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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第一部
運命の夜の先へ
  一日の終わり

 学生服から私服に着替え、新都の活気の中を歩く。
 昨日からの疲れで気だるさは感じるが、身体的な異常はない。

 ビル群やオフィス街が並ぶ都心部から少し離れた地区。
 新都北西部に位置するこの場所には、大手企業が支社や支店を構えている。



 そしてその一画にある、外国産二輪自動車専門店に到着した。



「ずいぶんと早い卒業祝いになっちまったなー。ま、遅いか早いかの違いでしかなかったけど」
「ちょうど一ヶ月前に改造が終わってたからな。でも大型じゃなくて良かったのか? 乗り回す目的ならハーレーの方がよかったろう」
「大型は車検あるし、維持費もバカにならないからなー。それにどっちかって言うと、ハーレーよりドゥカティの方が好きだな」

 先ほど店に着いてから、はや10分足らず。

 顔を合わせるなり店長とバイク談義を始めたせいで、後ろで霊体化しているフェンサーはずっと沈黙している。

「ミッションならゼファーがいいかなぁ。ただ400は6速なのに750は5速なんだよね。あれは頂けない」
「ギア幅で言やぁ6速でも問題ないはずなんだがな。ありゃあメーカー側がコストダウンを図ってのことだろうな」
「まあ強度的な余裕が欲しいのもあるだろうね。売り手としてはコストダウンと信頼値の向上が見込めるなら、6速にするメリット全然ないわけだし」
「大排気量ネイキッドには5速モデルが多い。ワークスマシンにさえ5速があるくらいだからな」
「まあゼファー750も、高速巡航で余裕でエンジン綺麗に回ってくれるしなぁ。問題は燃費の悪さだけ」

 恐らくバイク好きでなければ、何を話しているか解らないだろう。

 今居るのは修理やパーツ交換を行う地下作業場。
 予約済みのバイクを置いておく場所でもあるので、問題ないバイクでもちょくちょく置いてあるのを見かける。

 地上搬出用エレベーターに店長、バイクと共に乗り込みつつ、店を出るその瞬間までバイク談義は続く。

「つっても、坊主のマシンもだいぶ改造してあるだろ。エンジンまわりの強化と、トルクアップして回転数調整して……元々走り用のバイクじゃないぞ、コイツは」
「のろのろ走るのはストレス溜まるじゃん。交通法規を破るつもりは無いけど、速度出せるに越したことは無いでしょ」

 俺が購入したのはホンダ製中型二輪自動車、VALKYRIE(バルキリー)-RUNE(ルーン)
 排気量1800越えの、水平対向6気筒(フラットシックス)エンジンを積んだアメリカンバイクである。

 改造しているのでスペック自体はもう少し上がるが、基本的な能力はそんなもの。
 本来は余裕のクルージングでゆっくりと走ることを目的としているモノだが、走りたがりでもある俺がそんなもので満足するはずが無かった。

 このレベルになると、他に乗っている人間はほとんど見かけない。
 新車価格だと値段が国産乗用車を余裕で買えるほどなので、バイクを趣味にしている人間でもおいそれと手を出せない代物だ。

 ぶっちゃけ改造費込みなら、乗用車を二台買えるかもしれないほどのお値段になっています。

 しかし近頃では日曜朝の某仮面を被った正義の味方がこのバイクに乗っているあたり、あの番組の製作スタッフにはバイク好きが潜んでいるのやも知れぬ。

 できるなら、予算案がどうなっているのか見てみたい。

「じゃあな、おっちゃん!」
「おう、達者でな」

 ヘルメットとゴーグルを装備し、エンジンをまわす。

 剥き出しになった二本のショートマフラーが奏でる重低音。
 車体から伝わる、身を震わす振動を感じながら、俺は車道の方へと進む。

 そして一度停車し、周囲に人目がないことを確認。
 ヘルメットを外してシートの内側へとしまいながら、後ろから付いて来ているフェンサーに向き直る。

「よし、フェンサー。戦場(街中)斥候(ドライブ)に行こうぜ」
「……私が後ろに乗ってたら、目立っちゃうわよ?」
「いいんだよ、認識操作するから。誰かが乗ってる、ぐらいの印象しか受けないように調整するさ」

