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皇帝ティートの慈悲

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第二幕その三


第二幕その三

「君は召喚されている」
「元老院にですね」
「そうだ、私がいる元老院だ」
 彼が元老院議長であるということは変わらないのだ。
「だからだ。私は君を元老院に連れて行くのだ」
「そうですか」
「わかるな、それは」
 セストを強い光の目で見据えての言葉だった。
「私は。君を絶対に元老院に連れて行く」
「拒むつもりはありません」
「その心、褒めさせてもらおう」
 セストの素直な心をまずは褒めるプブリオだった。
「だが。それだけに」
「私はどうなるのか」
 二人のやり取りを聞きながらヴィッテリアは顔を強張らせていた。
「何処に身を隠すべきか。後悔も恐怖も不安も襲い掛かる」
「君の苦渋の涙は見た」
 プブリオはセストの心を確かに見ていた。
「だが。それでも元老院の長としての務めからは逃げることはない」
「それもわかっています」
 元老院はローマにおいてはかなりの力を持っている。共和制の時代はまさに国家の最高決定機関であった。皇帝が治めるようになってからもその皇帝ですら無視することが出来ない場所だったのだ。様々な問題があるがそれでも議会として機能していたのである。
「ですから。さあ」
「行こうか」
「はい」
 二人はその場を後にした。様々な感情に責め苛まれるヴィッテリアだけが残ったが彼女もやがて姿を消した。後には誰も残ってはいなかった。
 この時生きていたティートは宮殿の前で民衆の礼賛の声を受けていた。それは熱狂的なものがあった。
「皇帝陛下万歳!」
「神よ陛下を御護り下さい!」
「私は生きていた」
 ティートは彼等のその声を聞きながらまずはそのことに感謝していた。
「だが。私は」
「陛下」
 ここでプブリオが彼のもとにやって来た。
「皆集まっております」
「コロシアムにか」
「はい、そうです」
 そのことを彼に伝えに来たのである。
「ですから。今すぐに」
「よし。では行こう」
 真剣な顔でプブリオの言葉に頷くティートだった。
「元老院は彼の言葉を聞いた筈だ」
「はい」
 ティートの言葉に対して頷く。
「おそらくは」
「同時に彼の心も知った筈だ」
 己を殺そうとした者だったがそれでも彼を信じていたのだった。
「彼は無実だ」
「私もそう思います」
 これはプブリオも信じていることだった。
「彼はその様なことをする者ではありません。きっと黒幕が」
「それが問題だ」
 伊達に皇帝になっているわけではなかった。それだけのことを見抜く目もまた備えているティートだった。彼は政治家として確かな目を持っているのだ。
「だがまずは彼を」
「では私も」
 プブリオも同行するつもりであった。
「心配です。急がなければ」
「その通りだ。では」
「ただ。問題は」
 ここでプブリオの顔が曇る。
「元老院の者達がどう思うかです」
「元老院がか」
「そうです」
 元老院は議会だ。だから様々な者がいるのだ。それがよい部分であるが同時に弊害もないわけではない。議会という組織の問題点はこの時代からあったのだ。
「彼等がどう思うかです」
「彼等がセストを疑うというのか」
 これはティートにとっては信じられないことだった。
 
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