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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第二十九話 裏 (夏希、エイミィ、アリサ)




 瀧澤夏希にとって蔵元翔太とは、出会った当初は自分から親友の雨宮桃花を奪う敵だった。

 夏希が桃花と出会ったのは、家が近所であり母親同士の仲も良好だったため、自然と遊ぶ友人になったに過ぎない。だが、桃花は生来からの性格のだろうか、どこかおっとりしたところがあり、放っておけないような雰囲気を持っていた。それを子供心ながらに夏希は感じ取ったのだろう。いつの間にか、夏希は『桃花は自分がいないとだめだ』と思うようになっていた。つまり、夏希は、ダメな男の世話を焼きたがるタイプだったようだ。

 現に保育園に入ってからは、おっとりしたところを攻めてくる男子たちに対して大立ち回りをしたものだ。

 そのころの翔太に対する夏希の印象はあまりないと言ってもいい。なぜなら、二人には接点がなかったからだ。確かに翔太は同年代にも関わらず、よく関心を持って保育士たちに交じって彼らの世話をしていたようだったが、桃花には夏希がいたため迷惑をかけるような接点が見つからなかったというべきだろう。

 夏希と桃花たちが翔太と接点を持つようになったのは、ある休日のお昼時になる。いつも遊んでいる何の変哲もない公園。そこで砂場やら滑り台などの遊具などで遊んでいた。しかも、タイミングが都合よく重なったのかほかに誰もいない独占状態だった。珍しいな、と思いながらも好き勝手、自由に遊べることを嬉しく思いながら彼女たちは遊んでいた。

 そこに招かれざる客が来るまでは。

 招かれざる客は、野良だったのだろう。薄汚れた容姿をしていた。体躯は中型犬と同じぐらいで大きいとも小さいともいえないタイプの犬だった。だが、それは大人やもう少し大きい年齢からしてみれば、だ。彼女たちはまだ小学校に上がる前の少女である。大人から見たよりもその犬が大きく見えた。

 だからだろう。彼女たちが近づいてくる犬を見て、思わず逃げ出してしまったのは。端的にいえば怖かったのだ。追いかけまわしてくるわけではない。ただ、そこに自分と同じぐらいの犬が存在することが。だが、この場合、その行為は裏目に出てしまう。

 それは、犬としての本能だったのだろう。夏希と桃花が逃げ出したと同時に迷い込んできた犬は彼女たちを追いかけた。だが、彼女たちに犬の本能などわかるはずもなく、ただでさえ煽られていた恐怖心がさらに増大していた。

 逃げる夏希と桃花。追いかける犬。

 もしも、大人がいれば、周りに子どもがいれば。彼女たちを助けに入っただろう。だが、どういう天の采配か、この公園には彼女たち以外は誰もいなかった。

 ――――つい、先ほどまでは。

「こっちっ!」

 助け船を出したのは、夏希も知っている少年だった。

 この後からだ。彼女たちと―――より正確には桃花と翔太の付き合いが始まったのは。

 犬から助けられた一件が効いたのか、桃花は何かにつけて翔太を頼るようになってしまった。「ショウくん、ショウくん」と。それが夏希としては面白くない。今まで桃花に頼られていたのは夏希だったのに、その位置に翔太が来てしまったのだから。確かに、犬から助けてもらったのはその通りで、夏希としても恩を感じていないわけではない。しかし、それはお礼を言った時点で終わっていた。

 しかも、翔太も桃花ばかりを相手にしていられない。彼はほかの子も相手にしているのだから。桃花が話しかけようとした矢先からほかの子に順番を取られるようなことも多々だ。それほどまでに彼は子供なのに多忙だったのだ。しかも、桃花はいくら用事があろうとも、そんなに強く言えるわけがない。

