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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第54話 炎の契約者?

 
前書き
 第54話を更新します。
 何故か、妙な事を初めて仕舞って、元々時間が足りなかったのに、更に圧迫されるようになった。
 ……やれやれ。
 

 
「わたしは貴方。武神忍を、炎の契約者として認めます」

 普段通りの落ち着いた、少女としては低い声質でそう告げて来る崇拝される者。
 見た目は少女そのもの。しかし、彼女の発して居る雰囲気は高位の炎の精霊にして、大地母神。

 しかし……。そう話し掛けて来る崇拝される者ブリギッドを、少し眉を顰めた表情で見つめる俺。
 そう。その彼女の語っている『炎の契約者』と言うのは一体……。

「いや、俺は別に……」

 奥歯に物の挟まったかのような雰囲気で、少し答えに詰まる俺。
 そもそも、伝承上で語られる水の邪神共工相手では、俺の式神のサラマンダーでも格の違いが有り過ぎて問題が有ると思ったから、一度だけ崇拝される者の手助けを乞う為に彼女を召喚したので有って、それが炎の契約者などと言う、何と言うか妙に仰行な称号を得る事態に発展する事までは想定して居ませんでした。
 まして、炎の契約者って、如何にも危険な雰囲気が漂う契約のように感じるのですが。

 戸惑う俺と、そして、微妙な雰囲気の一同。

「ほら、さっさと、契約を結びなさい」

 煮え切らない俺に、業を煮やした崇拝される者がかなり苛立ったようにそう言う。尚、そう言う仕草や態度からは、今までの落ち着いた高位の精霊らしい雰囲気から、見た目通りの少女のような雰囲気に変わったように感じて、その部分に関して言うのなら非常に好ましいとは思いますが……。
 但し、それでも、おそらく彼女は俺の契約の方法を知らないから、こんな大勢のギャラリーの前で、それも美少女の容姿を持つ存在から契約を迫るようなマネが出来るのでしょう。

 まして、タバサの前では、例え式神契約を結ぶ誓いのくちづけで有ったとしても、他の少女姿の存在とは交わす事が出来る訳はないのですが。
 俺は、基本的にヘタレですから。

「あのなぁ、ブリギッド。俺の見鬼の才が告げているアンタは、どう考えても、受肉しているようにしか見えないんやけど、違うんかいな?」

 態度はデカいが、身長はここに存在する少女たちの中で一番低い崇拝される者に、そう問い掛ける俺。尚、この場に現れた少女の中で、一番身長が高いのがモンモランシー。俺よりも十センチ程は低いでしょうから百六十センチ台半ば程度。次が湖の乙女。二人の差が矢張り十センチ程度ですから、百五十センチ台半ばだと思われる。そこから更に十センチ程度低く成ってタバサ。そして、タバサと殆んど変わらないけど、僅かに低く崇拝される者と言う順番と成って居ると思います。
 この二人……タバサとブリギッドに関しては、百四十センチ台前半と言う感じですか。

「わたしが受肉していたら、何の問題が有るのよ」

 少しむくれたような表情、及び雰囲気でそう問い返して来る崇拝される者。
 尚、元々、見た目が子供っぽい崇拝される者が、そう言う表情及び言葉使いをすると、益々幼く見えて来るのですが……。
 どうかすると、地球世界の小学生程度の雰囲気に見えない事もないでしょうね。

「俺が受肉した存在と交わす契約方法は、自らの血液を触媒として、相手と誓約のくちづけを交わす事に因って式神契約を結ぶ方法しか知らない。
 つまり、現世で受肉した存在が俺と契約を交わすと言う事は、自動的にくちづけを交わすと言う事となるんや」

 そう、自らが知って居る契約方法についての説明を行う俺。
 まして、相手が小動物系の姿形をしているのなら未だしも、美少女姿。それも、ややもすると十二歳以下に見える相手では、流石に引きますよ。
 もっとも、見た目アンダー十二だとしても、タバサは十五歳ですし、崇拝される者は、高位の精霊でも有りますから、見た目通りの年齢と言う訳ではないとは思いますが。

