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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第二十四話 新たな敵

帝国暦 489年 6月12日   オーディン  ローエングラム元帥府  エルネスト・メックリンガー



各艦隊司令官に会議室に集合せよと命令が下った。司令官達は皆集まったが訝しげな表情をしている。
「メックリンガー提督、何が起きたと思われる」
隣に座っているワーレン提督が小声で問いかけてきた。何処となく声に不安そうな響きが有る。

「多分、地球教の件だろうとは思うが……」
「やはりそう思われるか。地球教の教団支部はかなり激しく抵抗したと聞いているが」
「私もそう聞いている。第一、国家安全保障庁と憲兵が共同で対処しているのだ、尋常な事ではない」
「うむ」
ワーレン提督が重々しく頷いた。

一昨日、国家安全保障庁と憲兵が共同でカッセル街十九番地にある地球教教団支部に踏み込んだ。どうやら地球教はローエングラム公の暗殺を企んだらしい。そのためにキュンメル男爵を巻き込んだとも言われている。おそらくは事実だろう、昨日今日とフロイライン・マリーンドルフの姿は見えない。そしてここ数日、ローエングラム公の機嫌はすこぶる悪い。

支部では戦闘となり、国家安全保障庁、憲兵隊、信者にかなりの犠牲者が出たようだが最終的には国家安全保障庁と憲兵隊が支部の制圧に成功している。地球教の大主教ゴドウィンは逮捕され尋問されたようだ。多分彼から何らかの情報が得られたのだろう。

「地球教がローエングラム公暗殺か、一体何を考えたのか……」
「全くだ、さっぱりわからんな」
地球教が何故ローエングラム公を暗殺しようとするのか、艦隊司令官達も皆首を捻っている。

だが何かが起きているのだろう。国家安全保障庁と憲兵隊が協力しているなど本来有り得ない事だ。国家安全保障庁は成立の過程からして憲兵隊とは不倶戴天の関係に有ると言って良い、それが協力して対処している。単なる暗殺未遂に止まらない国家的重大事件の発生、そう考えられなくもない。

私が気になるのは今回の事件、地球教のオーディン支部の独断なのか、それとも地球からの命令なのかだ。場合によっては地球鎮圧のために軍の派遣も有るだろう。我々がローエングラム公から呼び出されたのはそれではないかと思うのだが……。

会議室にローエングラム公が入って来た。皆が起立して公を迎えた。公の後ろにキルヒアイス上級大将、フェルナー国家安全保障庁長官、オーベルシュタイン憲兵総監が続く。それを見て会議室の空気も緊張したものに変わった。互いに礼を交わし席に着く。公が我々を見回し話し始めた。

「もう知っていると思うが一昨日、私を暗殺しようとする計画が発覚した。実行者はキュンメル男爵だが、彼は使嗾されたにすぎぬ。使嗾したのは地球教徒と分かった」
ローエングラム公が会議室の中を見回す。部屋の中、彼方此方で頷く姿が有った。それを確認してから公が話を続けた。

「国家安全保障庁、憲兵隊が地球教団支部に踏み込み彼らを逮捕した。そして私の暗殺は地球教団本部からの命令である事が分かった」
会議室にざわめきが起きた。どうやら出兵のようだ、誰が地球討伐を命じられるのか……。

「だが取り調べの過程で奇妙な事が判明した。フェルナー、説明せよ」
奇妙な事? ローエングラム公の表情には不愉快そうな表情が有る。どうやら公自身にも判断がつかないという事か。そしてフェルナー国家安全保障庁長官の表情にも戸惑いがあった。一体何が判明したのか……。

「地球教がローエングラム公の暗殺を考えたのはそれにより帝国を混乱させ、反乱軍が回復するまで攻勢をとらせない事を考えたようです」
反乱軍が回復するまで攻勢をとらせない? どういう事だ? 連中は反乱軍の味方なのか? 皆が顔を見合わせている、私と同じ想いなのだろう。

「彼らの目的は帝国と同盟を戦わせ続ける事で疲弊させ共倒れさせる。その後地球が混乱した宇宙を支配するというものです」
皆がまた顔を見合わせている、何を言っているのかよく分からない。地球が宇宙を支配する? 一体何の冗談だ。