 夏希としては、翔太を頼ることは気に食わないが、桃花が翔太に話しかけられなくてがっかりしている様子を見るのも嫌だった。

 もしも、夏希の考えが翔太に知られたならば、どうしろっていうんだよ、と愚痴をこぼされたに違いない。

 だから、夏希は桃花のがっかりした顔をこれ以上見ないために行動を起こすことにした。つまり、翔太が忙しいのは、翔太以外に誰もまとめる人間がいないからだ。だから、翔太はこんなに忙しくなる。ならば、自分がその役割を買って出ようと思った。そうすれば、翔太の手が空いて、桃花が話しかけるチャンスが出てくる。

 その夏希の考えは、ある意味正解だったのかもしれない。それは、もしかしたら、夏希にもともと人を束ねる才能があったためかもしれない。気が付けば夏希が考えている以上に、夏希はグループのリーダーになっていた。そして、夏希がもくろんだ通りに翔太との接点が増えた。

 ただし、それは桃花がではなく、夏希が、だが。

 どういうことかというと、リーダー格の話し合いというやつである。翔太としても夏希がリーダー格に収まっていることは承知しているらしく、個別にいくよりも夏希に直接持ってくる機会が増えた。そこから、また夏希は翔太のグループ掌握術を学んで、さらにリーダーとしての才能に磨きをかけていくのだが、それは余談だ。

 さて、目的であった桃花と翔太の接点であるが、これは夏希のおこぼれにあずかる形で夏希のもくろみ通りに増えていった。もしかしたら、家が近所であることも関係しているのかもしれないが。

 それは、保育園を卒園して小学校に入学してからも変わらなかった。

 幸いなことに翔太と彼女たちの進学先は同じだった。残念ながら、保育園の半分は公立の学校に入学してしまったが。こればかりは仕方ない。しかも、同じクラスになったのは、翔太と夏希と桃花ともう一人だけだ。もちろん、翔太と接点がさらに増えたのは言うまでもない。

 その間に、翔太との関係は変わることはない。小学校でもリーダーとしての地位を獲得した夏希は翔太とよく話す。むしろ、翔太が問題を振ってくることもあるぐらいだ。特に、女子の問題に関してだ。男子の問題に関しては翔太が処理しているようだが。

 男女間を気にするような年齢ではないのだが、翔太だけは異様だった。夏希としても、翔太が片付ければいいんじゃないか、と思う案件も多々あったが、「女の子の話は女の子同士のほうがいいでしょう?」という言葉でごまかされていた。しかし、それは悪いことばかりではなく、夏希のリーダーとしての地位を盤石なものにするのに一役買っていた。

 そんな風に翔太と夏希で男女の役割を分けていたのだが、男女の意識が出てくる三年生ぐらいになって問題が出てきた。つまり、女子の翔太から離脱である。いや、正確には翔太の都合のいい部分だけ利用しようというグループが出てきたことである。表面上は彼女たちのリーダーである夏希が従っているため翔太にも従っているが、まとまりが出てくれば、一気に離反して、夏希をやり込めるかもしれない、というところも出てきた。

 進級したての仲を深める四月に翔太が隣のクラスの高町なのはと仲良くしてたのもそれに拍車をかけていた。

 翔太の最大の強みは、その頭脳もあるが、どちらかというと個別に売っている恩なのだ。『仁』と言い換えてもいいのかもしれない。誰かの世話を焼いて、その恩で人をまとめている。それが蔵元翔太の人心掌握術である。

 もしも、これで翔太がもっと、その場にいるだけで人を従わせるようなカリスマ性―――たとえば、美少年と呼ばれる容姿など――――があれば、夏希もここまで考えなかっただろう。もちろん、ほかの女子に歩調を合わせて翔太をクラスの代表格から蹴落とすことも簡単である。いや、どちらかというと、そちらのほうが楽である。なぜなら、翔太に反旗を翻そうとしている彼女たちは、夏希を担ぎ上げようとしているからである。

 しかし、その思惑に乗らないのは、翔太のことを心配している桃花の存在があるからである。もしも、桃花が何も心配していなければ、夏希は翔太のことなど心配しなかっただろう。