 どちらにせよ、フェンサーを後ろに乗せるなら周囲への誤魔化し(フェイク)は必須だ。
 
 彼女の格好が目立つのもあるが、ヘルメットも一つしかないし、わざわざ二つ用意するのも効率が悪い。
 法律上の問題でも、一般道は運転免許取得から一年未満、自動車専用道、高速道路は運転免許取得から三年未満の運転者(ドライバー)は二人乗りが禁止されている。

 俺も運転免許取得からはまだ3年経っていないので、普通だと走れる場所に制限が掛かってしまう。

 町中で暴走運転をするつもりはないので、警察に止められることはないだろうが…………
 警察の方々は相当お暇なのか、運転者からは見えない絶妙な位置に待機して、一日中監視の目を光らせていたりする。
 きっと油断してスピードを出したりするドライバーを、『はい違反したー』と言って捕まえることに快感を覚えているに違いない。

 これはドライバー間での共通認識(あるある)かもしれない。

 唯一懸念すべきは検問を張られている場合だが、そのときはフェンサーにそっと霊体化してもらって誤魔化すことにしよう。

「危ない運転なんかしないから安心しろって。てか、おまえなら振り落とされることも無いだろうけど」

 ほらほら、と言って後ろのシートをポンポンと叩く。

 少しの溜息をつきながら、フェンサーも仕方ないとばかりに後部座席を跨いだ。

「さすがに細かい道まではまわれないけど、大まかな地形は把握できるだろ」
「ゆっくり行ってよ? 記憶力に乏しいわけじゃないけど、一度走っただけじゃ覚えきれないと思う」
「ああ。のんびり新都をまわろうや」

 彼女がしっかり乗ったのを確認し、ハンドルを捻る。
 動き出した車体の運動に負けないように、フェンサーが腰に回した手に力を込め、キュッとしがみつく。

(はぅあ……っ!? そうか、考えてなかったけど、フェンサーを後ろに乗っけるってことは…………!)

 背中にふよん、とした幸せな感触が二つ。

 何の心構えもしていなかったため、背中に全神経が集中してしまう。
 フェンサーはそんなことを知る由もないだろう。別段意識することも無く、軽く抱きついているに過ぎないのだから。

 つまり、問題があるのは不純な事を考えている俺自身です。

(変に意識するな、強く意識するな。頭で考えるな、感じろ……違う違う、感じるんじゃない!)

 まさか自分の主が心の中でパニくっているなど思わないだろう。

 そんなことを考えながら、新都を周りきるまでの三時間弱。

 走り出すたび、停車するたびに、体勢を固定しようとするフェンサーが押し付けてくる、ふよふよと形を変えるメロンを背中に感じながら、俺は自分との死闘を繰り広げるのだった。















(はあ。人間って慣れるモンなんだな)

 新都を巡り、深山町まで戻ってきた。

 人間の脳ってのは偉大なもので、さすがに三時間も触れ続けていれば適応する。
 最初の一時間足らずはそれこそ気が気ではなかったが、しばらくすれば気にならなくなったため、快適なドライビングを楽しむことができた。

 ゆったりとバイクを走らせながら、新都を周回すること三回。
 何処に何があるか、何処と何処が繋がっていて、何処が戦場に適しているか。

 マスターやサーヴァントの探知も行ったが、やはり昼間とあっては収穫は無きに等しい。
 日中は一般人が多いというのもあるが、一個人が隠れ蓑とするのに有用な場所が少ない。
 逆に適切な隠れ家を見つけたとして、そこが目立たないからこそ目立つ場所になっていては無意味だ。

