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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第三十話 裏 前 (クロノ、なのは)



 クロノ・ハラオウンは幾度目かになる現状を理解できなかった。いや、理解したくなかったというべきだろう。何度も見ているが、理解したくないし、見慣れることもないだろう。いや、こんな光景を見ることがそう何度もあってたまるか。クロノ以外の護衛―――はたして必要があるのか甚だ疑問である―――の武装局員もそう思っているだろう。

 そんなことをクロノが考えているとはつゆ知らず円陣の真ん中で守られるように佇む少女が一人。集中しているのか少女―――高町なのはは、ピクリとも動かず純白のバリアジャケットを身にまとって桃色のデバイス―――レイジングハートを握っていた。

 場所は、とある管理外世界。いや、正確には時空管理局が管理できない世界だ。その世界は、人が管理できるような世界ではなかった。なぜなら、その世界の支配者は人ではなく竜だったからだ。

 なのはたちの世界では、幻想上の動物ともいえる竜。その存在を時空管理局は確認していた。場所によっては竜を神として祭っている部族もいるぐらいだ。さらに、魔法によって使い魔としての契約を結び、召喚する魔導士もいる。だが、そんなことができるのは、ある一定以上の知性をもった竜だけだ。残念ながら、管理ができないと判断されたこの世界の竜は、おちついて契約ができるほどおとなしい竜ではなく、また話し合いができるほどの知性も持っていなかった。さらに悪いことに人の三倍はあろうかという体躯で空を自在に飛ぶために進化したのだろう。内包している魔力は、ランクで言えば魔力ランクSを平均で持っている。つまり、弱肉強食を体現している世界で、普通の人間が太刀打ちできるはずもないのだ。

 見捨てられた世界―――『ロスト・ワールド』がその世界の名前だった。

 だが、だからこそ、今回のクロノの任務にはふさわしい。今、クロノの手元にある史上最悪のロストロギアである闇の書。その書に魔力を集めるための任務。最初は、かなり低レベルの世界で魔法動物から採取していたのだが、一体から採取できる魔力の効率が悪く遅々として進まなかった。

 『質より量』という作戦が取れれば何も問題はなかったのだが、魔法動物たちも自分たちが襲われるのだから必死で抵抗する。中には、魔力的には低くても、肉体的に強かったりして、それがさらに効率を悪くしていた。途中から最強の剣ともいえるなのはが参戦したが、それでも一匹当たりの量が低くて、しかも、なのはが参戦している時間も短く、やはり計画は進まなかった。

 どうしよう? と悩んでいたクロノ。もちろん、彼からしてみれば、ユーノ・スクライアに依頼している調べ物をする時間ができるため幸いともいえるのだが、作戦が進んでいなければ時空管理局側から文句を言われるのは間違いない。この段階まできて指揮官を交代するとは考えられないが、それでも万が一がある。最後までこの作戦に関わるためには、ユーノが調べ物を終える時間を管理局から目をつけられない程度に作戦を進めるという綱渡りのような行動が必要だった。

 しかし、その行動が今、崩れようとしている。やはり魔法動物からは採取の効率が悪い。だからといって、人からというのは言語道断だ。ならば、あとはもっと質が高い魔法生物から搾取するしかないのだが、戦力が足りない。防衛と搾取するまで攻撃する部隊。今の作戦でもぎりぎりの人員なのにこれ以上の無理ができるわけがない。

 少なくともクロノはそう考えていた。―――なのはから一言があるまでは。

「ねえ、全然進んでないように見えるけど?」

 突然、話しかけられてクロノは驚いた。クロノとなのはが話すことはあまりない。作戦の前に注意事項を幾つか述べるときぐらいだ。あとは、作戦の間は離れていることが多いため、必然的に会話は少なくなる。

 いや、そんなことはどうでもいい。今は、それよりも彼女の言葉の真意を探るほうが先だ。いや、探らずとも一目瞭然ではないか。今、クロノが手にしているのは魔力の採取を終えた闇の書。闇の書は採取した魔力量によってページに文字を印字していく。クロノには古代文字は読めないから何が書いてあるかわからないが。

