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或る皇国将校の回想録

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第三十二話 兵部省で交わす言葉は

 
前書き
今回の登場人物
馬堂豊久 〈皇国〉陸軍中佐 駒州公爵家重臣団の名門 馬堂家の嫡流

新城直衛 駒州家育預 豊久の旧友 政治的駆け引きの末に近衛少佐となった。

草浪道鉦 守原家家臣団きっての切れ者 人務部人務第二課課長

大辺秀高 軍監本部戦務課に勤務する秀才幕僚 豊久の父が被後見人をしていた。

窪岡敦和 軍監本部戦務課 課長にして陸軍少将 駒州公子・駒城保胤の友人 

佐脇俊兼 陸軍大尉 駒城家重臣である佐脇家の嫡子

堂賀静成 軍監本部情報課次長 憲兵出身でやり手の情報将校。
     豊久のかつての上司

馬堂豊守 兵部大臣官房総務課理事官 豊久の父
 

 
皇紀五百六十八年 五月十五日 午前第十刻
兵部省 陸軍局 人務部人務第二課 事務室
駒州鎮台司令部附 馬堂豊久〈皇国〉陸軍中佐


 馬堂豊久はまたも、困惑の色を露わにしていた。
 彼は次の配属先が内定した以上第十一大隊に残る部下達の面倒を見なければならないと思っていた。これは将家の将校がもっている半ば慣例とかした習慣である。
 ――これでも人務部に籍をおいていた口だ、同年代の陪臣将校達よりは伝手を持っているつもりだったのだが――
「この申請では一個大隊を新編するのとまるで変わらないな。剣虎兵も未だ数が少ないから都合をつけるのが難しい」
 彼の要求が無茶だったのか尉官の人事を司る人務部人務第二課長の草浪中佐がそれを手厳しく撥ねつけられたのである。守原傘下の陪臣格で一番の俊英だと評されている男であり、馬堂中佐自身も軍監本部に籍を置いていた際に面識を得ているのだが、あっさりと木で鼻を括ったようにあしらわれてしまった。
とはいっても草浪のこうした態度は護州公の弟――守原英康御大将閣下相手でも変わらない事を豊久は知っていた。
「各鎮台で既存の部隊の増強が進められている。第十一大隊は、今は兵部省直轄の中途半端な状態であるから優先順位も低くなる。今から申請を出しても早くても夏までにどうにかなるかならないかだろうし、経験のある剣虎兵将校は引っ張りだこだ、今まで大隊から引き抜きが行われなかっただけでも優遇されていると思ってもらいたいな」
 人材不足が著しい兵科である事は理解しており、少々、無茶を言っている事は自覚しているがこれほど詰問されるような口調で言われると困惑と反発が内心こみあげてくる。
 ――捨て駒同然の後衛戦闘を命じたのはあの守原英康だ、ならば多少は便宜を図っても良いだろうに。
「補充を急がせるのは難しいと?」
「気持ちは解らないでもないが後任の大隊長に任せた方が良いだろう」
――後任、ね。俺の事もあるから既に決まっていそうなものだが。まぁ、これで龍州辺りで起こるだろう死闘に駆り出されないのならば少しはマシかね?
「・・・・・・はい」
 だが、個人的な感傷ではあるが、あれだけ苦労させるだけさせてさっさと捨てて連隊に移るのは酷く気に入らなかった。
「――肝心の後任は決まっておりますか?」
北領鎮台の残存部隊らは書類上、兵部省直轄となっているが、守原英康が主導しているので正式に発表されるまで殆ど何も分らないのだ。
「――候補は上がっているのだがね、未だ決まっていない。何しろ北領で名を馳せた部隊だからな、慎重に吟味せねばならない。」
一拍おいて、草浪は眼前の中佐に鋭い眼を向ける。
「そして、当然ながらその立役者である君も随分と注目されている。――この様に、な。」
懐から取り出した書状を豊久に押しつける。
その送り主の名は――守原定康であった。守原英康の甥であり、護州公子の少将である。
「これは・・・・・・・」
 ――このタイミングで、こう来るのか、畜生、意外とやり手だな。
直観的に豊久は守原が先の西原信置達との密談を察知した――真偽は兎も角、今はそう考えるべきだと判断した。
 ――だが、こんな事で防諜室出身者の顔を崩せると思うなよ?
「――成程、課長殿のおっしゃるように、私も分不相応に注目されているようで」
 ――さて、とついでにカマをかけてみるか?
「護州公子閣下が私に興味を抱くとは――ならば、護州公閣下は、昨今の情勢を如何お思いでしょうか?」
 持病持ちで実権を弟である英康に奪われた当主――護州公・守原長康。弟である英康大将の直情的で苛烈な性格とは対照的に五将家当主には不適当な程に情に厚く、温和な性格と政治に関わらない事から人々が皇家を敬う様に彼を慕う人間は少なくはない。
 ――実権を握っていないからこその人望なのかもしれないがだからと言って、けして無視してはいけない存在だ。
「長康様は――殿は、ずっと臥せっておいでだ。この一朝有事の時だ、守原大将閣下が御家を率いる事になるだろう」
 僅かな逡巡の後の慎重且つそっけない言葉に豊久は内心舌打ちをした。
  ――早々襤褸を溢すような人じゃないか。
「君はこれから新編聯隊の面倒をみなくてはいけない、その事も忘れないことだな。
あまり古巣に関わってそちらを疎かにするのは感心しない」