 まあ引っかかってくれればラッキー程度の心持ちだったので、特に悲観することでもない。

 昼間からほとんど乗りっぱなしなので、冷風に晒されていた体は冷え切っている。
 このまま深山町を回るのもしんどいかなーと思いつつ、スーパーの近くを通りがかった。

「そうだ、食材買いに行こう」
「買い物? じゃ、私はどうしてればいい?」
「好きにしていいけど……バイクで待ってるなり、付いてくるなり」
「それじゃあ付いて行くわ。待ってるのは退屈だもの」
「なら、一度店周りをぐるっと一周するから、タイミングを見て霊体化してくれ」

 ハンドルを切り、一旦スーパーを通り過ぎる。
 夕飯時が近いこともあって店の周辺は人通りが多いが、一度くらい人目が無くなる瞬間はあるだろう。

 もしもタイミングが無ければ、路地の方にでも入り込んでそこで霊体化してもらえばいい。





 後ろにフェンサーを引き連れて入店。

 空調で適度に保たれた室温を感じながら、籠を手に提げて食品売り場を順々に回る。

「スメタナまだ家にあったっけかなあ。なかったらサワークリームで代用。スビョークラは……さすがにスーパーには置いてないか。食料品店に行かなきゃな」

 スビョークラはトマトを代わりにすればいい。
 スメタナはサワークリームとはマイルドさが違うので正確な代用品にはならないが、そこは個人のオリジナリティと言えば言い訳にはなる。

 特殊な調味料だの食材だのは、食料専門の店に行かなければ置いていない。

 町中に存在する庶民の味方であるスーパーでは、マイナー品を置いておくほどの余裕もないだろう。

(何なの、それ?)
(んー? 今日の晩御飯に必要な食材。ロシアじゃメジャーな食材なんだが、やっぱり日本じゃそこらにおいてあるわけもない)
(ロシア料理を作るの?)
(母方が露系の血筋だったからな。家でもロシア料理が多かったんで、お袋の味を真似しようと思ったらロシア料理を覚えざるを得なかっただけさ)

 母がクォーターだったので俺自身にロシアの血は薄いが、目はよく見ると微かに翠がかっている。
 血の名残といえばその程度だが、両親の子供だったという繋がりはこうして母の味を俺が覚えているということしかない。

 彼らが俺に遺してくれたものなんて思い出しかなく、写真や遺留品の類は曽祖父さんが全て処分してしまったので、形となって残るものなど何も無い。

 時間が経つにつれて風化していく思い出。
 たとえ父や母の顔さえ忘れてしまったとしても、せめてこの手料理の記憶(あじ)だけは、いつまでも残し続けていたかった。

 そんなことを考えながら、野菜売り場を歩く。

「トマトに玉ねぎに……近頃の野菜の値上がりはお財布事情に痛すぎる……ま、しばらくはこのまんまだろうな」
(牛肉200g特売特価……すごいわね、下手したらお肉より野菜の方が高いじゃない)

 籠の中にストンと落ちるパック。

 霊体化を活かして、専業主婦(おばちゃん)たちの戦場と化しているフロアから牛肉パックをかっぱらってくるフェンサー。
 誰もが我先にと鬼気迫る表情で手を伸ばす中、一瞬だけ実体化して取り合いで宙に浮いたパックを掴み、俺が持つ手籠の中へとホールインワン。

 我先にとセール品を争うおばちゃんたちは、フェンサーのことになど目もくれないどころか気づくこともない。


 正直に言おう。今この瞬間だけは、霊体化を本気で羨ましいと思った。
 しかしそんなことで霊体化と実体化をして魔力負担をかけられるのはどうか。

 一般学生の自分と魔術師としての自分が頭の中で鬩ぎ合う。



 メインは牛肉でいいので、後は副菜とかそのあたりを買おう。

「ああくそ、ピクルスがねぇ。はぁ、じゃあもう胡瓜でいいや。トマトピューレ……トマトとは別に買っとくか」

 すでにペースト状になっているものと普通のトマトは別用途に使えるし、トマトを加工する手間を省くことができる。
 
 スープにしたり炒め物と和えたり、各種調味料と配合してソースを作ったりも可能だ。
 そういったアレンジやピューレ自体をメインに据えることができるので、俺が料理をするときはトマトピューレを使うことが多い。