 少し、きょとんとした表情で俺を見つめていた崇拝される者が……。

「な、な、なんで、そんな方法しか知らないのよっ!」

 いきなり、真っ赤に成って怒り出したトコロから、くちづけと言う行為の持つ意味を知って居る事だけは確からしい。
 ただ……。

「師匠もそれしか方法を知らなかったみたいやから仕方がない。それに、そもそも、受肉した存在との契約など、早々必要ではないからな」

 そもそも、受肉をしていると言う事は、この世界に存在し続ける為の精気を得る方法が存在していると言う事です。そんな存在が、自らの行動に不利益をもたらせる可能性の有る契約を結びたがる可能性は非常に低い。
 それに、俺は自らが独自の術式を作り出せる程の仙術の才能に恵まれている訳では有りませんから。

「じゃ、じゃあ、オマエは、其処の水の精霊とも、その……。そ、そんな事をして、契約を交わしたって言うの?」

 かなり、挙動不審な態度のブリギッド。具体的には妙にあたふたとした様子、及び雰囲気で俺にそう聞いて来る崇拝される者。何と言うか、この瞬間が、それまで彼女に持って居たイメージが一気に壊れた瞬間でも有りますね。
 但し、見た目通りのやや幼い少女と言う雰囲気で、好感は持てると思いますが。

「そもそも、その部分が間違いや。俺は湖の乙女とは契約を交わしていない。今夜、このラグドリアン湖にやって来て水の邪神と戦っていたのは、タバサのガリアの騎士としての仕事の補佐で有って、水の契約者としての仕事やなかった」

 先ず、その部分の誤解を解くトコロから話を展開させるべきでしょう。そう、考えて、説明を行う俺。

 但し、何故、彼女が俺の事を水の契約者だと勘違いしたのか理由は定かでは有りませんが……。
 ただ、割と簡単に、火竜山脈から崇拝される者をこの場に呼び寄せられた理由についてなら、今の彼女とのやり取りや、このハルケギニア世界での精霊の扱い方から考えると、仮説ぐらいならば立てる事は可能だとは思いますね。

 このハルケギニア世界では、精霊と直接契約を交わして魔法を発動させるのは、エルフなどが使用する先住魔法と呼ばれる魔法。但し、俺がタバサから聞いた方法は、直接、精霊と契約を交わした上で魔法を発動させる魔法と言うよりは、場に存在する、意志を持たない、純然たる魔力としての精霊と契約を交わして……と言うか、従わせて、魔法を発動させるタイプの魔法なので、俺のように直接言葉を交わして、意志の有る精霊との契約を交わすタイプの術者と言うのは非常に珍しいと思います。
 まして、崇拝される者のような高位の精霊を実力で従わせる事の出来る存在は、そう多くは居ないでしょう。
 そんな中で、俺は、自らの実力で彼女をねじ伏せて見せましたから。このような人間は希少価値が有ると思います。

 そして、精霊とは本来、仕事を与えられる事を喜びます。それは、精霊王とて同じ。

 あの人間の立ち入る事の少ない火竜山脈に、火竜たちと共に生活していたのですから、彼女の名を呼ぶ声に即座に反応したとしても不思議な事では有りません。
 彼女、崇拝される者も、寂しかったはずですからね。

「……と言う訳やから、炎の契約者と言う立場は非常に魅力的なお誘いやけど、今回は流石に初回と言う事で御辞退させて貰おうかな」

 少し軽口めいた雰囲気で、そう続けた俺。いや、彼女との友達付き合いだけなら何の問題も有りません。ただ、その炎の契約者と言う属性が、俺には必要ないと言う事です。
 それでなくとも、訳の判らない聖痕を刻まれたり、虹彩異色症を引き起こすような妙な事態に巻き込まれたりして居るのに、この上、炎の契約者など言う、如何にもヤバげな称号は辞退して置いた方が良いでしょう。

 語感的に表現するのなら、『む』に濁点を付けたような視線で、俺を睨み付ける崇拝される者。この仕草や雰囲気から考えると、どう考えても、今まで俺の前に顕われた時の彼女は、背伸びをしていたとしか思えない雰囲気。
 本来、女神ブリギッドと言う神性は、長女を示す神性のはずなのですが、この仕草や雰囲気からは、妹と言う雰囲気しか感じませんね。

「それとも、この場で俺と契約のくちづけを交わしてくれるのか?」

 そう、改めて問い掛ける俺。但し、否と言う答えが返って来る事が前提の問い掛けですが。
 まして、それ以前に俺の方にも問題が有りますから。彼女が、俺の近付いて良い範囲内に入っても、抵抗感を覚えない相手だと決まった訳では有りません。こればかりは、相手がどんな美少女で有ったとしても関係は有りません。
 タバサや湖の乙女が大丈夫だからと言って、彼女が大丈夫だとは限りませんから。

