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或る皇国将校の回想録

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第三十一話 わりと忙しい使用人達の一日

 
前書き
馬堂豊久 当主の孫 〈皇国〉陸軍中佐
馬堂豊守 当主の息子で豊久の父 兵部大臣官房総務課理事官の陸軍准将
馬堂豊長 元憲兵将校上がりの退役軍人 馬堂家の当主

辺里    馬堂家家令頭 
山崎寅助 馬堂家の使用人 警護班班長
柚木薫   馬堂家の使用人 
宮川敦子 馬堂家の使用人

 

 

皇紀五百六十八年 五月十三日 午前六刻半
馬堂家上屋敷内 道場棟
馬堂家嫡男 馬堂豊久


「――――チッ」
 後方に飛びずさり、間合いをとる。戦況を分析する――までもない。
 擬剣を握りなおす手はいまだに痺れがとれず、押されているのは豊久自身が一番よくわかっていた。
 ――不味いな、このままだと十中八九負ける。それならばいっその事――
無駄についた度胸に物を言わせ逆転を狙い、一気に接近する

 轟!!
 だが杖が豊久を空間ごと薙ぎ倒そうと烈風の如く空気を切り裂きながら襲いかかる。
予想通りの軌道を描くそれを身を屈め、避けながら相手の足に擬剣を叩きつける、が。

「!?」
 巧みな足裁きそれを躱し、半身に回り込み――

「甘い!!」
「ッ~!」
背中を叩かれ。
「そらっ!」
「!!」
 足を薙がれ、視界の一面に畳が広がり――
「ほれっ!」
「むぎゃ!!」
 一発もらって藺草の臭いを強制的に嗅ぐ羽目になった。
「そこまで!勝負あり!豊長様の勝利です。」
 真っ暗な視界の外で賞賛と驚きのどよめきが響く。
――涙が流れるのは鼻を打った所為だ。自分を心配する声は全くないからではない――ないのだ。



同日 午前八刻 馬堂家上屋敷内 道場棟
馬堂家 警護班 班長 山崎寅助


「はぁ・・・・・・・
結局、俺は御祖父様の噛ませ犬じゃないか。」
訓練が終わった後、毎度お決まりの愚痴を豊久はぶつぶつと垂れ流している。
 警護班を交えた訓練の中で行われた馬堂家の退役将軍と現役軍人の一騎打ちは大いに場を沸かせたが、若さよりも絶え間ない研鑽を積んでいる老練さが勝利を勝ち取り、当主権限で豊久は不足している研鑽を強引に積まされる事になった。

「そもそも剣で杖を相手にしろって時点で不利過ぎるよ。相手が御祖父様である時点で剣の勝負で勝率三割なのにさ」
 背中をさすりながらぶつぶつと文句を言っている若様に山崎は思わず笑みをこぼした。
 ――私は大殿様が憲兵将校だった頃からの付き合いだ。あの御方の気骨は分かっている。あの御方なりに孫の心配をしているのだ。
「白兵をやったと聞いて大殿様なりに心配しているのですよ」
 豊長は剣術・体術に加え、憲兵の捕縛術の一環として、杖術を修めている。そして現役を退いた現在では、それを趣味として数日に一度は警護班を交えて実戦さながらの訓練を行い、年齢を感じさせない体力と達人と呼んで差支えのない腕前を維持している。
豊久も幼年学校に入る前から幾度も祖父から強制的に指導を受けており、鋭剣の腕も悪くはない――比較対象が強すぎるだけだ。

「あぁ、それは分かる。実際、負傷したのは事実だが、御祖父様の稽古がなければあの夜襲で死んでいたかもしれないとも思っているよ。それに、体を動かすと気も鬱がないし」
 苦笑を浮かべながら本棟に戻る路を並んで歩く。
「――流石に年を食っただけはあるよ、本当に。」
欠伸を噛み殺しながら呟く姿はどことなく疲労しているようにみえた。



同日 午前第十一刻 馬堂家上屋敷 離れ倉庫
馬堂家使用人 石光元一


 新人使用人である石光元一は溜息をついた。
  ――何故こうなったのだろう。
自分は〈皇国〉最大の諜報機関である皇室魔導院に所属しているである。不破にある魔導院の施設で育てられ、訓練を受け、三等魔導官となった――筈なのにこうして駒城家陪臣の家で倉庫の整理をやらされている。
 上の方で何やら取り決めがあったらしく定時報告の際に現状維持方針を伝えられたからだ。
その現状とは使用人として働きながら魔導院と馬堂豊長が書簡交わす仲介をという明らかに使用人としての生活におまけがついた程度のものであった。少なくとも男手としては使用人仲間には喜ばれている事がなお複雑な気分に拍車をかける。

