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星河の覇皇

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第十二部第四章 青い薔薇その八


「アッラーはあくまで絶対、そして無謬の存在とされている。その意志によって全ての事柄が決められているのだ」
「天界に行くのも地獄に落ちるのも」
「そうだ」
 彼は頷いた。
「プロテスタントだったか、キリスト教の」
 彼は今度はキリスト教について言及しはじめた。
「予定説というものがあったな」
「カルヴァンでしたね、確か」
「ああ」
 プロテスタントの創始者の一人である。新教を創始したのはドイツのルターであったがカルヴァンは彼よりもさらに過激であった。ルターは宗教的には極めて過激であり、当時あまりにも絶対的な権勢を誇っていたバチカン、そしてそれを支える神聖ローマ帝国、その皇帝家であるハプスブルク家を向こうに回しても臆することはなかったが、意外と世話焼きで人間味のある人物であった。修道院のシスター達の結婚相手を見つけるのに躍起になり、残った最後の一人と結婚したりしている。売れ残りは可哀想だからである。このシスターとの間にはかなり多くの子供がおり、子煩悩な父でもあった。
 またビールの害毒について何時間も講義しながらその直後に美味そうにビールをゴクゴクと飲んでいた。堅物のイメージが強いがそれは宗教に関してのみであった。実際にはそうした人間としては柔らかさも持っていた人物であったのだ。
 それに対してカルヴァンは過激そのものであった。禁欲的であり、スイスにて新教の教えに基づく半ば独裁的な都市を作り、そこで教えを広めていった。そこには一切の妥協がなかった。予定説はそうした彼ならではの説であったのだ。
『神に救われる者は既に定められている。神の力は絶対だ』
『人間の運命は神が全て決めている。それに対して何もできはしない』
 そうした考えであった。では人は救われないのだろうか。カルヴァンはそうではない、と言った。
 神から与えられた天職に励むのがいいと言ったのである。それに励めば天国に行けるだろう、と。それが運命であるならば。なおここで彼は商業を奨励した。働いて金を儲けるのはよいことだとしたのである。
 実はこれはキリスト教社会においては画期的なことであった。キリスト教では金を貯め込むことを罪悪とする思想があったのである。富める者が天国に行くことは駱駝が針の穴を通るより難しい。
 スコラ哲学を大成したトマス=アクィナスは商業を罪悪視してはいなかった。生きる為に必要だからだ。彼はキリスト教においてその名を残す偉大な学者であったがその彼程でないとそう断言できなかった。それでも最低限の必要悪という考えが根底にはあった。カルヴァンはそれをよいことだと言ったのである。これは実に大きなことであった。
 これを支持する者達が現われた。手工業者と商人達である。こうして彼の教えは広まっていったのであった。
「彼が言ったことはイスラム世界では常識だった」
「アッラーが絶対のものですから」
「そうだ。そこから言えることだが」
 彼は言葉を続けた。
「人の行動はアッラーの前では些細なことなのだ。一人の悪事なぞアッラーにとっては些細なことだ」
「そういうものでしょうか」
「少なくとも我々が考えているものより罪悪に対する意識は変わっているな」
「はあ」
「そして悪人でもジハードに身を捧げれば許される。またアッラーの忠実な僕である限りはな」
「そういうものでしょうか」
「少なくともシャイターンはムスリムとしては立派だ。彼の信仰心の篤さは知っているな」
「はい」
「そして勇敢だ。彼はアッラーの戦士でもある。それだけで充分だろう」
「そういうものなのですか」
「我々とは考えが根底から違うということだ」
 彼はそう言い切った。
「宗教が異なればな」
「そういうものなのですね、結局は」
「シャイターンという人物は二面性も強い」
 今度は宗教ではなく、シャイターンそのものについて言及した。
「まるで神と悪魔が同居しているようだ」
「神と悪魔、ですか」
「そうだな。同時にかなり鋭い」
 これは先程も言った。
「だからだ。何をしてもおかしくはない」
「目的の為には手段を選ばず、そしてそれを平然と正当化できる」
「そうだ」
「非常に厄介な人種ですね」
「だからこそ動きを注視しておいてくれ。いいな」
「わかりました」
 サーガルは頷いた。だがまだ考える顔をしていた。
「ただ・・・・・・一つ気になることがあります」
「何だ?」
「そのシャイターン主席の密偵ですが」
「うむ」
「連合や我が国にも潜伏しているという情報も入っているのですが」
「何っ」
 それを聞いたクリシュナータの顔色が一変した。
「それは本当か!?」
「はい。まだ未確認の段階ですが」
「そうか」
 落ち着いてきたがそれでも表情は晴れなかった。
「まずいな、それが本当だと」
「如何為されますか」
「決まっている」
 しかしその声は冷静なままであった。
「すぐに調査を開始してくれ。何かあってからでは遅い」
「わかりました」
 サーガルは電話の向こうで敬礼してそれに応えた。 
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