「うるさいうるさいうるさいうるさい、うるさいっ!」

 突如、キレる崇拝される者。いや、最早、女神と言う雰囲気すら失って仕舞った、少し世慣れない雰囲気の少女ブリギッド。
 もしかして、これはギャップ萌えを狙った、彼女の策略では……。

 精霊とは言え、彼女は神霊でも有ります。そして、彼女たちの糧は信仰心。但し、この世界の精霊に対する信仰は、ブリミル教によって悪魔の所業として完全に貶められた為に、人間の世界には存在してはいません。

 そして、萌えと言うのも、一種の信仰と言っても間違いでは有りません。

 そう考え、この場に居るもう一人の精霊。湖の乙女を見つめる俺。
 何故か崇拝される者とお揃いのセーラー服姿。メガネ装備。何を考えているのかまったく判らない不思議ちゃん。
 彼女もまた、萌えの神髄を極めた存在の可能性も有りますか。
 まして、彼女の言葉を信用すると、彼女の今の姿形は、俺の望んだ姿形を取っていると言う事ですから……。

 ……と言うか、どう考えても、この世界で精霊を友と出来るのは人数に限りが有りますから。タバサは……、精霊の方から認めて貰う必要が有るので、目の前の湖の乙女や、崇拝される者の契約者と成るのは難しいでしょう。
 まして、系統魔法の使い手では、崇拝される者や、湖の乙女に話しすら聞いて貰えない可能性も有ります。

 水のトリステイン。土のガリア。風のアルビオン。それぞれの精霊を示す形容詞の着いた王家が存在しているのですが、ガリア王家と土の精霊との間は断絶状態。火に至っては、そのような王国が存在する事さえない。
 この状態ならば、水、そして、風にしたトコロで、そう差が有るとも思えませんしね。

「決めた。オマエを見極める」

 そんな、どうでも良い事をウダウダと考え始めていた俺を、少し、むくれたような表情で見つめていたブリギッドが、突如、意味不明な事を言い出した。
 そして、その台詞を口にした時に、彼女が発していた雰囲気は間違いなく本気。

「いや、既に、炎の契約者としては認めてくれたはずじゃないのですか?」

 それに、そもそも、その契約者に成る事さえ、御辞退申し上げたと言うのに……。
 まして、見極めるって言う事は、彼女が常に傍らに居るのと同じような状態に置かれると言う事と成るのではないのでしょうか?

「見極めた結果、オマエが、わたしと共に歩むに相応しい人間なら、わたしは喜んでオマエと誓約のくちづけを交わす」

 覚悟と決意に満ちた台詞を口にするブリギッド。尚、このハルケギニア世界の、ラグドリアン湖の精霊は、誓約の精霊と呼ばれているらしいので、湖の乙女の目の前で為された彼女の先ほどの台詞は、間違いなく誓約と成ったはず。

 それに、これ以上、拒み続けても意味は有りませんか。
 この世界の精霊の扱い方から考え、更に、炎の精霊と言葉を交わすべき、炎を頂く王家と言う者が存在しない以上、彼女が寂しかったのは事実です。
 そして、俺は彼女に宣言しましたからね。

 精霊とは、今までも。そして、これから先もずっと、友で有り続けると。

「そうか。それならば何時か、オマエさんに相応しい人間になった時に、誓約のくちづけを交わして、俺の式神……もしくは、識神となってくれると言う事やな」

 その言葉を聞いたモンモランシーからは、やや微妙な気が発せられましたが、しかし、タバサと、そして、湖の乙女からは変わる事のない、落ち着いた気を感じる事が出来た。
 モンモランシーの発した気配の意味は判りませんが、タバサの方の意味は、何となく判りますか。

 湖の乙女に関しては……。他者の行動に興味がないのか、それとも、俺の答えが、彼女の想定の範囲内だったのか。微妙なトコロですか。

「オマエが、それに相応しい人間ならば」

 まったくの澱みもなく、そう答えを返して来る女神ブリギッド。意志の強さを感じさせる瞳に俺を映し、揺るぎない信念の元に凛と立つ姿は、出会った当初のまま。
 先ほどまでの挙動不審の状態からは考えられない変わり様。