 なのははもしかしたら、採取している間にずっと見ていたのかもしれない。それで文字が増えないことに疑問を持ったのだろう。

「ああ、この魔法生物たちではこんなもんだよ。大丈夫、このまま続けていけば終わるから」

 本当はかなり期間的にはピンチだ。だが、そんなことを本来は関係ないはずの少女に言えるはずがなかった。見栄なのかもしれない、もしかしたら、彼女よりも年上であることの意地かもしれなかった。だが、どちらにしても、この少女に泣き言や愚痴を言うわけにはいかなかった。

「……もっと強いやつから採ればいいのに」

「無理だよ。今の人員じゃけが人が出て作戦が回らなくなる。それに君への負担も―――」

「それなら大丈夫だよ」

「しかし……」

「大丈夫」

 断言するなのは。その瞳はぶれていない。確かな自信と確信がある意志のある瞳だった。確かに彼女は民間協力者だ。これ以上の負担は申し訳ない、かけたくない、と思う一方で、彼女の申し出をありがたいと思っている自分がいることに嫌気がする。もしも、自分がもっと強ければ彼女にそんなことを言わせることはなかったのに。

 おそらく、ここでクロノが拒否しても彼女は何度も訴えるだろう。その裏にどんな感情があるかクロノにはわからないが。ならば、クロノにできることはせいぜい彼女が無茶しないように見守り、全力で守ることだけだ。

 ―――そう思っていた時期もあった。

 ギャア、ギャアと特有の声で鳴く竜の声がクロノの耳に入った。ロスト・ワールドの支配者である竜を武装隊の面々が連れてきたのだ。その数九匹。一匹あたりの大きさが人の五倍はあることを考えれば、竜にちょっかいをかけて連れてきている武装局員たちは生きた心地がしないだろう。だからこそ、三人一組(スリーマンセル)で行動させているのだが。

 彼らはほぼ同時にクロノたちがいる地点―――つまり、なのはへ向けて竜をうまく誘導していた。この行動もずいぶん手慣れたものだ。それだけ繰り返しているともいえる。

「―――レイジングハート」

『All right My master』

 一匹の竜が彼女の射程距離圏内に侵入したのだろう。今まで静かに佇んでいたなのはは、静かに相棒の名前を呼ぶと杖を正面に構えた。同時になのはから解放された魔力の奔流が渦となって彼女の周囲を巻き上げ、風が逆巻き、先日まで結っていたはずのストレートの髪を静かに揺らす。しかし、これはポーズに過ぎない。レイジングハートと呼ばれた杖の宝石が彼女の得意とする射撃魔法の発射口だったのは、過去の話だ。彼女の砲撃魔法の発射口は、彼女の周囲に展開されていた。

 アクセルシュータのような魔力球。その周りを環状魔法陣が取り巻いている。その一つ一つがクロノ一人では太刀打ちできないほどの魔力が込められていることがわかる。それが九つ。それが今の高町なのはの発射台だった。

「目標補足(ターゲット・ロックオン)」

 桃色の魔力球が輝きを増し、周りを取り巻く環状魔法陣が高速で回転する。なのはから供給される魔力に反応しているのだ。武装局員というエサにつられた竜たちのうち勘のいい竜もいたのだろう。なのはの魔力に反応してすぐさまその巨体を反転させて逃げ出そうとする。だが、しかし、竜たちが踏み入れたのは、ひとたび立ち入れば逃げることができない死地だ。気付いたところですでに遅い。彼らはすでに捕捉されているのだから。

