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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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GGO編
  百十二話 待つ者

 
前書き
はい!どうもです!

今回はいったん舞台をALOに戻して、観戦しているみなさんを覘いてみます。
一応順番的には原作をなぞっています。

えっと募集についての云々はあとがきで……

では、どうぞ! 

 
アスナは、明らかに切迫し、落ち着きを失った様子で、しかし育ちの良さ故か、けっして貧乏ゆすりなどはしたりせずに、ソファに座っていた。とは言え、その雰囲気で十分に彼女が焦っているのは分かる。リズが見かねたように声を掛けた。

「アスナ、落ち着きなよ……って言っても無駄だよね」
「うん……ごめん。でも、なんか悪い予感がして……キリト君達が《ラフィン・コフィン》の事、言わずにコンバートしたのは、きっと何か、大変なことが起きてるからじゃないかって思うの……因縁とかだけじゃなくて、現実世界にも影響出るような……そんな・・・・・」
言いながら、アスナは唇を噛むと、再び俯いた。

「考え過ぎ……っては、流石にあたしにも言えないかな……さっきのあれ、見ちゃったし……」
リズもそれっきり黙り込み、手に持ったグラスに視線を移す。あれから数分、此処に居る全員が、アスナが呼びだした「ある程度以上事情を知る筈の人物」の登場を今か今かと待っていた

《ラフィン・コフィン》
あの城……アインクラッドに居た二年間の中で、アスナは幾つもの大規模な戦闘を経験してきた。フロアボスを代表とする、ボス討伐戦。こうフィールドその物が一時的に多量のモンスターの巣状態となっており、そこを突破するエリア制圧戦。そして彼女が体験した中で、最も最悪な戦いとして記憶の中に染みつくのが、攻略組合同部隊による、「ラフィン・コフィン討伐戦」だ。あの戦闘はSAOの記録上唯一、PvPの戦闘で二十人を超える死者が出た例である。

あの戦いの記憶の中で、詳細な記憶は、アスナの中に殆ど残っていない。時が過ぎたせいもあるだろうが、何よりアスナ自身が忘れたかったからでもあるだろう。
実際、この世界に戻って来てからと言う物、一度としてアスナやキリトの話す話題に、あの時の事が上がることは無かった。ただそれでも、アスナが今でも自らへの戒めの意味を込めて、はっきりと思いだせる事もある。
不意打ちと、殺人への忌避感により崩壊しかけた攻略組の戦線の中で、自らをかばって殺人の罪を背負った黒衣の少年と……唯一、殺人者の群れの中へと飛び込み、幾つもの命を刈り取って見せた、今は嘘となってしまった約束の、自分の甘さと弱さの犠牲者となった浴衣姿の青年。
彼に言えばしかられるのだろうが、アスナは今もあの時の自分の安易さを悔み続けていた。無論、それに引きづられて必要以上に暗くなったりはしていない。以前彼にも言われたことだ。責任を反省し次に生かすのは良いことだとしても、それによって必要以上の暗さに陥ってしまうのは無駄だし、周りにも迷惑だ。

ただ同時に、それは反省せず、考えもしないことは唯の思考停止であると言う事も意味する。だからこそ、殺人者たちの群れへと飛び込んで行くあの後ろ姿を、アスナは忘れたことは無かった。

と、そこまで考えた所で、不意に、膝の上できつく握った手を、暖かい別の掌が包んだ。リズとは反対側に座る少女、サチだった。

「アスナ。リズの繰り返しになっちゃうけど、落ち着いて?大丈夫だよ。キリトとリョウなら、きっと大丈夫」
「サチ……」
微笑みながらそう言う彼女に、アスナは少しばかり戸惑う。その顔がいつもと変わらず穏やかで、不安も焦りも見えなかったからだ。一瞬だけ、アスナは「寧ろ貴女はどうしてそんなにも落ち着いて居られるの?」サチに問いたくなる。しかしそこまで考えて、アスナは自分がなんて馬鹿なことを考えているのかと驚いた。
これまでの彼女との付き合いを鑑みれば自ずと分かるはずだ。この少女が、自らの思い人が過去の殺人者が居る戦場に居ると分かっていて、ただ不安なくあれる筈はない。ならばどうして、こんなにも落ち着いて居られるのか。それを考えて……アスナは唐突に気付いた。

“大丈夫”

サチが今、アスナに言い聞かせるように言った言葉。きっとそれは、自分自身へ向けた言葉でもあったのだろう。つまりは、サチはひたすらに信じているのだ。
リョウならば大丈夫だ。彼ならば必ず無事に帰ってくる。と。比べて……自分はどうなのだろう?