 休みの日のお昼なんかはそれでポモドーロパスタを作ったり、ハヤシライスなんかも作っている。
 母の味を再現するという目的が無ければ、自炊することも料理を覚えることもしなかったと思う。

 さて、大体の買い物は終わったな。

「お金は足りるな。今月はバイト休むから、来月分は黒守の預金通帳から降ろすか」

 生活費が足りなくなるのは聖杯戦争のせいなので、そこは仕方が無い。

 精算し終わった商品を袋に詰める。
 用途別に小袋に分け、大袋一つにまとめていく。

(マスター)
(どうしたー? あ、おまえアップルジュース飲んでたけど、晩飯は食うの?)
(サーヴァントの気配よ)
(出来れば食費がかさむからやめてほし────なんだと?)

 フェンサーからの報告に神経を研ぎ澄ませる。
 少し離れた場所……ここから学園方面に、微かに特殊な魔力波長が感じられる。

 ただ、傍にいるはずのマスターの気配は微塵も感じられない。

(マスターは隠れてんのか? その割にサーヴァントの気配を感知させちまうのは手際が悪いな)
(多分実体化させただけでしょうね。魔術的な気配は感じないから、何らかの理由でサーヴァントだけ出したのよ)
(ふうん……フェンサー、先に様子を見に行け。俺もすぐに追いつく)
(了解)

 霊体化して傍に付いていた彼女の気配が消える。

 俺も急いで食材を袋に詰めて表に出て、駐輪場に停めたバイクの元へいく。
 シートの下に荷物を積み込み、代わりに中に納めていたゴーグルとヘルメットを装着する。

 まだ暖気されたままの車体。
 エンジンを一度大きく回転させ、燃焼し噴き出される排煙を跡に残しながら、一般道での最高時速でフェンサーの後を追った。















 学園から住宅街へ抜ける路地。
 そこにフェンサーの気配を探知した。

 適当な場所でバイクを停め、フェンサーに話しかける。

(どうなった? 状況は?)
(逃げられたわ。アレは昨日の黒いサーヴァント……ライダーね)
(チ、そりゃあ雪辱戦といきたかったな……で、姿は確認したのに逃げられたのか?)
(それは……来てみたらわかると思う)

 要領を得ない返答。

 まだ日は出ているというのに、人通りのまったく無い路地に入る。
 そこで佇むフェンサーは、一人の少女を抱きかかえていた。

「っ、美綴!?」

 走り寄り、フェンサーから美綴を受け取る。

「血と生気をかなり吸われてるわね。命に別状は無いけれど、軽く見ていい状態でもない」

 俺も魔術師ではある。中身の補給くらいならある程度できるが、失われた血液までは元に戻せない。
 屋敷の工房でなら造血剤も作れるが、何の設備もないウチのアパートではポーションなど作れない。

 とにかく失った生命力を魔力で補填し、急激に血液を失ったことで衰弱している肉体を補強する。

「おい、しっかりしろ!」

 青白い顔。冷たくなった肌。
 自身の温もりを移し替えるように、強く抱きしめる。

 命に別状は無いといっても、放っておいていい状態でもない。

 とりあえずは意識を取り戻してくれないと、どうすることもできない。

「おい、こら! 起きろ美綴!」
「ぅ…………」

 声だけだが、反応が返ってくる。
 症状は僅かながらに改善されているということでもあるが……頼むから、ちゃんと目を覚ましてくれ。

 赤の他人がどうなろうと知ったことじゃないし、俺の与り知らないところで倒れるのならまだしも。
 目の前でそんな弱ったところを見せられたら、助けないわけには、救わないわけにはいかないんだぞ。

「ぁ……っ…………クロ?」
「っ! そうだよ、黒守だ! 大丈夫か!?」
「う……なんだろ…………すごくだるくて……寒い……」

 言葉を話せる様子を見て、ホッと息を吐く。

 自分が着ていたジャケットを美綴に羽織らせる。
 それだけで体温が戻るとは思えないが、何もないよりはマシだろう。

(フェンサー、ライダーは?)
(ダメね。もう魔力の残滓すら感じられない)