 自分を担ぎ上げようとする女子たちご一行の思惑をのらりくらりと交わしながら、夏希は女子のグループへの翔太の心証を良くする策を考えていたのだが、そう簡単に思いつくものではなかった。

 翔太の特徴は、問題解決能力と公平な価値観と頭脳である。しかし、どれもこれも今更感が強く、売り出すには足りない。何か別の要素がなければ、女子たちが翔太を見直すことはないだろう。翔太が、一応はクラスをまとめている以上、表立った反応はない。しかしながら、水面下では、翔太への陰口なども出ていることを考えると、立て直しは急務だった。

 そして、その機会は、秋の運動会で現れた。

 運動会が終わった後の教室で、夏希は半分興奮していることを自覚しながら話しかけたそうに近づいてきているアリサ・バニングスを押しのけて、翔太に話しかけた。

「ショウっ! すごいじゃないっ!」

 夏希が言っているのは、運動会で見せた翔太の走りのことである。半ば諦めかけていたところからの大逆転劇。忘れろというほうが無理だった。

「―――あはは、ありがとう」

 翔太も興奮しているのかと思いきや、彼はどこか冷めた様子だ。上の空といってもいい。一体どうしたんだろうか? と思いながらも、今は気にしないことにした。いま大事なことは、クラスにいる女子の大半が聞き耳を立てていることである。翔太への注目度が高いことを示しているのだから。

 その中で、夏希は今日のことを聞くために明日のお昼を一緒に食べる約束をした。詳しい話を聞くために。

 夏希がかけたエサはあっさりと引っかかってくれたようだ。翔太と一緒にお昼を食べたいと言ってきた女子のグループが数グループ。その中には、今まで翔太と距離を取っていたところがあったグループもあった。おそらく、彼女たちを親翔太よりにすれば、残りもなびくだろう。数の暴力とはよく言ったものである。

 もっとも、これも早いうちに実行しなければならない。鉄は熱いうちに打てというが、この場合もあてはまるだろう。今は運動会の空気に酔っているところもからこその興奮なのだ。それが覚めてしまっては意味がない。おそらく、今週までが勝負だろう、と夏希は睨んでいた。

 もっとも、一番酔っているであろう隣を歩いている親友を見れば、一か月後でも大丈夫ではないのだろうか? と思ってしまうのだが。

「今日のショウくんすごかったよねっ!」

 興奮気味に話す桃花。もちろん、夏希にだって理由はわかる。あの瞬間は、誰もが興奮していただろうから。もしも、桃花がもう少し冷静だったら、夏希ももうちょっと興奮していたかもしれない。今こうして冷静なのは、おそらく桃花を反面教師として見ているからだ。

「ねえ、夏希ちゃん、明日、ショウくんと一緒にお弁当食べるんだよね?」

「うん、そのつもりよ」

 その際には、おそらくもう4、5人増えることになるだろう。

「だったら、私も一緒にいいかな?」

「もちろんっ! あたしと桃はいつも一緒に食べてるじゃないっ!」

「そ、そうだよね」

 どこか、よかった、と安堵の息を吐きながら桃花は安心したような表情を浮かべていた。そのことを疑問に思う夏希。まさか、自分が世話を焼かなくちゃ、と思っている親友から、まさか今日のことで翔太を好きになってしまった、と勘違いされかけていたとは、微塵も思ってみなかった夏樹だった。

 夏希は桃花が自分と食べることよりも、翔太と一緒にお昼を食べることに喜んでいることに対して腹立たしく思いながらも、桃花が喜ぶなら、まあ、いいかな、と考えるのだった。

 結果から言えば、夏樹のもくろみは成功していた。蔵元翔太という人間は、一度しっかりと向き合って話してみれば、感じのいい人間だ。話しやすいというか、余裕があるというか、そんな空気を持っている。だからこそ、今まで話したくない、同じグループの誰かが嫌っているという理由で翔太を敬遠していたグループが次々と夏樹の派閥に入ってくることになっていた。