「……凄いね。サチは」
「え?」
少しだけ困ったように言ったアスナに、サチはキョトン、とした顔をする。

「何も無くても、唯ずっと信じていられるって、とっても凄い事だよ……私は、キリト君ならきっと大丈夫って思ってても、それでも不安になって、今みたいにそわそわしてばっかり……私、キリト君の事、信じ切れてないのかな……」
言いながら俯いた彼女に、サチは一瞬驚いたように目を見開いた。アスナの口から、それもキリトの事に関して、そんな少しでも自分の事を疑うような発言が出てくるとは思わなかったのだ。だが、彼女はふっと頬を緩めると、再び優しく微笑んだ。

「私だって、全然不安じゃない訳じゃないよ」
「え……」
「私はアスナみたいに強くなくて、SAOの時からリョウの事を待つばっかりだったから、ちょっと慣れてるだけだよ。不安でも、それを我慢する方法、知ってるから」
「どうするの……?」
呟くようにアスナが聞いた。サチの笑顔が、照れくさそうな、はにかむような物に変わる。

「信じてあげるだけだよ」
「…………」
「大丈夫、大丈夫って、とにかく相手の事を信じてあげるの。小さい子みたいだけど……いつもそうするしか無くて、そうしてたらいつの間にか、信じてればきっと帰って来てくれるって、信じられるようになっちゃった」
えへへ、と笑うサチに少しだけ呆気に取られたアスナだったが、すぐに正気に戻り、同時に改めて感嘆した。
それに、一体どれだけの心の強さが必要なのだろう。
思い人が、何時死ぬともしれぬ、帰って来ぬとも知れぬそんな状況で、何時間もの時を過ごし、それを毎日繰り返し、それでもなお、相手を信じて待ち続ける。
自分ならば、行動するだろう。強くなろうと、相手の隣に並び、相手を守るために行動するだろう。しかし彼女には、それが出来なかった。
一度味わった死の恐怖は彼女をモンスターの前には立てぬ体にしてしまったし、彼女の思い人もまた、彼女が死の危険のある場所に立つことを望まず、寧ろ拒否した。

そうして待ち続けた時間、彼女は一体どんな気持ちだったのだろう。自分には……とても真似できないと、心からそう思った。

「サチは……」
「でもね、アスナ」
「え?」
「サチは強いね」そう言おうとした言葉を、サチ自身が遮った。サチの微笑みは、再びその雰囲気を変えていた。恥ずかしげな物から……少しだけ、悲しげなものへと。

「アスナが、私みたいになる必要なんて、何処にもないんだよ?」
「…………」
「アスナは、例えば待ち合わせに相手が来てなかったら、自分から走って迎えに行く。私みたいに待ってるんじゃなくて、自分からその人の所に行って、その人と手をつないで歩いてくる。そう言う人だから。だからアスナは、アスナ自身の考え方や、そう言う気持ちも、大切にして?私と比べたりして、自分が弱いなんて思う必要、無いよ?」
「…………」
思わず、絶句してしまった。
まるで知っているかのように、サチはアスナの内心を言い当てて見せたからだ。思わず、聞いた。

「どうして、分かったの?」
「?」
「私がサチと自分を比べてるって……」
「うーん……」
言われて、サチは少しだけ考えると、苦笑しながら答えた。

「勘、かな」
「えぇ!?」
驚いたように言ったアスナに、サチは慌てたように手を横にブンブンと振った

「じょ、冗談だよ?今のはリョウの真似……でも、半分は本当かな……何となく、今までアスナと話したり、会ったりしてる内に、アスナだったらきっとそんな風に思っちゃうんじゃないかな~って。多分、リズも分かってたんじゃないかな?」
「えっ!?」
アスナが振り向くと、リズは片目をつぶって呆れたような、苦笑するような顔で肩をすくめた。