「はい、それは分かっています」

「君の場合は概ね、異動は駒州鎮台内で完結しているようだから私もあまり煩わされずに済んでいるが、近衛でも剣虎兵部隊を編成するようだが君の部下であった新城少佐は何か充てがあるのか知っているか?もし第十一大隊から引き抜くのだとしたら相応の準備が必要なのだが」

「どうでしょうか?私も将校を数名程頂くつもりですが近衛となりますと兵の教育からして面倒ですから、兵たちも随分と引き抜かれるのではないでしょうか?
それに、年長の者達を数人、剣虎兵学校に回したいとおもっております。兵を含めてですが」

「下士官にして、か。横紙破りだが剣虎兵の需要が増加しているから止むを得ない措置であると云うべきか。――覚悟しておくか」
溜息をつくとぱたり、陸軍の人務を背負っている軍官僚は面会の終わりを告げるかのようにパタリと帳面を閉じた。

 部屋を出て、次に軍務部総務課へと向いながら馬堂中佐は考えを纏める。
 ――草浪中佐、質問には答えていないが面白い事を漏らしてくれたな。推し量るべきは、護州派閥の内がどれ程の人物が英康個人に忠勤なのかだな。そうなると気になるのは――守原定康、か。
  無意識に懐にいれた書状を撫でる。
 ――今まで彼に注目する事はなかったが・・・これは如何に解釈すべきなのだろうか?


同日 午後第一刻 兵部省 陸軍局 軍務部 文書課
軍監本部戦務課附 大辺秀高〈皇国〉陸軍少佐


「――困ったものだよ、結局、大隊の補充はろくにされていないままだ。
引き抜きが結構な人数になりそうだし、後任の大隊長には苦労をかける事になりそうだな」
 予定よりも一週間早く軍務に復帰したが未だ待命の身である馬堂中佐が愚痴をこぼしている。 それでも、その表情が全く困っているように見えないのは父の教育故なのだろう。
「あの大隊も面倒な立場ですからな。誰を頭に据えるかで扱いも変わるでしょうから致し方ないかと」
そう云って答える大辺少佐も未だ戦務課に身を置いているが、窪岡課長によって、新編聯隊の運用研究といった名目で既に聯隊の迅速な戦力化を進めるべく準備を始めている。
「まぁそうなる事は分かっていた――立つ鳥跡を濁さず、といきたかったけれどな」
 豊久はそういって肩を竦めた。 
「そうなると中佐殿の後任の人事が気になりますね。士官達の補充もされていない、と言うのならば尚更に」

「それで戦力化が遅れるのならば本末転倒だ。手元に置いても切れない手札など意味がない」
 大辺の言葉に鼻を鳴らし、馬堂中佐は話題を転じた。
「あぁ、そうだ。 龍州軍の陣容はどうだ?」

