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薔薇の騎士

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第一幕その一


第一幕その一

                    薔薇の騎士
                 第一幕  止まらない時間
 白い静かな寝室であった。絹と羽毛の大きなベッドがありその上にも白い天幕がある。ベッドは穏やかな乱れの後を残している。寝台の近くには三重の中国式のやはり白のカーテンがありその陰には女もののやはり白い服がある。この服もまた絹のものであった。貴族の服であった。
 部屋の中央にはやはり白い木のテーブルがあり同じく白い椅子が二つ置かれていた。そこに金と白の豪奢な服に身を包んだ少年が座っている。胸元はまだ開いていて汗が少し残っている。少女を思わせる青い目の顔は中性的であり湖の青をその白い顔に見せている。唇は紅く小さくやはり少女のそれである。その身体つきもまた中性的な感じであり黄金色の髪は豊かで見事な輝きを見せている。秀麗な貴公子であった。
 彼の名はオクタヴィアン。このオーストリア帝国の名門ロフラーノ家の嫡子であり今年で十七になる。ウィーンでも評判の貴公子だ。その彼がテーブルに腰掛けてこれまた白いカップを手にしてココアを飲んでいる。その黒がまた部屋の白を映えさせていたのであった。
「小鹿よ」
 オクタヴィアンはうっとりとした顔でまずはそのココアを一口含む。それからベッドの方に顔を向けて言うのであった。
「素敵です」
 声もうっとりとしていた。
「貴女はいつも素敵です」
「素敵なのは貴方よ」
 その白いベッドから豊かなプラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳をした妙齢の美女が起き上がった。乱れた寝巻きを着ておりその顔はたおやかな気品に満ち溢れ整った顔にもその気品を溢れさせている。それでいて濃厚な色香を漂わせそれは声にも含ませていた。
 彼女はマリー=テレーズ。ヴェルテンベルグ公爵夫人であり夫が元帥であることから元帥夫人とも呼ばれる。やはりウィーンの名門に生まれ修道院で教育を受けた後十七で公爵の下に嫁いだ。今は三十二歳、その美貌はさらに艶やかさを増しているというのが周囲の意見である。本人はどう考えているかはわからないが。
「カンカン、貴方の方が」
 オクタヴィアンをカンカンと呼ぶのであった。
「いえ、それは貴女の方です」
 またオクタヴィアンが言ってきた。
「貴女がどれだけ素晴らしいかは僕だけが知っている。御主人も知らないけれど」
「主人のことは言わないで」
 それは断るのだった。
「今はいないのだから」
「では話を変えます」
 オクタヴィアンは彼女にそう告げてきた。
「貴女とは何でしょうか」
「貴女とは?」
「そうです。貴女と僕は何なのか」
 それを元帥夫人に問うのだった。
「しかも意味があるのか。言葉に過ぎない。ですが」
「ですが?」
「その言葉にも意味がある。眩暈に引き寄せ、憧れ、愛撫、身を焦がし炎となる」
 次々に言葉を述べていく。
「僕の手が貴女のところに行くように貴女に引き寄せられます。それが僕なのです」
「それが貴方なのね」
「はい」
 また元帥夫人の言葉に頷くのだった。
「僕は貴女にとって坊やなのかも知れません。けれど貴女を見ることも聞くこともできなくなったら僕はどうすればいいのでしょうか」
「貴方は私のものよ」
 その彼に対して元帥夫人は静かに述べた。
「恋人なのよ」
「はい、そうです」
 その言葉にも頷く。
「けれどどうして昼間が来るのか。僕は昼が憎い」
 こうも言う。
「昼は何の為にあるのか。昼には貴女があの人の、いえ皆のものとなる」
 それを嫌そうに告げる。
「僕は夜が欲しい。永遠の夜が」
 そう言うが夜は来ない。朝になるだけであった。
「ベルが」
 この時ベルが聞こえてきた。
「鳴った。一体何が」
「お客様ね」
 元帥夫人はそう考えた。
「誰かしら」
「手紙や挨拶状を持って来た使いの者でしょう」
 オクタヴィアンはこう考えた。
「ザーラウから?ハルティックから?それともポルトガルからか」
 この時代のオーストリアはマリア=テレジアの時代である。プロイセンとの対立を背景に積極的な外交を行っていた時代である。だから各地か人々が行き来していたのだ。
「何処からか」
「あっ」
 元帥夫人が声をあげると扉をノックする音が聞こえた。夫人は扉の方に顔を向けて問う。
「誰なのかしら」
「僕です」
 小さな男の子の声であった。
 
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