「フェルナー長官、それは冗談ではないのだな」
「残念ですが冗談ではありません、ロイエンタール提督。地球教のゴドウィン大主教から得た情報です」
フェルナー長官は至極真面目な表情だ。嘘ではない、だがとても正気の沙汰とは思えない。地球教とは誇大妄想を持つ人間の集まりなのか? 皆どう判断してよいのか分からないのだろう、しきりに顔を見合わせている。笑い出す人間が居ないのが不思議なくらいだ。

「情報そのものよりも情報源の頭の中を確かめた方が良いのではないか、フェルナー長官。連中、とても正気とは思えんが」
首を傾げながらのビッテンフェルトの言葉に彼方此方から同意の言葉が漏れた。私も同感だ、正気か? と言う思いがある。だがフェルナー長官は気にすることなく言葉を続けた。

「もう一つ気になる情報が有ります。フェザーンの真の支配者は地球だそうです。ローエングラム公を暗殺するのは公の後継者にヴァンフリート割譲条約を破棄させフェザーンの立場を強化するという狙いも有ったと言っています」
彼方此方でざわめきが起きた。“馬鹿な”、“何を考えている”そんな声が聞こえる。隣にいるワーレン提督も頻りに首を振っている。

「当初国家安全保障庁は逆だと考えていました。フェザーンが関与しているとすればフェザーンが主で地球教が従、今回の一件は劣勢にあるフェザーンが事態打開のために地球教を利用したのだと。しかしゴドウィン大主教の証言からするとむしろ地球がフェザーンを隠れ蓑にして宇宙の支配を考えていたと言う事になります」

「つまり、地球は宗教とフェザーンの財力で宇宙を征服しようとしている、そういう事か。ボルテック弁務官は何と言っているのかな、確認はしたのだろう?」
私が問いかけるとフェルナー長官は力無く首を横に振った。

「知らないと言っております。ゴドウィン大主教の証言以外にフェザーンがこの件に関与しているという証拠は有りません、今のままでは……」
どう考えれば良いのだろう。正気とは思えない、しかし無視してよいのだろうか? 事実ならとんでもない事だが……。ローエングラム公の表情が渋いのは公自身にも判断がつかない所為だろう。

「元帥閣下、やはりこの一件、黒姫の頭領に確認した方が良いのではないでしょうか?」
躊躇いがちにキルヒアイス上級大将が進言するとローエングラム公の表情がますます渋くなった。はて、この件に黒姫が絡んでいるのか? 皆が顔を見合わせた。その事に気付いたのだろう、キルヒアイス上級大将が我々を見ながら話し始めた。

「今回の一件、キュンメル男爵が暗殺を計画している事、そして地球教が絡んでいる事を知らせてきたのは黒姫の頭領なのです。彼はフェザーンが関与している可能性も指摘していた」
周囲から溜息を吐く音が聞こえた。私も溜息を吐きたい。今回の暗殺事件を未遂に終わらせたのは国家安全保障庁、憲兵隊の働きによるものではなかった。黒姫の目と耳が動いたという事か、道理でローエングラム公の機嫌が悪いわけだ。

「彼は以前フェルナー長官にこう言ったそうです。“フェザーンはただの拝金主義者じゃない。あれは擬態だ”」
キルヒアイス上級大将の言葉が続く、そして会議室に沈黙が落ちた。皆が顔を見合わせている、これで何度目だろう。ややあって途惑いがちにケンプ提督が周囲を見ながら質問を発した。

「つまりフェザーンと地球教は同じ穴のムジナで彼はそれを知っていたと」
キルヒアイス上級大将が首を横に振った、違うのか?
「それだけではないかもしれません。彼はフェザーン、そして地球と戦っていたとは考えられませんか。イゼルローン要塞を落す事で反乱軍勢力地への侵攻を容易にしローエングラム公に宇宙を統一すべきだと進言していた。そしてヴァンフリート割譲条約はフェザーンの力を抑える為に結んだ……」

皆考え込んでいる。なるほど、今回の暗殺未遂事件、その理由を考えると黒姫の存在は大きい。フェザーンと地球教が宇宙の征服で結びついているとすれば黒姫の行動はことごとく彼らの邪魔をしているとしか思えない。偶然なのか、それとも必然なのか、フェザーンを危険視していたことを見れば偶然とは思えない。しかし、そんな事があるのか。己の利益を図りつつ敵に損害を与え続けた……。