「アンタの悪い癖よ、アスナ。自分に自信が無いってわけじゃないけど……なーんか自分の責任大きく考えすぎたり……他人の良い所見過ぎて自分の良い所見逃したりしがちなのよ。アンタは」
「う……」
確かに、以前リョウにも同じような事を言われた気がしないでもない。しかし仕方ないと言えば仕方ないのだ。人間誰しも自分と他人とを比べがちになることはままある訳で、問言うかそう考えたなら別に自分に限った事でも……と、そこまで考えた所で、部屋のドアがノックされた。

────

アスナの呼びだした「ある程度以上事情を知る筈の人物」。それは勿論、キリトとリョウに今回の事件の調査を依頼した人物。即ち菊岡誠二郎だ。
ALOでの名前は、《クリスハイト》ひょろりとした長身に簡素なローブ。マリンブルーで肩わけの髪に、細い銀縁の眼鏡を掛けていて、何処か彼の現実世界の容姿を想像させる。そんな姿である。

彼に対してアスナが初めに行った一言はズバリ簡潔。「何が起きてるの」と一言だ。
まぁ、本来ならばいくら今が日曜の夜で彼が独身男性であるとはいえ「キリトとリョウのGGOコンバートの件について今すぐ聞きたいことがあるからイグシティの私の家まで来て」等と言う一方的かつ少々無理矢理な要請で彼を此処に呼び出したのだから、せめて一言謝罪はあってしかるべきであると言う事自体は彼女にも分かっていた。
寧ろ来てもらっただけラッキーだ。「今忙しい」の一言で断られれば、高校生が成人男性を呼び出す等と言う事にそれ以上いくらアスナが無理を言おうと道理は向こうに有った筈なのだから。
だが、焦燥で満ちたアスナの胸には、そんな余裕が無かった。

とぼけたように、話すことを誤魔化そうとしたクリスハイトには、ユイがネット上から調べ上げたであろう死銃事件のほぼ全容を語った。
おおよそ二分半の時間を掛けて、状況から既にペイルライダーも死亡しているであろう推測までを組み立てて説明した後、ユイはその場で傍らのグラスに寄りかかった。
彼女に対して掛かったであろう負荷を思い、アスナはその小さな体をそっと撫でて、掌の上に彼女を乗せると、小さな声で「ありがとう」と呟く。

彼女の語った事実に驚き、沈黙した面々の中で、初めに口火を切ったのは、以外にもクリスハイトの方だった。

「いやぁ、おどろいたね……君は《ナビゲーション・ピクシー》だって聞いてたけど、短時間でそれだけの情報を分析して結論を導き出すとは……流石たか……あ、いや、それよかどうだい?君、《仮想課》でアルバイトしてみたりする気はないかな?」
「…………」
あいも変わらずとぼけた事を言うクリスハイトを、アスナはきっと睨みつけた。慌てたように彼は両手を上げ、降参のポーズを取る。

「あはは。すまない、何もこの期に及んでとぼけようって訳じゃないんだ。そのこの言う通りだよ。《ゼクシード》と《薄塩たらこ》は、確かにその時刻近辺で、急性心不全で亡くなっている」
「おい、クリスの旦那よぉ……」
言い終えたクリスハイトに、クラインがバーカウンターから飛び降り詰め寄った。

「あんたキリトとリョウの依頼主だって聞いたが……って事は手前ェ、その殺人事件が起こってるの分かっててアイツらをあのゲームにコンバートさせたのか!?」
「ストップだ。クライン(うじ)
しかしそのクラインを、クリスハイトは右手で制した。少しだけ顔を伏せたことで、眼鏡の反射角度が変わり、その反射で彼の表情が分からなくなる。

「“殺人事件”ではないよ。少なくとも現時点では……それが、僕とキリト君達三人で話し合って出した結論なんだ」
「ン……だと……?」
勢いをそがれたように、クラインの言葉が止まる。たたみかけるように、クラインは続けた。

