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星河の覇皇

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第四部第三章 愚か者の楯その六


 その継承した人物も最後の皇帝の曾孫か何かだったという。正直その血筋は怪しいと言われる。だが言い換えるとエチオピア皇室の血はエチオピアの国民全員に流れている。何とでも言えるところがあった。ここまで長い歴史があると流石にそういう見方もできた。
 日本もそうであった。神武天皇はやはり実在した、という主張はこの時代にもある。おそらく実在したであろうが年代は合わない、という主張もある。
 やはり少なく見積もっても三千年程の歴史があるのだ。その間多くのことがあった。二つに分かれたこともある。
 そうしたものについて語るのである。中途半端な学識では到底語れるものではない。単純に皇室の存在について反対するのは一千年前に終わった。今ではそのような当たらないところから石を投げて自慢しているだけの行為は論理にも何にもならない。馬鹿にされるだけである。
 そうしたことがあるからおいそれとは語れないのだ。イギリスやオーストリアの王家と比べても比較にならないものがあった。日本がアメリカや中国、ロシアといった他の大国に対して国力で劣るところがあってもその権威で勝るのはその伝統を持つ皇室の存在があるからだ。そこまで伝統は強いものであった。
 連合においてもそうである。貴族主義の強いエウロパではどうか。言うまでもない。
「あの権威主義者の集まりでよくそこまでなれたものです」
 秘書官は皮肉を込めて言った。
「権威主義は何処にでもあるが」
「失礼、では言い替えましょう」
 彼は一旦言葉を引っ込めた。
「貴族主義です」
 そう言うと口の端を歪めてみせた。
「あまり変わらないと思うが」
「ふふふ」
 秘書官は大のエウロパ嫌いである。それが表面に出たのだ。
「確かモンサルヴァート元帥はサハラ総督府で艦隊司令をしていたのだったな」
「はい」
「そして部下達と共に本土へ戻ったのか。本道防衛の為に。すると今の総督府にはマールボロ元帥しかいないことになるな、知られた人物は」
「いえ、新たに一人赴任したそうです」
「誰だ?」
「ロギ=フォン=タンホイザー上級大将です」
「知らないな」
 八条にとってははじめて聞く名前であった。
「ご存知ありませんか」
「残念だが。どういう人物だ?」
「ドイツのある公爵家の嫡男だそうです」
「貴族か」
「はい」
 これは八条にもわかっていた。『フォン』は貴族、それもドイツ系の者に授けられる呼称だからだ。イタリア系だと『デル』、フランス系だと『ド』になる。
「だとするとかなりの若さでそれなりの地位に就いているな」
「はい。まだ二十代前半だそうです」
「また凄い昇進の速さだな。家柄だけではないな」
「はい、軍人としての能力も卓越したものだという話です。ただ」
「ただ?」
 八条はそこに突っ込みを入れた。
「かなりの夢想家だと言われています」
「どんな様子だ?」
「何でもいまだに騎士がどうとか言うようです。戦いは騎士道を見せる為の場だと公言しているようです」
「エウロパにはそうした者が多いがな」
 これも連合とエウロパの端的な違いの一つであった。連合では軍人は職業の一つに過ぎない。だがエウロパの者、特に貴族達はそうは考えないのだ。
 彼等は軍務に就くことを『高貴な者の責務』と考えている。青い血を持つ者として彼等は軍人となり戦場で戦う事を選ぶ。そして戦場においては卑怯、未練を卑しむ。敗れた敵に対しても寛大であるべきと考える。それこそが貴族として、いや騎士としての在るべき姿と考えているのである。
「所謂騎士道ですね。我が国にも武士道がありますが」
 これはこの時代でも使われている言葉である。
「今ではスポーツの場位でしか使われないな」
 八条は苦笑して答えた。だが日本の選手達の国際親善試合や国際競技、オリンピック等におけるマナーの良さ、潔さはよく知られている。それが『サムライ』だと言う人も多い。
 ちなみにこの時代オリンピックは二つに分裂している。連合で行われるものとエウロパで行われるものの二つがある。連合でのオリンピックにはマウリアも参加する。かなり巨大な大会となっている。
 エウロパのものはそれに比べて小規模だ。だがこちらは自分達こそ正統なオリンピックだと主張している。これは歴史に根拠がある。それにエウロパのオリンピック委員会は頑固な老貴族達が仕切っている為プロ選手や商業主義の入り込む余地はない。ここが連合と違うところであった。なお両者が分裂して一千年が経とうとしている。こんなところにも連合とエウロパの対立の構図があった。