「後方支援部隊の拡充と参謀の内定は滞りなく進んでいます。参謀陣は例によって玉虫色ですが、まぁ最前線で好き勝手は出来ないでしょう。それに集成軍の派遣も視野に入れて司令部の増強が行われています。可能ならば後備部隊も動員したいのですが予算の問題がありまして――そのためにこうして省と本部を行き来しているわけです」
 大辺が溜息をつくと、豊久も肩を竦めた組織が協力的でも予算の問題はついてまわる。
「そして我らの総務課理事官閣下も苦労なさっている、と。例の聯隊、幕僚も伝手の御蔭で目処がついたし俺の配属辞令も間も無くだ、――間に合うかな?」
 豊久の問いに大辺はわずかに胸を反らせて頷いた。
「間に合わせるしかないでしょうし、間に合わせます。その為の部隊と言っても過言では無いでしょうからね」
――大型の独立聯隊であり、連隊長はこの英雄となっている駒城の陪臣だ。新設と云う不安点があるが一個旅団に匹敵する――へたすればそれ以上の戦力になりうると言ってしまっても過言ではない、余程の遅れがない限りは確実に龍州への派遣軍に組み込まれるだろう。

「そうだな、本来なら戦力化が間に合わずといきたいところだが・・・・・・まぁ、生きている英雄の存在意義なんざ。他人を持ち上げて面倒をおっかぶせる為だからな」
 肩を竦めながら発する言葉は飄然とした表情とは真逆に辛辣なものであった。
「相変わらず言ってくれるな。そうぶつくさ言う割には休暇を切り上げる程、軍務に熱心なようでなによりじゃないか、ん?」
 部長室から出てきた窪岡少将が馬堂中佐に声をかける。
「お久しぶりです、窪岡閣下」


同日 午前第十一刻 兵部省 陸軍局 軍務部 文書課
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


 窪岡少将――前人務部長であり、現在は戦務課の長を勤めている駒州公子駒城保胤の友人である。
 ――だが、それだけで少将が勤めるポストの中でも重職を歴任出来るわけがない。
 彼は謀略活動こそ滅多に行わないが損得勘定の鋭さと視野の広さで危険を冒さず着実に成果を積み上げている。
「大隊の生き残り達の面倒をみようと思いましてね。中々思い通りにいきませんが、多少はマシにしますよ。」
 ――西田と杉谷、米山の三名と増強用に有望な下士官を数名引き抜く予定だし、新城も予想が当たれば猪口曹長を始めに可能な限りの人数を引き抜くだろう。奴は近衛に過剰な期待を寄せるような人間じゃない。あまり人は残らないだろう。後任の大隊長は苦労する事になるだろうな。だが、元々人材が足りない為、剣虎兵の独特に過ぎる戦い方を知り抜いた人材は貴重だ。
 ――後任を守原に決められる部隊に放り出す位ならば長期消耗戦を見込んで後方で教育に回す方がマシだ。
「何をやるのかは大体わかる。まぁ、間違いではない上に名分も立つ」
 窪岡少将が顎をさすりながら頷く。
「軍監本部(おれたち)よりも兵部省の管轄だが、実際、剣虎兵を前線で使ったら頭数が足りなくなる可能性が高い。人手が足らないからな、導術よりは幾らかマシだが」
 疲れた様にというか実際疲れているのだろう重い溜息をつく。
「後は保胤が貴様を頭に据えた例の大型連隊にも連れ込むのか?」

「はい、閣下。独立大隊でなくなった以上、剣虎兵隊の再編を行うので。その際に空いた枠へ詰め込む予定です。剣牙虎の扱いに熟達しているべき下士官と将校は必要ですからね。
兵の育成に関わりますから。」
 兵の教練は配属された隊で(基本的には連隊単位を最大として)行われる。
 銃兵はまだマシな方だが例えば砲兵では熟達した下士官と将校の指導の下でも新兵達を実戦に耐えうる部隊へと鍛え上げるには早くても一年は時間をかけなくてはならない。
 剣虎兵も、伏撃の際には剣牙虎を黙らせ。時には砲に怯えている剣牙虎を駆り立てるには剣牙虎の扱いに熟達していなければならない。その為、剣牙虎の主となる事が多い下士官、将校は専門的な教育を受ける必要がある。

