| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星河の覇皇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四部第五章 英雄と梟雄その五


 見れば二十世紀の派手なつくりとはまた違う豪奢なつくりである。金や銀で飾られ、床は白亜である。
(あまり好きではないのだけれどな)
 そのつくりは八条の好みではなかった。だが彼の一存でこの部屋が決定されたわけではないのだ。
 多分に建築家に任せた。連合で特に名の知られた建築家であった。彼は豪奢な建築を得意としていたのだ。
(しかしそれにしてもやり過ぎだ)
 八条は金や銀で飾り立てるようなことはあまり好きではない。
「ベルサイユやサンスーシーではないのだし。もう少し今の連合に合った建築にできなかったのだろうか)
 実はこの建築家は昔の欧州の建築に深い影響を受けていたのだ。
「とにかく豪奢にしないと駄目だ」
 そう言ってこの部屋をつくった。とにかく彼はかっての西欧の建築をこよなく愛していたのだ。
 だが家はアメリカ風であったりする。そして着物を着て中華料理を食べる。
「芸術と生活は別だよ」
 彼はこう公言している。これもまた連合の芸術に対する考え方であった。
(この部屋だけだからいいが)
 その建築家が国防省で担当したのはこの部屋だけであった。他の部屋は軍が造った。やはり軍の建物なので機密保持や安全上の都合があったのだ。
 ともあれこの部屋で侍従と正対した。天皇からの授かり物を持っているので侍従が上座になった。
「では陛下から長官へのお渡しものです」
「はい」
 わかってはいるがやはり緊張する。
(まさか陛下から頂くとは)
 まだ信じられない。
(こうして各国の元首にお配りしているのだろうか)
 だがそんな話は聞いたことがない。
(何故私なぞに下さるのだろう。それがわからない)
 頭を垂れながらもそう考え続けていた。頭を上げてもまだ考えていた。
「あの、長官」
 ここで侍従の声がした。
「あ、はい」
 見れば侍従は既にチョコレートを彼に差し出している。見れば深紅の絹に覆われ、ピンク色の同じく絹のリボンで飾られている。
(何か思ったより少女趣味だな)
 天皇の趣味はあまり知られていない。世間ではよく若いながらしっかりした方だと言われている。だが、これを見る限りやはり年相応の方のようだ。
「どうかお受け取り下さい」
「はい」
 八条はそれを謹んで受け取った。
「ではとくとご賞味下さい。陛下の手作りです故」
「手作りですか」
 これを聞いて余計わからなくなった。当然ながら天皇のみにならず王というものは自分で料理をする必要はない。出された料理を食べるのも彼等の仕事である。
(陛下はそもそも料理をされたことがあるのだろうか)
 儀礼としてあるだろうがあくまで儀礼である。ましてやチョコレートなぞ作られるとは思えなかった。だが、それを顔に出すわけにもいかない。
「謹んで食べさせて頂きます」
「わかりました、陛下にはそうお伝え致します」
「お願いします」
 こうしてチョコレートの拝領は済んだ。八条はまずそれを冷蔵庫に入れさせた。
「丁重にな。陛下からの授かり物だ」
「またそんな」
 受け取った官僚の一人は笑って言った。
「本当なのだが」
「はいはい、わかりました」
 彼はまだ信じてはいなかった。そして冷蔵庫に入れた。
 仕事が終わると彼はそれを取り出させた。そして会食の間でそれを待った。
「こちらです」
「うん」
 やがて秘書官がそのチョコレートを運んで来た。八条は銀の皿に置かれたそれのリボンを解いた。
「中身はどのようなものか」
 赤い絹を拡げると一個の箱が出て来た。木製である。
 それを開けると中には白と黒の珠が二十個近く入っていた。どうやらホワイトチョコもあるようだ。
「これは意外だな」
 黒いチョコレートだけだと思っていたらまさかホワイトもあるとは。彼はまずはホワイトを一つ手に取った。
「ふむ」
 どうやら手作りらしい。これも信じられない。
「陛下は料理を嗜まれるのか?」
「初耳ですが」
 秘書官は答えた。
「そうだな。私もそんな話は聞いたことがない」 
 儀礼では別の料理を作る。こうしたお菓子は作らない筈だ。
「だがこれはシェフに作らせたものではない」
 その証拠に形が不揃いだ。まるで小さい女の子の作ったもののように。
「これは」
 八条はそれを見て思わず苦笑した。本当にぎこちない作りだ。
「まさか手作りとは」
 常識で考えて一国の君主が手作りの菓子を渡すなぞ考えられない。八条はそれにおおいに驚いていた。