「だって考えてみてほしい。どうやって殺すんだ?ナーヴギアならともかく、彼らや君達が今使っているのはアミュスフィアだ。それを最もよく分かっているのは君たちだろう?あらゆるセーフティを掛けてあるアミュスフィアでは、本人の体には髪の毛一本だって破壊出来はしない。まして、機械そのものとリンクしている訳ではない心臓だけを止めるなど、ナーヴギアにだって出来はしない。結論を言えば、ネットから現実に居るプレイヤーに心不全を起こさせるなんて、どう考えたって不可能なんだ」
あくまで冷静な声で言ったクリスハイトに、クラインが唸りながらスツールに戻った。次に静寂を破ったのはリーファだ。

「菊岡さん、でもそれなら、どうしてお兄ちゃんにGGOに行く依頼を頼んだんですか?」
言いながらクラインと同じく立ち上がったリーファは、少しだけクリスハイトに詰め寄る。

「貴方も感じているんでしょう?死銃と言うプレイヤーには、他とは違う、何か、恐ろしい何かがあるって」
「…………」
リーファの問いに対してクリスハイトが返した答えは、黙すことだった。答えないクリスハイトに、アスナは自分たち以外は知りようの無いカードを切る。

「クリスさん、死銃は、私達と同じSAO生還者(サバイバー)よ。それも、最悪と言われた殺人(レッド)ギルド、ラフィン・コフィンの元メンバーだわ」
「なっ……」
さしものクリスハイトも、これには驚いたようだった。肩をピクリと振るわせ、一瞬目を大きく見開いたかと思うと、すぐに細めて秘めやかな声でかえす。

「なぜそんな……いや……確かかい?それは」
「えぇ。名前までは思い出せないけど、死銃はそのメンバーしか知りえない事を、明らかに意図的に言ってたわ。私とクラインは、ラフコフ討伐戦にも参加してる。……つまり、死銃がゲームの中で人を殺すのは、今回が初めてじゃないのよ。これでもまだ、全てが偶然だって言い張るつもり?」
アスナの言葉に少し考えた後、クリスハイトは真剣な顔でこう返してきた。

「言い張るつもりも何も、そう言うしかないんだよ。何故ならアスナ君、きみの主張を認めようと思うと、僕たちはこう考えなくちゃならない。超能力や呪いの類が実在して、死銃はそのパワーを使って人を殺してるんだ!と……それはあまりにも……何と言うか、非現実的だよ」
「……それは……」
即座に返答することは出来なかった。そこに、リズの言葉が割り込む。

「え、ねぇアスナ、クリスハイトって、SAOの事知ってるの?なんかリアルではネットワーク関係の部署の公務員さんで、VRMMOの研究がてらALOやってるって聞いてたけど……」
その問いに答えたのは、菊岡本人だった。隠すことでも無いのか、すらすらと自分の立ち位置を説明していく。

「その通りなんだがリズベット君、昔はもっと別の仕事をしてたんだよ。僕は、総務省の《SAO事件対策チーム》の一員だったんだ。もっとも、対策なんて何も出来ていない名ばかりのチームだったことも事実なんだけどね……」
それを聞いて、リズは少しだけ驚いたように目を見張った後、複雑そうな表情で俯いた。
菊岡自身は自嘲気味に言うが、実際の所、SAO生還者たちにとって《対策チーム》の功績はかなり大きい。
何しろ全国一万人近くいたSAOプレイヤー達を、ほぼ一斉に全国の病院に一気に移送してのけたのだ。予算確保やベットの確保は当然難航したが、硬軟合わせ持った粘り強い交渉でチームは関係各省を動かし、それらを動かしたのだと言う。ちなみにキリトの話しでは、その中心人物だったのが菊岡なのだそうだ。無論、現在SAO生還者は全員《対策チーム》の奮闘を知っており、感謝こそすれ、恨んでいる者等先ず居ないだろう。
怒りと、恩との間で板挟みになったのか、黙り込んでしまった面々に変わって、アスナが静かに言った。

「……クリスハイト、確かに私達にも、死銃がどうやって人を殺しているのか、その仕組み自体は分からない。でも、だからってキリト君やリョウだけが過去の因縁と戦おうとするのを黙って見ている訳にはいかないの。……貴方なら、死銃を名乗るプレイヤーの、現実世界での住所や名前を突き止められるんじゃないの?簡単じゃないだろうけど……《ラフィン・コフィン》に所属していた生還者を全員リストアップして、今自宅からGGOに接続しているか、契約プロパイダに照会して……」
まくしたてるように言うアスナにクリスは慌てたように両手を上げた。