「そちらには士官一人と下士官を何名かを連れて行くつもりです。俘虜生活を共にしましたが、幸いあまり恨まれなかったので」

「貴様も苦労したものだな。戻って来る事が出来ただけ幸運なのだろうが、それに年が明ければ大佐の芽もあるのだろう?」
 窪岡課長は苦笑いを浮かべていった。
「聯隊長としては臨時配置と言う事で、あくまで内定ですが。そう承っています」
そう云って肩を竦めるがそれは自分が死ぬか自決寸前の状況にない限りはそうなるだろうと分かっていた。
 ――駒城保胤中将の御指名だ、確定同然だろうな。
「その後はまだ分らないが、貴様も父君とならんで閣下となるやもしらんな」
 ――まぁ戦時中だと十六年間、少佐を務めていた人が五年で中佐から元帥閣下になって、しまいにゃ大統領へと上り詰める事もあるからな。比べるのも可笑しな話だ。

「そんなホイホイと昇任するような事態にはならないでほしいものですがね。それだけ上の層が亡くなっているか、私が悪目立ちしているわけですから」

「俺の処から大辺を引き抜くのだ、これからも苦労してもらうし悪目立ちもしてもらうぞ。貴様も表舞台に引き摺り出される時だ」
 ――表舞台、か。誰がお膳立てする舞台なのやら。
 
「育預殿が奏上なんてする御時世ですからね。例の奏上も――まぁ言えない事も言いたくない事も言ってくれました。
まぁ、彼らしいと言うべきやり方ですよ」
戦務課長は新任中佐の言葉に頷きながら話題を変える。
「育預――新城少佐が近衛に送られるのは聞いているな?」

「親王殿下――衆兵隊司令長官閣下の内意をうけていると聞いています。」
「そうだ。で、あるからこそ貴様も微妙な立場にある。貴様の周囲が物騒になる事も理解しておけ。望まぬ神輿に担がれる事も十二分に有り得る」
「はい閣下。気を付けます。駒城閣下の恩顧に報いる為に微力を尽くします。」
 ――そうだ、今の俺はこれで良い、後は皇都に残る馬堂家当主達に任せるとしよう。
政は父様の手にあるべきだ。人間、何もかも自分でやろうとすると大失敗を起こすものだ。――それを忘れてはいけない。



同日 午後第二刻 兵部省 陸軍局 人務部
人務部人務第二課長 草浪道鉦中佐


 ――公用と言えど、丸一日も部長が居ないと少し困るな。
 部長の決済が必要な書類の束を机の隅に乗せながら草浪中佐はうんざりとしたようすで積み上げられたそれを眺める。
 この半日で馬堂中佐を筆頭に何名もの士官達に要望案が持ち込まれ、前線に送られる尉官達の異動予定表だけでも結構な厚さになった。大半が前線に投入する予定の部隊であり、隣の第一課では自身も含めた同様の高級将校たちの異動案も作られているのだろうと思うと胃が不快に蠢いた。
 それを誤魔化すかのように、草浪は彼らが提出した申請書に職分以上の熱を込めて目を通す。
 ――さて、馬堂中佐は中々豊守殿に似た人物の様だ。父に似て目端が利く人物なのは間違いないだろう。だが、問題は彼自身よりもその家族――父と祖父を含めた三人だ。
そして現状、情報課次長と親密な関係を築いており、彼の助力もあってか、動きが掴み辛くなっている。それでも断片的な情報から推測するに、どうやら彼らは駒城に忠誠を誓いつつも独自に手札を掻き集めている様だ。
 ――まぁ、陪臣が全て無邪気に主家を信望する筈もない、だがそうそう裏切る事もするまい、彼等が行動を起こすにしても事態が動いてからだ。
 自分の思考が鏡のように己の姿を映している事にきづき、自嘲の笑みを浮かべた。
 ――まぁいい。本来の目的はこの後訪れる二人の将校達だ。
予定表に記されている名前を見つめ、思考を分析家としてのそれに切り替える。
 ――新城直衛、北領では、次席指揮官として崩壊寸前だった大隊で指揮官としての経験が乏しい馬堂中佐を補佐し内地に戻った後は個人的にも親交が深い彼を差し置いてあの奏上で大芝居をうった。あの戦の前にも幾度か問題を起こした事や横紙破りを行っていることは知っている。度胸があるのかそれともそれ以上なのか、或いは只の戦争屋か――見極めるべきだろう。そしてもう一人は――
 もう一人の名を小見浮かべる前に扉を叩く音で草浪は現実に引き戻された。
「失礼いたします、課長。新城少佐殿が出頭いたしました」
 部長の個人副官が告げた言葉に背筋を緊張させる。
「御苦労、すぐに通すように」



