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皇帝ティートの慈悲

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第二幕その九


第二幕その九

「どうかセストの為に」
「御願いします」
「わかっています」 
 またしても無意識からの言葉だったが今度は断言であった。
「ですから先にお行きなさい。いいですね」
「信じてもいいのですね」
「私とて皇室の血を引くもの」
 彼女のその唯ならぬ誇りの拠り所であり絶対のものだ。
「これだけ言えば。おわかりですね」
「では。御願いします」
「どうか」
「ですから先に行くのです」
 このことをまた二人に告げた。
「宜しいですね」
「それでは。その御言葉のままに」
「私達は」
「何度も言うことは好きではありません」
 否定するつもりはないということであった。
「宜しいですね」
「有り難うございます」
 セルヴィリアが涙して頭を垂れた。
「ではその御心を受け取らせて頂きます」
「私もです」
 そしてアンニオもそれは同じであった。
「どうか。御願いします」
「ええ。それでは」  
 二人は先に行った。一人になったヴィッテリアは。まずは強い決意の顔で呟くのだった。
「いよいよね」
 その顔で言う。
「私の心の強さを試す時が。充分な勇気を見せる時よ」
 その勇気を見せる相手もわかっていた。
「自分の命よりも私を選んだセストの為に。醜い私の為に全てを捨てようという彼の為に。今その勇気を見せなければならない」
 そう決意するのだった。
「正義に欠ける私に真心を捧げている。その彼を犠牲にして后となろうとも私は自分を許せない。それならば后の座なぞいらない」
 そしてさらに言う。
「花で愛の鎖を作る婚姻の神の姿ではなく太い処罰の鎖を持つ冥府の神が見える。しかしこの不幸も私が招いたこと」
 だからいいというのだった。
「さようなら、私の野望」
 もう野望は捨て去った。
「今から私は勇気で己の罪を償いに行く。今から」
 最後にこう言い残して姿を消した。夕刻になるとコロシアムではもう観客達が詰めていた。そこにはティートもいてアンニオやプブリオ、セルヴィリアを伴ってコロシアムの皇帝の席から協議の場、今は処刑の場にいるセストに対して言葉をかけていたのであった。
「セストよ」
「はい」
 まずは彼の名前を言うのであった。セストもそれに応える。
「わかっていると思う。何故ここに自分がいるのか」
「無論」 
 毅然としてティートの言葉に頷く。
「その通りです」
「罪は償われるべきもの」
 ティートは厳かに彼に告げる。
「とりわけローマを騒がせた罪は重いと言っておこう」
「仰る通りです」
「アンニオ」
 セルヴィリアは今の二人のやり取りで顔を暗くさせアンニオに顔を向けた。
「このままじゃ」
「信じよう」
 不安に苛まれる彼女を慰めるのであった。
「あの方を。今は」
「そうね。それしかないのね」
「絶対に来られる」
 彼はヴィッテリアの言葉を信じていた。その誇りから出た言葉を。
「だから。待とう」
「ええ、それじゃあ」
 そしてここで。その彼女が来たのだった。
「来られた」
「遂に」
「陛下」
 ヴィッテリアは今にも死にそうな青ざめた顔でティートの前に姿を現わした。その顔はまさに冥府の女王ペルセポネーのものであった。
「ヴィッテリア。どうしてここに」
「お話したいことがあります」
「私にか」
「そうです」
 その死にそうな声でティートに語る。
 
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