 さらに思わぬ副産物まで見ることができた。翔太も女の子に対する影響力に懸念を持っていたのか、唯々諾々と夏希に従う翔太だった。それを歯痒そうに見てくるアリサ・バニングスの姿だ。その隣には、微笑みながらものすごい圧力をこちらに向けてくる月村すずかの姿もあったような気がしたが、それは気にしてはいけないような気がした。

 月村すずかのことは気にしないにしても、アリサ・バニングスの顔は滑稽だ。

 今まで、翔太は、女の子に関しては夏希に丸投げで、大変な時を除いてはほとんど不干渉だった。だが、それでも例外がいた。それがアリサ・バニングスだ。そもそも、一年生のころからアリサに対しては翔太の態度はおかしい。一年生の頃はさりげなくグループを作るように誘導していたというのに、アリサに関しては夏希に直接頼んできたのだから。

 夏希とアリサは、性格の不一致から不仲になってしまったのだが。思えば、それが最初の翔太の失敗ではないだろうか。こんなやつ孤立すればいいんだ、と夏希は思ったものだ。確かに夏希がそう思ったのは、アリサの強気な性格的なところもあったかもしれない。だが、それよりも目を引いたのは、金髪と日本人にはありえない白い肌だろう。直感的な部分で、女としての本能的な部分で、夏希は、アリサを敵と認定していたのだ。おそらく、クラスのほとんどがそうだろう。だからこそ、彼女は入学してすぐに孤立していたのだから。

 だが、それを翔太だけが気にかけた。彼女だけを特別扱いするように。夏希は、最初からそれが気に食わなかったのだ。どうせなら、桃花を特別扱いしてあげなさいよ、と何度思ったことか。なにせ、今や数少ない保育園のころからの友人なのだから。

 だが、今回、アリサの口惜しそうな顔を見ることができて、三年間の積年の思いが思わず笑みが浮かんでしまうほどに少しだけ溜飲が下がる思いだった。



  ◇  ◇  ◇



 エイミィ・リミエッタは、第九十七管理外世界の地球から戻ってきたクロノが何も言わずに黙々とものすごいスピードで仕事を片付ける姿を、自分の仕事を片付けながら横目で見ていた。

 傍からみれば、その姿は懸命に仕事を終わらせようとしている執務官の姿だろう。しかしながら、クロノ姿をよく知るエイミィからしてみれば、クロノの今の様子はただ単に苛立っているようにしか見えない。正確に言えば、仕事に八つ当たりしているといっていいだろうか。

 なぜ? と聞くまでもない。クロノが今の作戦に納得していないのは知っている。それにも関わらず彼は、執務官という立場で作戦を進めなければならない立場にいる。それだけならば、ここまで彼が苛立つことはなかっただろう。彼を苛立たせているのはもっと別の要素だ。

 作戦を進めるうえで二人の民間協力者を雇うことにした。先の事件に関係していた高町なのはと蔵元翔太だ。なのはは戦力として、翔太は作戦の目標でもある八神はやてとの橋渡し役として雇っていた。彼らには、当然作戦の目的も話している。

 ―――最後の一線を除いては。

 つまり、最終目標である八神はやての時空牢への凍結処置のことである。もっとも、教えればあの翔太のことである。反対するのは目に見えている。それが友人ならなおのことだ。だからこそ、伏せている。それに知っていて、彼を納得させたとすれば、翔太はこの作戦に加担したという罪悪感を持ってしまうことになる。

 時空管理局の都合で巻き込むのにその処遇は考えられない。だからこそ、内緒にするのだ。『僕は知らなかった』『彼らが勝手にやったことだ』と時空管理局に矛先を向けさせるために。もしかしたら、彼は時空管理局を憎むかもしれない。しかし、それは覚悟のうちだ。自分を責めるよりもましだろうと考えている。

