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星河の覇皇

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第十一部第五章 持久戦その四


「そして参謀総長もいたな」
「はい」
「劉元帥だったか」
「中国軍では稀に見る逸材だったそうです」
「その二人が来ていたか。道理で手強い筈だ」
 彼は感嘆の言葉さえ漏らしていた。
「敵には損害は増えずに我々の損害だけが増える。敗戦のパターンだな」
「残念ながら」
「打開しようにもこれ以上星系に入れるわけにはいかぬ。どうすればいいと思うか」
「閣下、私に考えがありますが」
 ここで蜂蜜色の髪をした若い女性の士官が前に出て来た。
「卿は」
「エヴァ=プロコフィエフです」
 彼女は青灰色の目を光らせてそう名乗った。
「参謀総長の妹君か」
「はい」
「それはどうした考えだ」
 シュヴァルツブルグもまた目を向けた。歳の割りに強い光を放っていた。
「ここはさらに奥深くに退くべきだと思います」
「何っ!?」
 それを聞いて多くの者が驚きの声をあげた。
「馬鹿な、そんなことができる筈がない」
「今退けば我々の敗北は決定的だぞ」
 彼等は口々にそう言った。だが彼女は落ち着いたままそれに返した。
「もうすぐ磁気嵐がここに起こりますね」
「うむ」
 シュヴァルツブルグがそれに頷いた。
 この星系は一定の時期に磁気嵐が起こることで知られている。それは星系の中央近くで起こり、かなりの広範囲に渡る。エウロパ軍はそれを知っている為陣を入口近くに置いていたのだ。
「それを使いましょう」
「つまり退けということか」
「はい。磁気嵐の後方に。それで守りを固めてはどうでしょうか」
「消極的だな」
 それを聞いたシュヴァルツブルグの言葉であった。
「磁気嵐に頼らなければならぬとは」
「しかしそれしかないのではないでしょうか」
 エヴァはなおも言った。
「今の我が軍のことを考えますと。如何でしょうか」
「ふむ」
 彼はそれを受けてまた考えた。
「閣下、御決断を」
「・・・・・・・・・」
 だがシュヴァルツブルグは沈黙していた。目を固く閉じ、腕を組んで考えている。だがやがてそれ等を解き周りの者に対して問うた。
「プロコフィエフ中佐の考えに対してどう思うか」
 彼女は中佐にまで昇進していたのだ。実はパイロットとしても優秀でありその功績が認められたのである。
「はい」
 幕僚達はそれについて答えた。
「それでよいかと思われます」
「磁気嵐の流れる時は一週間近く」
 彼等は口々に言う。
「それだけあれば凌ぎきることができると思います。ここは消極的だの言っている場合ではないと思いますが」
「私は中佐の案に賛成です」
「閣下、御再考下さい」
「わかった」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて遂に決断した。
「では下がろう。よいな」
「はっ」
「全軍星系の西方にまで下がる。それでいいな」
「了解」
「速やかに動くぞ。敵に悟られぬうちに」
「わかりました」
 こうして彼等は磁気嵐の向こうにまで退くこととなった。方針が決定すると幕僚達はすぐに下がった。そしてその場に残っているのはシュヴァルツブルグとエヴァだけになった。
「これでよいのか」
「はい」
 エヴァは上官に対して頷いた。
「有り難うございます、拙策を受け入れて下さって」
「よい。これも我が軍の為だ」
 シュヴァルツブルグは重厚な声でそう答えた。
「それよりも卿も大変だな」
「何がでしょうか」
「こうして幕僚としてだけでなくパイロットも務めているのだからな。我が軍がこのような状況でなければもっと楽ができたであろうに」
「構いませんよ」
 彼女は微笑んでそう答えた。
「これも運命ですから。私の」
「運命か」
「はい。若しヴァルハラに行くことになっても。それが戦いというものでしょう」
「確かにそうだが。だがよいのか」
「何がでしょうか」
「卿の夢のことだ。確か裁判官になりたいのだろう」
「はい」
 エヴァは答えた。
「ここで命を失うことになれば夢は適わないのだぞ。これは当然のことだが」
「それもまた運命です」
 彼女は自分自身のことでありながら極めて客観的にそう述べた。
「私がここで死ねばそれまでの人間だったということです」
「クールだな」
「いえ、ヴァルハラに行くのもまたよしだと思っているからです」
 ヴァルハラは戦いで命を落した戦士達が集オーディンの館である。戦死した者のうち半分は彼の許へ行くこととなっているのだ。そしてそこで戦いと宴に明け暮れる。それが古の北欧の戦士達の理想とする天界だったのである。荒涼とした雪の世界ならではの世界観であった。
「今では女でもヴァルハラに行くことができますから」
「そしてエインヘリャルになるか」
「はい」
「それだけの覚悟があるのならいい。私は止めない」
「有り難うございます」
「だがな」
 しかしシュヴァルツブルグはここで一言漏らした。
「だがな・・・・・・何でしょうか」
「いや、これは私の個人的な意見だが」
 彼はエヴァを見てそう延べはじめた。
「卿はエインヘリャルになるよりワルキューレになった方がいいかも知れないな」
「ワルキューレですか」
「そうだ。卿はどちらかというとその方が似合っているのかもな」
 口元に笑みを浮かべながらそう述べた。その顔はまるで娘を見て微笑む父の顔のようであった。なお彼は家庭においては四人の娘の父として知られている。娘達にとっては極めて甘い父であるというのがもっぱらの評判だ。だがそれぞれの婿には厳しい。だが孫達にはその娘達よりまだ甘い。何をどうしたらそこまで甘やかすことができるのか、という程甘い御爺ちゃんであるらしいのだ。
「ブリュンヒルテ・・・・・・。と言えば褒め過ぎか」
「御言葉ですが」
 エヴァも苦笑してしまった。ワーグナーの楽劇にも出て来る最も有名なワルキューレである。なおこの楽劇においてはワルキューレは九人であるが実際はそれよりも遥かに多いのである。
「しかし今卿は我が軍の守り神になろうとしている」
「またそのような」
「いや、今回のことがそれだ」
 彼は言った。
「頼むぞ。我が軍の為に」
「・・・・・・はい」
 そう言われて気を引き締めさせた。そして頷く。
「我が軍には今ワルキューレが必要なのは本当のことだ」
「それを私に」
「卿がそれを望むのならな。頼むぞ」
「はい」
 それに応えて敬礼した。そして彼女はその場を後にした。パイロットスーツに着替え格納庫に向かう。既にエインヘリャルが出撃準備を整えていた。
「あ、中佐」
 整備兵の一人が彼女の姿を確認して目礼した。見ればパイロットスーツの上からでも体型がはっきりわかる。見事なプロポーションであった。
 
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