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アドリアーナ=ルクヴルール

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第四幕その二


第四幕その二

「あの夜です。公爵のお屋敷で遺恨を晴らしたあの夜」
「あの時ですか。またえらい事をしたものだと思いましたよ」
 彼もあの時のことを思い出した。
「あの時の怒りと憎悪に震える彼女、唇を噛み締め身体を震わせる彼女が。私がフェードルに例えたあの女が」
 序々に感情が昂ってきた。
「けれどあの女は私からあの人を奪った!それが許せないのです!」
 彼女はそう言うと部屋着を放り捨てた。そして安楽椅子に架けられていたショールで肩を包むと部屋を出て行こうとする。
「お待ち下さい、何処へ行くつもりですか?」
 その突然の行動に驚いたミショネが彼女の前に立ちはだかった。
「あの女に思い知らせてやるのです!」
 アドリアーナは激昂した表情で言った。
「駄目です」
 ミショネは目を閉じ首を横に振って言った。
「何故ですか!?」
「それはいけません。自重して下さい」
「いえ、嫉妬と憎悪で苦しむよりはマシです」
 アドリアーナはまだ言おうとする。ミショネはそんな彼女を安楽椅子に座らせた。最初は激昂していた彼女も次第に落ち着いてきた。ショールを外す。その時使用人が戻って来た。
「お帰り。頼んでいたものは買って来たかい?」
「はい、こちらに」
 彼女はそう言うと薬を差し出した。
「有り難う。おつりは取っておいて」
 彼はそう言うと薬を茶碗に入れた。そしてそれを水に溶かしてアドリアーナに差し出した。
「これをどうぞ」
「それは?」
 ミショネが差し出した茶碗にふと気付いた。
「お薬ですよ。きっと良くなりますよ」
「いえ、私は・・・・・・」
「いいから。今はこれを飲んで落ち着かれるべきです」
「けれど今の私にはどんな薬も・・・・・・」
「いいから。一人で悩むのはよくありません。それにこうした事は誰もが一度は経験している事ですよ」
「というとミショネさんも!?」
「と言ったら驚きますか?」
 彼は微笑んで言った。
「愛の女神というのは気紛れなものでしてね。どうしようもないのに」
「貴女も失恋されたのですか」
「・・・・・・いえ、違います」
 彼はあえて真実を覆い隠して言った。
「私の誤った想いだったのです」
 アドリアーナは気付いてはいない。ならばこれは自分の心の中にだけ留めておこうと思った。
「それでもとても悩まれたでしょう」
「はい。・・・・・・けれど私は今こうしてここにいます」
「そうですか。けれど私は耐えられないかも・・・・・・」
「いえ、大丈夫ですよ」
 沈みきりそうな彼女をミショネは必死に慰める。
「何故ですか?」
「貴女はもう一度舞台に立ち芸術の神にその魅力を捧げなければならないからです」
 彼がそう言った時使用人が新たな客人達を家に入れた。
「おお」
 ミショネはその客人達を見て思わず喜びの声をあげた。見れば彼女と競演したあの俳優達である。
 まず高官と庶民が前に出た。そしてアドリアーナの前で跪きその手に接吻した。
「これはお見舞いの言葉に替えて」
「有り難うございます。けれど何故言葉を替えましたの?」
「それは貴女のお誕生日をお祝いに来たからです」
 姫君と女神がそう言って微笑んだ。
「そうです」
 男優達も立ち上がって言った。
「まさかご自身のお誕生日を忘れてしまったわけではないでしょう?」
「いえ、完全に忘れていました」
 アドリアーナは嬉しさと寂しさ、そして哀しさを混じえた笑顔で言った。
「それは残念。これでも召し上がって思い出して下さい」
 女神はそう言うと持っていた紙袋を手渡した。
「ボンボンです。お好きでしょ」
「は、はい」
 アドリアーナはそれを受け取った。姫君は箱入りの包みを手渡した。
「これはレースよ」
「私はこれを」
 高官は大きな金のメダルを手渡した。
「僕はこれを」
 庶民は一冊の書を。ルネサンス期のイタリアの悲劇だ。
「参ったな。皆に先を越されてしまった。ここぞという時に手渡そうとしたのに」
「あれっ、ということは監督も何か持って来ていたんですか?」
 ミショネのその言葉に俳優達とアドリアーナが尋ねた。
「ええ、勿論。これですよ」
 彼はそう言うと懐から小箱を取り出した。
「それは・・・・・・」
「これです。アドリアーナさん、どうぞ。私からのささやかな贈り物です」
 それはダイアの大きな首飾りであった。
「綺麗・・・・・・」
 アドリアーナも俳優達もその首飾りに見とれた。実に美しい首飾りであった。
 
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