 最高の結末は、クロノが水面下で動いている計画が実を結ぶことであるが。

 これに関しても、必要以上に人員をつぎ込むことはできない。クロノが時空管理局の評議会で可決された作戦に不満を持って、それを壊そうとしているということを知られてはまずいからだ。最悪の場合、この事例から外される可能性もある。そうなってしまえば、この事案に関してクロノが手を出すことはできなくなってしまう。それだけは避けたいところだ。だからこそ、現地の民間協力者であるなのはや翔太には黙っている。

 現在、クロノが動いていることを知っているのは、クロノ、エイミィ、リンディ、そして―――

『クロノ執務官、お時間よろしいでしょうか?』

 エイミィとクロノしかいない部屋に第三者の声が響く。彼が、残りの一人であるクロノの個人的な協力者―――ユーノ・スクライアだった。

「ああ、大丈夫だ。定時連絡だろう?」

 そりゃ、あれだけのスピードで仕事をこなせば、終わるだろうね、とエイミィは思いながら無言で椅子をユーノが映っている画面に視線を動かす。ユーノが映る画面は、どこか違和感を覚える光景だ。どこに? と言われれば、答えは簡単だ。空中に本が浮かんでいるところだろう。

 もっとも、彼がいる場所を考えれば不思議な光景ではない。ユーノがいる場所は無限書庫。時空管理局の内部でも探して見つからない資料はないと言わしめる無限を冠する図書館だ。もっとも、『無限』の名前は伊達ではなく、まったく整理されていない本の山の中から目的の資料を見つけるのは至難の業である。あるところによるとチームを組んで三か月間無限書庫に勤めて資料を探し出したというのがむしろ幸運だというのだからその広さは推して知るべしというところだろう。

 そんな場所に一人で―――いや、最初はその予定だったが、今は異なる。今では総勢十人のチームを結成していた。ユーノの出身であるスクライア一族の子供たちで結成されたチームだ。もっとも、その内容は、非常に偏っており、男の子は三人―――うち二人は六歳というのだから驚きだ―――女の子が七人というチーム編成だった。しかも、女の子たちは、何か別の目的が透けて見える。面白そうだなぁ、とエイミィは思うのだが、下手に首を突っ込むと他部族の問題に手を出したことになるエイミィとしても不味い事態になるので自重している。

 彼らはわずか一か月の納期というある意味、人知を超えた領域に挑戦しようとしていた。もっとも、進捗を聞く限りでは、無謀ともいえないのだから探索を生業にするスクライア一族恐るべし、というところだろうか。

『その通りですよ。進捗状況は順調です。闇の書に関する情報も上がってきています』

 レポートはそちらに転送したとおりです、とユーノは言う。そのコピーは一応エイミィにも来ている。その内容を開いてみてみれば、確かに闇の書に関するまとまった資料が現れた。

『今のところ、グレアム提督から提出された資料に偽りはありません』

「そうか……」

 残念そうにつぶやくクロノ。

 本音を言うと、グレアムの資料に不備があり、凍結による封印処置を逃れられるのではないか、と考えていたのだ。しかし、グレアムは時空管理局内部では英雄と呼ばれる人物だ。資料の不備など期待するだけ無駄だったのかもしれない。

「それで、闇の書の前身というのは見当が付きそうなのか?」

『それに関してはまだ何とも言えません。今は、グレアム提督の資料の洗い出しをしている最中ですから』

 残念そうに言うユーノ。そう、最初にグレアムの資料を洗い出すことにしたのだ。確かにグレアムの資料を土台にすることは可能だ。だが、ある意味グレアムはクロノとは対極に位置する。妥協することにしたグレアムと足掻くクロノ。ならば、敵の資料を土台にすることなどできない。だから、最初に資料の確認から行っているのだ。