「エウロパの連中はスポーツでもかなり五月蝿いそうですよ。フェアにやるべきだ、と」
「とするとドーピングも審判買収もないのか」
 これはこの時代にも問題になっていることである。連合においては野球やバスケ、ホッケー、格闘技等で審判の誤審がもとで乱闘に至るケースが多い。つい先日中国で国内のプロ野球チームのリーグ戦においてストライクの判定を巡って乱闘が起こっている。騒ぎは球場全体に及び中国では新聞の一面を飾った。
「一つのチームに偏った判定をする審判なぞ殺してしまえ!」
 あるファンは激昂してそう叫んだ。これは至極正論である。公平な判定をしない審判なぞは有害でしかない、そのような審判は自害してでも責を負うべきである。
「乱闘もなければいいな」
 八条はふとそのことを思い出した。そして言った。
「残念ながらどれもあるようです」
「何だ」
 やはり人間の世界ではそうしたことはつきものである。
「ただ連合に比べてずっとましなようですね」
「それはいいな。やはりスポーツはフェアにやらなければな」
「はい」 
 それはこの秘書官も同じ意見であった。大きく頷いた。
「そしてタンホイザー上級大将だが」
 八条は彼に話を戻した。
「どのような人間だ?」
「人間的には邪気も悪意もない人物のようです」
「ふむ」
「恵まれた環境に育ったせいか欲はないようです。趣味はフェシングと乗馬、そして読書だとか」
「意外とまともな趣味だな」
「ただ読むのは中世の騎士物語や恋愛詩集、妖精の話ばかりだそうです」
「またわかりやすいな」
 八条はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「つまり自分は騎士であると、そう考えているのだな」
「はい」
「成程、だからフェシングと乗馬をするのか。よくわかった」
 八条はそれを聞き頷いた。
「戦い方も予想できるな」
「正攻法を好むようです」
「だろうな。さて、サハラに行きどんなことをするかな」
 彼はここで悪戯っぽい笑みにした。
「お手並み拝見といこう」
「はい」 

 さて、そのタンホイザーであるが国境を接するサハラ東方の小国であるマガバーン王国の軍と対峙していた。
 マガバーンはハサンの同盟国の一つである。だが実質的には属国である。
 この国はこの度政権が交代しハサンに対して反旗を翻した。そしてシャイターンのいる北方諸国連合への参加を宣言したのである。
「また厄介な時に宣言してくれたものだな」
 サラーフ領内でそれを聞いたシャイターンは思わず顔を顰めた。
「どうしますか?」
 問うた壮年の分艦隊司令の一人に対し彼は首を横に振って答えた。
「今はどうにもできない。だが何かあったらこちらに来るように行っておけ。後々何かに使えるかも知れぬ」
「わかりました」
 その分艦隊司令はそれを聞き敬礼した。シャイターンはそれを見届けると正面に向き直った。
「今は少しでも力をつけなければならない」
 彼が今侵攻しているのもその力を得る為であった。
「大事の前には小事を捨てなければならない時もある」
 彼は独白した。
「だが拾っておいて損はないな。これが思わぬ奇貨となる場合がある」
 ここでニヤリ、と笑った。
「奇貨置くべし、か。中国の政治家が言った言葉か」
 呂不偉である。春秋時代末期の政治家であり商人でもある。『呂氏春秋』を編纂させたことで知られている。
「今は奇貨を貯めておくとしよう。何かの役に立つ」
 彼は顔を引き締めさせた。そして目の前に広がる銀河を見た。
「この星の大海を手に入れる為だ。多いにこしたことはない」
 彼はそのまま進路をアルフフーフに向けさせた。そして退くことはなかった。

 さてそのタンホイザーであるが一個艦隊を率いてマガバーン軍と対峙していた。
「向こうの兵力は?」
 彼は後ろに控える参謀の一人に尋ねた。
「向こうも一個艦隊です。ただ我が軍とは編成が違いますが」
「というと」
「マガバーン軍の艦隊はあの艦隊しかないのです。従って宇宙艦隊全てが入っております」
「兵力は我が軍のそれより多いのかな」
「そうですね。若干多いようです。百三十万程かと」
「そうか、結構いるな」
 タンホイザーはそれを聞いて言った。
 両軍はマガバーンの国境に布陣していた。そして睨み合っている。
 どちらも互いの隙を窺っている。隙を見せた方がやられる、そういった状況であった。
「閣下、如何致しましょう」
 その参謀が問うた。
「決まっているさ」
 タンホイザーはにこやかに笑って答えた。
「全軍進撃だ、敵の正面に向けてな」