 魔術師間では原則として、一般人に手を出すことは禁じられている。
 魔術は秘匿するものであり、世に知られる可能性を排除するためのルール。
 厳密には知られる事自体ではなく、知られることで魔術そのものの効力や価値が下がることを懸念して作られた掟だ。

 逆に言えば、バレさえしなければいくら人が死のうと構わないのが魔術師である。

 聖杯戦争においてもそれは例外ではない。

 自分で補えない分を他から持ってくる。
 サーヴァントを強化するために人間を喰わせる。

 魔術師として、効率的で合理的な手段。

 学園に仕掛けられた結界とてそうだ。
 他者を喰らって自身を補うために、マスターが仕掛けたものだろう。

 命の吸収(ライフドレイン)魂の捕喰(ソウルイーター)

 だが、それを是とする魔術師がいれば、非とする魔術師も存在するのだ。

「今は考えないでおこう。美綴、立てるか?」
「うん……なんとか」
「頑張って付いてこい。家まで送ってってやる」

 これくらいなら家で安静にしておけば回復するだろう。
 入院させるのも、魔術師側の関係で保護させるのも気がひける。

「はぁ……っく」

 フラフラと立ち上がる。
 覚束ない足取りで俺の後に着いてこようとするが、どう見ても倒れる寸前だ。

 フォローに回ろうと思った矢先、前に立っていた俺に美綴が倒れこむ。

「お、っと」
「あ……ごめん」

 いつもの快活さは何処へ行ったのか、見たこともないしおらしさで謝ってくる。

 いや、人間弱っているときなんて、誰でもこんなもんなのかもしれない。

「気にすんなよ……それと、ちょっとゴメンな」
「え、あっ……」

 脇下から肩を入れて、腰に手を回して身体全体を抱える。

 くっ、身長差もあってこの体勢は俺もキツい。
 いつもは気の強い女丈夫だと思っていたが、こうしてみると案外華奢だし、女の子らしい体つきをしている。

 以前耳にしたほど、体重があるとも思えない。

「ちょ……あんまりくっつかないで……」
「アホか。密着しなきゃ支えられんだろ。俺にくっつかれるのが嫌でも、ちょっと我慢してろ」
「ちがう……ほら、今日ずっと部活してたし……」

 ああ、そういうことか。

 つまり、汗臭いかもしれないのが嫌なのだろう。
 人にそう思われるというのも、自分がそうだと思われるのも同じことで。

 てゆうか、そんな乙女チックな反応するんだな、美綴って。

 こんな季節に女の子が汗をかくとも思えない。
 何より弓道は精神を鍛える意味合いの方が強いから、運動量自体は他の部活に比べれば少ない方だ。

「安心しろ。いつもと変わらずいい匂いしかしない」
「ばかっ……! いつもって何よ……!」

 少し元気になってきたのか、空いている方の手でペチペチと叩かれる。
 普段からかったときに飛んでくる拳に比べれば、蚊が刺したようなものだ。

 そうやって身体だけでなく意識も支えながら、気づけばバイクの元まで辿り着いていた。

「クロって……バイク持ってたっけ?」
「今日買ってきたのさ。そう考えればちょうどよかったよ、おまえん家まで抱きかかえて行くわけにもいかなかったからな」

 ハンドルにぶらさげていたヘルメットとゴーグルを取り、ヘルメットを美綴に渡す。

 ゴーグルをつけ、先に美綴を乗せてから俺もバイクに跨る。

「ゆっくり走るから、しんどかったらもたれててもいいぞ」
「うん…………」

 軽くもたれかかってくる。



 ………………美綴、結構胸あるんだな。いやそうじゃなく。



 だいぶ持ち直したとは思うが、まだかなり辛そうだ。
 早く休ませてやるに越したことはないだろう。

(悪い、フェンサー。出来れば後ろからフォロー頼む)
(はぁ……しょうがないわね)