「ちょ、ちょ、落ち着いてくれアスナ君。無茶だよ、キミの言う“簡単じゃない”のランクが高すぎる。先ずそんな事をしようと思ったら裁判所の令状が必要になる。個人の住所や名前や回線の状況までチェックする訳だしね。それに、いくらなんでも僕の一存では無理だ。捜査当局に事情を説明しなきゃならない。それだって何時間かかるか……」
と、そこまで言って、菊岡は何かを思い出したように言った。

「いや、と言うか、それ以前に不可能だよ。仮想課が把握しているSAOプレイヤー諸君の情報は、あくまでもHN、RN、それに最終レベルと、ゲーム内に居た時の座標のログだけなんだ。所属ギルド名や、その……殺人の回数までは一切分からない。だから、元《ラフィン・コフィン》のメンバーと言う情報だけじゃ、死銃の名前や住所は分かりっこないんだよ」
「…………」
アスナは小さく唇を噛んだ。
死銃の話し方や雰囲気には、確かに覚えはあるのだ。しかしどうしても、それが誰であったのかを思い出すことが出来ない。否、あるいは、初めから知ろうとしなかったのか。一刻も早くその記憶を消し去りたかった。そのために、関わろうとしなかったのか……あるいは、これはその報いか……

「お兄ちゃん達は……きっと、それを思いだすために、あの場所に居るんだと思います」不意にリーファが、そんな事を呟いた。
ある意味で、今戦場に立っている二人に一番近い場所に居る彼女の声に、皆が耳を傾ける。

「昨日帰って来た時、二人とも、普通じゃなかったんです。お兄ちゃんは、凄く怖い顔してたし、リョウ兄ちゃんも……なんでか分からないけど、怒ってるみたいな、そんな雰囲気で……」
「えっ……」
サチが、小さく声をあげた。それが何に対してであるのか、アスナには分かるようでわからなかった。

「きっと、昨日の時点で分かってたんです。GGOに《ラフィン・コフィン》のメンバーが居る事も、その人がまた人を殺してるかもしれない事も……だから、きっと決着を付けに行ったんです。昔の名前を突き止めて、PKを終わらせる為に」
その言葉は、きっと正しいのだろうとアスナは思った。ほんの少しだけ先に彼の心を察してしまう彼女に悔しくもあったが、それは重要ではない。
リョウの心までは、アスナには測れない。それを測ることが出来るのはきっと、サチの方だろう。しかしキリトに関して言うならば、きっと彼は自身に対して責任すら感じた筈だ。
「あの時、終らせておくべきだった」と。そしてそれは同時に、彼に、今こそその全てを終わらせるべきなのと言う義務感すら感じさせただろう。

いつも、そうだ。キリトも、リョウも、自分でばかり背負いこんで、此方を巻き込むような事を決してしようとしない。待つ側の身にもなってくれと、彼等に一体何度言おうと思っただろう……?

「アンの……馬鹿野郎共がぁ……!」
クラインが、左手をバーカウンターに叩きつけた。髭面を歪めて、彼は尚も叫ぶ。

「いつもいつも……水くせぇンだよ!……一言でも言えよ……そうすりゃ、行き先が何処だろうが相手が誰だろうが俺だって……」
「きっと、だからですよ……」
シリカが、クラインに泣き笑いするような顔で小さく言った。

「クラインさんも、私達も、キリトさんやリョウさんがそう言う事言ったら絶対付いてくるって、二人とも分かってて……だから……だからきっと……」
その言葉に、リズが少し微笑んだ。