「止むを得んな、フェルナー、黒姫に連絡を取れ。我々だけで考えていても埒が明かない」
ローエングラム公が忌々しそうな口調でフェルナー長官に命じた。なるほど、既に彼に確認しようと言う意見は出ていたのだろう。だが公がそれを受け入れなかった。我々から何らかの回答、ヒントが出るのではないかと期待したという事か……。また役立たずと思われたと言う事か、溜息が出そうだ……。

フェルナー長官が機器を操作すると会議室のスクリーンに黒姫が映った、どうやら艦に乗っているらしい。
「やあ、エーリッヒ」
『ああ、アントンか、久しぶりだね。おやおや、皆勢揃いか。元帥閣下、お元気そうで何よりです。久しぶりですね、皆さん』

黒姫がにこやかに声をかけてきた。公の表情が益々渋いものになる。
「卿のおかげで殺されずに済んだ、礼を言う」
『お役に立てた様ですね、御報せした甲斐が有りました。今後もこのような事が有ると思います、お気を付けてください』
「そうしよう」

話が進むにつれ黒姫のにこやかな表情とは対照的にローエングラム公の表情が渋くなる。良くない傾向だと見たのだろう、フェルナー長官が話し始めた。
「エーリッヒ、俺からも礼を言う。卿のおかげでローエングラム公を守る事が出来た」
フェルナー長官の言葉に黒姫が頷いた。

『随分と被害が出たようだ、リスナーから聞いている』
「ああ、予想外の被害だった」
『ウチの人間が忠告したはずだけどな、本気にはしなかったか……』
黒姫の口調がぞんざいになっている。友人として気安いのだろう、或いは呆れているのか……。フェルナー長官の顔が歪んだ、ローエングラム公の顔も歪んでいる。少なくとも二人は呆れられたと受け取っただろう

「そういうわけではないが……、言いわけだな、卿の言う通りだ、何処かで高を括ったと思う」
フェルナー長官が首を振った。苦い口調だ、黒姫からは地球教はかなり危険だと報せが有ったのだろう。軽視したわけではないだろうが結果としてはそうなった。

『これからは気を付ける事だ、あの連中は宇宙征服を企む悪の秘密結社なんだから』
何処か浮かれた様な冗談めいた口調なのは友人を気遣っての事だろう。だがフェルナー長官の表情が益々歪んだ。

「やはり知っていたのか、彼らの陰謀を……」
『……知っていた、いや想定していたと言うべきかな』
周囲から溜息が聞こえた。ローエングラム公も溜息を吐いている。
「どうして教えてくれなかった」
黒姫がほんの少し答えるのを躊躇った。

『……言ったら信じたか?』
「……いや、事が事だ。難しいだろうな……」
『だから言わないんだ。気が狂ったと思われるのがオチだからな。卿らは地球教が危険だという事も軽視した……』

「……俺を試したんだな、ヒントを出して正解に辿り着けるか試した、何処まで自分の言う事を信じるか試した……」
苦い口調だ、お互いに視線を合わせたまま沈黙している。誰も口を開こうとしない、重苦しい沈黙が会議室に落ちた。

黒姫が一つ息を吐いた。
『……そう思いたければ、そう思えば良い。私には止める権利は無い。それで、何の用だ。……恨み言を言うために連絡してきたわけじゃないだろう、アントン・フェルナー国家安全保障庁長官』
何処か投げやりで突き放すように聞こえる口調に皆が顔を見合わせた。多分驚いているのだろう、我々が知っている黒姫とは余りにも違う。明らかに彼はウンザリしているしそれを隠そうともしない。

「済まん、責めているわけじゃないんだ。……ただ、確証が欲しい。ゴドウィン大主教の証言は有る、だが皆それを信用出来ずにいる。卿はどうしてフェザーンの支配者が地球だと思ったんだ」
黒姫が我々を見た、そしてまた一つ息を吐いた。呆れられている、情けなかったがそれ以上に彼が何故地球教とフェザーンの陰謀を察知したのか知りたかった。

