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星河の覇皇

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第十部第二章 北の戦いその七


「それではレンゲの近くで戦うのは止めた方がいいかと」
「私はそう考えます」
「レンゲの市民にも無用な損害が出る怖れがありますし」
 別の参謀がそれに付け加えた。市民の安全も守らなければならないのだ。
「そうだったな。市民のこともある」
「はい。それを考慮しますとやはりレンゲの側での戦いは止めましょう」
「うむ」
 それによりローズはレンゲ近辺での戦いを止めた。そのうえで別の場所を求めた。
「それでは何処に誘い込むか」
「それが重要です」
「閣下」
 ここで若い情報将校が司令室に入って来た。
「どうした」
「二手に別れていた連合軍が集結を開始しております」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。これもまた予想されたことであった。
「そしてその場所は」
 それこそが重要であった。そしてローズはそれについて問うた。
「北西部のアステロイド帯の前方です」
 その参謀はそう述べた。
「北西の!?」
「はい」
「馬鹿な。あそこは」
 只のアステロイド帯ではなかった。そこは複雑な磁気嵐もありかなり厄介な場所であった。本来の航路から外されている程であった。場所は広いがお世辞にも彼等にとって戦いに適しているとは言えない場所であった。
「何故あの場所に」
「ですが我々にとっては好機ですね」
 カーネルキンが述べた。
「我々は戦力においては大きく劣っているのはもう言うまでもありません。ですが彼等があの場所にいるならば」
「地の利を利用して勝つことも可能だな」
「はい。閣下、どうなされますか」
「うむ」
 ローズはその問いに対してまず頷いた。そして答えた。
「行こう。そして雌雄を決する」
「はい」
 カーネルキンだけではなかった。他の者達もそれに頷いた。こうして彼等はそこへ向かうこととなった。すぐに艦隊が行動を開始した。
 その中にはウェリントンもいた。だが彼はそれを聞いた時あまり浮かない顔をした。
「あの場所か」
「何かあるのですか」
 部下の一人が浮かない顔をする彼に対して問うた。
「何かあると思わないか」
 彼はそれに対してこう答えた。
「わざわざ自分達にとって戦いにくい場所に布陣するとは。一体どういうことだ」
「そうでしょうか」
「リバーグ元帥は今までつとに芸のない戦いをしてきたな」
「はい」
 悪く言えばそうなる。実際にリバーグは芸がない、華がないとよく言われる。戦いにそのようなものが必要かどうかは別の問題としてだ。
「それが何故急に。何かあると思わないか」
「そうでしょうか」
 だが彼はそれには懐疑的であった。
「連合軍はこれといって策を弄する必要もないかと思いますが」
「むしろその必要があるのは我々だな」
「私はそう思います」
 部下はそう答えた。
「戦うとなるとかなり厄介なものになると思います」
「正面からぶつかった場合はな」
「それは避けた方がいいでしょうね」
「うむ」
 ウェリントンはここで頷いた。
「さて、どうするか、だな」
「策はおありですか」
「残念だが今のところはな」
 彼は首を横に振った。
「何も思い浮かばない。どうしたものか」
「私に一案があるのですが」
 ここでその部下は言った。ウェリントンはそれに顔を向けた。
「何だ」
「敵を後方から狙うというのはどうでしょうか」
「後ろからか」
「はい。急襲して。それも敵が移動している時にです。連合軍の進行速度は遅いですし」
「確かにな」
 実際に連合軍の進行速度は遅かった。彼等の艦艇は索敵及び攻撃防御においてはエウロパ軍のそれを遥かに上回っていたがその船足は遅かった。高速戦艦や巡洋艦にしろエウロパ軍のそれと比べるとかなり遅いものであった。彼はそれについて言及したのだ。
「そこを衝くのです。如何でしょうか」
「いいな。だが一つ問題がある」
「何でしょうか」
「連合軍の索敵能力だ」
 ウェリントンが心配していたのはそれであった。
「彼等の偵察艇は優秀だ。それにその数も多い」
「はい」
「そのうえ個々の艦艇の索敵能力もな。そして電子能力も彼等の方が上だ。それをどうする」
「こちらも徹底して隠密行動に徹するしかないでしょう」
 彼はそう答えた。
「見つかれば全てが終わりですから」
「まさに賭けだな」
 ウェリントンはそれを聞いて言った。
「乾坤一擲だ。だがそうするしかない」
「はい。我等が劣勢にあるのは事実です。それを考えますと」
 彼はそれでも言った。
「私には他には思い浮かびませんが。如何でしょうか」
「ううむ」
 ウェリントンは腕を組み考えた。そして暫くして言った。
「わかった。一度ローズ司令に具申してみる。それでいいな」
「有り難うございます」
「勝利を収めるには時として賭けも必要だ」
 本来ならばあってはならないことである。だが今のエウロパ軍にはそんな悠長なことを言っていられる余裕はなかったのである。致し方のないことであった。
「ところでだ」
 ウェリントンはさらに問うた。
「何でしょうか」
「卿の官職氏名を知りたいのだが」
「私のですか」
「そうだ。つい最近私の下に赴任してきたな」
「はい。それまではオリンポスにおりました」
 彼は答えた。
「参謀本部におりまして。そこからこちらに赴任しました」
「参謀本部からだったか」
「はい」
 彼はまた答えた。
「道理で。センスがあると思った」
「有り難うございます」
「それであらためて聞きたいのだが。いいか」
「はい」
 彼は一呼吸置いて答えた。
「ミヒャエル=フォン=カイザーリングです。階級は大佐です」
「カイザーリング大佐か。よし、覚えたぞ」
「有り難うございます」
「今回の戦い、卿の作戦が通るといいな」
「そして勝利を収めることができれば」
「うむ」
 こうしてウェリントンはカイザーリングの提案をローズに上奏した。
「卿の部下の策か」
「はい」
 ローズの旗艦フッドの司令室にて彼等は向かい合っていた。そして話をしていた。
「カイザーリング大佐のものです」
「カイザーリング大佐」
 ローズはその名を呟いた。
「はじめて聞くな。どうやら貴族のようだが」
「デンマーク出身だそうです。子爵だとか」
「ふむ。そしてそのカイザーリング子爵の策だが」
「はい」
「悪くはない。むしろこれでやってみたいな」
「それでは」
「待て」
 だがローズはここでウェリントンを嗜めた。
「まだ決定したわけではない。私の一存では決められない」
「はい」
「艦長や参謀達と話し合おう。全てを決めるのはそれからだ」
「わかりました。それではお願いします」
 ウェリントンはあらためて頷いた。
 こうしてカイザーリングの策は作戦会議にかけられた。ローズはまずはカーネルキンに問うた。
「どう思うか」
「そうですね」
 問われた彼女は少し考えた後で答えた。
 
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