「ディバインバスター・ナインライブス」

 静かに口にされるトリガーワード。彼女がそれを口にすると同時に彼女の周りの九つの魔力球は特大の輝きを放ち、同時に彼女自身の胴体ぐらいはありそうな太さの桃色の砲撃を発射する。それは、既に捕捉していた竜たちに向かって真っすぐ突き進む。このときになってようやく逃げようとした竜もいたが、その行動は遅すぎる。なのはの方から反転する前に桃色の砲撃に貫かれ、その巨体を地面の密林の中へと沈めた。ドスン、ドスンと落ちていく竜たち。その数五匹。魔力への抵抗を持っているはずの竜の鱗さえ、なのはの砲撃の前には紙にも等しいようだった。

 残りは四匹。勘のいい竜たちが逃げ出したようだが。しょせん、それも無駄なあがきでしかない。彼女の絶対領域から逃げ出すためには踏み込む前に逃げ出すしかないのだが、彼女の領域の広さはそこら辺の魔導士では太刀打ちできないほどに広い。つまり、武装局員たちを追ってしまった以上、逃げ出す道はないと言っているのと同意である。

 そんなことを考えているうちに残りの四匹もまるでアースラから放ったような砲撃を受けて地面へと墜落した。

 魔力砲一発で竜を墜落させてしまう魔導士。現実を疑いたくなる情景だ。事実、最初はあんぐりと開いた口が閉じることはなかった。しかし、慣れとは恐ろしいもので、一回で九匹の竜を落としてしまう現実を受け入れてしまっている。武装局員たちも手慣れた様子で地面に落ちた竜たちにバインドをかけている。

 彼らも最初は浮足立っていたが、やがて現実を受け入れたのだろう。あるいは触らぬ神にたたりなしといったところだろうか。中には、その圧倒的な力にほれ込んでしまい、なのはを崇めるような武装局員もいたが、強さにあやかろうとしているだけだろう。そうだと願いたい。力という目に見えやすいものを信望する者はいつの時代にだっているものである。

 ああ、そんなことを考えている場合ではない。今は気絶しているが、早いところ闇の書に魔力を採取しなければ、彼女の頑張りも無駄になってしまう。竜一匹でかなりのページを稼げるのだ。おかげで、遅延はだんだんと埋められていっていた。もうすぐで最初に計画した通りにことが運ぼうとしていた。

 ―――このまま、ユーノが手がかりを見つけて終わってくれればいうことはないんだが。

 そう考えてしまったからだろうか。クロノが師匠であるグレアムから渡され、この作戦の切り札ともいえるデバイス―――デュランダルを通してクロノに緊急通信が入ったのは。

『クロノくんっ! 大変だよっ!!』

「どうしたんだ? エイミィ」

 慌てるエイミィの代わりにクロノは冷静に彼女に問いかける。彼女とてオペレータとしての期間は長いのだ。そんな彼女が慌てるような事態。相当なことが起きていることはわかるが、ここでクロノまで慌てることはできない。嫌な予感がよぎったがそれを隠して努めて冷静にクロノはエイミィに問いかけた。

『はやてちゃんの家に襲撃者っ! 護衛の武装隊は全員やられちゃったみたいっ!』

「なっ!?」

 嫌な予感は、嫌な形で的中してしまった。いや、なによりクロノは今の報告が信じられなかった。武装隊とはいえ、それなりの手練れを配置していたのだ。それに万が一に備えて八神はやての周囲にはリーゼロッテかリーゼアリアに護衛についてもらっている。彼女たちすら退けたとでもいうのだろうか。

 しかし、そんなことを考えるのは後だ。今は一刻も早くこの場所から八神家へ向かう必要があった。武装隊がやられたということは、残っているのは現地協力者の翔太だけだ。彼一人で武装隊を倒した連中にかなうとは到底思えない。だから、早く向かわなければ。

 そう考えて、武装隊をまとめてアースラへと帰還しようとするクロノに声をかけてくる者がいた。

「大丈夫だよ」

 振り返れば、そこに立っていたのは、竜をまとめて九匹落とすような大魔術を使ったのに平然としている高町なのはが笑っていた。

 クロノはなのはの言葉に混乱する。いったい、何が大丈夫なのだろうか。現実に、たった今、八神家は襲撃されているというのに。だが、高町なのははクロノの心配をよそにどこか確信を持ったように笑い、嗤い、哂い、もう一度だけ繰り返した。

