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アドリアーナ=ルクヴルール

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第一幕その七


第一幕その七

「さっき彼があのボックスに入っていくのを見ましたし」
「成程、では間違いは無いな」
「ですね」
 二人は顔を見合わせた。そして目と目で相談する。
「どうする?」
 まず公爵が僧院長に尋ねた。
「そうですね、どうしましょうか」
 僧院長はそう言うと考えはじめた。公爵もそれに続く。
 女優達はそれを戸口の裏から聞いている。何かワクワクしてきているようだ。
「別荘にそのまま行かせてはどうですかな」
 僧院長は公爵に提案した。
「いいな。小さな宴が行なわれている丁度その時に役者達も招く。どうかな」
「それはいいですね。下手に公爵だけ行かれるよりずっと効果的ですよ」
 僧院長はその提案に同意した。
「さて、これで二羽の山鳩を捕まえるとしよう」
「はい。何かヴィーナスとマーズの逢引のようですな」
 ギリシア神話のエピソードの一つである。美の女神と軍神の浮気話。
「そしてヴァルカンが私というわけだな」
 公爵は胸を張って言った。
「そしてパリ中がその小さな宴の中身を知ると」
「そうだ。今から楽しみだな」
 公爵は笑って言った。普通ならこうしたことは暗い情念の笑みが漂うものだが不思議に彼の顔は明るい。何かうきうきとさえしている。
「では今からその準備に取り掛かるとしよう」
「はい、今すぐに」
 二人はそう言うと控え室を後にした。すると奥から姫君と女神が出て来た。
 二人は公爵達が出て行った方を見て笑っている。そして言った。
「あらまあ、何と滑稽なこと」
「ほんと、まさかデュクロが自分の奥方と思ってるんじゃないかしら」
 二人は公爵の様子を笑いものにしながら話している。
「もういいお年なのに公爵様もお元気よね」
「ええ、若い奥様もいらっしゃるし」
「何の話をしているんだい?」
「僕達にも教えてよ」
 そこに大臣と庶民が入って来た。
「ええ、いいわよ。ちょっと公爵様がご自身の贔屓の女優のお遊びに焼き餅焼いていらっしゃって」
「それで浮気相手と一緒のところを踏み込んでやろうと僧院長様とご相談してたのよ」
「えっ、何それ」
「それでご贔屓の女優とその火遊びのお相手は?」
 二人はそれを聞いて目を輝かせて尋ねてきた。
「知りたい?」 
 女優達は二人に尋ねた。
「勿論」
 二人は即座に返答した。
「じゃあいいわ。ちょっと耳を貸して」
「うん」
 女優達はそうして二人の耳元でゴニョゴニョと説明した。説明が終わると男二人は目を見開いて驚いた。
「それ本当!?」
「嘘じゃないよね」
「嘘でこんなこと言わないわよ」
「嘘だと思うならあそこへ行ってみたら?」
 女優達は二人の顔を見て笑いながら言った。
「ううむ、何か面白くなりそうだな」
「しかしこれはかなり入り組んだ話みたいだね」
 庶民は口に手を当てながら言った。
「それどういうこと?」
 庶民の言葉に姫君が尋ねた。
「うん、実はザクセン伯って公爵の奥方の愛人だって噂があるんだ。実際二人でよくお会いしているしね」
「あ、その話聞いたことがあるわ」
 女神がその話に突っ込みを入れた。
「何でも公爵夫人がハンサムな伯爵にえらくお熱だとか」
「へえ、そうだったんだ。僕は伯爵とアドリアーナのことは知っていたけどね」
 大臣がその話に頷いた。
「あ、皆隠れましょう。誰か来たわよ」
 四人はサッと部屋の片隅に身を隠した。見れば公爵と僧院長が部屋に戻って来たのだ。
「別荘に行ったのじゃなかったのかしら」
 女神がそれを見て首を傾げる。
「見て。もう一人誰かいるわ」
 姫君が公爵と僧院長の後ろについてきている男を指差して囁いた。
「いいな、ではこれを右から三番目のボックスにいる殿方に手渡してくれ」
 公爵はその男に対して手紙を手渡して言った。
「あれは照明の新入りじゃないか」
「あいつまた頼まれて断れなかったな」
 男優二人が苦笑しながら言った。
「わかりました」
 新入りは少しオドオドしながら応えた。どうもあまり気の強い男ではないらしい。
「よし、ではこれはチップだ」
 公爵はそう言うとひとかけらのエメラルドを彼に手渡した。気前はいい。
「あ、有り難うございます」
 彼はそれに頭を垂れるとすぐにその場を去った。そして観客席へ向かって行った。
「これでよし。まさか途中で思わぬ協力者が出てくれるとはな」
「公爵、買収は協力者と言わないのでは」
「おっと、そうだったかな。ハハハ」
 彼はそう言うとカラカラと笑った。そして二人はその場を後にした。
「どうやら本格的に面白い事になりそうね」
「一体どうなるのかしら」
 女優達は楽しそうな顔で言った。
「これは凄いことになるかもね」
「お二人にとっては可哀想なことになりそうだけれど」
 男優二人も彼女達と同じく楽しそうな表情で言う。
 
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