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星河の覇皇

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第十一部第二章 バランサーその一


                            バランサー
 エウロパとの戦いが続いている連合であるが彼等の中でも戦いがあった。だがそれは武器を使っての戦いではなかった。この戦いは他のものを使った戦いであった。
 連合の経済関係の閣僚達が一同に会していた。そしてあることについて話し会っていた。それは連合内の貿易についてであった。
 連合において貿易、そして経済は極めて重要な分野であった。これはどの勢力においても変わらないが連合においてはそれが特に顕著であった。彼等は銃で戦争はしないがコインや札束で戦争をしているのであった。連合の中にあってもこうした意味で戦争が行われているのである。
 今回は輸出品目ごとの貿易赤字についての議論であった。主役はある程度予想されたことであるがやはり日米中露、トルコ、ブラジル、オーストラリア、そしてASEAN諸国であった。彼等が一人たりとして出ない連合の国際会議などというものはなかった。しかもオーストラリアには必ず兄弟国としてニュージーランドも参加する。日本には韓国がいつもついていた。これはニュージーランドとは違った意味であったが。そしてもう一つの国も。
 それはイスラエルであった。この国は連合においては極めて特殊な位置にいる国であった。
 バランサーとでも言うべきであろうか。この国は連合においては然程国力が高いわけではない。それは人口が少ないせいであった。
 それには理由があった。イスラエルはユダヤ人の国である。彼等はユダヤ教を信じる者達のことである。それ以外はユダヤ人ではない。だからこそ人口が少ないのであった。
 だが彼等はそれでも連合において隠然たる勢力を有していた。それは何故か。彼等が連合の政界や財界において有力者を代々出していることと各国にユダヤ系の者達がいたからである。彼等は数こそ少ないが知識人や資産家も多く、そして選挙における票も資金援助も集中豪雨的なものであった。だからこそ彼等は力を持っていたのである。力は暴力だけではないということである。もっとも彼等はそうした世界にも通じているのであるが。
 この会議においては日米中露それぞれが複雑に衝突していた。この四国の関係はモザイクであり時として協力し合うこともあればいがみ合うことも多い。アメリカと中国が日本に対抗すればロシアが日本につく場合もある。中国とロシアが日本とアメリカに挑戦することもあればアメリカとロシアに対して日本と中国が手を結ぶこともあった。四国が協同して何かをする場合もある。大国の思惑であるが彼等は彼等の国益を追及しているが故の行動であった。
 彼等を中心にASEAN諸国が動く。だが彼等は実際には第五の勢力であり彼等もまた利害の中心にいた。そこに中南米諸国やアフリカ諸国、オセアニアの諸国が参加するのである。新興国家達もである。そんな彼等の利害を調整するのがイスラエルであった。
『イスラエルが動く時に連合は動く』
 古来より言われてきたことである。イスラエルはそこまで怖れられていたのだ。そして今も。今は四国が互いにいがみ合う状況となっていた。
 この会議はパプワニューギニアのバニモ星系において行われていた。俗にバニモ会談と呼ばれていた。
「我々としましてはおおいに不満がありますな」
 まずは中国の通商相である李白梅が口火を切った。花の名が名前にあるが彼は男である。筋骨隆々の大男であった。かってはボディビルダーとしても知られていた。
「アメリカに対しては鉄鋼において大幅な赤字です」
「何を仰るのか」
 それを聞いたポール=バトルがシニカルな笑みを浮かべた。彼はアメリカ商務相である。ヒスパニックとウェールズ系のハーフである。
「我が国は中国との貿易では衣料においてかなりの赤字ですが」
「鉄鋼と衣料は別です」
 李はそう返した。
「それに赤字の総額はこちらの方が多い」
「それは数字のトリックですな」
 バトルはそう反論した。
「トリック?」
「そうです。計算の仕方によってある程度は変わりますね、そうしたことは」
「むっ」
「新聞によってデータも違う。李通商相、貴方は御自身に都合のいいデータを述べられているのではないですかな」
「それはそちらも同じでしょう」
「ほう」
 バトルはそれを聞いてその目を細めてきた。
「では私は何のデータをもとにしているのですかな」
「ウォール=ピープルでしょう。貴方はこの前あの雑誌に寄稿されいましたね」
「確かに」
 彼はそれを認めた。
「中々好評でした」
「あの論文は私も拝見させてもらいました」
「どうでしたか」
「素晴らしい論文です。感服致しました」
「有り難うございます」
「いえいえ」
 そんなやりとりの中でも彼等の目は笑ってはいなかった。互いの隙を窺っていた。
「ですがあえて言わせて頂きましょう」
 李は当然のように反撃に転じてきた。
「何を」
「そのデータのことです。あの雑誌はあまりにもアメリカにとって都合のよいデータばかりが書かれています。あれではまるで中国はアメリカとの貿易により一方的に得をしているようではないですか」
「違うのですかな」
 バトルはここでとぼけてみせた。
「違います」
 そして李は毅然としてそう返した。
「私は北安新報のデータですが」
「そちらの御国のものですが」
「それが何か」
「それには貴方の記事が昨日載っていましたね。子供に身体を動かすことの大切さを教えることの素晴らしさを説いておられましたが」
「ええ」
 彼はそれを認めた。
「それが何か」
「あれはいい記事でした。全面的に賛成です」
「有り難うございます」
「ですがね」
 やはり二人の目は笑ってはいない。バトルはここで刃を抜いた。
「経済面では信用ができませんね」
「何故ですかな」
 李はそれを聞いてバトルに問うてきた。
「米中の貿易ではアメリカが利益を得ているとありましたね」
「事実だと思いますが」
「とんでもない。我々は貴国にかなり利益を譲っているのですぞ」
「これはまたご冗談を」
「私は冗談は言わない主義でして」
「ではジョークですかな」
「冗談とジョークは違うものでしたか」
「さて」
 そんな応酬が続く中別室では日本とロシアが激しいやりとりを演じていた。あちらが男の対決ならばこちらは女の対決であった。
 
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