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ホフマン物語

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第一幕その六


第一幕その六

「ソクラテスもそれで死にました」
「法律はあくまで正義をむねとしておりますが」
 ホフマンも負けじと返す。
「政治家の様に言葉遊びもできませんし」
「ですが王の法を弄ぶことはできますな」
「おやおや」
「そしてここでは詩や音楽を語る。結構なことです」
「少なくとも私はお金で美人を誘ったりはしませんよ」
「お金とは失敬な」
 リンドルフは不敵に笑って言った。
「私もまた。誘う手段はありますから」
「お金以外にも」
「黄金に頼らずとも幾らでも方法はありますぞ」
「地位は」
「ははは、お互いにそれは止めておきましょう」
 政治家と法律家はこの時代のドイツでも仲が悪かった。立法と司法が仲が悪いのは国家として避けられぬ運命であるからだ。これは国王の下にあっても変わりはしない。
「それを言うとお互い気まずいですからな」
「では二人の男としてお話しましょうか」
「ええ」
 リンドルフはにこやかな笑みを作ってきた。
「それでしたら」
「わかりました。では」
「はい」
 まずは互いに黒ビールを飲んだ。
「先程僕が恋をしているという話が出ましたが」
「そうではないのですか」
「まあお話は最後まで。宜しいですね」
「わかりました。それにしても貴方とは以前にも御会いしたことがあるような気がするのですが」
「気のせいでしょう」
 リンドルフはとぼけてきた。
「ベルリンではじめて御会いしたではないですか。それもこの酒場でね」
「いや、確かに」
 だがホフマンはそれを否定した。
「以前にも会っています、僕の記憶が正しければ」
「酒の記憶ではなくて」
「ええ。僕が女性と出会う度に」
「おや」
 ここで学生達もナタナエルもあることに気付いた。
「ホフマンさん、今は恋はされていないんですね」
「さてね」
 ホフマンもとぼけてきた。相手こそ違うが。
「それはどうだか」
「けれど昔はどうなんですか」
「今というのは不思議なものでね」
 ホフマンは急に落ち着いてきてこう学生達に応えた。
「すぐに昔のことになってしまうものさ」
「まあ現在は一瞬ですから」
 学生達もそれに頷く。
「未来も近付いてきてすぐ過去になる」
「過去は後ろを見れば永遠にあるし未来も前を見れば永遠にある。しかし現在は今そこにあるだけですからね」
「過去僕が見てきた女性は不思議だった」
 彼は言う。
「人形と歌手、そして娼婦だった」
「それがステッラじゃな」
 リンドルフはそれを聞いて一人呟く。
「ようやく白状しおったわ」
「いや、女性じゃないな」
「何じゃ、違うのか」
 リンドルフはそれを聞いて酒気を帯びた目で彼を見据えた。
「では何じゃ」
「女性達は。それは三人いた」
「三人も」
「流石はホフマンさんだ。今まで三人の女性と深い交流があったのですか」
「聞きたいかい?」
「勿論です」
 学生達は笑顔で応えた。
「是非共。お願いします」
「君は?」
「勿論です」
 ナタナエルもそれに頷いた。
「是非」
「で、どんな話なんだい?」
 ニクラウスがホフマンに尋ねてきた。
「まさかとは思うけれどあの話なのかい?」
「ニクラウス、今は静かにしていて」
「わかったよ」
 彼はそれに頷くと空いている席に座った。
「じゃあ話すんだね」
「どんな話かな」
「まずは聞いてみるか」
「その前に一杯」
 ホフマンはまずはまた一杯所望した。すぐにジョッキに一杯の黒ビールが運ばれて来る。ホフマンは運んで来たボーイに礼を言うとすぐにそのビールを飲み干した。そしてそれから述べた。
「さてと」
 リンドルフは学生達が座りホフマンがその中央に座ったのを見てまずは懐から時計を取り出して時間を見た。
「あと一時間あるな。一時間だ」
 そう呟いて禍々しい笑みを浮かべた。口が耳まで裂けんばかりの笑みであった。
「それで全てがつく。詩人殿の驚く顔が見ものだな」
 見れば彼の席は面白い場所にあった。ホフマンは中央にいた。その彼を左手に見ていた。最後の晩餐においてキリストを見るユダの位置であった。
「皆さん」
 ここで店の方から声がした。
「そろそろオペラの幕が上がりますけれど」
「今はいいよ」
 学生達はそう返した。
「ドン=ジョバンニは明日もやるんだろ?」
「ええ」
「だったら明日でも見られるし。それに昨日も観たし」
「美人も三日見れば飽きるし。明日でもいいよ」
「そうですか。それでは」
「うん。今はそれより」
「ホフマンさんの話を聞きたいんだ」
 そしてホフマンに注目した。彼はまたジョッキを飲み干していた。もう顔が真っ赤になり目は座っている。完全に酔ってしまっていた。だが酒に酔っているのか他のことに酔っているのかまではわからない。
「じゃあそろそろいいかな」
「はい」
 学生達は応えた。
「何時でもいいですよ」
「お願いします」
「そしてそれが終われば奴は奈落の底だ」
 だがリンドルフの声は誰にも聞こえなかった。しかしこう呟いたのは事実であった。
「全ては。わしの手の中よ」
「それじゃあそろそろ話をはじめるから」
「静粛に」
「はい、静粛に」
 学生達はナタナエルの言葉に応えそれぞれホフマンに注目する。ホフマンはそれに応えてまず咳払いをした。それから言う。
「それでははじめるよ」
「はい」
「まず最初の話だけれど」
「それは」
「オランピアの話だよ」
 そして話をはじめた。彼は酒を飲みながら話をはじめた。
 
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