 運転する俺では後ろの美綴のフォローは出来ないため、そこはフェンサーに任せる。

 このあたりの道は入り組んではいないが坂が多い。

 なるべく上り坂は避けた方がいいか。
 陽が沈めば風もいっそう冷たさを増してくる。

 できるならそうなる前に、彼女を家まで送り届けたい。



 そうして走り出してから10分。



 何も問題なく走っていたのだが、フェンサーに呼び止められる。

(あ、ダメ。落ちたわ、彼女)
「えっ!? 嘘だろ!?」

 車体を端に寄せ、後ろの美綴を振り返る。

 手は腰に添えられているし、彼女の重みは確かに背に感じている。

「落ちてねぇじゃん!」
(ごめんなさい、言い方が悪かったわ。また意識を失ったみたい)
「あー、そういうことか……」
(症状が悪化したわけじゃない。きっと人の温もりと背中からの鼓動を感じてたから、無意識に安心感を得て眠ったんでしょうね)

 といっても、バイクでは眠った状態の彼女を運ぶのには無理がある。

「一旦家に寄るか。ここからなら然程遠くない」
(そうね。もう少し回復するまで、時間が要るでしょう)
「よし。フェンサー、美綴の後ろに座って身体固定してやってくれ」
(三人乗り? 出来るの?)
「俺と女の子二人くらいならどうにかなる」

 シートの先ギリギリに座る。
 キツいっちゃキツいが、無理ってほどでもない。

 何とかかんとかバイクを動かして、家へと向かう。










「────あ、れ?」
「お、気が付いたか?」

 ベッドで眠っていた美綴が目を覚ました。
 血色は良くなったほうで、表情にも生気が戻ってきている。

 台所でこなしていた料理の火を止め、彼女の近くに寄った。

「ゴメンな、寝心地悪かったろ」
「ううん、そんなことは……ここ、クロの家?」
「そう、俺の家。倒れてたおまえを運んでから、2時間くらいだ」
「私、倒れてたんだ……」
「ああ。いよいよとなったら病院に連絡しようかと思ってたが、まあ気が付いてよかったぜ」

 彼女を魔術で回復させるにあたって、記憶の方も改竄させてもらっている。

 おそらくライダーに襲われたのだろうが、そのあたりから記憶の呼び出しにロックをかけ、記憶そのものを曖昧にした。
 彼女が怖い思いをしたのは間違いないだろうし、辛いことを思い出さずに済むのならその方がいいと思ったからだ。
 当然魔術師として魔術に関わることの隠蔽という暗黙の掟に従っている側面もあるが、個人的には自分自身の本音を優先した結果でもある。

「ほら、トマトスープ。味の保障はしかねるが、とりあえずそれ飲み終えたら家まで送るぞ」
「あ……うん、ありがとう」

 夕時に買ってきた食材で作ったトマトスープ。
 晩飯を作ろうとも思ったが、美綴がいつ回復するのかもわからなかったので取りやめた。

 今日のところは、彼女の面倒を見終わってから後のことを考えよう。

「ごちそうさま。おいしかったよ」
「お粗末さまです。どうだ、身体は大丈夫そうか?」
「うん。普通に動く分には問題ないね」
「今ならまだ、遊びで門限過ぎたって言い訳もできる。さっさと行くぞ」

 使い終えた食器を片す。

 先ほどよりはしっかりした足取りの彼女を連れて、俺は美綴の家に向かうことにした。
 
 

 
後書き
ご指摘ありましたので少々追記。

バイクの1800ccなのに中型、名称がバルキリーだったりするのはわざとです。
バイク知識なしで書いてた時代のままなのでかなり無理繰りな設定?になってます。
少し掘り下げて描写したかったけども自分が詳しくなかったので、適当な実在名称を架空・仮想のバイクとして出しています。
そちら方面にお詳しい方も、そこは現実と作品内の差異と思って流してくださればと思います…………

もしかしたら後々修正するかもしれません。中型にするのか大型にするのかで一貫させようと思います 
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