同日 午後第二刻半 兵部省 陸軍局庁舎内
〈皇国〉近衛少佐 新城直衛


新城直衛は所在無く陸軍局の庁舎をぶらついていた。人務部人務第二課長である草浪中佐から近衛衆兵隊司令部への配属辞令を受け取り目的を果たし、窪岡少将に挨拶をしておけ、と義兄に言われていた事を思い出したのだが――何しろ、今まで軍監本部の高級参謀とは縁なぞなくどこにいるのかも分からなかった。
 ――さて、何処にいるのやら、誰かに尋ねる事が出来れば良いのだが。
 そう思い、周りを見渡すと将校が二人連れ立って新城の横を通り過ぎた。

「少し宜しいでしょうか?」
 振り向いた二人の顔は新城が古くから知っている顔だった。
旧友と言って差し支えが無いだろう馬堂豊久と新城直衛が私的に抹殺すべきと決意している人間の一人である佐脇俊兼だ。

「何ですか?おや、新城少佐、健勝そうで何よりだ。」
豊久は一瞬、しまった、と言いたげに口を引きつらせたが
すぐにそれを笑みで覆い隠しながら敬礼し、佐脇俊兼大尉(・・)は屈辱の色を隠さずに同年の衆民少佐へと敬礼した。
「これはお懐かしい、少佐殿」


同日 午後二刻七尺 兵部省 陸軍局 二階廊下
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久



――さて、この場を如何におさめるべきか
 馬堂豊久中佐は眼前で張りつめた空気を作り出している少佐と大尉――駒城家育預である新城直衛少佐と駒城家重臣団の佐脇家長男佐脇俊兼大尉を見てうんざりと肩を落とした。
 この二人はあらゆる意味で対極的な存在である。
 ――俊兼さんはやや融通が利かないが人当たりは悪くない、幼年学校を出ずに、半年の見習士官制を経て任官したのだが、将校としても兵と共に苦労する事を厭わない真面目な将校で、こう言ってはなんだが人としての評判は新城よりも遥かに良い。俺も先の駒州兵理研究会の様に駒城での行事で顔を見かければ歓談する事もある。他意なく友人と言える仲だろう。

 問題は例によって新城だ。彼は駒州で初等教育を受けていた時に――何というか典型的な異分子への極めて子供らしい対応をとられていたそうだ――要するに虐め、である。
人間が道徳的になるには自らを学ぶ事よりも相手を批判するのが一番であり、皇帝が国を治める楽な方法はより良い政策を考える事ではなく、小国を侵略し、略奪を行い、奴隷を自国に持ち込む事である。謂れのない敵にとってはたまったものでは無いがそれは忌々しい事に何処でも世の常だ。
「こっち(わたしたち)」は「あっち(あいつら)」と違う、事の大小はあれどもそれが暴力の源泉であり、それは幼い陪臣達にも例外なく適用された。
――その後、何があったのかは知らない、だが、俺が二人と知り合った頃には直衛は周囲から一種の禁忌(タブー)の様な扱いを受けていた。俺が、まぁ何というか若気の至りで大殿の書斎に入り込む手段として声をかけるまでは直衛は、隅で誰とも口を利かずに本を読んでいるだけの少年だった。彼が同好の士であった俺相手以外に、友人らしい友人を作るようになったのは十五になってから入った陸軍特志幼年学校の強制的な共同生活を経た末であった。
 ――そして、その所為か育預殿との縁は腐っても切れないのだ。