 一応、クロノとしても雇っている身として一日一回の定時連絡を入れているが、最近の進捗はグレアムの資料の確認という目に見えた進捗がわからないだけに落胆してしまう。

「わかった。引き続き作業を続けてくれ」

『あ、いえ、一つだけ朗報です』

 ユーノがいなければ作業がさらに遅れてしまうと判断したクロノが通信を切ろうとした直前にユーノがもったいつけるように通信を切るクロノの手を止めさせた。

『グレアム提督の資料に意図的かわかりませんが、抜かれた部分があります』

「それは――っ!!」

 クロノは期待したようにユーノに先を促す。もしかしたら、逆転の一手になるかもしれないからだ。

『闇の書が暴走する直前に姿を現す女性の姿です』

「……守護騎士とは違うのか?」

 闇の書には守護騎士が存在する。闇の書と主を外敵から守るAランクを誇る騎士だ。その強さは、経験もあいまってか強いと一言でいえるほどだ。彼らとは例外的に存在する女性がいるとは確かにクロノも聞いたことはない。

『違うと思います。守護騎士が現れるのは覚醒の第一段階です。だが、彼女が現れるのは必ず闇の書が完成し、暴走する直前です。そして、もう一つ奇妙な事件の記録があります。完成した直後に主の姿がその女性に変わったというものです』

「それが意味するところは?」

 もしかしたら、それは何かを変えられる一手ではないかとクロノは期待してユーノに答えを求める。もっと、理論的であれば、クロノも答えを導き出せたかもしれないが、資料も手もとにない以上、それ以上は無理だった。だからこそ、ユーノに答えを求めていた。

『―――おそらく、闇の書はユニゾンデバイスです』

「ばかなっ!」

「うそっ!?」

 クロノとエイミィが同時に驚きの声を上げた。それほどの衝撃なのだ。ユニゾンデイバスというのは。ユニゾンデイバスは失われた技術だ。存在は知られているが、その技術は失われて久しい。はるか昔の大戦では使われたとは聞くが、ロストロギアとして残っていない以上、見ることができない技術だろう。

「……なるほど、それが事実とすれば……」

 衝撃の推測を聞いた直後は驚いたが、クロノはすぐに思考を取り戻し、今までの調査結果などから可能性の糸を手繰り寄せる。ぶつぶつつぶやいているのは考えをまとめるためだろう。そして、すぐに考えがまとまったのか、ユーノが映るスクリーンに向かって顔を上げる。

「わかった。君はその確証が得られるような資料と引き続き資料の捜索を行ってくれ」

『承知しました』

 それでは、また明日、と言ってユーノは通信を切る。

 しばらくは、今受けた衝撃から立ち直ることができなかった。しかし、やがてゆっくりとクロノはエイミィのほうを向く。

「―――わずかだが光明が見えてきたぞ」

 先ほどまでの苛立ちはどこへやら、うれしそうに笑うクロノを見て、エイミィは、できれば無事に解決策が見つかって、円満に事件が解決しますようにを祈るしかなかった。



  ◇  ◇  ◇



 アリサ・バニングスは、すでに切ってしまった携帯電話を片手にどうしよう、どうしよう、と未だかつてないほどの不安に襲われていた。電話の相手は、アリサが親友と思っている蔵元翔太だった。だが、アリサが一大決心をして誘った遊園地への誘いを断ってきたので、思わず堪忍袋の緒が切れて『もういいわよっ!』という言葉とともに切ってしまったのだ。

 アリサにとって、今回の遊園地は、最近、縁遠い翔太と前のように仲良くするためのきっかけにする予定だった。

 夏休みに居場所も告げずに二週間もどこかへ旅行へ行き、夏休みが終わったかと思えば、今度は運動会で目を見張る活躍をし、そのおかげでアリサたちと過ごす時間が少なくなってしまった。正確に言えば、分母が増えたため、アリサたちと遊ぶ時間が減ってしまったということろだろうか。