「うん、ショウ君は絶対大丈夫だから」

 どこか確信を持った、どこか満足感を覚えるようななのはの笑みにクロノ・ハラオウンは言いようのない戦慄をなぜか覚えるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 高町なのはは、緊急事態に驚き、慌てるクロノたちをしり目に一人だけ落ち着いていた。落ち着いている理由は至極単純だ。

 クロノにとって緊急事態であっても高町なのはにとっては緊急事態でもなんでもないからだ。そのための彼らだ。万が一にも備えている。事実、彼らからの反応を探ってもなんら危機感を抱くような状況ではなかった。万が一の手段をとるほどでもないの状況。つまり、なのはにとっては、日常に分類される程度の出来事なのだ。

 それどころか笑みが浮かんでくる。クロノが慌てているということは翔太にとっては危機的状況なのだろう。だが、その状況を救っているのはなのはの力だ。なのはが翔太を助けている。救っている。その事実だけでなのはの心は踊る。

 もっとも、なのはといえども『彼ら』がいなければクロノと同様に慌てふためいただろうが。

 なのはは思い出す。彼らと出会った―――もっとも後悔すべきあの日を。

 その日は、夏から秋にかけて変化しようとしているような日だった。夏ほど日が長いわけではなく、また夏のように暑いわけではなく、日が落ちれば肌寒いと感じることもあるような日だ。もしも、四季を感じることを雅だと思っている人であれば、季節の変わり目を感じられる絶好の日ともいえた。

 もっとも、季節などあまり気にしたことがないなのはにとっては単なる日常でしかなったが。そう日常だ。だから、なのはは日が暮れようとしている人気のない公園でお気に入りの翔太からもらったリボンをつけて結界を張った状態で魔法の訓練をしていた。

 夏のあの魔法世界で、翔太がテロリストに襲われてから、なのはの魔法の訓練にはより一層の力がはいるようになった。自分が近くにいながら翔太を傷つけてしまった事実が許せないからだ。もっと自分に魔法をうまく扱える力があれば、翔太は傷つかなかったのではないか。自分はあんなに絶望を味わうことはなかったのではないだろうか。その疑念が、なのはをより厳しい訓練へと駆り立てていた。

 今日は翔太と一緒の魔法の訓練ではない。そのことにやや気落ちを感じながらなのはは一人で孤独な魔法の訓練を続けていた。。最近は翔太と訓練する回数が減ってしまった。運動会で活躍したかららしい。なのはとしてはかっこいい翔太を見られたことは素直にうれしかったが、こうなるのであれば見られなくてもよかったかもしれない、と考えるようになっていた。

 しかし、そのことに翔太に対して何も言うことはできない。なのはは翔太がそう決めたのであれば、それに従うだけである。ストレスは溜まってしまうが、その分は魔法の訓練にぶつけている。もっとも、相手がいないため完全に解消できるとは到底言い難いが

 それになのはには今は、自分の髪を結っているリボンがある。翔太からプレゼントされたリボンが。これをなのはは毎日、小さくツインテールにした髪に結っている。このリボンをつけているだけでなのはには翔太が近くにいるように感じられて、リボンに触れるだけで少しだけ幸せな気持ちになれるのだ。

 そして、今日もいつも通りの訓練―――あくまでなのはにとっていつも通りであり、クロノに詳細を知られれば頭を抱えていただろう―――を終えて帰路に着こうとしたとき、『彼女』は突然現れた。

