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星河の覇皇

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第十二部第五章 憂いの雨その二


「我がモンゴル民族はかって馬を自在に操っていました」
「はい」
 これは宇宙に出てからも変わらない。彼等は草原の多い星を好む。そしてそこでパオを作り、羊を追う生活を送るのだ。それが彼等の理想の生活であったのだ。
「モンゴル民族は草原で生き、草原に死す」
「我等は馬なくして生きてはいられない。馬は身体の一部だ」
 今でもそう言われている。彼等にとって草原の生活程素晴らしいものはないのだ。
「私も。生まれた頃から馬に乗っていました」
「生まれた頃からですか」
「長官も乗馬はされますね」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「嗜み程度には」
「馬はいいものでしょう」
「ですね。目が優しいですし賢い」
「そうです。馬は人間にとって友達なのですよ。何処までも続く草原をね。馬と共に歩むのですよ」
 遠くを見る目となっていた。彼はこの時草原を駆けていた時のことを思い出していた。
「軍に入ってからも時間があれば乗っていますよ」
「オリンピックでは見事でしたね」
「何、あれは」
 今度は顔が赤くなった。照れ隠しのようであった。
「生まれた時から乗っていましたから。当然ですよ」
「いやいや、素晴らしかったですよ」
 八条は笑ってそう声をかけた。
「金メダルを四大回連続とは」
「馬はもう手足ですから」
 それがモンゴル民族であった。かって世界を席巻した覇王の子孫達は今でも馬から離れてはいない。それは銀河を駆けたバールも同じであったのだ。
「あれ位はモンゴルの者なら出来る者は大勢いますよ」
「まさか」
「私の祖父も優れた馬の乗り手でして」
 彼は自分の祖父について言及した。
「今も乗っていますが。祖父なら今でも金メダルを獲れますよ」
「失礼ですが本部長の御祖父様はお幾つですか?」
「今年九十二なります」
「それでですか」
 連合の平均寿命は男で九十二歳、そして女性で九十五歳となっている。医学の進歩が平均寿命を大幅に伸ばしたのであった。
「まだまだ矍鑠たるものですよ」
「凄いですね」
「生まれた時から草原で生きてきましたからね」
「いや、それでも」
「モンゴル人は頑強さが取り得ですし」
「はあ」
 それでも八条は驚嘆する他なかった。だがこれにはモンゴルの食生活も大いに関係があったのだ。
 モンゴル人は羊、そして馬と共に生きている。食べるものは草原にいる者達は昔から変わらない。羊の肉を食べ、馬の乳を飲む。馬や羊の乳から作ったチーズやヨーグルトを口にする。そして今まで生きてきたのである。
 厳しい草原の自然に耐え、そして世界を席巻した彼等は草原とこの食べ物により育てられてきた。彼等はそのままモンゴル人となったのではなかった。自然が彼等をモンゴル人としたのであった。
「祖父の他にもそうした者は大勢いますよ」
「オリンピックに出たら面白いでしょうね、そうした人達が一斉に」
「いや、それはないでしょう」
 だがバールはそれを笑って否定した。
「何故ですか」
「我々は無欲でして」
「そうなのですか」
「必要以上の財産や名誉は欲しないのですよ。草原で生きるのに必要はありませんから」
 草原で必要なのは馬、そして羊である。財産も名誉も必要ではないのだ。あればあるだけ不要になっていく。だから彼等はそれを欲しないのである。
 
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