 確かに塾などは翔太と同じクラスだ。ほかのクラスメイト達はいくら第一クラスとはいえ、聖祥大付属小と同じ学力順になっている塾のクラスで、アリサたちと一緒のクラスになれるほどの学力を持っていない。しかし、塾は遊ぶところではない。勉強するところだ。翔太もそれを重々承知しているのか授業中にお喋りなどせずに勉強している。必然的に翔太と話せる時間は行きと帰りの短い時間になってしまう。

 ちょっと前は、それに週に一回は必ず昼ごはんの時間に一緒に食べていたが、最近は、アリサの天敵ともいえる夏希のせいだ。最近は、あいつが翔太と一緒にご飯を食べる相手を決めている。翔太も翔太で、断ればいいのにほいほい従うのだから腹立たしい。

 しかも、休日の英会話教室だって、運動会で活躍したのがまずかったのか緑川FCというサッカーのチームに誘われてしまい、そちらに顔を出すことが多くなってしまった。アリサは当然、断ればいいじゃないっ! というのだが、翔太は申し訳なさそうな顔をして、アリサに謝るのだ。

 そう言われては、アリサも強くは言えない。そもそも、翔太の行動を決めるのは翔太であり、アリサではない。もし、無理を言って、わがままを言って翔太に嫌われたら……そんなことを考えてしまうと胸が張り裂けそうな不安に襲われ、それ以上強くは言えない。

 せいぜい、今度の休みはあたしと遊びなさいよっ! と捨て台詞のように言うしかなかった。

 しかし、その約束もサッカーの試合のせいで反故にされてしまうのだが。一応、約束を覚えていたのか、サッカーの試合には誘われたものの父親とは異なり、サッカーのルールをろくに知らないアリサからしてみれば、退屈なことこの上なかったが。もしも、翔太がもっとゴール前へ行くようなポジションだったら話は別だろうが、ゴール前はゴール前でも自分のゴール前なのだから仕方ない。マネージャーさんは、翔太をほめていたが、何がすごいのか全く理解できなかったアリサだった。

 そして、気付けば、あと一か月もすればクリスマスという時期になってしまった。去年は、あんなに楽しかったのに、三年生になってから何かいろいろと歯車がずれてきているような気がする。だから、そのずれを直すために誘った遊園地だったのに。前のように仲良く、遊べるような仲に戻ろうとアリサにとっては一大決心をしたのに、翔太はあっさりとそれを袖にした。

「翔太のバカ……」

 そうは強がってつぶやいてみるものの、心の中を占めるのは不安だけだ。

 確かにアリサは気が強い。だが、翔太にあそこまで一方的に怒鳴ってしまったのは初めてだ。なぜなら、翔太がいつも一歩引いていたからだ。アリサに気を使っていたからだ。だからこそ、アリサがそこまで怒鳴ることは今までなかった。

 そうであるからこそ、アリサには翔太の反応が読めなかった。もしかしたら、自分が怒鳴ったことでアリサに嫌われたと思っているのかもしれない。もしかしたら、アリサのことなんて知らない、と怒っているのかもしれない。翔太が怒っているところを想像できないアリサだったが、翔太が怒るという可能性を否定できなかった。

 ならば、電話をかけなおして、謝るべきだと思うだろう。それは正論だ。早いほうが傷は浅い。だが、小学生であるアリサはそれに気づかない。翔太がもしも、自分にあきれていたら、怒っていたら、そう考えるとディスプレイ上には蔵元翔太という名前が浮かんでいたとしても通話ボタンを押すためのあと少しの勇気が足りない。強気だが、脆く、弱い少女には、十分な勇気がなかった。

 プルプルと指が震える。もしかたら、さっさとこのボタンを押して、電話をして謝ればいいのかもしれない。でも、もしも……もしも、「僕も、アリサちゃんなんて知らないよ」なんて言われたら。それは、アリサのたった二人しかいない親友の一人を失うことと同義だ。もちろん、翔太はアリサを無視したりはしないだろう。だが、前のように仲良くなりたいというアリサの願いは永遠に叶わなくなるだろう。