『Danger! Master! Intruder coming!!』

 突然のレイジングハートからの警告。しかも、内容は侵入者が現れたという物騒なものだ。しかし、その警告になのはは首を傾げる。そもそも、なのはが張った結界は魔力を持たないものを遮断する結界である。入ってこられるとしたら、それは魔力を持つ者に限られるはずである。そして、この町でその資格を持つのは自分と翔太の二人だけのはずである。四月のときにユーノの声に反応したのがなのはと翔太だけだったということを考えてもその通りであるはずである。そして、レイジングハートは翔太を侵入者とは呼ばない。翔太は、仮にもユーザ権限を持つのだから。

 侵入者からの挨拶は、高速で飛来する鉄球だった。

 あまりに物騒な挨拶。なのはは不意打ちに近いものを感じながらも、高速で飛来してきた鉄球を手をかざしてプロテクションを展開することで受け止める。高速で飛来してきて、それなりの魔力をつぎ込まれた誘導弾だったが、なのはからしてみれば、ビー玉が飛んできた程度にしか感じられない。余裕をもって、その場から後退することなく鉄球を受け止めるなのは。これが侵入者だろうか? と思っていたのだが、本命は鉄球の逆方向からやってきた。

 気配を感じて、振り返ってみれば視界の端に映ったは、なのはとあまり年齢の変わらないであろう少女だ。彼女は、ゴスロリと呼ばれる赤を基調とした洋服に包まれ、その姿にはあまりに不釣り合いなハンマーを構えていた。

 誰? となのはが考えている時間はなかった。なぜなら、彼女がなのはの視界の端に映った時には既に彼女は吼えていたから。

「テートリヒ・シュラークっ!!」

 振り上げたハンマーがなのはに向かって振り下ろされる。なのはがハンマーに向かって防御ができたのは日々の訓練のたまものであろう。少女の小さな体躯のどこからひねり出されたのだろうか? と疑問を持つほどの威力だったとはいえ、やはりなのはにとっては全く問題がなかった。防御は、特になのはが力を入れている魔法だ。そもそも、練度が異なる。レイジングハートとなのはによって改良を重ねられたプロテクションは、通常の魔導士であればあっさりと破壊されていたであろう威力のハンマーを軽く受け止めるだけの力を持っていた。

「なっ!?」

 なのはの反応は少女にとっても予想外だったのだろう。振り下ろしたハンマーを意に介さないなのはの様子を見て驚きの表情を浮かべた少女は、すぐさま攻撃を中断して後ろへと後退した。おそらく、戦い慣れているのだろう。不意打ちをあっさりと受け止めたなのはの実力を推し量って距離を取ったのだろう。

「……テメェ、あたしのテートリヒ・シュラークを受け止めるなんて、何者だ?」

 少女の問いになのはは何と答えていいのかわからなかった。なのはの所属を言えば聖祥大学付属小学校三年生だが、彼女が求めている答えはそんなものではないことは明白だからだ。だから、なのはが正体不明の彼女に対してどのように答えようか、と考えていたのだが、その前に相手のほうがしびれを切らしたようだった。

 手に持っている不釣り合いなハンマーを肩に担いで、彼女は諦めたようにため息を吐いた。

「まあ、テメェの正体なんてどうでもいい。あたしの目的はたった一つだ」

 すぅ、と肩に担いでいたハンマーを狙いを定めたようになのはに向ける。まっすぐと切っ先を向けられてなのはは少しだけ退いた。その様子を気圧されたとでも彼女は思ったのだろうか、野生の獣ような笑みを浮かべて彼女は彼女の目的を口にする。

「テメェの魔力―――いただくぜっ!!」

 彼女の宣言が第二幕の始まりだった。

 やはり最初の一撃は彼女からだった。彼女が自分の目の前に展開したのは四つの誘導弾だ。スーパーボールよりも一回り大きな鉄球を彼女は目の前に並べる。それらがすべて浮かんでいるのは魔法の力だろう。

「シュワルベフリーゲンっ!」

 それが魔法のトリガーワードだったのだろう。同時にゲートボールのように誘導弾を打ち付ける。ハンマーによって力を与えられた誘導弾は先ほどなのはを襲った誘導弾のようにまっすぐなのはに向かって襲ってきた。

