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ホフマン物語

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第五幕その四


第五幕その四

「試練」
「ええ」
「人は成長するものですから」
「そう」
 それにステッラもリンドルフも頷いた。皆が頷いた。
「人は愛によって大きくなり」
「涙によってさらに成長するのだから」
「じゃあ僕が今まで経験してきたことは」
「その礎だったのです」
 そういうことであった。失恋の痛みもまた。
「芸術を得る為の」
「そう、そして貴方は本当の意味での芸術家になったのです」
「そうか、そうだったのか」
「これからは貴方は自分の意思で道を開くことがあります」
「芸術の道を」
「それこそが貴方の道。さあお立ちなさい」
「うん」
 彼はミューズに言われるがままに立ち上がった。
「そして歩いていくのです」
「僕の道を」
「そう、貴方の道を。これからも多くのことがあるでしょうが」
「立ち止まることは許されないね」
「はい、音楽家として」
「そして詩人として」
 そういうことだった。ホフマンを芸術に導く為だったのだ。全ては、
「貴方は今その道の入口に立ったばかり」
「戻ることはできないね」
「戻りたいのですか?」
 ミューズはそれを聞いて問うてきた。
「貴方は」
「まさか」
 だがホフマンはそれを一笑に伏した。
「僕はこのまま歩いていくよ、ずっとね」
「そう、そして」
「何処まで行けるか行ってみる。一人でね」
「任せていいのですね」
「うん」
「それじゃあホフマン」
 ミューズはこれまで以上に優しげな笑みを浮かべた。そして言った。
「さようなら」
「さようなら」
 ミューズは消えた。ホフマンはそれを見届けた後で後ろにいあるステッラやリンドルフ達にも声をかけた。
「君達にも御礼を言わないと行けないね」
「何故に」
 リンドルフは今までとは全く違う笑みを浮かべてホフマンに尋ねてきた。
「少なくとも私は違うと思いますが」
「君が完全に現実の世界の人間だったらね」
 ホフマンはそれに対してはこう返した。
「けれど違うから」
「左様ですか」
「ステッラは一人じゃなかった。君もまた一人ではなかった」
 そういうことだった。彼もまた。
「はい」
「どうやら僕は君とニクラウス、いやミューズに案内されていたようだね。今のこの道の入口に」
「その通りです」
「道を案内するのは神だけじゃないのか」
「私共も致しますよ」
 リンドルフははじめてにこやかに笑って応えた。
「少しやり方は違いますが」
「おかげでえらい目に遭い続けてきたけれどね」
「それは何故かおわかりですね」
 それをホフマンに問う。顔にも声にも悪意はない。
「それは君も言ったね」
「はい。人は愛によって大きくなり」
「涙によってさらに成長する。そういうことだね」
「そういうことです。では私の目的は果たされましたので」
「これでお別れか」
「はい。またいずれ御会いしましょう」
 心地よい別れになる。その時のホフマンの言葉は。
「今度会う時は手加減してくれよ」
「さて、それはどうでしょうね。ははは」
 彼は笑い声と共に姿を消した。同時にステッラも他の者達も姿を消してしまっていた。
「行ったか、皆」
 ホフマンはそれを眺めた後で一人呟いた。
「ステッラは彼のものになったが僕は他のものを手に入れた。ミューズと彼に教えられた」
 呟きながら顔をあげる。
「行くか、その道に」
 そう言いながら前に進み酒場の扉の前に行く。金はテーブルの上に置かれていた。
 ホフマンは扉を開けた。そこがはじまりであった。
 今彼は現実と幻想の狭間にある世界に足を踏み入れた。その先にあるのは何かわかっている。
 彼はその中を歩きだした。扉はゆっくりと閉じられ彼の後ろを守っていた。


ホフマン物語   完


                 2006・1・2
 
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