――御陰で二十にもならないのに肩と腰が夭折しそうだ、療院に行くとしたら経費で落とせないだろうか。
 パッキパキの肩を回しながらまた溜息が出る。
「石光クン、大殿様がお呼びだよ」
 柚木が棚の整理をしている途中の石光に呼び付ける。

「僕を?」

「若殿様が蓬羽に行くらしいから色々と運ばされるんじゃない? それが専門でしょ?」
 石光の事情を知らぬ柚木は後輩の顔を見てけらけらと明るく笑う。
「冗談よ、でも助かっているのは事実だけれどね。」
 笑いながら後はやっておくから、と背中を押された。
 ――これはこれで悪くないな、自然と頬が緩んだ。


同日 午前第十一刻半 馬堂家上屋敷
馬堂家使用人 柚木薫

「はぁ・・・・・・・」
部屋を出ていった石光青年の背を見送り、息を吐いた。
「何もかも物騒になっていく。ホント、この屋敷まで嫌な空気になったものねぇ」
 一使用人にだって分かる程にこの屋敷の主達は張り詰めている。
 豊久は二日前の夜中に帰ってきてから豊守と一緒に豊長の居る書斎に籠もり、信頼のおける生え抜きの使用人以外の何者も近寄らせずに殆ど丸一日出て来なかった。
 その翌日、年長者二人はそれぞれ休んでいない休日を気にせず仕事に戻り。
休暇中である豊久は六刻で十杯の黒茶を消費する荒技を披露しながら丸一日、沈思黙考を続けている――と云えば聞こえが良いのだが、必要ない書付を燃やして灰を出すし、(細巻を控えている所為なのか)黒茶を浴びるように飲み、結局は柚木達をほぼ丸一日部屋に出入りさせていた。
「柚木さんいる?」
「あ、敦っちゃんどうしたの?」

「豊久様に頼まれていた本をもってきたんだけど、どっかいっちゃったみたい。
まだ屋敷にいらっしゃる筈なんだけど知らない?」

「知らないけど、どっかしらで昼寝してるんじゃない?気が抜けるとダメ人間だし」
「酷いな。今の俺は結構忙しいんだけどなぁ」
 ふらり、と何時の間にか見なれた顔が宮川の後ろにあらわれた。噂をすれば何とやら、と云うのだろうか。

「豊久様、何でしょうか?」
「悪かったね、宮川。山崎のとこの奴に父上のところへ言伝を頼みに行ってさ、その帰りに若気顔(にやけがお)の少年を見かけて少し様子を見に来たのさ」
玩具を見つけた猫の様に目を輝かせている豊久の隣で宮川と視線を交わし、二人で苦笑を交わす。
 ――そんな暇があったら貴方はまずさっさと身を固めろと言いたい。

「それだけで私のお使いを忘れたのですか?」
 柚木から見ればわざとらしいのだが豊久はわたわたと言葉を探っている。
「いや、いや、それだけではないけれどさ」
 視線を逸らしている姿を半眼で眺めながら柚木は最近は彼方此方へ出かけていた事を踏まえて確認する。
「・・・・・・それで、豊久様は、今日はお出かけなさいますか?」


「いやいや、俺は留守番さ。ま、そうそう来客なんて来ないだろうし、ゆっくりさせて貰うよ。
というかそれで珍しく辺里が捕まらないから一応、柚木に確認しにきたけれど来客はないよね?」
 頭の中で予定表を広げるとデカデカと赤字で|大仕事(やっかいごと)が記されている。
「予定では午後にお客様がいらっしゃいます」

「ん?誰が?」

「弓月の殿様がいらっしゃるそうです。」

「何だと? 何時の間にそんな話が?」

「若殿様がお帰りの際に御一緒する予定と仰せでした。」
 くしゃりと少し伸びた髪を掻き回しながら豊久が慌てたように尋ね、柚木の言葉を聞いてくらり、と足下をふらつかせた。
「ま、た、父上か。」
 こめかみを抑えながら呻く豊久の姿に柚木は声を出さないように笑った。
 ――毎度毎度、遊ばれていますねぇ。

「――何人来る?」
「弓月様お一人と拝聴しております。」
 拗ねた口調で尋ねるが柚木の答えを聞くと一瞬ではあるが残念そうな表情を浮かべるのを柚木は見逃さなかった。
 ――やだ、面白い。

「あぁ、そう。――何だい、その目は。」
今度は見逃さなかった豊久がじとりと半眼で睨んでくるが
「何がですか?」
か弱い使用人が満面の笑みで反駁すると憮然とした返答を残し、部屋を出て行った。
「――何でもないよ」




