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星河の覇皇

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第十一部第四章 軍規その四


「生憎な」
「そうか」
「それでもういいだろ。俺はこれ食ったら仕事なんだ。行かせてもらうぜ」
「おい、ちょっと待ってくれよ」
 同僚はそれを聞いて食べるのを早くさせた。
「何だよ」
「申し継ぎがあるんだ。御前に言っておくことがある」
「?何だ」
「通信士に伝えてくれ。中央の友軍から電報だってな」
「おう、わかった。早くしろよ」
「ああ」
 彼等は朝食を終え仕事に戻った。戦場は常に動いている。その中のほんの一コマであった。

 連合軍は順調にエウロパの星系を占拠していった。そしてホズにじわじわと近付いていた。
 その途中にやはりエウロパの風習について知る機会があった。彼等はそれを聞いてまた驚かされていたのであった。
「本当だったとはな」
 それを聞いた将兵達の最初の感想であった。
「まさか今もそんなことをしているとは」
「あれ、連合では違うのですか?」
 その貴族の領主、子爵は連合軍の将兵達のその様子を見て不思議そうに目をパチクリとさせていた。
「まさか」
 彼等はそれを完全に否定した。
「そんなことは考えもつかないことです」
「そうそう」
 誰もがそれを否定した。子爵にはそれがどうしてもわからなかった。
「変ですね」
「そうでしょうか」
「では宴会の時なんかはどうされているのですか」
「どうと言われても」
 子爵の屋敷に招かれている兵士達は戸惑いながらも答えた。
「お腹いっぱい食べたらそれで終わりですが」
「エウロパではそうではないと聞いてこっちが驚いているのです」
「それは変わっていますね」
「いや、そうでしょうか」
 連合の兵士達はまだわかっていなかった。
「満腹になったらそれで満足でしょう」
「それからですよ」
 子爵はそう言った。
「満腹になればそれで終わりですね」
「はあ」
「だからこそ吐くんですよ。そして胃を空にしてまた食べる」
「それがよくわからないのです」
 将兵達はそこに突っ込みを入れた。
「そこが」
「そうです。吐いて、また食べる。そこまでする必要はないでしょう」
「私もそう思いますね」
 見れば連合の者は皆同じ考えであった。
「満腹になればそれで充分、そうではないのですか」
「まだ料理があれば食べなければならないでしょう」
「それはそうですが」 
 子爵の言葉はある意味正論ではあった。だが連合の将兵達には理解できない部分が多い。
「余ったものは持ち帰るなりすればいいですし」
「なあ」
「持ち帰るのですか!?」
 今度は子爵が驚く番であった。
「そして後で食べるのでしょうか」
「勿論ですよ」
「そうではないのですか」
「まさか」
 子爵はそれを否定した。
「そこで出されたものはそこで食べるのが礼儀でしょう」
「我々は違うのですよ」
 彼等はそれを否定した。
「何時食べてもいい。腐らなければ」
「それよりも吐いてばかりでは辛くないですか」
「慣れますから」
 子爵はにこやかに笑ってそれも否定した。
「慣れればそうでもないです」
「そうなのですか」
「ええ、まあ」
 彼は頷いた。
「ガチョウの羽根を喉の奥に突っ込んでね。それで吐き出すのです」
「奥を刺激するのですね」
「はい。そして吐きます。そしてまた食べて飲む。それがエウロパのやり方です」
「そういうものですか」
「そして最後まで食べる。それが我々のやり方です」
「我々とは全く違いますね」
 何処までも彼等のやり方は違っていた。
「満腹になればそれで終わりではないのがまず驚きです」
「はあ」
「これは貴族だけでしょうか」
「まあそうですね、一応は」
 子爵はそれを認めた。
「やはり」
 それを聞いた連合の将兵の中には頷く者もいた。やはり彼等はエウロパの貴族に対して大なり小なり反感を抱いているのである。
「ただ平民達も食べる時はそうします」
「吐くのですか?」
「ええ、まあ。ただ我々は常にやっておりますが」
「ふむ」
「彼等は宴会の時だけです。普段から吐いたりはしないので慣れておりません」
「そうでしょうな」
 それには大いに頷くものがあった。やはり貴族と平民では富の差が歴然としているからである。
 この子爵の家も立派な屋敷であった。豪奢な門をくぐると左右対称の緑の庭があり、青と白を基調とした四階建ての屋敷がある。それはまるで城のようであった。
「ただ、吐くのはエウロパの風習の一つですね」
「そうなりますね」
 子爵はそれを認めた。
「貴族、平民関係なく」
「はい」
「これはエウロパに昔からあるものでしょうか」
「ローマ帝国の時代からだそうです」
「ローマ帝国」
 連合の将兵達はそれを聞いて少し目をパチクリとさせた。彼等にとってみればローマとは遠い歴史の話である。今一つピンとこないものがあった。
「そんな昔からですか」
「彼等は寝そべって食事を採り、そして満腹になれば吐いてまた食べていたそうです」
「何と」
 堕落していたのか、と思ったがそれは口には出さなかった。彼等連合の者にとってそこまでするのは堕落としか思えなかったのである。ローマが滅びたのも道理だ、とも思った。
「そしてバロック、ロココ期の貴族達です」
「フランスのルイ十四世の頃でしょうか」
「そうですね。大体フランスの食事はヴァロアの頃から変わりだしまして」
 どうやらこの子爵はかなり食の歴史に詳しいようである。
 フランス料理はかって世界に名を知られ、今もエウロパの料理の重要なルーツの一つとなっているがそうなったのは案外新しい。ルネサンスまでフランスは欧州においては田舎に過ぎず、そうした分野での先進地域はイタリア半島であった。彼等は長い間手掴みで食事を採っていた。もっともこれに関していえばそれ以後も同じで太陽王ルイ十四世にしても手で食べることが多かったし、ナポレオンもまた手掴みで食べていた。ナポレオンの食事のマナーはかなり悪く上流階級の者は眉を顰めたという。
 そんなフランスの食事が変わったのはフィレンツェのメディチ家から妻を迎えてからであった。カトリーヌ=ド=メディチ。サン=バルテルミーの虐殺を引き起こしてしまったことと謀略により有名であり、悪名高い彼女がフランスの料理の発展に大きく寄与したのである。
 彼女は妻としては不遇であった。夫であるアンリ二世は既に愛人がいた。それも二十も年上の愛人をだる。その愛人の名はディアヌ=ド=ポワティエ。月の女神ダイアナとさえ讃えられた絶世の美女であり、彼は幼い頃にディアヌと会ってからただ彼女だけを想っていたのである。
 
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