?」

 皮肉ではなく本気でそう言っているらしい。
 ユリウスはもたれた岩から離れて、蒼い少女の前に立った。

「重要じゃないわけあるか。骸殻を使えば使うほど時歪の因子(タイムファクター)化は進む。短期間でそれだけの分史を破壊したんじゃ、症状が出始めてるんじゃないのか」

 ユティは本当に不思議そうに首を傾げた。

「どうしてワタシの具合、気にするの? ユリウスにとってのワタシは、なんでもない人間なのに」

 言われて、ユリウスは初めて考えた。

 なんでもない――「何」でもない。
 ユースティア・レイシィはユリウスにとって何者でもない存在だ。契約はあってもそれは書面も金銭もない口約束。赤の他人。情けも親しみも愛も向けてはいない相手。そんな相手を心配するなど無駄ではないか――ユティはそれを不思議がっている。

「まあ協力者の耐久限度は知っておかないと不安、よね。今のところ体表には兆候はない。内臓のほうはどうか知らないけれど。表に出なければまだ進行段階は低レベルなのよね」
「あ、ああ。誰から習ったか知らないが、その通りだ」

 逆にユリウスの時歪の因子(タイムファクター)化は左腕を覆い尽くすレベルまで来た。分史破壊をしてきた年数を考えれば、よくぞここまで保ったと逆に褒めてやりたい。――いや、そうではなく。

「君は自分の体が造り替えられていくのが恐ろしくないのか?」

 時歪の因子(タイムファクター)化するとは、すなわち無機物になるということを意味する。魂の循環に還ることも、生まれ変わることもできないまま、「世界」の偽造品を廻すただの歯車として存在し続けなければならないのに。

「……こわがってられない。ユティにはやらなきゃいけないこと、あるから」

 カメラの紐を握りしめる手も、細い肩も、はっきりと分かるほど震えているのに。
 声だけは鋭く、一途に。まなざしは揺るぎなく、頑なに。

「君は……」
「ワタシ?」
「何故そこまでカナンの地に拘るんだ。願いは、ないんだろう?」

 尋ねてもいつもはぐらかされた。今までのユティの言動から、彼女は本当に無欲だとも分かっていた。だからユリウスも知ろうとする努力を途中で放棄していた。

(それを今持ち出したのは、この子の心に踏み込みたいと思ったから? 欲望でも切望でもないなら、この子は何をこの『審判』に賭しているのか)

「他人に叶えてほしい願いなんて、ない。ワタシは、ワタシが産まれた理由がそうだったから――」

 最後まで聞けなかった。


「きゃああああーーーーっっ!!!!」


 向こう側の海岸で轟いた幼い悲鳴が、答えを遮った。

 
 

 
後書き
 反動形成、という心理学用語をご存知ですか? ざっくり言うと、抑圧された不満や怒りが行動に現れないよう、無意識に正反対の行動を取ってしまうことを指します。相手がキライなのに、極端に親切な態度を取ってしまうようなアレです。
 つまり、そういうことです。

 時間軸のかねあい上今まで書けませんでしたが、オリ主は分史スカリボルグ号での「契約」以来、たびたびユリウスと一緒に分史探索に出かけています。二人の仲が気安い?のはそのせいもあります。このEPは今書き溜めておりますのでいずれReportのほうに掲載します。

 ローエンじーちゃんは年寄りなのにアッチ方面に対する理解がよすぎるとこが大好きです。いくつになっても男は男なんですねえ。男子ならではの会話大好きです。例の全裸スキットはマイベストです。ちなみに作者は断然「隠れてるからいいんだろ!」派です。ビバロマン! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