同日 午後第三刻 馬堂家上屋敷 第三書斎
馬堂家使用人 柚木薫


 柚木が訪れた書斎には唸り声が響いていた。
「御休みになられていますね。」

「ついでにうなされていますねぇ。」
辺里の手伝いとして訪れた書斎の主は帳面と鉄筆、そして足を乗せた文机と
椅子に体を預けて――うなされていた。

「あの、大丈夫なのでしょうか?」
 柚木が心配するのも無理はないほどに豊久の顔面は蒼白で、額に脂汗を浮かべている。

「初陣の後を思い出します。あの時も、うなされていました。」
 優しく汗を拭う姿はまるでこの青年の祖父であるかの様である。彼が産まれた時から見守っているのだ、当然なのかもしれない。

「なんだ――っと辺里か――あまり驚かさないでくれよ」
 ぼそり、と呟きながら何時の間にか片手に握っていた鉄筆を机に投げ戻している。
「申し訳ありません。うなされたおいででしたので、差し出がましい事をしました。」
 当の辺里は顔色一つ変えずに足置きにされていた卓上の体裁を整えている。
「いいよ、有難う辺里、おまけのついでに柚木も。こんなトコ御祖父様に見られたら酷い目にあうしね。」
 そう言った時には常の愛想のよい顔つきに戻っていた。
「おまけのついでって何ですか、酷いで「それで辺里。どうしたんだ?」 聞けよヘタレ」
「それよりも、豊久様。若殿様がもう間も無くお帰りになる御時間で御座います」
 辺里はじゃれあう(?)二人を僅かに微笑を浮かべて眺めながら必要なことだけ伝える。

「父上が、ってことは伯爵閣下も御同行なさっているのだな?」
「はい。御一緒だそうです。」
 そういいながら辺里は流れるような動作で軍装を差し出す。
「――まぁ、俺も相談したい事があるし調度良いか。」
 そう言いながら肩をこきゅこきゅと回しながら立ち上がると既に少壮気鋭の若手中佐の顔になっている。
「柚木」

「はい、黒茶はもうすぐできますよ。敦っちゃ――もとい宮川が持ってまいります」

「ん。ありがとう。応接間におかせておいてくれ。
着替えたら私も出迎えにでなくてはならないからね」
 表情は同じでも発した声が与える印象は全く変わっている。
 ――これも一種の才能なのかしら?
柚木の思考をよそに豊久は軍人貴族の顔へと完全に転じるべくその衣を纏いだした。


同日 午後第七刻半 馬堂家上屋敷 応接間
馬堂家使用人 柚木薫


 応接間に侵入した柚木はそろそろと茶と菓子を運びながら可能な限り主と客人たちの意識の外で居られるように歩き出す。話の内容にはさして興味はない――というよりも持たない方がいいと理解しているからこそ雇われているのだと自覚している。

「――また面倒なものをかんがえついたものだね、君は」
弓月伯爵は丁重に口を拭きながら一番若輩ものである英雄中佐に視線を向けた。
「少なくとも私を謀殺して一代早く家督を乗っ取ろうとしているように見える、半分本気でな」
 兵部大臣の官房で総務課理事官を務めている豊守も苦いものが多分に混じった笑みで豊久に云った。
「おまけに実現する為に動くのは私と父上に弓月殿だ、お前じゃないと来たものだ。
まったくもって素晴らしいじゃないか、ん?」
 そろりそろり、と会話の邪魔をしないように柚木は盆を運び、杯を満たし、菓子を添える。
互いに邪魔せずに気づかぬふりをするのが礼儀である。
 「じゃなかったら言いませんよ、こんな面倒くさい事。それに弓月閣下には現状を打破しうるという莫大な利益があり、我々は他家との間により強力な独自の伝手を求める事が出来る。
えるものは中々に大きい、悪い手ではないと思いますが」
そういいながら豊久は目礼しながらで柚木に出ていくように示す。
使用人が部屋を出るのを見送ると豊久は援軍を求めて義父へ視線を送り、それを受けた内務省第三位の官僚は肩を竦めて答える。
「その点は興味深いが、君の父上が動いてくれなくてはどうにもならないな」
 「と、閣下はおおせですが?」
間髪入れずに義父の言葉を拾い、実の父へと球を放った。予想外の連携攻撃を受けた豊守はあきらめのため息をつく。
「やるだけはやってみよう、まずは駒州の大殿に――」
「勅任参事官の職務の内だから省内の根回し自体は大して手間はかからん。むしろ面倒なのはその上に持ち込む際の事だな、執政府内ですむのならどうにか予備計画の一つとして押し通す事ができるが、陸軍の――」
 彼らの会話は既に厚い扉に遮られ、柚木が聞くことはなく、また同時に記憶されることもない。そうした点において、馬堂家は極めて将家な選び方で使用人をあつめているのであった。


