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星河の覇皇

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第十一部第五章 持久戦その六


「私の機体では反応がありません」
「こっちもです」
 別の部下もそう報告した。
「今のところは何も」
「だが油断するな」
 後藤はそれを聞いたうえであらためて彼等にそう言った。
「何時何処からやって来るかわからないからな」
「はい」
 彼等は周囲に警戒を払いながらそのCエリアを哨戒した。やがてレーダーに反応があった。
「むっ」
 五人がほど同時に声をあげた。
「敵ですね」
「ああ」
 後藤がそれに頷いた。
「だが一機か。妙だな」
「はぐれたのでしょうか」
「そこまではまだわからん。だがこちらに向かって来るな」
「はい」
「エインヘリャルだ。こちらが劣っている部分はない。安心して向かえばいい」
「わかりました」
 彼等にとって最早エインヘリャルはさして恐ろしい相手ではなかった。性能ではこちらのタイガーキャットの方が断然上だとわかっているからである。
 五機のタイガーキャットは上に大きく旋回してそのエインヘリャルの方に向かった。レーダーを見ればそのエインヘリャルもこちらへ向かってきていた。
「やるつもりか」
 後藤はレーダーに映るエインヘリャルの動きを見てそう呟いた。
「一機でか。面白い」
「どうしますか?」
「そうだな」
 彼は部下の一人の言葉に応えた。
「俺一人でやる。御前達は手を出すな」
「えっ」
「聞こえなかったか。俺一人でやると言ったんだ」
「しかし」
「何、心配はいらないさ」
 彼は不敵に笑ってそう言った。
「俺は今まで一対一で敗れたことはない。もっとも相手がどれだけいても敗れたことはないがな」
「それでは」
「ああ。やってやる。御前達は高見の見物でもしていろ」
「わかりました。それでは」
「ああ」
 四機のタイガーキャットは上に上がった。そのままさらに上がり、そこから後藤機を見守る場所に位置した。その命令通り彼等はそこで見守り続けていた。
「さてと」
 後藤はそれを確認してから前に視線を戻した。
「どう来る?正面からか。それとも」
 正面からであった。そのエインヘリャルは一直線にこちらに向かって来ていた。
「そのまま来るか。面白い」
 彼はそれを確認してまた笑った。
「来い。一撃で仕留めてやる」
 そう言うとスピードを上げた。それに合わせて彼もそのまま突っ込んだ。
 エインヘリャルが前に出て来た。それは一瞬のことであった。
 擦れ違った。その際攻撃を加えるのを忘れなかった。
 ビームガトリングガンのトリガーを引いた筈だった。普通ならこれで撃墜している筈である。だが今通り過ぎたエインヘリャルはダメージ一つ負っているようには見えなかった。レーダーにはそのままのスピードで通り過ぎるその姿が映し出されていた。
「何だと!?」
 後藤はそれを見て驚きの声をあげた。
「俺の攻撃をかわしたというのか。あの距離で」
 このようなことははじめてであった。驚かずにはいられなかった。
 レーダーに映るエインヘリャルは反転していた。そしてこちらに向かって来ていた。
「上からか」
 後藤は本能的にそれを悟った。
「ならば!」
 レバーを思いきり引いた。そして彼のタイガーキャットも上に上がった。
 二機の戦闘機が反転したまま再び向かい合う。後藤はその時エインヘリャルのコクピットにいる敵のパイロットに気付いた。
「!?」
 それは女であった。彼の勘がそう教えていた。その女を見て彼は一瞬だが動きを揺らしてしまった。
「しまった!」
 バランスが崩れた。相手はそれを衝くかのようにミサイルを放ってきた。一直線に二本のミサイルがこちらに向かって来た。
「まずい!」
 だが彼はそれをすんでのところでかわした。そのミサイルをまるで木の葉の様な動きでかわしたのであった。タイガーキャットの巨体を考えると信じられないような驚くべき軽やかな身のこなしであった。
 しかしそれはほぼ奇跡のような動きであった。その動きをした彼本人もパイロットスーツの中で冷や汗をかいていた。
「危ないところだったな」
 見れば敵のエインヘリャルは平然と動き続けている。その動きを見た。見ればまたこちらに向かってきた。
「どうやら俺とドッグファイトをやるつもりらしいな」
 面白くなってきた、と思った。彼は連合軍屈指のドッグファイトの達人とされているのだ。タイガーキャットを小さく旋回させ相手に向かった。
「やってやるぜ」
 互いに旋回し合い隙を窺う。一瞬だった。敵の動きが少し鈍くなったのを見て一気に動いた。
「今だ!」
「!」
 敵はそれに驚いたようであった。彼はそこに突っ込んだ。
 こうした戦いは一瞬で決まる。その一瞬で生と死が決定するのだ。それが戦闘機の戦いであった。
「御前等の天国に行くんだな!」 
 後藤はそう叫んだ。そしてビームガトリングガンのボタンを押す。今度こそ仕留める筈だった。
 だがそのエインヘリャルは消えた。そのまま前に出た。そして何処かへ去って行ったのであった。
「逃げたのか?」
「大尉」
 ここで部下達から通信が入ってきた。
「何だ?」
「今母艦から連絡が入りまして」
「母艦から?」
「はい」
 彼等の母艦はマリアナという空母である。連合軍独特の四段の空母であった。やはりエウロパの空母と比較してかなり大きい。そのうえ同時に発艦と着艦が二回行われる。四段の甲板がそれを可能にしていたのだ。無論四段全てを着艦、若しくは着艦にも使える。極めて能率的な空母と言えるものであった。
「エウロパ軍が撤退に入ったようだとのことです。すぐに哨戒を強化して欲しいとのことです」
「そうだったのか」
 彼はそれを聞いて納得した。ならばあのエインヘリャルが去ったのもわかる。
「如何致しますか」
「命令ならば従わないわけにはいかないだろう」
 それが彼の返事であった。
「引き続きこのエリアの哨戒を続ける。いいな」
「ハッ」
「敵を発見次第母艦に報告し、迎撃に向かうぞ。いいな」
「わかりました」
 後藤は部下達と合流した。そして再び五機となり哨戒にあたるのであった。
 エウロパ軍は撤退に入ろうとしていた。エヴァはその中でヴァレンシュタインの中に戻っていた。
「中佐、お帰りなさいませ」
「ああ」
 彼女はコクピットから降りヘルメットを取り外して整備兵に応えた。蜂蜜色の髪が外に溢れ出た。
「一機撃墜させたそうで」
「腕の立つ者だった」
 彼女はそれに答えた。
「一機は撃墜できたがもう一機は駄目だった」
「左様ですか」
「あのタイガーキャット・・・・・・。かなりの腕だったがな」
「連合軍にも腕利きのパイロットは多くいるようですね」
「むしろ彼等の方がエースは多いかもな」
 それがエヴァの答えであった。
「機体性能と数に差があり過ぎる。これでは生き残るのすら難しい」
 その戦場の女神の様な整った顔が曇った。連合とエウロパの艦載機の撃墜差は何と二十対一にまで達していた。これは数に劣るエウロパ軍にとって深刻な事態であった。
 さらに連合軍の艦載機は撃墜されてもすぐに脱出できるようになっていた。脱出機能、そして生存機能はエウロパのエインヘリャルより遥かに上であった。その為パイロットの消耗が極めて少ない。だからこそアクジェジトの様な者も現われるのであった。
 
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