「え・・・・・・」
 その参謀だけではなかった。他の者もその言葉に思わず呆然となった。
「全軍を以って敵の一点に集中攻撃を仕掛ける。そしてそのまま雪崩れ込むんだ」
「閣下」
 そこで先程の参謀が進み出てまた言った。
「お言葉ですが口で言うのは容易いです。しかし」
「実行するのは困難だ、と言いたいんだね」
「はあ」
 相変わらず自信に満ちた微笑みをたたえるタンホイザーを見て不安を覚えた。
「大丈夫だよ、絶対に勝てる」
「そうでしょうか」
「まあここは私に任せてくれ」
 人の話を聞いているのかいないのか、彼の態度は相変わらずであった。
「では全軍進撃だ、敵陣に向けてな」
「はい」
 スタッフはとりあえず頷いたが不安は隠せない。それは声にもあらわれていた。
「心配する必要はないよ、勝利は我が手にある」
 そんな彼等に対して言った。
「では進め、そして勝つ!」
 彼の指示によりエウロパ軍は進撃を開始した。向かうは敵の正面である。
「敵が来ました!」
 それはすぐにマガバーン軍にも確認された。
「何処からだ!?」
 マガバーン軍宇宙艦隊司令はそれを聞いて問うた。
「正面からです」
「おい、いい加減なことを言うな」
 彼はそれを聞いてまず否定した。
「幾ら何でも正面から来る筈がないだろう」
「いえ、それが」
 オペレーターの声は明らかに戸惑っていた。
「実際にモニターを御覧になられればおわかりかと思いますが」
「映せ」
「はい」
 こうしてモニターのスイッチが入れられた。それを見て司令は絶句した。
「本当だったのか」
「はあ」
 オペレーターの声は相変わらず戸惑ったものだった。
「全軍守りを固めよ」
 司令はそれを見てすぐに指示を下した。
「数においてはこちらの方が優勢にある。守りさえ固めれば問題はない」
「はい」
 こうしてマガバーン軍はすぐに防御を整えた。それは進撃するエウロパ軍からも確認された。
「閣下どうなさいますか」
 参謀の一人がタンホイザーに問うた。
「決まっているよ」
 彼は素っ気なく答えた。
「このまま前進だ」
「やはり」
 参謀は頷いた。彼も軍人である。もう腹はくくっていた。
「射程はこちらの方がある」
「は、はい、その通りです」
 タンホイザーのその言葉に周りの者は驚きながら答えた。マガバーン軍の艦艇はハサンからの旧式兵器ばかりである。やはり射程は短い。それに対してエウロポ軍は最新鋭の兵器であり射程も長い。タンホイザーはそのことを知っていたのだ。
「私が指示を下したら一斉射撃だ」
「はい」
「一点を集中してな。そこから切り込む」
「成程」
 奇しくもアッディーンが得意とする戦法だ。だが彼はそれを意識してやるのではない。あくまで勘で行うのだ。
 次第に間合いが詰められていく。タンホイザーはそれを見て右手をゆっくりと上げた。
「あのポイントだ、いいな」
 そして敵陣の中央を指し示した。そこに指揮系統の中枢がある。
「わかりました」
 周りの者は答えた。タンホイザーはそれを横目で見ながら言葉を続けた。
「射程に入るのはもうすぐだね」
「はい、あと十秒」
 参謀の一人が腕の時計を見ながら答えた。
「よし」
 彼は頷いた。すぐにその時が来た。
「撃て!」
 右腕を振り下ろす。それと同時に光の帯がエウロパ軍から放たれた。
 それはマガバーン軍の中央を撃った。あまりの衝撃に一瞬隙が生じた。
「よし、突入だ!」
 タンホイザーはすぐに指示を下す。それに従いエウロパ軍は敵陣に雪崩れ込んだ。
 すぐに外側に向けて一斉攻撃を行う。それが終わるとすぐに艦載機を出した。
「エインヘリャル、出撃!」
 エウロパの艦載機はエインヘリャルである。攻撃力と速度が高い。
 そのエインヘリャルが敵艦に群がる。そしてマガバーンの艦艇を次々と沈めていく。
 エウロパ軍はマガバーン軍を突っ切った。そして反転して後方から攻撃を仕掛ける。
 また突入する。これでマガバーン軍は総崩れとなった。
「今兵力はどの程度ある」
 マガバーン軍司令は参謀の一人に尋ねた。
「各部で寸断されていまして・・・・・・」
 問われた参謀は言葉を濁した。
「どの程度だ」
 だが司令はそれでも問うた。
「今統制がとれるのは半数程ですが」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「降伏するしかあるまい。最早勝敗は決した」
「はい」
 参謀はその言葉に頷いた。
「敵に電報を送れ。降伏したいとな」
「わかりました」
 これで全ては終わりであった。 
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