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ホフマン物語

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第三幕その二


第三幕その二

「おや、いない」
「どうしたんだろうな」
「まあいいさ。彼女がいるのは事実なんだし」
「そして彼女はちゃんと生きていると言いたいんだね」
「ああ。ローマでのようなことはないさ」
 彼はオランピアとのことを思い出しながら応えた。
「あんなことは二度とね」
「そうだと思いたいけれどね」
「何だよ、彼女もまた人形だって言いたいのかい?」
「そんなことは言わないよ。ただ」
「ただ」
 ホフマンの言葉に反応した。顔を向ける。
「また嫌な予感がするんだ。気をつけておいてくれよ」
「取り越し苦労だと思うけれどね」
「だといいけれどね」
「何か引っ掛かるな」
 ホフマンはニクラウスの言葉に嫌な顔をした。
「君は最近僕に関して嫌なことばかり言う」
「良い言葉は耳に馴染まないものさ」
「そうは思わないけれどね」
「まあそれもまたわかるよ。来たよ」
「うん」
 向こうの扉が開いた。そしてアントニアがホフマンの前に姿を現わしたのであった。
「いらっしゃい。ホフマン」
「アントニア」
 彼は悦びを満面に讃えて彼女に言葉をかけた。
「最近身体が優れないって聞いて心配していたんだ」
「有り難う。けれど大丈夫よ」
 彼女は青い顔で答えた。
「だったらいいけれど」
「少なくとも貴方に会うには何も困ったことはないから」
「そう。それならいいけれど」
「ホフマン」
 ニクラウスが彼に声をかけてきた。
「何だい?」
「ちょっとクレルペルさん達と話したいことがあるからこれでね」
 気を利かせてこう言ってきた。
「うん。それじゃあ」
「また後でね」
 こうして彼は部屋を後にした。そして部屋にはホフマンとアントニアだけとなった。
「アントニア」
「はい」
 アントニアはホフマンの言葉に顔を向けてきた。
「今までずっと会えなかったけれど今こうやって会えたね」
「ええ。ミュンヘンにようこそ」
「捜したよ。何処にいるのかって。オペラハウスを聴き回ってね」
「それでようやくここに来たのね」
「うん。どうして唄うのを止めてしまったんだい?」
 彼は問うた。
「急に。君の身に一体何が」」
「仕方がないの」
 ホフマンから顔を背けて俯いて言う。
「これは。仕方のないことなの」
「一体どうしたんだい?」
「聞いてくれる?」
 彼女はホフマンに顔を戻して問うてきた。
「その訳を」
「うん、よかったら」
 ホフマンは答えた。
「言ってみれくれないか」
「ええ」
 ホフマンにそう言われて頷いた。それから答えた。
「私は。身体を壊してしまったの」
「身体を」
「それで。もうこれ以上唄ったら命に関わるようになってしまったのよ」
「馬鹿な、そんなことが」
「いえ、本当のことよ」
 また俯いて顔を背けて言った。
「あの甘い歌も。もう二度と唄えないのよ」
「僕達が二人で唄った歌もかい」
「ええ」
 彼女はまた答えた。
「もう二度と。唄えはしないわ」
「そんな、馬鹿な」
 ホフマンはそれを必死に否定しようとした。
「そんなことが。有り得ないよ」
「いえ、本当のことよ」
 アントニアは悲しみに満ちた顔と声でこう応えた。
「あの薔薇の歌も。唄えないの」
「どんな歌も」
「ええ」
「僕の作った歌も。何も唄えないのか」
「何も。もう私は二度と唄うことはできないの」
 悲しい言葉であった。
「誰がそんなことを言っているんだい?」
「御父様が」
「クレスペルさんが」
「お医者様は逆のことを言っていらっしゃるけれど」
「お医者様、それは一体」
 ホフマンは医者という名を聞いて顔を向けた。本来なら医者が言っているのなら歓迎すべきことだがこの時はどういうわけか胸騒ぎがした。
「ミラクル先生というの」
「ミラクル先生」
「知っているの?」
「いや、知らない。けれど」
 名前を聞いて胸の不安がさらに大きくなるのを感じていた。
「どういうわけかわからないけれど。嫌な予感がする」
「そうなの」
「君のお父さんがそう言うのなら。仕方ないかも知れない」
「貴方もそう言うのね」
 唄ってはならない、その言葉を言われてアントニアはまた悲しい顔になった。
「仕方ないよ。とにかく今は控えた方がいい」
「そんな・・・・・・」
「僕も君のお父さんも。君のことを思っているから」
「けれど」
「けれどもそれもないよ。わかったね」
「ええ。仕方ないわ」
 こくりと頷いた。そこに足音が近付いてきた。
 
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