『最初に思ったのはフェザーンは交易国家として不自然な点が有ると言う事だ』
「不自然?」
フェルナー長官の言葉に黒姫が頷いた。

『フェザーンは帝国と同盟の中間に有り両者と交易する事で繁栄している。ああ、断っておくが私は彼らを反乱軍などとは呼ばない。彼らは黒姫一家にとっては大事な取引先なんでね」
フェルナー長官がローエングラム公に視線を向けると公は渋々といった表情で頷いた。
「……分かった」

『では続ける、言わばフェザーンの繁栄は帝国と同盟が支えていると言って良い。酷い言い方をすればフェザーンは帝国と同盟から栄養を吸い取って肥え太る寄生虫の様なものだ』
「確かにその通りだが……」
言葉を続けなかったのは黒姫を誹謗する事になりかねないと思ったからだろう。確かに酷い言い方だ。

『当たり前の事だが宿主が死ねば寄生虫も死ぬ。帝国、同盟が崩壊すればフェザーンも没落する。そう考えると現状におけるフェザーンの政策、帝国と同盟の間で戦争を煽るような行為は不自然だと思わないか? 帝国、同盟、そのどちらか一方が崩壊すればフェザーンの繁栄は崩壊するんだ。連中は自ら没落への道を歩んでいる事になる』
「なるほど……」

なるほど、確かにその通りだ。ローエングラム公も皆も頷いている。
『此処までで腑に落ちない点は有るかな? アントンに限らない、疑問点が有ればおっしゃってください』
フェルナー長官が皆を見渡した。誰も発言をしようとしない。それを見て“続けてくれ”と先を促した。

『フェザーンの政策は不自然だ、その事に気付くともう一つの不自然に気付く』
「それは?」
黒姫が微かに笑みを浮かべた。冷笑? 嘲笑だろうか。
『フェザーンはその成立以来、ずっと不自然な政策を採り続けている……。これがもう一つの不自然だ』
彼方此方で唸り声、嘆息が聞こえた。

「しかし現実においてフェザーンは繁栄しているが……」
ローエングラム公が疑問を提示した。反発ではないだろう、真実訝しそうな表情をしている。
『公のおっしゃる通り政策が一貫しフェザーンは繁栄している。現状を見ればフェザーンの行動は正しい様に見える。だから誰も疑問を抱かない。しかし、これはまやかしだ。現実にはフェザーンは極めて危険な状態にある』

皆が黒姫に注目した。危険とは一体何なのか。
『この銀河には最盛期三千億の人間が居た。しかし今では帝国、同盟、フェザーンを合わせても四百億に満たない人間しかいない。大体十分の一になっている。この事が経済活動に及ぼす影響は決定的だ。フェザーンにとって市場が十分の一になった事になる』

彼方此方で呻き声が聞こえた。所々で“十分の一”と言う声も聞こえる。
『しかも長い戦争の所為で男性が圧倒的に少ない。当然だが生まれてくる人間も減少している。戦争をこのまま続ければ成人男性がさらに戦死し人口減少に拍車がかかる。冗談ではなく帝国、同盟の両国は崩壊しかねない』
会議室に沈黙が落ちた。皆顔を強張らせている。そして黒姫だけが淡々として話を続けた。

『フェザーンにとって帝国、同盟は大事な市場だ。その市場がどういう状況にあるか気付かないとは思えない。私が自治領主なら和平、或いは休戦を呼びかける。恒久的な物じゃなくていい、十年で良いんだ、十年戦争が無ければかなり違う。しかし、フェザーンの自治領主は五代に亘って帝国と同盟を噛み合わせる事しか考えていない、何故かな……』
「……」

黒姫が笑みを浮かべている。何処か寒々とした笑みだ。
『自分達の政策が誤っていると気付かない愚か者か、そうでなければ……』
「そうでなければ……」
フェルナー長官の問いかけに黒姫がクスッと笑った。

『政策の決定権を持っていないかだ。彼らはフェザーンの支配者ではなく使用人でしかないのさ。真の支配者にとってはフェザーンの繁栄は必ずしも重視すべきものではない。より重視すべきは帝国、同盟の崩壊、それによる宇宙の混乱、そういう事になる……』
会議室の彼方此方から呻き声が起こった、私も呻いている。そして黒姫が笑い声を上げた……。




 
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