同日 午後第八刻 馬堂家上屋敷庭園
馬堂家警護班 班長 山崎寅助


 弓月伯の馬車に護衛を二名程つけ、本日の特殊業務は終了した。
本日の仕事は犬を入れ替えて何時もの報告へ出向くだけであり、後は通常の当番制に戻る旨を伝えれば山崎は寝床へ戻るまでしばしの自由を味わう事ができた。
「大殿様。」
 自分の心根どうように軽やかに書斎と庭を繋ぐ窓の下を叩くが顔を出したのは彼が軍人時代から仕えている相手の孫であった。
「残念、俺だ、御祖父様は父上のところにちょいと話を詰めに行ったよ。
ま、俺が代わりでも問題ないだろ?」
逆光であっても不敵な笑みを浮かべているのがわかる。
「はい、それでは御報告を――」



「――以上です」

「視警院からの方々は、まぁ当然だな。先代の警保局長殿に万が一の事があれば内務省も良い面の皮だ、当然、護衛もつくだろうさ。」

「えぇ、家名だけのお飾りでもありませんからね。何かあったら内務省の勢力図が大変動してしまいます」

「あぁ、目敏い御方だよ、御祖父様や父上によく似ている。
――その上、娘達の方まで察しが良いからなぁ」
そう云ってわずかに遠い目をするが、すぐに視線を現実に戻し、当主の忠臣へ視線を向ける。
「――まぁそれは兎も角、俺もそろそろ軍務に復帰する時期だ。
分かっていると思うが、皇都は加速度的に物騒さを増していくからな。皆を頼むよ、山崎。」
 真摯な視線を感じ、山崎は知らずと嬉しそうに笑みを浮かべていた
――そんな不安そうにしなくても私にとっては当たり前の事だ。これでも下士官時代に大殿について以来の二十余年、幸運な人生を送らせてもらっている恩義がある。
「お任せ下さい」
 その言葉に何かを感じたのか、一瞬口篭った後に帰ってきた豊久の返答は少々そっけないものの心情を知るには十分すぎるものだった。
「あぁ、その、何だ、――ありがとう。」
 窓を閉め、背を向けても山崎には耳朶を真っ赤にしているのが良く分かる、
声の響きだけでなく、彼の背後にいる山崎の主が嬉しそうに、面白そうに笑っている姿が見えたからでもある。
「それでは私はこれで失礼します。」
 嘗ての被害者の勘が人を食った笑みに変わった老人が硬直している孫を毒牙にかける場面を見る事もなく巻き込まれない内に転進すべきであると告げていた。



今日は一段と光帯が美しい、気分の問題なのか気候の問題なのかは判断がつかないが
私はそう感じた。
「おや?山崎、こんな所で珍しいですね。」
聞きなれた声が背後から響く。
「あぁ、辺里さん。確かに珍しいかもしれないな。」
 十五年に及ぶ付き合いの上司が厨房口に立っていた。

「酒を久しぶりに飲みたくてね。まぁ度を超すつもりはないさ、文字通り一杯だけだ。
光帯を肴に、ってな」
そんな風雅を気取るなんて珍しい、と辺里が軽く笑っていると。
「あれ? こんな処で御二人とも何をしているんですか?」
柚木と石光が連れ立って――いや柚木が石光を引き連れてやって来た。
「なに、晩酌の素晴らしさについて語っていたのさ。」
「御一緒しましょうか?」
 山崎の言葉を聞くや否や柚木が爛々と目を輝かせた
 屈強な下士官上がりの中年男が自分の子供と同じ年頃の娘に気圧されている様を老家令頭と少年使用人が面白そうに眺めている。
「分かった、分かった、ならば折角だ。四人で呑もう。但し、一杯だけだぞ。
皆、明日に酔いを残させるわけにはいかんからな。」
不満そうに口を尖らせる柚木に、それを慰める石光。
そしてそれを横目で見て笑っている辺里が珍しくからかうような声でこっそりと山崎に囁く。
「いいのですか?柄にもなく風流を気取るつもりなのでは?」

「柄じゃないからやめだ。まぁ、それに、――こういうのも悪くはないだろう?
あわただしい使用人達の一日の閉めに相応しい。」

 
 

 
後書き
申し訳ありませんがそろそろ税金で食っていく為の試験がガチで迫っているので隔週ペースに落とさせていただきます。

 それとどうでもいい事ですが前日譚のプロット書いた後に龍州編のプロットを書くと温度差に笑ってしまいます。また書き溜めたら後書で投稿する旨をお伝えさせていただきます

  
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