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セビーリアの理髪師

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1部分:第一幕その一


第一幕その一

                 第一幕  騒動のはじまり
 十八世紀終わり頃のスペインの港町セビーリア。スペインの乾いた街並に立ち並ぶ白い家達。道の広さも長さもまちまちで家々はその道を囲むようにして建っている。その家々の間に僅かな広場がある。その広場において一人の着飾った若者がいた。
「ここでいいのだな?」
「はい」
 黒い豪奢な絹の服に白いズボンと編み上げ靴を身に着けている。黒い上着には銀で様々な刺繍が施されていてそれがみらびやかに見せている。黒い髪を奇麗にまとめて髭も剃ったその顔は黒くはっきりした彫のある目もあり実に若々しい端整なものであった。
「こちらでございます、アルマヴィーヴァ伯」
「名前は呼ばないでくれ」
 伯爵と呼ばれた彼は咎める目で青と赤の派手な服の従者に言った。
「今はな」
「失礼、それでは」
「わかってくれたらそれでいい」
 彼が謝ったのを見てそこまでで許した。穏やかでかなり高い声である。
「それでだ。用意はできているのか?」
「今できました」
 彼はそう伯爵に言う。
「もう何時でも」
「有り難うフィオレルロ」
 彼の名を呼んで礼を述べる。
「それではこれを」
「はい」
 チップを出し手渡す。フィオレルロも笑顔でそれを受け取る。
「まずはこれだ」
「後でも貰えるのですか?」
「それはこれからの働き次第」
 伯爵はくすりと笑って述べる。若々しい晴れやかな笑顔である。
「わかったな。では働いてくれよ」
「わかりました。それでは」
 彼は後ろに立つ楽師達に顔を向けて言う。
「いいですか皆さん」
「はい」
「何時でも」
 既に楽器や合唱の用意を済ませていた楽師達は彼に答える。
「演奏できます」
「さあ、今こそ」
「わかりました。では伯爵」
 フィオレルロは彼等の言葉を聞いてから伯爵に顔を戻した。
「いけます。さあ」
「わかった。それでは」
 伯爵もそれを受けて唄いはじめる。それはカヴァティーナであtった。
「東の空が微笑み美しい曙の光が差し込む。それなのに貴女はまだ目覚められないのですか?」
「貴女はまだ目覚められないのですか?」
 演奏も行われる。合唱も行われる。
「さあ愛しい人よ目を覚まして。そうして私をお救い下さい」
「私をお救い下さい」
「愛しい人よ」
「ああ、愛しい人よ」
 伯爵は合唱団と声を合わせる。そうして歌を続ける。
「悩みを和らげ苦しみから解放して下さい。貴女の笑顔で」
 見ればある白い家の二階の窓に向けて唄っている。そこに誰かがいるかのように。
「むっ」
 ここで彼は何かを見た。
「見えた」
「誰がですか?」
「彼女が」
 そうフィオレルロに述べる。
「彼女があの窓にいた。見えなかったか?」
「そうでしょうか」
 だがフィオレルロは首を傾げてそう答えるのであった。
「私には見えませんでしたが」
「そうか。ではいないのか」
 彼の言葉にいささか気落ちする。だが歌は続けた。
「しかし。それならば余計に」
「その意気です」
 フィオレルロは横から彼を応援する。主を。
「さあまた」
「うん。私が欲しいのは愛の一時」
「私が欲しいのは愛の一時」
 また合唱団と一緒に唄う。
「その甘い嬉しさに比べられるものはない」
「その甘い嬉しさに比べられるものはない」
 甘いカヴァティーナが終わった。伯爵はフィオレルロと楽師達を回りに集めた。
「今日も御苦労」
「いえいえ」
「今日も出られませんでしたね」
「時間が悪かったか?」
 伯爵はその窓を見ながら言う。じっと見据えている。
「明け方というのは」
「そうは思いませんけれどね」
 それにフィオレルロが答える。
「そろそろ起きられる時間ですし」
「そうだよな」
「なあ」
 楽師達も彼のその言葉に頷く。
 
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