同日同刻 兵部省 陸軍局 庁舎
〈皇国〉近衛少佐 新城直衛


「御昇進おめでとう御座います、少佐殿」
 忌々しさを隠さずに佐脇俊兼大尉が言った。
「ありがとう、大尉」

「しかし、幸運でしたな、優秀な大隊長が俘虜となったお陰で貴方が少佐とは。」
 悪意を隠さぬ口調で言う。
 ――ふん、馬鹿らしい。人殺しの才能を妬むのか、この愚か者は。
 馬鹿の後ろで豊久が苦笑している。
「全くだ。僕も驚いているよ、大尉(・・)。君はもう中佐にでも成っていると思っていた。」
 彼に視線を向けながらそう嘯く。
「・・・」
 怒りを込めて格上へと躍り出た新城を睨みつけている佐脇とそれを挑発する新城。眼前の光景に溜息をついた青年中佐は辟易とした様子で調停の言葉を発した。
「おいおい二人ともキツいなぁ。――そこまでにしなよ。」
 だがそれに気がつかなかったのか佐脇が明確な怒りを発した。
「自分は他人の武功で昇進する様な「あのさぁ、黙れ、と言っているのだよ、私は」」
 冷たく、低い声が佐脇の言葉を遮った。
「!!」
 佐脇は言葉を遮った男へ顔を向けた。
「おや、聞こえなかったのかい?――佐脇大尉。」
 その声は瓢然と微笑を浮かべている〈皇国〉陸軍中佐の物だった。

「・・・・・・申し訳ありません、中佐殿。」
 未だに驚きが覚めないのかどこか呆然とした様子で謝罪する佐脇へ短く頷き、馬堂中佐は新城近衛少佐へと視線を向ける。
「君もだ、少佐。陸軍だろうと近衛だろうと、将校が立ち話をする上に口論するなんて言語道断だ」
「はい、中佐殿。申し訳ありません」

「そうそう、偶には素直にする事も大事だよ。
――あぁ大尉、君もそろそろ行った方が良かろう。時間をとらせて悪かった、また近い内に会うだろう。その時を楽しみにしている」

「はい、中佐殿。失礼致します。」
 佐脇は馬堂中佐にだけ敬礼し、立ち去った。
 ――随分と露骨な事だ。

「――それで?誰か尋ね人かな?」
出口へとゆっくり向かいながら豊久は新城に話し掛けた。

「はい、中佐殿。窪岡戦務課課長閣下に挨拶を、と」

「あぁ、窪岡課長閣下か。
退庁時刻の前には本部に戻ると言っていたから――時間を考えれば出口で会える筈だ。
多分、閣下もお前を待っている筈だよ。何しろ、ある意味ではお前の世話を若殿以上にしているからな」

「?」
 彼の言葉の意味を図りかねていると、馬堂中佐は軽く笑って正解を告げた。

「前の人務部長だよ。今は栄転なさっているけどな」

「成程。 それは確かにお世話になっていますね」
 新城も苦笑いするしかなかった。
「あぁ、お前を北領に送り込んだ張本人さ、と。出迎え御苦労さま、少佐」
 馬堂中佐が答礼をする先にはいかにも秀才参謀といった容貌の少佐が居た。
「はい、中佐殿――新城少佐、窪岡閣下があちらの馬車でお待ちです」
 軍人としては少々細身であり、血色と感情の薄い顔には見覚えがあった。
 ――確か馬堂家の子飼の者で戦務課の参謀だった筈だ、窪岡少将の出迎えか。
「それでは、近いうちに会おう、新城近衛少佐――大辺、相談したい事がある、少し良いかな?」
 ふ、と一瞬邪気のない笑みを浮かべ、すぐ真顔に戻ると秀才参謀へ声をかける・
「はい、中佐殿」
 二人は連れ立って馬堂家私用の馬車の中へと消えていった。



 
 

 
後書き
 草浪さんは部長が少将相当なのに次長が中佐なのはちょっと違和感があったので改変。


一発ネタNGシーン
佐脇 「御昇進おめでとう御座います、少佐殿」

新城 「ありがとう大尉。 僕も見習い士官制などで遊ばず死ぬ気で勉強して良かったと思っている」

豊久「それ別の新城さんや」


 
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