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星河の覇皇

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第二部第二章 狐の登場その三


「サラーフが兵を動かしたか」
 それはエウロパにも情報が入っていた。
「はい、二個艦隊をブーシルに向かわせたようです」
 マールボロとモンサルヴァートが昼食を摂りながら話していた。
「サラーフも必死のようだな」
 マールボロはフォークとナイフでサハラ産の角牛のステーキを切りながら言った。
「このままですとオムダーマンが彼等に匹敵する勢力になってしまいますからね」
 モンサルヴァートはそう言うと同じくサハラでとれた紫葡萄のワインを口に含んだ。地球等にある葡萄で作ったワインよりもずっと甘い。
「そうだな。そうなっては彼等も何かとやりづらいだろう」
 二人はステーキを食べ終わった。そしてデザートが運ばれる。無花果のシャーベットだ。これは地球のものと同じである。
「それを阻止する為にハルドゥーンとも手を組んでいるらしいですね」
「相変わらずだな、奴も」
「はい。しかもミドハドの主席の座を諦めてはいません」
「その為には何でもするか。奴らしいと言えばそうだが」
 シャーベットを口にした。ザリッとした食感が歯に伝わる。そして甘さが口全体を覆う。
「かっての宿敵の手先になってまで権力が恋しいか。つくづく見下げ果てた男だ」
 マールボロは古い貴族の家で生まれ育っている為そうしたことを好まない。彼は古風な騎士道精神を重んじる男なのだ。それが如何にもイギリス人らしいと半分皮肉で言われようともだ。
「それは私も同意です」
 モンサルヴァートもそうした考えは持っている。
「しかしそれもまた人間の性ですからね」
「それは否定しない」
 だがマールボロはそれがわからない程人生経験が浅いわけでも愚かでもない。
「だが好き嫌いという観点から私が見ると」
「嫌いなのですね」
「そういうことだ」
 彼は口と目だけで笑った。
「私は世間知らずな男でね」
「そうは思えませんが」
 モンサルヴァートは彼の軽口に合わせた。
「軍に長い間いると世間とはどうしても乖離してしまう」
「閣下はそうは思えませんが」
「いやいや、この前一旅行先で切符の買い方を忘れていることに気付いてね」
 彼は趣味人でもある。旅行もその一つだ。
「御夫人がいつも買っておられたのですか?」
「いや、実はうちのも買い方を知らなかった。執事が全てしておったのだよ」
「それはまた」
「その執事がたまたま休暇でな。気付いたら私も妻も切符をどうやって買うのかわからなかったのだ」
 彼はその広い額に手をやりながら笑った。
「この禿頭は肝心なことは何一つ入ってはおらんのだよ」
「それとこれとは関係がないと思いますが」
 モンサルヴァートは苦笑した。実は彼はジョーク等には疎いのだが彼と会ううちにそれを解するようになってきていた。
「いやいや、物事を常に考え過ぎると髪の毛が抜けると言うじゃないか」
「単に遺伝の問題では」
「確かに我が家は先祖代々この頭だが」
「増毛とかはなさらないのですか?他にも治療方法はありますが」
 禿の治療方法は既に八百年前に確立されている。水虫もである。
「そういうのはあまり好きではないんだ」
 彼は苦笑した。
「髪の毛は先祖代々かからな。今まで誰も増やそうとしなかったし私もそういったことは好きじゃない」
「そういうものですか」
「うん。大体歳と共に自然と抜け落ちていくものだしな。個人差はあるが」
「とある役者は二十代から増毛していますがね」
「ハハハ、彼は見栄っ張りだからな」
 二人はエウロパで人気のとある二枚目俳優のことを話題にした。彼はデビュー当時から頭髪が薄かったが不思議と禿ない。だが髪の量が増えているので皆真相はわかっているのだ。本人もそれを知らないふりをしている。
「さて、と。私のこの眩しい頭の話はこれでお終いにしよう」
「はい」
「今回の作戦の進行状況はどうかね」
