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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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15話「安価な珍味達 (2)」

 その頃、ユーゼリアはその見事な杖術でウルフ達1匹1匹捌いていた。身の丈の半分はあるだろう長い杖は、嵐のような風をまとっている。
 ヴヴンとという鈍い唸りと共に荒れ狂う嵐を纏ったその杖は、グレイウルフという下級の魔物を一撃の後に葬り去るのに有り余る力を有していた。

「ギャンッ」

 転がったウルフの眉間は明らかに窪み、脳を突き破られた魔物は脳漿を撒き散らしながら倒れることしかできない。
 まだピクピクと四肢を痙攣させている仲間を踏み台に、飛びかかってきたウルフを前に前転して避け、振り向きざま杖を横に薙ぐ。決して良いとは言えない感触と共に、ウルフの首は折れた。纏った風でその毛皮が傷つき赤く染まった。

 無意識に顔を歪めながらも、背後からくる2匹を横に飛び退き避ける。

 2匹の追撃をまた避けに避け、1匹が口を大きく開けた瞬間、後ろに飛び退きながらその口に杖の宝玉部分を突っ込んだ。ガチンと牙が硬いものを噛んだ音がする。
 左のウルフはユーゼリアの柔らかい喉笛に狙いを定め、後ろ足に力を込めている。

「フレイム」

 一言。
 次の瞬間、杖を加えたグレイウルフの体が火に包まれた。

「ガアァァ!!」

 目にも止まらぬ速さで杖を放り出したウルフはなんとか身を包む日から逃れようと地面を転げ回るが、毛皮が丈夫なばかりにウルフは火達磨になって尚その強靭な生命の火を苦痛と共に燃え上がらせた。
 解放された杖は、半透明の宝玉が魔法の余韻か僅かに赤く染まり揺らめいている。
 もう片方は先日も使ったあの籠手を噛ませその隙に詠唱。

「【出でよ風刃】ッ」

 杖の宝玉が今度は緑に染まる。
 と同時に、宝玉から風の刃が飛ばされた。螺旋を描くそれはウルフの顔面に炸裂し、その顔を切り刻む。悲鳴を上げたウルフは、ようやく自分の危機に気づき撤退しようと足を向ける。

 逃げようとしたウルフは4匹。しかし、

「逃がさないわよ。【連なれ疾風】!」

 風刃が一度に3連射された。すべてが足を狙っており、命中した3匹のグレイウルフは転んだ瞬間また風刃の追撃を受け、地面に倒れ込んだ。

 そして足への攻撃を免れた1匹が森に入る直前。

 その背に、嵐を纏った杖が突き刺さった。

「よし」

 小さくガッツポーズをとったユーゼリアが、得意気な顔をして振り向くと――

「油断大敵」

 肩を押されてよろめく。と同時に、

「ガアアァァ!!」

 あの火達磨と化したウルフが首を寸断された。
 青色の血が、ユーゼリアが立っていた場所めがけて吹き上がる。

「あ、ありがとう」

「ん。やっぱり近接は苦手だね。次からは俺が前で、ユリィは後方支援の方がよくないか?」

「でも、それじゃアッシュが…」

「俺の心配はいいの。杖術は俺はよく知らないけど、近接戦闘に慣れたいなら俺が練習台になるから」

「うー……」

 言おうと思ったことを先回りされ、思わず唸るユーゼリア。

「これは護衛としてのお願いでもある。俺が護衛をするからには、ユリィには毛一筋でも傷を受けて欲しくないからな」

「……」

 思わず顔が赤くなるのを、ユーゼリアは抑えられそうになかった。

 咄嗟にうつむき、深呼吸を数回。怪訝そうに首を傾けるアシュレイへ向き直ると、自分のバッグから取り出した刃渡り30cm程のナイフを押し付けた。

「素材剥ぎ取り用のナイフ。私の予備だけど、渡しておくわ。これで毛皮とか牙とか剥いできて頂戴」

「なんか言ってることが怖いな」

 ぶつぶつ言いながら自分が倒したウルフの死体へと歩いていくアシュレイを、なんとなく目で追って、ユーゼリアははたと気づいた。

 彼が向かっているウルフたちが、皆一撃で屠られている。数匹は打撃系でやられたようだが、基本アシュレイはグレイウルフの首を切り落としている。

 6年間で血生臭い戦いに慣れているはずのユーゼリアでも、そうそうお目にかかれない光景だ。よほど剣の質がいいのか、アシュレイが並々ならぬ腕前なのか、それとも、その両方か。

(……考えるまでも無いわね)

 その両方だ。

 10匹には満たなかったとは言え、8匹のグレイウルフを帰り血も浴びず、自身も少しの怪我もなく、首を落とす。クラスDを超えるそれを軽く行い、なおかつ息をかけらも乱さないアシュレイは、一体どれほどの強さなのだろう。

 そういえば、このグレイウルフ達の気配に気づいたのも、アシュレイが先だった。

 自身もウルフの牙をナイフで少しずつ切りながら、ふとため息をつく。

 “アシュレイ=ナヴュラ”という人物が、いったいどういう男なのかが、わからなかった。 
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