 そして、それもまた。炎の契約者として、この見た目アンダー十二の美少女姿の炎の精霊と共に過ごして行く未来も楽しいかも知れないか。……と、考える俺がここに居ました。

 俺は覚醒した龍種。同時に、仙人の弟子でも有る。
 この両者の寿命に関しては、正直なトコロ、さっぱり判っていないのが現状です。
 そして、それは当然、精霊に関しても同じ事が言えます。

 今、起きている厄介事がすべて終わって、更にタバサが俺を必要としなくなった後に、それでも俺が存在していたのなら、その時には、彼女の相棒として過ごして行くのも楽しいかも知れません。
 まして、ブリギッドの言う炎の契約者と言うのは、そう言う存在の事を言って居るのでしょう。

 精霊と人間の契約は、大抵は、人間の寿命が終わった時に終了します。それまで過ごして来た、想い出だけを残して。
 紅く染まった夢の世界で、懐かしい思い出と共に夢を見続けて居たい……と、湖の乙女も言っていましたからね。

 人間とは違う時間を生きる龍種で、更に仙人の弟子で有る俺ならば、そう簡単に寿命に因っての別れが訪れる、と言う哀しみを味わう事は有りませんから。

「なら、それまでの間に、オマエさんに呆れられないように、俺は自らを高めて行く必要が出て来たと言う事やな」

 先ほどのブリギッドの言葉が誓約ならば、これも誓約。湖の乙女の目の前で為されたこの誓約に因り、例え、彼女……女神ブリギッドとの契約を交わさなくとも、俺は、常に自らを高めて行かなければならなくなったと言う事です。

 俺の言葉に、ブリギッドが首肯く事に因って、この誓約は為された。そして、これから先に俺の為した事は、世界にあまねく存在している精霊たちに因ってブリギッドに伝えられるように成ると言う事でも有ります。

 但し、裏を返せば、何か危険な事が有れば、彼女の助力を得る事も容易くなったと言う事でも有ります。
 ポジティブに考えるのならばね。



 そして、少し賑やかな時間が過ぎ去り、本来の時間帯に相応しい静寂が、世界を支配した。
 聞こえて来るのは、悠久の時を超えて寄せて来る波の音と、遙か西から吹き寄せて来る風の息吹のみ。

 そして、夜明け前の空が、刻一刻とその様を変えて行く。
 一時間前までは、確かに、濃紺と呼ばれる色に染まった空と、散りばめられた星々。そこから下界を見下ろす二人の女神に因って支配されていた世界が、今では……。
 濃紺と呼ばれていた色合いから、黎明、払暁と呼ばれる時間帯の、東の方角が徐々にオレンジに近い明るさを発し始める薄明の時間帯。

 一日で二度訪れる、世界が変わる瞬間。夕闇迫る時間が、誰そ彼(たそがれ)ならば、彼は誰(かはたれ)と呼ばれる、薄明りに包まれた、空がもっとも美しい時間帯。西に目を向けると、其処には未だ闇の気配が。其処から遙か高見へと視線を移すと、其処には濃い青の残滓を感じ、そして更に東に目を転じると、其処にはこれから訪れる赤に至る紫と表現すべき色合いが存在する。

 タバサを少し見つめた俺に、彼女が小さく首肯いて答える。ならば今晩、ここで出来る事は終わりですか。後は、リュティス(王都)に帰ってから一休みして、そして仕事の完了の報告をイザベラに行うだけです。

「なら、ブリギッド。湖の乙女とモンモランシーを見送った後で良いのなら、火竜山脈まで送って行こうか?」

 時刻的には現在、夜中から明け方に至る午前三時すぎ。もうすぐ夜が明けますが、火竜山脈ならば一度行った事が有るので魔法で瞬間移動が出来ますし、その他の二人。モンモランシーと湖の乙女は、自宅が直ぐ傍ですから見送る必要は有ると思いますが、わざわざ、送って行く必要はないでしょう。

 しかし……。
 湖の乙女が俺をその澄み切った湖にも似た瞳に映す。その視線は冬の属性を得ていながらも、何か言いたげな。何かを伝えようとする雰囲気を発して居る。
 これはおそらく、

「もしかして、未だ何か用が有ると言うのですか」

 ただ、何故か、彼女に対する違和感が、彼女の事を湖の乙女と呼ぶ事も、そして、ヴィヴィアン。更に、ニミュエ、エレインと呼ぶ事も躊躇わせて居るのですが……。
 少し、考える様子の湖の乙女。しかし、直ぐに首肯いた後、俺ではなく、俺の右隣に居るタバサの方に向き直る。