 彼はプロコフィエフが中心になって進めているサハラ北方各国に対する作戦の進行状況について尋ねてきた。
「ハッ、それですが」
 モンサルヴァートは敬礼をして答えた。
「只今プロコフィエフ中将が中心に各国の分断工作を進めております」
「そうか。それは順調かね」
「はい、今のところは」
「ならばいいがね。一つ気になる話を聞いたのだ」
「何でしょうか」
「メフメット=シャイターンという男を知っているかね」
「いえ」
 モンサルヴァートは首を傾げて答えた。
「そうか。私もよくは知らないのだが何でもサハラ南方からやって来た男らしい」
「サハラ南方からですか」
 南方はサハラにおいても特に複雑かつ障害の多い地形として知られている。そして各星系の勢力が強い。その為主導的な大国がなく多くの小国が互いにいがみ合っているのだ。
「そうだ。そこで傭兵隊長をしていたらしい」
「傭兵隊長・・・・・・」
 連合やエウロパにおいて傭兵というものは存在しない。志願制による市民兵を採用している。彼等の勢力を考えるとそれが最も妥当であった。
 だがサハラ各国は違う。殆どの国が徴兵制を採用し互いに争っている。それだけで足りない場合は傭兵を雇うのだ。
 オムダーマンやミドハド等の西方では傭兵はあまり使われない。これは彼等の国が傭兵を好まないからである。理由は徴兵した兵士達の方が信用がおけるという判断からである。それにそこまで兵士には困っていなかった。
 だが南方各国は違う。それぞれ小勢力で時には複数の敵を相手にする場合もある。従って徴兵された兵士達だけではなく傭兵を雇う場合もあるのだ。戦乱の続くサハラである。エウロパに追い出された者達もいる。傭兵のなり手には困らない。
 金は当然かかる。しかも彼等は忠誠心が薄く形勢不利となればすぐに逃走するか寝返ったりする。しかし背に腹は替えられず彼等を使うのだ。傭兵はハサンでも見られる。だが僅かである。
「何か歴史的な響きのある呼称ですね」
「そうだな。だが実際にサハラ南方ではいるからな」
「そしてその傭兵隊長が何をしているのでしょうか」
「彼等の存在価値は一つしかないさ。我々に対抗し戦う為だ」
「そしてその数は」
「二百万程だ。そこに正規兵を合わせると五百万程か」
「それならあまり怖れる必要はありませんね、戦力だけを考えると」
「問題はそこではないと」
「はい。そのシャイターンがどういう人物であるかが問題です」
 彼は目の光を鋭くさせて言った。
「私は今まで傭兵と戦ったことはありませんし。それにシャイターンという男がどういう人物か全く知りません」
「敵を知り己を知れば、という考えか」
 マールボロは孫子の言葉を引用した。この時代にも孫子の書は残っている。
「そういうことです。彼の情報を知りたいのですが」
「それだが少し待ってくれ。外交部も情報部も今データを集めているところだ」
「そうですか」
「一つわかっていることは彼もかなり若いようだ。まだ二十代だという」
「傭兵隊長としてはでしょうか?」
「そうだな。大体四十代か五十代の年期のある働き盛りがなるらしいからな」
「そうですか」
「彼については暫くしたら情報が入るだろう。悪いがそれまで待ってくれ」
「はい。作戦発動は各国を分断させてからと考えていましたし」
 モンサルヴァートは言った。
「ならばそれまでは訓練と物資の確保に専念してくれ。頼んだよ」
「ハッ!」
 モンサルヴァートは答えた。食事の席なので敬礼はしなかったが強い声であった。

 数日後シャイターンのデータがアッディーンに届いた。彼は自分の執務室でプロコフィエフ、ベルガンサ等と共にそれを開いた。
「さてと」
 まず顔写真であった。見ればかなりの美男子である。
「顔はいいな」
 古風な顔写真であるがそれからでもよくわかる。黒い髪を後ろに撫で付け顔の形は鋭利である。まるで古代ギリシア彫刻の様に彫が深く引き締まっている。黒い眼は細めで多少吊り上がっている。
「だが」
 モンサルヴァートはその顔に少し妙な感じを覚えた。何処か陰があり邪な感じがするのだ。
