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星河の覇皇

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第十一部第四章 軍規その一


                             軍規
 連合とエウロパの戦いは続いていた。ホズ星系に逃げ込んだエウロパ軍であったが連合軍はとりあえずはそれを追わずにアルテミスからホズへと至る各星系の占領を先に行っていた。
 この辺りはエウロパの人口密集地帯の一つであった。従って占領を執り行う連合軍の行動は慎重を極めていた。
「市民達に対して危害は加えるな」
「軍事以外の産業を破壊するな」
「市民達の生活を保障せよ」
「捕虜の虐待は厳禁とする」
 これ等はこのハンニバル作戦発動と同時にエウロパへ出征する全将兵に伝えられたものである。連合軍の軍規を正し、そして無用な蛮行を避ける為であったが八条はこれを徹底させた。布告すると同時にこれを破った場合の処罰も定められていたのである。
「全財産没収のうえ稜遅刑、若しくはそれに匹敵する厳罰を公開にて執り行う」
 これであった。連合の死刑は酸鼻を極めることで知られているが八条はこれを布告したのであった。無論本気である。これにより連合軍のエウロパでの行動は極めて規律正しいものとなっていたのである。
 だがそれでも不心得者はいる。八条はそうした輩には容赦なく刑罰を与えた。
 今そうした一人の兵士が処罰されていた。エウロパの少女を襲い暴行を加えた兵士である。彼は今全裸にされ公衆の面前に引き出されていた。
「カスム=コイケットだな」
 処刑に立ち会う憲兵隊の将校が彼に名を尋ねてきた。
「ふん」
 だがその全裸の男は答えようとしない。見れば頭は丸刈りにされ身体全体に彼を批判する文字が刻み込まれていた。連合において他者を害するような輩に対しては人権は全く保障されない。死刑も極めて多く、その内容もまた実に多彩で残虐なものとなっているのだ。
「御前は一週間前道で出会った一人の少女に襲い掛かり、彼女に暴行を加えた。間違いはないな」
「それは取調べの時に言っただろうが」
 コイケットはふてくされてそう言った。
「あんたにな」
「質問に答えろ」
 その将校はコイケットの腹を蹴ってそう述べた。
「凶悪犯に人権なぞ一切ない。それが連合の法だということを忘れるな」
「グググ・・・・・・」
 腹を蹴られうずくまり、胃の中のものを吐き出すコイケットの顔をさらに蹴ってそう言う。鞭まで出してきた。
「答えろ」
 そう言いながら鞭を振るう。犯罪者用の電気鞭である。通常の鞭と比べて相手に与えるダメージは比較にならない。これは犯罪者に対してのみ使われる特殊な鞭である。
 連合の犯罪者の取調べはまずはその人物が本当に犯罪を犯したのかどうか徹底的に調べられる。その際副作用のない強力な自白剤も使われる。同時に複数の科学的な方法でアリバイが検証される。犯罪者に人権がなく、その処罰が過酷なものならば冤罪があってはならないからだ。もっともこうした拷問的処刑が加えられるのは殺人や強盗等凶悪犯罪に対してのみである。通常の犯罪に対しては何も行われない。そうした意味で連合の人権は確かなものなのである。
「答えないのか」
 その将校はさらに攻撃を加えた。連合軍の将兵はうずくまるコイケットを冷たい目で嘲笑しているだけである。むしろそれを見るエウロパの市民達の方が蒼ざめていた。
「どうなんだ」
 将校の攻撃は続く。彼は足でコイケットをひっくり返して問うてきた。そして同時に腹を思い切り踏んだ。
「ゲッ」
「答えろ」
「わ、わかったよ」
 コイケットは息も絶え絶えになって答えた。既に全身傷だらけでありそれはかなり深かった。何本か歯が折れた口で答えた。
「答える。だから止めてくれ」
「御前が答えるまで止めるつもりはない」
 将校はこう言って今度は脇腹を蹴った。
「早く答えろ」
「わかった、答える」
 彼は答えた。そして自らの罪を認めた。
「自分の罪を認めるな」
「あ、ああ」
 執拗な攻撃に耐えられず答えた。
「俺がやったよ。あの女の子を手篭めにしたよ」
「本当だな」
「自白剤とアリバイの通りだ。俺がやった」
「そうか、わかった」
 将校はそれを聞いて頷いた。そして後ろに控える兵士達に顔を向けた。
「おい」
「はい」
 彼等は頷いた。そしてその中の何人かが後ろに下がった。暫くして檻に入れられた巨大な獣が姿を現わした。
「ヒッ」
 それを見て市民達の何人かが声をあげた。それは恐竜であったのだ。背丈にして三メートルはある。肉食の恐竜にしてはそれ程大きくはない。まだ若いものであろうか。だがその目は飢えで爛々と輝き、牙には涎が滴っていた。そして爪は禍々しい光をたたえていた。
「まさか・・・・・・」
 その恐竜を見たエウロパの市民達の顔に恐怖の色が浮かんだ。コイケットは観念したのか俯いていた。そこで将校がまた指示を下した。
「この愚か者をその檻の中に入れろ」
「わかりました」
 それに従いコイケットが檻の前に連れられる。そして扉が開かれるとその中に蹴り込まれた。
「死んで来い」
 彼に贈られた最後の贈り物であった。こうして彼は餓えた恐竜の前に差し出されたのであった。
 その後の光景を見てエウロパの多くの市民は気を失ったり、嘔吐したりした。まず手足を引き裂かれ、腹を切られる。生きたまま内臓を貪り食われ首を食い千切られる。断末魔の表情を残したその頭から脳を取り出しそれを啜る。コイケットが骨と肉片だけの残骸となり果てるのに然程時間はかからなかった。この時の為にこの恐竜を餓えさせていたのである。これもまた当然であった。
 この光景は連合全土、そしてエウロパの占領地で放送された。卑劣な犯罪者に相応しい末路を公開したのである。少なくとも連合の価値観ではそうであった。 
 だがエウロパの市民達の考えは違っていた。あまりに酷い、やり過ぎだという意見が相次いだ。だが連合の者はそれが不思議でならなかった。
「悪人を処刑して何が悪い」
 それが彼等の言い分であった。
「罪を犯せばそれに相応しい処罰がある。それを受けるだけだ」
「それが嫌なら最初から罪を犯すな」
 彼等はそう主張する。だがエウロパの者でそれを納得する者はそうはいなかった。
「残酷だ」
「人としての行いではない」
 それがエウロパの主張であった。だがこれは連合の者達にとっては不思議でならなかった。彼等にとってみればごく当然のことであるからだ。
 ここに連合とエウロパの価値観の差があった。これは八条のところにも届いていた。
「これは予想されたことですが」
 八条はそれを聞いてまずこう述べた。
「だからといって止めることはありませんね」
「ですな」
 その時彼は中央政府法務省にいた。そして法務相であるロト=フナフチと話をしていた。彼は四十代後半の厳しい顔付きの男でありツバル出身である。かっては母国で裁判官をしていた。ツバルから中央政府議会に入り、今は政府の法務相となっている。堅実で厳格な人物として知られている。
「これは連合の法です」
「はい」
「自軍においては連合の法が適用される。言うまでもないことです」
「我々の処刑もまた当然のことですね」
「勿論です」
 フナフチは自信に満ちた声でそう答えた。

 
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