 未だに状況についていけないなのはは、とりあえず身を守るためにプロテクションを展開した。

 四つの誘導弾は、まっすぐ向かってくるだけの魔法ではなかったのだろう。誘導弾の名前に偽ることなく、なのはのプロテクションにさえぎられる前に方向を変え、回り込むようになのはを襲う。本当ならなのはも全方位型の防御魔法を使えればよかったのだが、ほとんどをバリアジャケットで防いできたなのははシールドのようなプロテクションは展開できても全方位型の防御魔法は展開できなかった。

 なにより、なのはがこの状況にいまだに戸惑っていることが災いした。

 確かになのはは、今まで魔法を使った戦いを経験してきた。だが、それらはすべてジュエルシードの暴走体や翔太を狙ったフェイト、プレシア、テロリストなどだ。つまり、なのはの戦いにおいてはすべて間接的に翔太が関係しており、なのはが単独で戦ったことはなかった。だからこそ、今の状況に戸惑っているのだ。なのはだけが狙われたこの状況に。

 しかし、だんだんとその混乱も収まってくる。襲ってくるのだから問答無用で倒してしまっても問題はないはずだ。だが、それでもなのはの中にあるある思いがそれを思いとどめていた。

 ―――ショウくんだったら……話を聞くのかな?

 なのはの友達である翔太であれば、突然襲ってきた相手に会ったらどうするだろうか? そう、今の状況のように赤子の手をひねるように容易に押さえつけられる場合だ。その場合、翔太ならばおそらく相手を止めて話を聞こうとするだろう。少なくとも問答無用でたたき伏せるようなことはしないはずだ。

 そもそも、なのはが翔太にあこがれたのは、蔵元翔太がなのはにとって理想ともいえる『いい子』だったからだ。その羨望は、彼に近づけて、友達になったと自負した今でも変わらない。そして、羨望は模倣を誘発する。つまり、翔太のようにふるまえば、翔太のようないい子になれるかな? という考えがなのはの中に思い浮かんだ。

 ―――あれ? あの子は……?

 赤い少女から話を聞こうとしたなのはだったが、気付いた時には彼女の姿は消えていた。ただなのはの周りには変わらず誘導弾が走っており、時折ピンボールのようになのはに弾かれるためのようにプロテクションに突っ込んでくる誘導弾があることを考えれば、この近くにいることは間違いないだろう。

 どこに行ったのだろう? と周囲を見渡すが、少女の姿は見えない。なのはが襲われた場所が自然公園であることも災いした。茂みなど隠れる場所はどこにでもあるからだ。近くにいることはわかるのだが、どこにいるのか分からない。なのはの兄である恭也であれば彼女の気配などすぐに探れるだろうが、なのはには無理な話だった。

 それに魔力を探知しようにも赤い少女が放った誘導弾がそれを邪魔する。縦横無尽に駆け回る誘導弾が彼女の魔力を発しており、チャフのような役割を果たしているのだ。

 この状況でもなのはの戦闘経験の不足が災いしていた。今までの敵は大体、魔法を正面から打ち合うような相手が多かった。あるいは圧倒的な力でねじ伏せるような状況だ。だが、相手は意思のある人間で、なのはがたたき伏せようとも思っていない相手だ。それに、魔力の量からいえば、なのはよりも少ない。経験からいえば容易に相手できるはずだった。圧倒的な力でねじ伏せられるはずだった。

 それはある種の油断と言ってもよかったのかもしれない。

 だから、なのはは気付くのが遅れた。近くの茂みから飛び出してきて、赤い魔力をまとったまま地面すれすれを走る赤い少女の姿に。

 最初に気付いたのは、なのはが持つ愛機―――レイジングハートだった。

 ―――Master!

