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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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12話「亡国の王女」

「そして私はコルトに守られて国を出た。いろいろな国を回ったわ。皇国を含めて他の五大国も回った。その周りの小さな国々にもね」

「皇国も?」

「ええ。何せ、私のことを知っているのは上の一部だけだから。別に犯罪も何も犯していない小娘に賞金をかけるわけにはいかないでしょ? いくら元敵国の王女だからって、大っぴらにはできないわ。だって、5年経った今も皇国が責められていないのは、他国が皇国の魔法を得てさらに強さを増したその軍事力に恐れているのであって、本来不可侵の条約を破ったのは皇国だもの。それに、関門でチェックされるうのは、基本ブラックリストに載った人だけだからね。案外簡単に入れたわよ。むしろ、灯台下暗し?」

 カラカラと氷が鳴るアイスティーをひとくち飲み、ユーゼリアは視線を落とした。

「以来、私は皇国からの暗殺者に狙われるようになったってわけ。反乱軍でも立ち上げられたら面倒だものね」

 元王女が、元王国民を煽って反乱。ありがちな話だ。

 だが、とアシュレイはユーゼリアに頷きながら考える。

(たかが反乱を防ぐために、6年間も暗殺者を送り続けるのか? しかも今日見た限り、そんなに質が悪い暗殺者というわけではなさそうだった。こんな調子なら、さっさとユリィを殺すという手段があったはずだ。それが最も手っ取り早い。なのに……待てよ)

 そういえば、と思い出した。

(彼らは始めユリィを説得しようとしていたな。抵抗するな、と……。ユリィを生かしておかなければいけない理由があるのか。ならばそれはなんだ? いや、そもそもナルマテリア王国とは、どんな国だった? なぜかの国は五大国とカウントされていた?)

 昼、下山しながらユーゼリアが言ったことを思い出す。

(…そう、魔法大国だ。1つ、魔法が発達した国。1つ、王女である。1つ、生かさなければ意味がない。これらをあわせて考えられることは……)

 ユーゼリアはまた話し始めた。

「コルトは旅を初めて2年で亡くなったわ。追っ手の毒を受けて……私の身を庇って」

「……」

「それから私は独りになった。幸い、ギルド登録も済ませてたし、既に2体の召喚獣ももっていたから、とりあえずのお金には困らなかった。コルトは、旅に出てからすごく厳しく私に教えてたからね。1人で生き抜く方法を。…今思えば、彼は近いうちに自分が死ぬことを予期していたのかもしれない」

 また、話を区切る。

 アイスティーの氷が、カランと砕けた。

 暗殺者たちについて思い返すうちに、ふと、アシュレイの脳にひとつの仮説が浮かんだ。

(何かの秘密が隠された財宝、はどうだろうか。例えば、王家に伝わる何らかの魔道具。魔道具は、使い方が特殊なものも多くある。そして、一般に魔道具は、仕掛けが面倒で値が張る代わりに効果は大きい。……そう、奴らが使っていた結界装置のように)

 あの暗殺者たちが自慢げに話していた防音・不可侵の結界のことである。まあ、アシュレイにいとも簡単にくぐり抜けられた時点で、すべての労力は泡と化したのだが。

 アシュレイは、頭の中で次々とパズルのピースがはまっていくのを感じた。

(使い方を代々お受けにしか伝えない、特殊な魔道具……。それをユリィが持っているとしたら。いや、聞いた限りだとそんな余裕はなかったな。ならば、皇国が物は持っている、が、使い方を知らないというのが自然な流れだ。一大国家が持つ魔道具だ、手順と違う起動操作をすると自爆なんかするかもしれない。王家の生き残りはユリィだけ…だから生け捕りにしなければ意味がなかった。……これかな)

 我ながらこれ以上しっくりくる理由が思いつかない。

 ならば……この仮説が正しいとするならばだ。ユーゼリアが自身の追われる理由をアシュレイにはなさないのは、

(迷惑を、かけまいとしているのかな。これは)

 思わず笑ってしまう。

 今更だ。

 どうせ、あの時追っ手をこれでもかというほど威嚇したのだから、今更他人面できるはずもない。それはもう遣い魔とか言ってる場合じゃないだろう。一国が相手なのだ。

 そもそも、若い女性が一人旅なんてしていることを知った時点で、正直アシュレイは放っておけないと思っていた。不埒な理由ではない。これは単に、「女は守らなくては」というアシュレイの――否、もと主人の魔人ノーアに植えつけられた持論である。

 閑話休題。

 とにかく、ユーゼリアだって馬鹿ではない。既にアシュレイがこの件に勝手に片足をつっこんだと分かっているのにも関わらず、なお気を使っているのは、ユーゼリアに気に入られたと思って良いのだろうか。

 ひとりでに笑顔になったのをいぶかしむように、ユーゼリアがアシュレイの顔を覗き込んだ。

「ま、おかげでこうして今旅を続けていられるわけよ。……何笑ってるの?」

「ああ、すまない、不謹慎だったな……。…なあ、ユリィ」

「なぁに?」

「……腹を割って、話し合おうぜ」

 笑みを浮かべていた表情から一転、真剣な眼差しになったアシュレイに気圧されたユーゼリアは、無意識に唾を嚥下した。咄嗟に笑みを取り繕う。

「なんのことかしら。これ以上過去の傷を抉るの? ひどいわね」

 普段と同じ美しい顔だが、アシュレイは意味深な笑みを浮かべるだけだった。

「ユリィがまだ過去を引きずるような、そんな弱い女じゃないってことぐらいは、俺でもわかる」

 立ち上がると、手を差し出した。

「まあ、今は静かな場所に移動しよう」 
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