 共に並べば、本当に良く似ている二人。どちらも、属性は冬。全体的に雪の人形めいた印象を持たせるのは、その肌の白さかも知れない。
 いや、双方が交わすその視線と、そして、共に精神(感情)を表現する事のない透明な表情が、より精緻な人形を思わせて居るのでしょう。

 そうして、彼女の目の前に、右手の手の平を上にした状態で差し出す湖の乙女。その手の平の部分から浮き上がる、直径にして三センチメートル程度の光の珠。
 珠は眩しいばかりの光輝(ひかり)を放ち、そのまま、手の平から、大体三十センチメートル程の高さを滞空する。
 その中に浮かぶ、『希』の文字。

「これは、如意宝珠(にょいほうじゅ)?」

 俺の問い掛けに、少し首肯く湖の乙女。これは、間違いなく肯定。しかし、もし、本当に如意宝珠ならば、龍種ではないタバサには、そのままでは扱えない宝貝なのですが……。
 龍種専用の宝貝を、それ以外の人間が扱えるようにするには、如意宝珠を起動させるのに必要な珠。それぞれの、属性に応じた珠で宝珠自体を包む必要が有ります。

 タバサは、おそらく水行ですから、水属性の珠で……。

 少し逡巡した後、そっと右手を差し出すタバサ。その彼女の周りをまるで、彼女を見極めるかのように、数度、周回した宝珠が、彼女の差し出した手の平に沈み込むようにして消えて行く。

 そう。如意宝珠とは、意志を持つ宝貝。その持ち主を認めない限り、例え、その人間が宝珠を使用出来る存在で有ったとしても、絶対に言う事を聞く事は有りません。
 そして、タバサの手の平の内に消えて行ったと言う事は、彼女は、如意宝珠『希』に、自らの主に相応しいと認められたと言う事。

 ただ……。

「湖の乙女。いや、オマエさんは、ミーミルでも無ければ、ヴィヴィアンでもない。河伯(かはく)、もしくは洛嬪(らくひん)と呼ばれる存在なのか?」

 俺は、そう彼女に問い掛けた。尚、河伯、洛嬪共に、仙族に属する河を守護する神さまの事です。
 それに、彼女には、もう一人。より彼女に相応しい、そして、河に関係した女神が存在していましたか。

「それとも、西王母の七番目の娘。紫色の髪の毛を持ち、七夕の夜に地上に降りて来て牽牛と出会った織姫……」

 彼女、湖の乙女が答える前に、質問を続けた。
 それに、今宵は、地球世界の暦の上では、七月七日。この夜の出会いすら、何らかの神話の追体験で有ると考えるのならば……。
 まして、二度目の出会いの時に、彼女は言って居ました。

「出会いは、一千一夜の前の約束」 ……だと。

 約束。神や、その他の訳の判らない、俺達人類から見たら上位者に等しい連中が決めた役割に従って、手持ちの駒の如く操られた結果の出会いなどではなく、約束。

 真っ直ぐに、俺を見つめる湖の乙女。ただ、彼女の事……西王母の七番目の娘の伝説に伝えられている通り、脈脈として語るを得ず。つまり、黙って見つめるだけで、何も語ろうとはしなかった。

 しかし……。

 俺の方に向けて、右手を差し出して来る湖の乙女。その手の平の上に置かれている、大粒の蒼い石を使った指輪。
 ただ、その指輪は、明らかに何らかの巨大な霊気を帯びた魔法のアイテムで有る事が判る。

「私の宝物。アンドバリの指輪を、貴方に預かって欲しい」

 彼女が、その指輪を差し出した瞬間、この場に居るタバサ以外の少女たちから、陰と陽の入り交じった微妙な気が発せられる。
 ブリギッドの方は陽が勝ち、モンモランシーの方は陰が勝つ。

「その指輪は……」

 もし、湖の乙女が差し出す指輪が、俺の知って居る伝承上に存在するアンドバリの指輪に等しい魔法のアイテムならば、この指輪を俺が持つ事に成る俺の運命は……。
 破滅への道を歩む事となる。

 但し、こう言う伝承も有る。アンドバリの指輪は持ち主をワーム……。つまり、東洋産の龍と同じ姿形に変える能力を持つと言う伝承も。

「シノブさんが受け取る必要は有りません。その指輪に籠められている魔力は、貴方と、そして、彼女も不幸にします。
 強すぎる魔力を帯びた呪具は、持つ者を不幸にしかしません」

