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星河の覇皇

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第十三部第一章 角笛を持つ時その十四


「それを踏まえますとトラップ的なものとして使用するべきであると考えますが」
「トラップとして」
「はい。第一次ライン及び第二次ラインが破られた時の為です。その際敵軍はこの星系深くに侵入してくることが予想されます」
「そしてどうなるか」
「そこでです。彼等はテューポーンの存在を知りません。おそらくごく普通の要塞、若しくは軍事基地と認識するでしょう。そこを狙うのです」
「そこをか」
「一気にテューポーンによる攻撃を仕掛けます。それで彼等を迎撃しましょう」
「つまり第三次の主要兵器、そして切り札としてか」
「どうでしょうか。これなら味方を巻き込む心配もないと思いますが」
「丁度第三次防衛ラインは第一次、二次に比べて脆弱なものですし」
「わかった。そうするか」
「はい」
「お聞き入れ頂き有り難うございます」
「全ては勝利の為だ。エウロパのな」
 シュヴァルツブルグは謹厳な声でそう述べた。
「その為のことだ。感謝されることはない」
 彼はあくまで武人であった。だからこそ言えた言葉であった。こうしてテューポーンの配置が正式に決定した。だがそれはすぐに覆ることになった。
「閣下、こちらにおられたのですか」
「?どうした」
 部屋にエヴァ=プロコフィエフが入って来た。彼女は今ではシュヴァルツブルグの主席秘書官になっていたのである。
「先程入った情報ですが」
「敵軍のか、それとも我が軍のか」
「敵軍のです。クロノスに向かっていた敵軍ですが」
「うむ」
「そのうちの約百個艦隊程がクロノスから離れ一直線にオリンポスに向かっております」
「何だと!」
 それを聞いて思わず席を立ってしまった。
「それはまことか」
 モンサルヴァートもローズもそれを見て驚きを隠せなかった。普段は謹厳実直な軍務相のこれ程驚いた姿を見たのははじめてであったからだ。
「はい」
「どの部隊だ」
「報告によれば漆黒の艦隊のようです。おそらくはサハラ義勇軍かと」
「それが百個艦隊か。してどの星系を通りそうだ」
「ニョルズを通過するものと思われます」
「ニョルズを」
「また思いきったことを」
 モンサルヴァートとローズはそれを聞いて眉を顰めさせた。ニョルズ星系はオリンポス近辺の星系の一つである。エウロパの星系にしては異様に複雑な状況にありブラックホールや超新星等がその周辺に散らばっている。大艦隊どころか一隻の民間輸送船の航行すら困難な場所でありエウロパ側の航路からも外れていた。人もおらずエウロパにとってみれば艦隊の通過不可能な自然の要害であった。だからことそちらに兵を配置してはいなかったのである。突破は不可能であると思われたからだ。
「だがあそこを突破されると非常にまずいことになる」
 シュヴァルツブルグはその口元を引き締めてそう述べた。
「本部長」
「はい」
 そして彼はモンサルヴァートに顔を向けた。
「すぐにニョルズに向かってくれ。よいか」
「わかりました」
「そしてテューポーンだが」
「はい」
 今度はローズが応えた。
「どうするか。このままこのクロノスで使うか」
「左様ですな」
 ローズはそれを受けて考え込んだ。
「それが宜しいかと思いますが」
「私はニョルズに移動させようかと思ったのだがな」
「それはかえって逆効果でしょう」
 しかしローズはそれをよしとはしなかった。
「何故だ?」
「ニョルズは何かと複雑な地形です。そこでテューポーンを使っても何にもならないでしょう」
「つまりニョルズには合ってはいないということか」
「はい。あそこではそれよりもゲリラ戦術の方が相応しいです」
 彼はそう述べた。
「要塞等よりもね。如何でしょうか」
「わかった。ではそうしよう」
「はい」
「それではモンサルヴァート本部長」
「ハッ」
 モンサルヴァートはシュヴァルツブルグの言葉を受けてあらためて席を立って敬礼した。
「ニョルズ防衛に向かってくれ」
「わかりました」
 彼はすぐにその場を後にした。そしてそのままニョルズへと向かうのであった。
 シュヴァルツブルグとローズはそれをタントリスから見ていた。そして二人で話をしていた。
「遊撃戦力がなくなったのは痛いですね」
「うむ」
 シュヴァルツブルグはローズの言葉に頷いた。
「だが仕方がないことだ。このままニョルズを通らせるわけにはいかない」
「はい」
「彼等にはその為にも行ってもらわなければならない。残念だがな」
「それで彼等の替わりの戦力はない」
「ない」
 そう言って首を横に振った。
「これ以上の戦力はエウロパにはない。それはわかっていることだろう」
「聞くまでもなかったことですが」
「精神論になってしまうが各員がこれまで以上に奮闘するしかない」
 精神論とは何かがある場合に言出て来るものである。今回のエウロパもそれであった。言うならば最後の最後で頼るものである。思えば悲しいものである。
「もっとも今精神論が何かの役に立つかどうかは疑問だが」
「それはそうですが」
「それしかもう我が軍にはない。寒いことだとは思わないか」
「・・・・・・はい」
 ローズはそれに頷いた。遠くから黒い巨大な球体が姿を現わしてきた。
 それを見ても気は晴れはしなかった。むしろ暗くなるばかりであった。 
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