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星河の覇皇

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第十部第二章 北の戦いその十一


「撤退戦が上手いな」
 リバーグにもそれは見えていた。彼は素直にそれを認めた。
「だがそう易々と退かせるわけにはいかんな」
「はい」
 戦いであった。撤退する敵を掃討するのはその常道であった。そしてリバーグはそれに従った。
 追撃を仕掛ける。圧倒的な火力で攻撃を仕掛ける。だがここはエウロパ軍の機動力が勝った。
「よし、最後に全てのミサイルを放て!主砲も一斉発射だ!」
「ハッ!」
 ローズの指示が下る。エウロパ軍の艦艇はそれに従い最後の攻撃を仕掛ける。
 それを素早く終わらせると艦首を返して戦場を離脱した。その際機雷を撒くことも忘れてはいなかった。
「ここまで理想通りやってくれるとはな」
 リバーグは機雷を見て思わず苦笑した。
「かえって見事にすら感じる。それでは我々もそれに従おう」
 そう言いながら掃海部隊を派遣した。そして機雷の処理に当たらせた。
 その間に反転してもう一方の敵軍に向かう。見ればそこでの戦闘も終わろうとしていた。戦局は思ったより早く動いていると言ってよかった。
 こちらの部隊は義勇軍を主な戦力にしていた。北方にいるサハラ義勇軍は十個艦隊だがそれを全てこちらに向けたのである。
 正規軍は二十個艦隊であった。リバーグは一方を精鋭部隊で抑えると共に主力でもう一方をまず叩くという作戦を執ったのだ。これもまた戦いの常道であった。彼はあくまで戦いの常道だけを採っていたのである。
 義勇軍の強さは軍を抜いていた。エウロパ軍もそれに太刀打ちすることができず押される一方であった。
「司令」
 その中の一人ウェリントンのもとに参謀の一人が報告にやって来た。
「どうした」
「ローズ閣下より指令です。即座に撤退せよと」
「わかった。致し方あるまい」
 戦局を見れば充分に考えられることであった。彼はそれに従った。
 次第に連合軍の主力部隊が近付いてきていた。これはエウロパ軍にとっては死が近付いてきているということであった。彼等はそれを前にしては決断するしかなかった。
 こちらのエウロパ軍も撤退を開始した。だがただ一隻だけ戦場に残る艦があった。
「あれは!?」
 見ればスポレッタの艦である。彼の同僚でもあるウェリントンは驚いて彼に声をかけた。
「スポレッタ提督、卿も撤退しろ!」
「そういうわけにはいかない」
 だが彼は首を横に振った。
「この戦いの責任は私にある」
「違う」
 ウェリントンはそれを否定した。
「勝敗は戦の常だ。何を言っている」
「私の艦の暴走のせいでこうなってしまった」
 それでも彼はこう答えた。
「こうなっては是非もなし。この命を以って責を負う。他の者は既に退艦させた」
「馬鹿な」
「愚か者にはこうした死こそ相応しい。それではな」
「誰かいるか」
 ウェリントンは左右の者に言葉を振った。
「スポレッタ提督を救出するんだ、早く」
「閣下」 
 だが皆それに首を横に振った。
「もう間に合いません。それに」
「スポレッタ提督もそれを望んではおられないでしょう」
「クッ」
 それは彼にもわかっていた。歯噛みするしかなかった。
「閣下、致し方ありません」
 別の部下もそう言った。
「このままでは我等の兵も」
「わかった」
 ウェリントンは苦い決断を下した。そして彼も戦場を後にした。
「凄い数だな」
 スポレッタは前にいる連合軍の大軍を見て一人そう呟いた。
「これだけの戦力を揃えるとは。連合の国力は素晴らしい」
「確かに」
 ここで誰かの声がした。
「誰だ」
「私です」
 後ろからこの艦の艦長が出て来た。シャルオーネ大佐であった。
「総員退艦を命じた筈だが」
「後は副長に任せましたので」
「ならん。これは命令だ」
「ロイヤル=ネービーのかっての伝統を御存知ですか」
「あれか」
 船に乗る者ならば知らぬ者はいなかった。かって世界にその名を馳せたあのロイヤル=ネービー、すなわち大英帝国海軍では艦が沈む時は艦長はその艦と運命を共にする。この時代において伝説とさえなっている強さを発揮した日本海軍もそれに倣っていた。今では廃れてしまった伝統である。エウロパでもそうであるし連合ではもってのほかの考えである。
 八条は国防長官として将兵に対して命を粗末にすることのないよう厳命していた。戦場において死ぬなとは言えない。だが無駄に死ななくてもいい状況においてはそういったことがあってはならないのである。これには将兵の生命の重視と共に志願制故に彼等の死をできるだけ避けたいという考えもあった。連合はとかく志願制の軍隊故のジレンマに悩まされていた。エウロパにおいても今はこうした考えは殆どない。イギリスにおいてもである。
「古い伝統だな」
「はい。それに今回の失態は艦長である私の責任でもあります」
 エンジンの暴走のことを言っているのである。
「卿だけの責ではないが」
「艦のことは全て艦長の責任ですから」
 その通りであった。だからこそ艦長の責務は重要なのである。
「もう一度言うぞ」
「はい」
「本当によいのだな」
「無論です。だからこそ残りました」
「わかった。ならいい」
 それ以上言うつもりはなかった。それで話は終わった。
 二人は並んで艦橋に立った。誰もいないがらんとした状況であった。
「こうなるとかえって清々しいな」
「ですね」
 シャルオーネはスポレッタの言葉に苦笑した。その前には連合軍の無数の艦がいた。
「一撃だろうな。全てはそれで終わる」
「はい」
 これまでの戦いで連合軍のそれぞれの艦の攻撃力はよくわかっていた。たとえ戦艦といえども一撃であった。
「どうだ」
 スポレッタは懐から煙草を取り出しシャルオーネに薦めた。
 
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