星河の覇皇
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第九部第五章 戦いの意義その十三
「あの巨大戦艦一隻で一個艦隊に匹敵する戦力もあるとも聞いている」
「はい」
ジャースクは答えた。確かにそれだけの戦力があの巨大戦艦にはあった。一個艦隊が退けられたこともあった。それ程までにあの巨大戦艦の戦闘力は大きなものであるのだ。
「そして精神的な影響は一個艦隊の比ではありません」
「そう、それこそが問題でして」
マトクも述べた。
「あの巨大戦艦が姿を現わしただけで戦意を喪失するような者まで出ております。おそらくそれも考えてあれを開発したのでしょうが」
「だとすれば連合軍もさるものだな」
モンサルヴァートはそう呟いた。
「最初情報部からの報告を聞いた時にはまさかと思ったが」
「こうした心理的な効果も狙ったものだったとは。ですがそれを何とかしませんと」
「我等に勝利はない」
一言そう言った。そして唇を固く引き締めさせた。
そうした話をしているうちに八条が乗艦するテスカトリポカのいる陣の最深部に辿り着いた。そこにも連合軍の艦艇が集結していた。
「やはりな」
モンサルヴァートはその艦艇を見て呟いた。
「ここに巨大戦艦を集結させている」
「はい」
見ればここにティアマト級が特に多かった。そしてその中央に一隻あった。それがテスカトリポカであるのは言うまでもないことだった。
「確かアステカの戦いの神だったな」
「え!?」
皆モンサルヴァートのその言葉を聞いて声をあげた。
「いや八条長官の乗る艦の名のもとになっている神のことだ」
モンサルヴァートは諸将が何のことかわからないのを見てそう説明した。
「ああ、それのことですか」
皆それを聞いて納得する。だが中にはまだよくわかっていない者もいた。
「あの」
その中の一人ニルソンがモンサルヴァートに問うてきた。
「神ですか」
「そうだ」
モンサルヴァートはそれに答えた。
「アステカというのはかって中南米にあった文明の一つだ」
「それは知っていますが」
「その文明にも神話があり神々がいた。テスカトリポカはその神の一人だ」
そう説明した。
アステカ文明は中南米に発展した文明の一つである。マヤ文明と時として並び称されかなり高度な文明であった。その特徴としては高度な数学や天文への知識であった。残念なことにスペインの侵略でそれはかなり破壊されてしまったが今ではそれでもかなりのことがわかっている。破壊されても残るべきものは残り、何時の日か人々の前に姿を現わすのである。
テスカトリポカはその中の神の一人である。時として魔神と呼ばれる。戦いの神であると共に恵みを台風に飼え人々に与える。生け贄を好む等残虐な一面もあるが七面鳥の変装を好み全ての階層に対して親しかった。主に戦士階級に信仰されていた神であるが他の階級にも信仰されていた。アステカの神々の中ではとりわけ有名な神であり今の連合においては戦いと台風の神として信仰されている。
「そして今連合では戦いと台風の神とされている。アステカの神々の中でな」
モンサルヴァートもそれについて言及した。
「そうなのですか」
「うむ」
そして頷いた。
「連合では信仰されている神も多い」
そしてまた言った。
「アステカだけでなくエジプトやケルト、スラブのかっての神々も信仰されている。当然日本や中国の神々もその中にはある」
「多いですね」
「それだけ多様な文化を持っているからな。ゾロアスター教も信仰されているしな」
「あ、それは知っております」
ニルソンが声をあげた。
「ツァラトゥストラですね。ニーチェの本に出ていた」
「そう。音楽にもなっていたな」
「はい」
ニルソンは頷いた。楽劇『薔薇の騎士』で知られるリヒャルト=シュトラウスが作曲したものである。彼は楽劇で有名であるがこうした曲も残しているのである。
「誰かが死ななくても常に何かが死んでいく、か」