 ―――ど、どうしよう。

 あの発言を後悔しているアリサだったが、言ってしまった言葉は取り消すことはできない。

 どうしよう、どうしよう、と頭を悩ませるアリサの目に携帯電話に登録された家族と翔太以外のもう一つの名前を見つける。

 『月村すずか』

 アリサのもう一人の親友だった。

「そうだっ! すずかなら」

 アリサよりもおとなしい少女。強気な自分とどうして気が合うのかわからないが、それでも二人は親友だった。アリサの中でこんな話ができるのは、翔太を除けばすずかしかいなかった。

 急いですずかの番号を選んで、通話のボタンを押す。2、3回後のコール音のあと、がちゃっ、という電話に出る音が聞こえた。

『どうしたの? アリサちゃん』

「あ、すずか? あの……実は―――」

 向こう側のディスプレイにはすでにアリサの名前が出ていたのだろう。すぐにアリサの名前を呼ぶすずか。アリサは、すずかの対応に甘えるようにすずかの名前を呼んだあと、すぐに事情を説明した。

『アリサちゃん、それはダメだよ』

 はぁ、とあきれたように言うすずか。

「わ、わかってるわよっ! でも……あの時は、そのぐらい怒ってたのよ」

 そう、アリサにだってわかっている。翔太が、苦労してとったチケットを無駄にするような人間ではないと。それなのに断ったのには、よっぽどの理由があるということも。だが、それを理解しても、なおアリサには許せなかったのだ。自分の一大決心がすべて否定されたような気がして。だからこそ、怒鳴ってしまったのだ。

『それで、アリサちゃんは、どうしたいの?』

「あ、あのね、ショウは怒ってないかな?」

 それがアリサにとって一番の懸念事項。もしも、すずかが『怒ってないんじゃないかな?』と答えてくれたなら、その言葉を、アリサにとって足りない少しの勇気に変えて翔太に電話しようと思っていたのだ。だが、いつまでたってもすずかからアリサが期待している言葉は返ってこない。

『う~ん、わからないね。もしかしたら、ショウくんでも怒ってるかも……』

「そ、そんな……」

 それは、アリサが聞きたい答えとは対極に位置していた。だから、思わず情けない声を出してしまったのだ。翔太は怒ってしまったのだろうか、もしかして、自分は嫌われてしまったのだろうか、と。

 そんなアリサを救うようにすずかが、言葉を続ける。

『それじゃ、明日、それとなくショウくんに私が聞いてみるよ』

「ほ、本当!?」

 それは、アリサにとって救いだった。怒ってなければいいのだが、とは思うが。もしも、最初から怒っていることがわかっていれば、それなりの誠意の見せ方だってある。アリサにとって翔太は失いたくない親友なのだ。だからこそ、どんなことをしても許してもらうつもりだった。

 だが、ここでアリサから電話をかけて、話すことさえ許してもらえなくなったら、謝ることさえできなくなってしまう。

『うん、もちろん。ショウくんとアリサちゃんのことだもの』

「うん、すずか。お願いっ!」

 それから、2、3言話して、アリサとすずかは電話を切った。電話を切ったアリサは携帯電話を枕元に投げ捨て、自分もベットに向かってダイブした。柔らかい布団がアリサを迎えてくれた。先ほどまでの憂鬱な気分はどこへやら。すずかが何とかしてくれると思うとアリサは先ほどの気分とは違って軽い気持ちになることができた。

「ショウのやつ怒ってなかったらいいな……」

 すずかが何とかしてくれる。そうはわかっていても、まだ少しだけ残っている不安がそんな言葉を口にしてしまう。そんな不安を振りかぶるように首を振って、アリサは翔太が怒っていないことを願いながら、今日という日に別れを告げる眠りにつくのだった。

 アリサの窓から見える空からは、冬も近づいた澄んだ空気の中で月だけが綺麗に輝くのだった。


つづく
























 
 

 
後書き
 最後に笑うのは誰だろうか。 
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