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薔薇の騎士

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第三幕その一


第三幕その一

                  第三幕  結ばれる二人
 居酒屋エレクトラ。名前はともかくとしてあまりいい酒屋ではない。ウィーンの下町にある騒がしい酒屋だ。ここで男爵が店の客達と既にいい加減に出来上がっていた。
 木造で質素だが広い店だ。樫の木のテーブルの上には雑然とハムやソーセージやワインにビールが置かれている。男爵は店の中央の円卓に大きく陣取りそこに店の常連や自分の従者達を従えて陽気に飲んでいるのであった。
「バッカス万歳!」
「バッカス万歳!」
 皆男爵の言葉に合わせて杯を掲げる。木製の大きいが軽い杯だ。そこにはワインやビールがほんの少しばかり残っている。ほんの数滴だけであるが。
 賑やかな場所であり奥には二階に続く階段がある。その後ろの階段をちらりと見つつも男爵は陽気に彼等と飲み続けていた。
「旦那様」
 そこにアンニーナが来た。ヴァルツァッキも一緒だ。二人はそれぞれ礼装をしてはいる。アンニーナは黒いドレスでヴァルツァッキは黒いタキシードである。同時になりこそはいいが何か得体の知れない怪しい感じの老婆もやって来て店の二階へと入るのであった。
 そこに少女が来た。マリアンデルである。アンニーナは彼女を見て楽しげな笑みを向けた。
「あら、来たのね」
 しかしマリアンデルはまずは一礼してからそっと彼女に歩み寄りポケットの中に手を入れて金貨がたっぷりと入った袋を手渡した。ヴァルツァッキにもだった。そのうえで彼等に囁く。
「そうなのですか」
「わかりました。それでは」
 二人は彼女の囁きに真剣な顔で頷く。これまでの明るい顔が消えていた。そうして今度は五人のこれまた怪しい男達がやって来てマリアンデル及び二人と話した後で店のそれぞれの場所に入った。だが男爵はそれに気付くことはなく従者や客達と飲み続けている。その彼のところに太ったエプロンの男が来た。この店の親父である。
「男爵様」
「おお、親父か」
 男爵は酒に酔った朗らかな顔で彼に顔を向けた。むしゃむしゃとハムを食べながら。
「美味いな、ここの酒も料理も」
「有り難うございます」
「いやいや、これはいい」
 そう言いながら黒ビールを一気に飲み干した。
「幾らでもいける。しかも安いときたものだ」
「貴族の方がこの店に来られるのは珍しいのですが」
「こいつ等に教えてもらったのじゃよ」
 満面の笑みで自分の従者達を指差すのだった。
「美味い酒と料理の店があるとな。それでここにしたのじゃ」
「左様ですか」
「左様じゃ。そしてじゃ」
 横目で親父を見つつ問うてきた。
「二階はどうなっておるか」
「既に用意はできております」
「うむ、御苦労」
 それを聞いてまずは満足気に笑ってみせた。
「何よりだ。それではな」
「ではそろそろ上がるぞ」
 そう言って一人立ち上がった。
「ああ、御主等はそのままでいい」
 まだ盛んに飲み食いしている自分の従者や客達にはこう告げた。
「これでな。つりはいらんぞ」
「おお、これは中々」
「太っ腹な御仁だ」
 客達は男爵が袋ごと金を置いていったのを見て思わず声をあげた。
「気前のいい男爵様だ」
「俺達にまでおごってくれるなんて」
「困った時は何時でもレルヒェナウに来るがいい」
 男爵は朗らかに彼等に言葉を返す。
「助けてやるし御馳走もしてやるぞ」
「それでこそ我等の領主様」
「いよっ、この色男」
「本当のことを言うな」
 少なくとも半分は本気で言葉を返す。それから親父に向き直ってそっと囁くのであった。
「あの娘が来たら二階にこっそりとな」
「畏まりました」
「燈火の用意は?」
「もうできております」
 こう男爵に答えた。
「葡萄酒やおつまみもまた」
「よいぞよいぞ、上出来だ」
 それを聞いて満足した顔で親父のエプロンのポケットにそっとコインを入れた。
「少ないがな」
「すいません」
 親父は笑顔でそのコインを受けていた。
「給仕はいらないのでしたね」
「ああ、わしがやるさ」
 これを聞くのは野暮なことだったがそれでも機嫌よく言葉を受け返した。
「休んでおれ。いいな」
「はい、それでは」
「ではな。娘が来たらな」
「わかりました」
 こうして男爵は二階に消える。二階は少し薄暗く燈火に照らされ一つのテーブルと二つの椅子があった。そこは一つの部屋だが二階にしてはかなり広い。しかも隣に怪しい部屋がある。男爵はその中で一人楽しげにワルツのステップを踏んでいた。そこにそのマリアンデルがやって来たのだった。
 
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