ここでモンサルヴァートはふとそう呟いた。
「?それはどういう意味ですか」
また周りの者がそれに問うた。
「ああ。これは何時か指揮者の一人が言ったことだ」
彼はそう説明をした。
「エーリッヒ=クナッパーツというのだが」
「ああ、彼ですね」
ニルソンはすぐにそれが誰かわかった。
「彼の指揮は実にいいですね」
「知っているのか」
「はい。ただ滅多に指揮棒を持たないのが欠点ですが」
「そうだな。おかげで私も直接聴いたのは数える程しかない。後はテレビかDVDだ」
「私もそれは同じです」
ニルソンもそうであった。
「あれだけの才能を持ちながらあれでは。残念なことです」
「そうだな。だが音楽家というものはえてしてそうした独特の考えを持つ者が多い。これは音楽家に限ったことではないのかも知れないが」
「そうかも知れませんね」
それには皆同意した。
「だからああしたものが生み出せるのかも知れない。だがそれも命があればこそ、だ」
そしてそこで顔を引き締めさせた。
「また彼の指揮する曲が聴きたい。ならば」
そう言いながら前を見据える。
「行こう。そして話をしなければならない」
「はい」
皆頷いた。そして目の前にある巨大戦艦に向かった。戦いの魔神は周りに無数の艦艇を従えてそこにいた。その姿はまさに魔神そのものであった。
リェンツィはテスカトリポカの横に接舷した。そして艦内に入った。
「ようこそ」
そこに一人の妙齢の女性の士官が姿を現わした。
「連合軍のサロメ=クレンペラー中尉です。案内役を仰せつかっております」
「うむ」
モンサルヴァートはそれに対し鷹揚に頷いた。皆礼装になっている。モンサルヴァートも新しいマントに身を包んでいた。
「それでは案内してもらいたい」
「わかりました」
クレンペラーはそれを受けて連合の敬礼をした。
モンサルヴァートも返礼する。それはエウロパ式の敬礼であった。
そして中を進む。艦内は白く塗装されていた。
一向はその白い艦内を進む。モンサルヴァートは進みながらあることに気付いた。
(やはりな)
それは彼にとって当然のことであった。
(重要な場所は通らないな。道も考えているらしい)
これは当然であった。重要な部分は敵に対しては見せるわけにはいかないからだ。所謂軍事機密というものである。
廊下には連合の将兵が整列していた。やはり彼等も礼装になっていた。皆軍服に身を包んでいる。黒い軍服が立ち並んでいる。その中には金も混じっていた。それが将校であるのは彼も知っていた。
モンサルヴァートはその中を進んでいく。かなり長い道であった。
それも当然だと思った。これだけの巨艦である。元々軍艦というものは外見からは想像もつかない程その内部は複雑で広いのである。ならばこの艦も外見以上に内部が広いのは当然であった。
どれだけ歩いただろうか。いい加減足に疲れを感じた時に前を進むクレンペラーが立ち止まった。その前には一つの扉があった。
「お待たせしました」
そして振り向いてモンサルヴァート達に対してそう述べた。見れば宴会室銀河語で書かれている。長い従軍の間に将兵の心を慰める為に宴が設けられることもある。その為の部屋である。
「こちらです」
どうやらこの扉の向こうに八条がいるらしい。モンサルヴァートはそれを受けて一度息を飲んでから答えた。
「ここか」
「はい」
クレンペラーは頷いた。
「ではどうぞ」
そして扉を開ける。そこに彼がいる筈だった。
扉はクレンペラーの手によって開かれた。するとモンサルヴァートの目の前にまず赤い世界が入ってきた。
それは赤絨毯であった。その周りには多くの者が並んでいた。皆連合の軍服に身を包んでいる。
「ようこそ、テスカトリポカへ」
男の声がした。澄んで高い声だ。それに目を向けると広く豪奢な部屋の奥に一人の若者が立っていた。
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