 モンモランシーがそう言った。そして、彼女が陰の気を発した理由は、理に適っています。
 人間に取って、分に過ぎた魔力(ちから)は身を滅ぼす元に成りますから。

 ただ、モンモランシーが彼女と言った相手は、タバサではなく、湖の乙女の方のような気もしたのですが。

「問題ない。炎の契約者に成る人間が、その程度の魔力の籠った呪具により身を滅ぼす訳はない」

 逆に、ブリギッドの言葉はこれ。そして、彼女の目的。俺を見極めると言う行為に置いては、巨大な霊力の籠った呪具ひとつ持つ事さえ出来ない相手では、彼女の眼鏡に適うとも思えませんから。

 俺は、湖の乙女を見つめる。
 その彼女は……。湖に関係する女神に相応しい瞳に俺を映し、彼女からは俺に対する悪意の類を感じる事は無かった。
 ……彼女が、俺を貶めても意味は有りませんか。

「判った。オマエさんの宝は俺がしっかり預かって置く」

 差し出されたアンドバリの指輪を受け取った瞬間、静電気にも似た奇妙な反応を感じたのですが、しかし、それだけ。それ以上は、別に不都合な事もなく、また、特別に何かを感じる事も有りはしませんでした。

 俺にアンドバリの指輪を渡した後も、ただ、真っ直ぐに俺を見つめるだけで、何も語る事の無い湖の乙女。
 その瞳は、まるで失った時を埋めるかのような雰囲気を発し……。

 但し、俺は彼女の知って居るのは俺では有りません。それは、今の俺では無い、かつて、俺であった可能性の有る存在。本当に、この目の前の少女と絆を結んだのは、俺ではなく、かつて、俺であった誰か。
 そして、その事に付いては、彼女も知って居るはずなのですが。

「そうしたら、湖の乙女。オマエさんが家に帰るまで見送ろうか」

 俺の問い掛けに、ゆっくりと二度、首を横に振る湖の乙女。その後に、視線を向けたモンモランシーも、同じように首を横に振る。
 二人の方が見送ってくれると言う事ですか。

 それならば、

「ブリギッド、俺の手を取ってくれるか」

 先に、普段通り、自らの右側に立つタバサの手を取ってから、彼女に左手を差し出す。
 不機嫌そうな瞳で俺と、俺の差し出した手を少しの間見つめていたブリギッド。しかし、それでも、俺の手を取る崇拝される者、女神ブリギッド。

 尚、何故かその瞬間、タバサと繋がれていた右手が少し強く握られたような気もしたのですが……。
 多分、気のせいでしょうね。

 そして、その一瞬後。
 俺と蒼い吸血姫。そして、紅い少女の姿が、黎明の明かりに照らし出されつつあるラグドリアン湖々畔からは消え去って居た。

 
 

 
後書き
 最初に断って置きますが、崇拝される者ブリギッドは……破壊神、天罰神の契約者じゃないですよ。
 但し、ゼロ魔原作の流れは何処に行ったの、と言う問い掛けには……。

 次。本来ならば、主人公が所持する如意宝珠は、彼女、湖の乙女との出会いのイベントの際に渡す方が、より神話とシンクロさせる事が可能だったのですが……。それでも原作の湖の精霊登場の時系列から考え、それに、周りのイベントの順番から言っても其処まで引っ張る事が出来ずに、主人公は最初から宝貝所持。タバサに渡す分をここまで湖の乙女に所持させる。……で、決着させたのです。
 まして、他のキャラに渡されると言う選択肢は無かったですから。

 それでも、これで原作小説第四巻は終了と言う事に成りますかね。

 追記。如意宝珠について。
 あれは、仙人が造り上げた宝貝で有る以上、自我を持っています。
 人間を完全に再現するには、大体五画か六画の漢字が浮かぶ宝珠が有れば、再現可能です。

 故に、便利な道具よろしく、誰にでも扱える代物では有りません。その所有者の行に応じた宝珠で包む必要も有りますからね。
 ただ、今まではチャンスが無かったので、如意宝珠との会話の描写が行えなかったのですが。

 それでは、次回タイトルは、『ハルケギニアの夏休み・昼』です。
 これで、原作小説五巻に突入と言う事ですか。

 ……但し、原作小説とはかなり違う内容なのですが。
 
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