「そう思うと私は本当に幸せ者だな」
 彼はそう言ってチョコを口に入れた。
 中にはチェリーが入っていた。ほんのりとした甘さが口の中を包み込む。
「これは」
 かなり上等のチェリーだ。シロップが芯にまで浸かっている。そしてチョコも。
「ふむ」
 美味かった。八条は今度は黒のチョコを口に入れた。
 今度はブランデーが入っていた。ボンボンである。
「細かいな」
 ここまでやるとは思っていなかった。ブランデーにも甘さが残っていた。
 あとは夢中で食べた。気が付くと全て食べ終えていた。
「御馳走様」
「お味は如何でした?」
 秘書官が食べ終えた八条に問うた。
「いい。まかさここまでとは」
「満足されたようですね」
「うん。お世辞ではなく本当に美味しかったよ」
 彼は真顔で語った。
 実は彼は隠し事が苦手だ。政治家は駆け引きに時と場合によっては隠し事をしなければならない。だが彼はどうもそれができなかった。
 顔に出るのだ。こうした政治家も案外多い。
「八条長官は何かあったらすぐわかるな」
 マスコミでは日本の議員であった頃からよくそう言われた。
『八条切れる』
 別に切れてもいないのにネットの掲示板でこう書かれた時もある。顔色が変わるとそう書かれるのだ。
『また八条か』
『あいつもこんなことじゃ大成しないな。いい加減それ位できるようになれよ』
 そう無責任に書かれる。八条はそれを見て苦笑するのであった。
「本当に好き勝手言ってくれるな」
 だが彼はこれが案外楽しみであったりする。
「いい、八条君」
 伊藤はよく彼に言った。
「政治家は書かれてナンボよ」
「書かれてですか」
「そうよ」
 伊藤はここでいつもニコリと笑った。
「話にも出ない、漫画にも描かれないっていうのはそれだけ知られていないことでしょ」
「ええ、まあ」
 しかし何かタレントみたいだと思った。
「そういうところではタレントと似ているわね」 
 伊藤は彼のそうした考えを見透かしたように言った。
「結局は人気がないと駄目なのよ」
 彼女はそう言って微笑んだ。
「幾ら口ではいいことを言ってもそれが口だけじゃ人気が出ない。動かなくても一緒」
「それはわかっているつもりですが」
「皆シビアよ。君が政治家として何をしているか。ちゃんと見ているわ」
「それもわかっていますよ」
「わかってたらそれが人気に繋がるというのもわかるわね」
「はい」
 八条はその言葉に頷いた。
「そういうことですね」
「そうよ」
 伊藤も頷いた。
「そういうことが話になったち漫画になったりするのよ。けれど人気がないと書かれもしないし見向きもされないわよ」
「はあ」
 幾ら地盤があってもそれだけでは駄目なのだ。選挙民はシビアである。駄目だとすぐに落選する。
「それをよくわかって行動しなさい。いい、書かれない、描かれない政治家は駄目よ。幾らそれが格好悪くてもね」
「はい」
「もっとも」
 彼女はここで八条を見上げて微笑んだ。
「君ならそうそう格好悪くは描かれないか」
 そう言って八条の容姿を褒めた。
 そうした経緯があり彼は実は書かれるのも、描かれるのも好きである。だが癖はそうそう容易にはなおらない。
「そもそも私は別に隠し事をしなくてもいいと思っているんだよ」
 彼は自分のスタッフにこう言ったことがある。
「といいますと」
 スタッフ達はそれに問うた。
「いやね」
 彼は話した。
「そうした策略とかよりも正々堂々と正攻法でいけばいいと思うんだよ。特に私が今やっているのは軍事行政だ」
「はい」
「それは別に隠し事は必要ない。それに隠す必要もない」
「それはそうですが」
「無論軍事機密は別だよ。ただ私が言っているのは策略においての隠し事だ」
 彼が嫌うのはそれであった。
「策略はあまり必要ないのではないかと思う。もっとも必要な場合もあるけれど」
 その程度のことはわきまえていた。彼も政治家である。
「必要でない場合は無闇やたらに使うべきじゃない。それはかえって自らにとってもよくない」
「といいますと」
「策士策に溺れる、だよ」
 彼は一言そう言ったという。
 そうした考えも持っており、彼は別に感情が表に出ることを気にはしていなかった。ただ、無闇に激昂するのはよしとしていなかった。今回も感情が表に出ていた。
「ここまで美味しいとは思わなかったよ。陛下は料理上手であらせられる」
「羨ましいですね」
「君にも彼女がいるだろう?今年も貰える筈だが」
「私の彼女はボンボンよりもケーキが好きでして」
 秘書官は少し恥ずかしそうに言った。
「それでバレンタインはいつもチョコレートケーキなのです」