「そう……よね。アイツら二人揃って、そう言う奴なのよね……それどころか今だって、敵の筈の誰かを守ってたりしてそうなもんだしね……」
そう言ったリズの言葉で、全員が画面を見る。と、アスナだけが、ふと気付いた。
皆が画面を眺めるよりも前に、一人だけ、サチだけが既に画面を見ていたのだ。小さく俯いて、しかしそれでも、まるで画面の向こうに居るはずの誰かを探すように、彼女は画面を見つめていた。
先程表れた、まるで女性のようなアバターの彼を探している事は、誰が言わずとも分かりきっている事だった。画面右下に表示されている、kiritoと、Ryokoの表示には、ほかの参加者が次々にDEADに代わっているのにたいして、相変わらずALIVEの表示が出ている。まだ、彼等があの島の何処かで、死銃と、秘めやかな戦いを繰り広げている事は、間違いなかった。
ふと、先程のサチの言葉が、脳裏によみがえる。

『不安でも、それを我慢する方法、知ってるから』

彼女の我慢は、一体どれだけの我慢なのだろう……一体、いつまでの我慢なのだろう……
SAO時代から待ち続けた彼女の“我慢”は……

──いつの日か終わるのだろうか?──

『うん、決めたっ!』
この瞬間に、アスナは、二つの事を決めた。一つ、帰ってきたら、リョウの事を一発しかってやろう。
そして二つ目……アスナはリーファに向き直った。

「リーファちゃん、二人は、自分の部屋からダイブしてるんじゃないのよね?」
「えぇ。そうです。でも私も、都心の何処かから。としか知らないんです……」
そこまでは、アスナも知っていた、だからこそ、これが終わればすぐにキリトと合流出来るよう、彼女はいま御徒町のダイシー・カフェからダイブさせてもらっているのだ。一つ頷いて、アスナはクリスハイトへと向き直る。

「……クリスハイト、貴方は知っている筈よね?キリト君が、どこからダイブしているのか……」
「あぁ……まぁ……」
ローブを着こんだ魔導師は、曖昧に頷きつつ口ごもる。アスナが一歩踏み出すと、その瞳を正面から見つめて来た。
予想外に真剣な表情に一瞬ひるみかけたが、しかし先にクリスハイトが口を開いた。

「まぁ、僕が用意したからね……行くのかい?」
先に聞かれた事がアスナとしては意外だった。此方の気持ちをくみ取ってなのか、それとも何か別の意図が有るのかは分からないが、今は素直に有難い。
仮にGGOに今アスナがコンバートしたとしても、大会に参加することが出来ない以上、手助けをすることも何もできない。しかし、だからと言ってジッとなどしていられるものか。せめて、傍に居たいのだ。彼を守り、支え、励ましたい。そのために障害を費やすことになろうとも構わないと、ずっと前に、そう心に誓ったのだから。

「えぇ……何処なんですか?」
「千代田区、御茶ノ水の病院だ。そこで心拍をモニターして、億が一に備えている……キリト君が、リハビリをした病院……と言えば分かるかな?」
柔和に微笑んで言ったクリスハイトが、本当に、予想以上にペラペラと喋るので、アスナはなんとも妙な気分になったが、それより先に考えたことが有った。
近い!そこなら……

「私、行きます、現実世界の……キリト君の所。だから……」
そうして、アスナは最後に向くべき相手、自分を眩しそうに見上げる、サチの方を見た。

「サチ……一緒に来てくれない?」
「え、え?」
「サチの家なら、近いよね」
「う、うん……」
サチが現在ダイブしている場所。彼女の自宅は、港区、六本木にある。一度行ったことが有るが……まぁ、何と言うか、中々あまりお目にかかれない場所に住んでいた。

「私、さっきサチに教えてもらった。待ってる事、だから……今度は私を見てほしいの。これが、私だって、サチに見てて欲しい。そんなに大したことなんてできないけど……それに」
そこまで言って、アスナは一度息を吸うと、ニコリと微笑んだ。

「サチだって、たまには我慢やめたって良いはずだもん」
「…………」
サチは一瞬、ポカンとした表情で居たが、やがて尋ねるように、苦笑したような顔で首を傾げて問うた。

「……そうかな?」
「そうだよ」
即答する。サチは小さく頷いた。

「……うん、わかった。じゃ、病院で合流しよう?」
「うんっ!!」
「なら、病院にはこっちから連絡しておくよ」
菊岡の言葉にアスナは頷くと、二人は皆に行ってきます。といって、それぞれログアウトした。

