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セビーリアの理髪師

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22部分:第二幕その六


第二幕その六

「気になることができてな」
「そうですか。それでは」
「頼むぞ。それではな」
「有り難うございます」
 フィガロは鍵束を受け取るとそのまま部屋から消えた。そうしてバルトロは今度は伯爵が化けている音楽教師のところにそっと寄って囁くのだった。フィガロを見ながら。
「あの散髪屋をどう思われますか?」
「といいますと」
「いえね、怪しいですよね」
 横目でフィガロを見ながら言う。
「若しかしてあいつが伯爵とロジーナの手引きを」
「可能性はありますな」
 伯爵はここぞとばかりにバルトロを不安にさせる為にこう囁いた。
「どうにも」
「そうですか、やはり」
「御気をつけを」
 ここぞとばかりにまた言う。
「詐欺師かも知れませんから」
「わかりました。ではそのように」
 こう言ったところで家の奥からとんでもない物音がした。バルトロはその物音を聞いて思わず叫ぶのだった。
「今度は一体何だ!?」
 その声と共に家の奥に向かう。伯爵とロジーナはまた二人きりになったのであった。
「フィガロがまたやってくれたようです」
「はい」
 二人は見詰め合って頷き合う。それはまさに恋人同士の姿であった。
「こうして私達はまた」
「一緒に」
「全く以って」
 ところが。そのバルトロが戻って来た。フィガロを連れて。
「今度はこんなことをしてくれるとは。困ったことだ」
「いやあ、すいません」
 フィガロは涼しい顔絵で彼に応える。
「失敗しました」
「失敗したではないだろう」
 バルトロは半分泣いた声でフィガロに言う。
「お皿を六枚にコップが八つ、土鍋を一つ」
「日本だとそのまま井戸の下ですな」
「何だそれは」
 変なことを聞いて眉を顰めさせる。
「日本にそんな話があるのか?」
「そうらしいです」
 笑ってそう返す。
「幽霊の話で」
「怪談はいい。これは弁償ものだぞ」
「すいません。では今日の髭剃りは無料で」
「そうしてもらわないと困る」
 それでも安いと思ったがここは度量を見せることにしたバルトロだった。
「是非な。それで許すから」
「有り難き幸せ」
 そう言いながら伯爵にバルコニーの鎧戸の鍵をそっと手渡す。それからこっそりと言うのだった。
「これです」
「これがあの窓の鍵か」
「そうです。何とか手に入れました」
「うん、有り難う」
「しかし。大変でしたよ」
 少し苦笑いを浮かべてみせた。
「大変!?じゃあさっきのは」
「いや、あれは芝居です」
 それはそうだったのだ。
「バルトロ先生をそっちに向かわせる為の」
「成程、そうだったのか」
「それでですね」
 フィガロはまた言う。
「これでとっておきのカードを手に入れましたし」
「後は動くだけか」
「はい。宜しいですか?」
「うん、それじゃあ」
 頷き合う。二人は今会心の笑みを浮かべていたがそれは一瞬のことだった。何とここでとんでもない人物が家の中にやって来たからだ。
「どうも、遅れまして」
 バジリオだ。帽子を取って深々と一礼して家の中に入る。皆そんな彼の姿を見て思わず声をあげそうになった。驚いているどころか凍り付いている者すらいる。
「何でここに」
「しまった」
「困ったことになったぞ」
 ロジーナと伯爵、フィガロはそう呟いて困惑する。戻って来ていたバルトロは目を顰めさせていた。
「風邪ではなかったのか?」
「風邪!?」
 バルトロのその言葉を聞いたバジリオは目をしばたかせる。
 
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