「それもいいね」
「まあボンボンとどちらがいいかは趣味の分かれるところですけれど」
「私はどちらも好きだよ」
 八条も秘書官もチョコレートケーキもまた好きであった。
「私もです。ただ」
「ただ?」
「陛下の手作りを頂くとは。それだけでも羨ましい限りです」
 天皇は美貌でも知られていた。気品だけでなく容姿も併せ持っていたのだ。
「手紙も入っているな」
 箱は二重になっていた。下には手紙があった。
「どれ」
 八条はその手紙を開いた。文は万年筆で書かれていた。
「陛下が自らお書きになられたのか」
 見れば若い女性らしい繊細な文字であった。
「ふむ」
 八条は読んだ。そこにはこう書いてあった。
『親愛なる八条殿へ』
「何と」
 八条も秘書官もまた驚かされた。
「長官、先程から思っていたことですが」
「有り難い、陛下にここまで気遣ってもらえるとは」
 八条は感激したように言った。
「え!?」
 秘書官は『ハア!?』とした顔になった。
「あの、長官」
「陛下は私のことを気遣って頂いておられるのだ。これは異国にいる私に対しての励ましなのだ」
「・・・・・・・・・」
 秘書官は沈黙してしまった。そして何故彼が今までチョコレートを貰えなかったのかよくわかった。
(この人はもてなかったんじゃない)
 普通い考えて八条程なら寄って来る女の子は大勢いるだろう。
(ただ、鈍感なだけだ)
 そうとしか思えなかった。ここまで鈍感なのも珍しかった。
「陛下のお気持ち、しかと受け取りました」
 八条はそんなことを知りもせず満足したように言った。
「これからはより一層精進していきます」
「これはかなり遠い道のようだな」
 秘書官はふと呟いた。
「こればかりはどうしようもない。まあ誰にでも不得意な分野はある」
 八条にとっては恋愛がそのようである。どうやら天皇の心が彼に届くにはかなりの時間と努力が必要だと思った。

 連合やエウロパでそうした話が進んでいた前後である。アッディーンはアルフフーフに入城していた。
 将兵達が彼を出迎える。彼はその列の中央を司令や参謀達と共に進んで行く。
「降伏の調印は終わっているな」
「はい」
 ガルシャースプが答えた。
「ならいい」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「これでサラーフの大部分は我々の手に落ちた」
「全てといかなかったのが残念です」
「仕方ないな」
 それは諦めざるを得なかった。
「とりあえずはサハラ西方をほぼ手中に収めたところでよしとしなければならないだろう。議会も政府も同じ考えのようだ」
「はい」
 オムダーマンは議会制である。大統領と首相のいる政府、そして裁判所との三権分立により運営されている。大統領も選挙で選ばれ、その大統領が閣僚を任命する。比較的オーソドックスなスタイルにより国家が運営されている。
「僅かな間でミドハドもサラーフも滅ぼすことができたのだ。これで満足するのも悪くはないだろう。それに行政の関係も
あるしな」
「そうでした」
 西方をほぼ掌握したことにより彼等の行政はかなり肥大化することになった。今はそれを整備するだけでも大変であった。
「まずはそれからだ」
 アッディーンは言った。
「軍の編成もある。当分は大きな戦争もない。そう、当分はな」
「ということはお受けになるのですね」
「断る理由もないだろう」
 彼は言った。
「向こうから提案してきたのだしな」
「では行きますか」
「うん、俺としても興味があるしな」
 アッディーンはそこで好奇心を目に宿らせた。
「シャイターンか。以前から噂を聞いていたが」
「あまりいい噂ではありませんね」
 ガルシャースプは顔を曇らせた。
「策士というか何というか。そうした話はよく聞きます」
「俺はそうは思わないがな」
 アッディーンはそんな彼に対して言った。
「逆に凄いと思うぞ。異国にやって来て二度の戦いに勝利をおさめてあそこまでなったのだからな」
「そういう考えもありますか」
「少なくとも俺はそう思う」
 アッディーンは不思議と彼に悪い感情は持っていなかった。
「時として策略も必要だ。彼はそれを使う時が多かったのだろう」
 シャイターンは傭兵隊長時代暗殺や謀略も駆使していた。
「政略結婚を批判する声もあるがそれも今まで多くの者が行ってきた。彼だけが責められる筋合いではない」
「はあ」
「そして将として彼を見るとだ」
 アッディーンの目の光がさらに強くなった。
「素晴らしいものがあるのは事実だ。俺でもあそこまではできない」
「そうですか」
「ああ、将としても人としても興味がある。是非会いたい」