 レイジングハートの珍しくせっぱつまったような警告。レイジングハートからの警告に反応して、今まで隠していた魔力を全開にして高速で近づいてくる物体―――いや、赤い少女というべきだろう。だが、振り返りながらもなのはは、彼女に対する反応がもうワンテンポ遅れた。彼女がぎりぎりまで地面すれすれを飛んでいたからだ。

 ここでもなのはの戦闘経験の希薄さが現れた。もしも、なのはが少しでも彼女の実家の剣術を齧っていたなら、すぐに反応できただろう。確かにレイジングハートの模擬戦闘を経験しているが、それでもしょせん機械が作った模擬だ。赤い少女が持つ数百、数千という戦闘の上に積み重ねられた戦闘経験は、なのはとレイジングハートごときの希薄な戦闘経験を軽く凌駕していた。

 なのはが地面から襲いかかってくる赤い少女に気付いて、バリアジャケットを緊急展開する。なのはの服が桃色の魔力光に包まれて、一瞬で聖祥大付属小の制服を意識したバリアジャケットに変化する。このとき、なのはの髪を結っているリボンは変化しない。通常は、バリアジャケット同様に変化するものだが、同じようなものを模したものをつける気にはならなかったのだ。

 なのはが振り返りながらバリアジャケットを緊急展開するのと地面すれすれを飛んできた赤い少女が先ほどとは逆に振り上げるようにハンマーを使って攻撃してきたのはほぼ同時だった。

 振り返りながら、少女からの防御を避けるために地面を蹴っていたなのは。後一瞬でも遅れていれば、赤い少女からの攻撃はなのはを捕えていただろう。もっとも、バリアジャケットを展開した以上、大けがになったとは考えられないが。

 赤い少女は、攻撃が届かなかったことを悔いているのだろう。ちっ、と少女の姿に似つかわしくなく舌打ちをしていた。なのはからしてみれば好機だ。今まで隠れていた少女を真正面からとらえることができたのだから。一瞬だけにらみ合う二人の少女。だが、赤い少女を視界に入れながらもなのははある場所に違和感を覚えた。

 それはなのはの右肩だ。どこかこそばゆい感覚を覚えていた。まるで美容院に行った後のような奇妙な感触だった。

 なんだろう? と思って右肩に触れてみれば、返ってきた感触はよく知っている感触だった。お風呂場でいつも触れている感触。母親譲りの栗色の細い髪。それが右肩にかかっていた。確かになのはの髪はセミロングともいうべき髪の長さだ。

 だが、リボンで結っているなのはの髪が肩にかかるはずがない。

 ―――え? あれ? なんで……?

 目の前に襲ってきた少女がいるにも関わらず現状が理解できないなのはは混乱の極地に陥ろうとしていた。混乱していて、目の前の少女さえ目に入っていなかったなのはに助け船を出すように答えが目の前に現れた。

 それは一本の紐だった。まるで強い衝撃を受けたようにぼろぼろになった一本の紐。それが上空からひらひらと、ひらひらと宙を舞っていた。そして、なのはは、そのひらひらと、ひらひらと舞っている紐に見覚えがあった。

 当たり前だ。なぜなら、その対となるべき、ぼろぼろになる前の姿と同じ姿をしたリボンはなのはの左についているのだから。毎夜、外したリボンを宝箱に仕舞うように母親から分けてもらった化粧箱の中に大事にしまっているのだから。それに何より、それは、初めての友達である蔵元翔太からプレゼントされたものなのだから。

 そんな大切なものをなのはが忘れるわけがない。

 ならば、ならば――――



 ―――ナンデ、ショウクンノリボンガボロボロナノ?



 答えはたった一つしかなかった。先ほどまでリボンは確かになのはの髪を結っていた。外れるとすれば、その原因はたった一つしかなかった。

「あ、あ、あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 もう二度と手に入らない大切なものを一瞬で失った悲しみは、一瞬でなのはの心を支配し、少女の口から悲しみの叫びを魔法結界の中に響き渡らせ、なのはを中心として急速に魔力を爆発させるのだった。



つづく 
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