「妙だな。これ程整った顔立ちの男でこうした雰囲気を感じるのは」
「美形悪役というのは漫画でも小説でもよくありますが」
 参謀のひとりモナコ中佐が少しおどけた声で言った。
「中佐」
 生真面目なプロコフィエフはそれを嗜めようとする。
「いや、いい」
 モンサルヴァートはそれを制止する。
「気品があるが何か険があるなと思ってな」
「確かに。見たところ生い立ちもそれ程悪くはないですが」
 生まれはサハラ南方の宗教家の家である。この時代のサハラの宗教はイスラム教がベースであるが昔と比べると多くの宗派が存在している。エウロパにあるバチカンですらかなり変貌し古代ギリシアや北欧の神々を取り入れていることを考えるとそれも当然であるがその中には聖職者を設けているものもある。かってはシーア派にも存在していたがその宗派はスンニーの流れを汲んでいるようだ。それで聖職者が存在するというのも驚くべき変化であった。
「だが待て。この宗派は確か聖職者の妻帯を許していなかった筈だ。しかも彼の父は大司教だぞ」
「あ・・・・・・」
 一同はモンサルヴァートの言葉にハッとした。
「ということは・・・・・・」
「そうだな。私生児ということになる」
 そこでモンサルヴァートは別の資料を出した。
「成程な」
 それを見てまずモンサルヴァートが頷いた。
「聖職者の腐敗というのは大なり小なり何時でも何処でもあるらしい」
 彼の父は神学校を卒業後司教になったがそれは自らの栄達の為であった。そして彼は権謀術数の限りを尽くして出世し大司教にまでなったのだ。
 その間彼は贅を楽しんだ。美食と荒淫を好み多くの愛人を持った。
 その愛人の一人との間に生まれたのがメフメット=シャイターンであった。彼は形式上は大司教の弟ということになってはいる。
「そうした弟がこの大司教には何人もいるな」
 彼は長男ということもあり軍人になった。だが士官学校に入るのではなく傭兵となった。
「あの若さで傭兵隊長となったのは父の後ろ楯があったからでしょうか」
「そのようだな。裏で多くの金が動いたようだ」
 モンサルヴァートは資料を読みながらプロコフィエフに対して答えた。
「だがそれからは全て自分の力だからな。傭兵の世界はそうだと聞いている」
 その通りであった。正規軍と傭兵は違う。全ては金と隊長の力による。
「見たところその力もあるようだな」
 彼はそれなりに戦いを積んできているが敗北はまだない。それどころかその兵力は次第に増えていっている。
「父親の資金力も関係しているようですけれどね」
「確かにな。後ろ楯に宗教があると何かとやりやすい」
 それは昔から変わらない。
「だがそれを上手く活かすのはやはり実力だ」
 モンサルヴァートは言った。
「兵士は金で集められる。だがそれを繋ぎとめるには能力が必要だ」
「そして彼にはその能力があると」
「そういうことになる」
「事実参加した全ての戦いにおいて武勲を挙げていますね」
 サハラ南方も戦乱に明け暮れている。その中で彼は戦うごとに功績をあげている。
「それに謀略も得意なようだな」
 モンサルヴァートはふと目を停めた。
「他の傭兵隊長の部隊を乗っ取ることが多いが。その際に暗殺や買収を上手く使っている」
 それも傭兵の世界ではよくあることだった。権謀術数に長けていなくては傭兵隊長は勤まらないのだ。
「それで以って勢力を拡大していっている。褒められたものではないが」
 モンサルヴァートの整った顔が微かに歪んだ。
「ここには二百万の兵をもって来ていますがまだ多くの兵を持っているようです」
「そのようだな。五百万といったところか」
 彼等はシャイターンの持つ傭兵隊のデータを見ながら言った。
「さて、その二百万だが」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「それでどう戦うのかな。お手並み拝見といこう」
 今聖杯の名を冠した若き名将と砂漠に潜む魔王の対決がはじまろうとしていた。
 
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