 これで決まりだった。翌日サラーフの旧首相官邸にて二人は会うことになった。
「悪趣味な建物だな」
 アッディーンは官邸を見てまずそう言った。
「ナベツーラという男は美的感覚もなかったようだな」
 アッディーンも芸術には詳しくない。だがそんな彼でもこの建物の無気味さはよくわかった。
「大体何だ、この極彩色の壁は」
 壁はどれもラメが入った様々な色で塗られていた。
「よくもこんな色に塗ったものだ。普通はしない」
「そうですね」
 シャルジャーもそれに同意した。
「あの男は単に悪趣味だっただけではありませんでした」
「それは聞いている。心底軽蔑に値する下衆だったようだな」
 アッディーンも彼のことは聞いていた。
「はい、その取り巻き連中も酷いものでした」
「あのような連中を国政の中心にしたサラーフの者は何を考えていたのだろうな」
「マスコミに操られていましたから」
「だがそれにも限度があるだろう」
「マスコミのかっての通称をご存知ですか」
「盲目の荒馬か」
「はい。制御ができないものなのです。しかも極めて腐敗し易い」
「それは知っているつもりだが」
 アッディーンもマスメディアの危険性については知っていた。オムダーマンにもネットがある。これでマスコミの弊害はかなり和らげられている。
「かっての日本と同じことが起こっていたのは知っている」
 やはりここでも一千年前の日本のことが出て来た。マスコミの腐敗を語るうえで欠かせないのだ。
 ただ腐敗していただけではなかったのがこの時代の日本のマスコミであった。呆れたことに他国と結託し祖国を滅亡させようとすら考えていたのだ。
『ソ連は平和勢力だ』
『北朝鮮は地上の楽園だ』
 こうした事実とは全くかけ離れたことを言ってきた。あげくの果てには北朝鮮が自国民を拉致していたという犯罪行為すら隠蔽していた。あろうことかその犯罪国家と手を組む犯罪政党を良識と評してきたのだ。
 その犯罪国家が崩壊した時に犯罪政党は一斉に逮捕された。同時にマスコミにもメスが入れられた。
「言論弾圧だ」
 彼等は叫んだ。だが国民はそれに耳を貸さなかった。狼少年を信じる者はいない。ましてやその狼を導き入れ、村を滅亡させようとした者なぞは。
 マスコミ関係者は芋蔓式に捕まった。そして外患誘致罪により次々と死刑となった。ここまでなるのに六〇年以上かかっていた。この時代日本の知性は目を覆いたくなる程であったという。何しろ教師までが北朝鮮という人類の歴史に永遠に名を残す汚らわしい恥を礼賛していたのだから。
 そのことは一千年経ってもよく知られていた。マスコミの危険性を教えることとして。
「あの時日本はかろうじて助かった。だが」
「サラーフでは駄目だった。そしてこの様な呆れた行いが平然と行われていたのです」
 ナベツーラ一派の腐敗を支えたのはマスコミであった。だがそのマスコミももうない。全てサラーフの市民によって殺されてしまったからだ。
「もうあのマスコミ連中は残っていないな」
 アッディーンはそれに言及した。
「はい、皆リンチにより惨殺されました」
「そうか、自業自得だな」
 アッディーンは素っ気なく言った。
「リンチは認められないが」
「そちらは犯人は全くわからないそうです」
「多過ぎてだな」
「はい」
 いささかシニカルな言葉だがその通りであった。
「永久に犯人が見つかることはないだろう。それに警察も本気で捜すつもりもないだろうし」
「でしょうね。この国のマスコミは警察に対しても誹謗中傷を繰り返していましたから」
 その大義名分は『警察は権力の犬だ』である。これもあの時の日本と同じであった。
 何故このような批判、いや誹謗中傷をするか。理由は簡単である。警察の存在、力が邪魔だからだ。
 マスコミは権力をその手に集中させようとする。だがそれは公の権力ではない。公をコントロールすることができても。
 警察は公の権力である。それも取り締まる側である。マスコミが『何か』をすれば彼等を取り締まる。これは警察の当然の仕事である。『何か』をするには彼等の存在は邪魔なのだ。
 当時の日本ではマスコミが贔屓する、若しくは裏で手を結んでいた北朝鮮の様な犯罪国家、犯罪政党、テロリスト達にとって警察は邪魔である。だからその権力を弱めようとしていたのだ。実際に犯罪政党の『人権派』弁護士出身の党首はテロリストと結託していた。怖ろしい話であるがこの時代の日本にはテロリスト出身の弁護士もいた。市民活動家もその正体がテロリストであるのは今の連合でも見られる話だ。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