────

「…………ふぅ」
二人が居なくなると、クリスハイトは小さく溜息をついた。
と、そこに横から、リズベットが茶々を入れる。

「アンタ、さっきは随分素直に言ってたじゃない。いつもだったらもうちょっと言い訳しそうなもんなのにね」
からかうような口調で言った彼女に、クリスハイトは苦笑する。

「……酷いなぁリズベット君僕だって空気は読めるよ。それに……」
「?」
「知り合いと、いうか、ある人に言われてね。その人によると……」

『人の恋路を邪魔スル奴なんてのはナ、ドラゴンに踏まれて死ねばいいんだヨ』

「なんだそうだ」
肩をすくめてそう言うと、リズは二ヤッと笑って言った。

「大正解ね」

────

「お母さん」
『この番組は、スカイ・エンゼル社と、……ご覧のスポンサーの提供で、お送りいたします』
着がえを終え、部屋からでた美幸は一度、小走りで母親の居るリビングへと向かった。リビングに入ると、大きめのテレビからスポンサーの音声が流れて来る。
リビングの奥には、妙齢の女性が椅子に座ってワインを飲みつつテレビを見ていた、美幸母親こと、麻野真理である。美幸の姿を見止めると、彼女は柔らかく微笑む

「あら美幸、どうしたの?大会の中継、おわったの?」
「あ、うん……その……」
真理には、今日別のゲームの大会に涼人が出場することや、それをみなで見る事は伝えてあった。しかしここまで歪曲してしまった事態をどう説明した物か、美幸は一瞬だけ迷う。しかし即座に結論を出し、返した。

「それで……えっと、りょうと、これから会おうかなって」
嘘は言っていないが、大分過程を省略している。
とは言え今は既に午後九時を回っている。最悪、却下される恐れも……

「あら、夜這い?美幸、大胆になったのねぇ……」
「な、なななな、なに言ってるの!?そそ、そそそ、そんな、そんな」
行き成りの発言にパニックを起こす美幸に、真理はうふふと笑う

「冗談よ、冗談。それとも本当にそうだった?あ、もしかして涼人から……」
「違うってば!会うだけだよ!」
「はいはい。行ってらっしゃい。ただ、十分に注意していくのよ?貴女だってもう立派に女の子卒業に入ってるんだから」
「う、うん。行ってきます」
言われて何となく、自分の中の下程度(主観)の胸部を見そうになって……真っ赤になって美幸は玄関へと走り出す。リビングの扉が閉じると、真理は愛おしそうに、小さく言った。

「頑張ってるわね~」

────

かなりの高速で下へと降りるエレベーターに乗りながら、サチは一人、床を見ていた。
あの時、アスナに言われた言葉が、頭の中で反響している。

『サチだって、たまには我慢やめたって良いはずだもん』

ああ言われた瞬間に、何故だか、少し嬉しくなった。心の何処かで、待つだけの、我慢するばかりの自分が嫌になり始めていたのかもしれない。
にもかかわらず、今まで待つばかりだった自分は、それ以外の方法に走ろうとせず、唯これまで通りに待つだけだった。

しかし……考えてみれば簡単なことだったのだ。

待つだけのが嫌ならば、行動すればいい。
信じて、それでも行動してみるのは、決して悪いことではない筈だ。

なぜなら……そう。

『私は、もう何もできない所に居る訳じゃないんだから』
行動できる。彼の元へ、少しでも近くへ、歩み寄ることが出来る。私は私のまま、それでも、出来ることはしてみたいから。

「うんっ」
顔を上げると同時に、エレベーターの扉が開く。
開いた向こうに見えた少女の瞳には、強く、綺麗な、決意の光が宿っていた。

Fifth story 《照らされる死》 完
 
 

 
後書き
はい!いかがでしたか!?

今回はヒロイン達の回でした。これでようやくGGO編五章は終了……

アスナとサチの行動と、待つことに対する考え方、慣れ方の違いが強く出た回になりました。
隣に立とうとしてきた人と、常に家で帰りを待ち続けた人、本当に強いのはどちらなのか……或いは比べる事等出来ないのかもしれませんが……それを考えるタイミングにもしていただけたらと思います。

ではっ! 
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