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星河の覇皇

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第九部第五章 戦いの意義その七


「八条義統だ。彼の他に誰がいる」
「今こちらに向かっている連合の国防長官ですね」
「うむ」
 彼はまた頷いた。
「どうやら軍律にはかなり厳しい考えのようだな」
「それ以外は至ってのどかな状況だと聞いておりますが、連合軍は」
「守ることさえ守っていればいい、か」
「そう言うと案外寛容ですね」
「連合だからか。やはり我々とはかなり違うようだな」
「ええ」
 エウロパ軍も軍律は厳しい。サハラにおいても一般市民に対して危害を加えたり略奪等は厳しく禁じられていた。これは武人、いや騎士としての誇り故であった。
 だが連合のそれは彼等とは考え方の根本が異なるのである。
「連合のそれは職業倫理だと思われます」
「つまり基本としては軍人としての考えではないのか」
「ですが彼等は軍人です。ただそもそも軍人に対する考え方が我々とは異なるのです」
「何でも彼等にとって軍人は職業の一つに過ぎないそうだな」
「はい」
 ベルガンサは答えた。
「それが彼等と我々の大きな差です」
「わからないな、そう言われると」
 モンサルヴァートは首を傾げさせた。
「軍人とは我等にとっては義務の一つでもある」
「はい」
 所謂高貴なる者の義務だ。
「だが彼等はそもそも貴族というものが存在しないな」
「彼等にとって我々は特権に胡坐をかく卑しい連中ですから」
「好きなことを言ってくれる」
 それに対してモンサルヴァートの返答は一言それだけであった。
「我々の考えはどうやら彼等には理解できないもののようだな」
「所詮は連合です」
 ベルガンサはシニカルにそう答えた。
「彼等は貴族ではありませから。当然エウロパを知ってはおりません」
「そうだ」
 そこにモンサルヴァートの答えがあった。
「彼等は結局我がエウロパのことは何一つ知らないだろう」
「はい」
「その彼等が何を言っても。やはり容易に信じられるものではない」
「それでは今回の停戦も」
「深く信用してはいない」
 モンサルヴァートはそう答えた。
「少なくとも私はな」
「そうですか」
「大体軍人というものが職業の一つに過ぎないという考えがわからない。我等は騎士だ」
「はい」
「エウロパを、そしてエウロパの力のない者達を守る、な。そうではないのか」
「いえ」
 ベルガンサはそれに対して首を横に振った。
「私もそう考えております」
「そうだな。それが我々の考えだ」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「だが価値観は一つではない」
 それが理解出来ない程彼は愚かでもなかった。
「彼等には彼等の価値観がある」
「はい」
「それに従えば彼等も正しいのだ」
「そういうことになりますか」
「うむ。ただ理解できるかできないかは別だ」
 それはまた別の問題であった。
「私には彼等のそうした価値観が理解できない」
「戦場に赴くというのが職業の一つに過ぎないということがですか」
「彼等は傭兵ではないのだろう」
「はい」
「我々と同じ国の兵士だ。それは同じだ」
 連合軍とエウロパ軍はそうした意味においては同じであった。
「だが根本が違う」
「騎士とは違うと」
「あくまで我々は騎士だ。タンホイザー元帥の言葉を借りるようだがな」
 タンホイザーも元帥に昇進していた。彼もまた貴族であるので昇進は早いのであった。無論そこには彼の天才的な戦術の才が第一であるのは言うまでもないが。
「彼等は軍人ということか」
「そういうことになるでしょうね」
「我々の考える軍人とは違う意味で」
「はい」
「やはり理解できない部分が多い」
 異なる世界のものに対して人間はえてしてそうである。これはモンサルヴァートも同じであった。
「如何ともし難いことだがな」
「残念なことですが」
「だが彼等が約束を守るのならばそれでよい。今はな」
「ですね」
 ベルガンサはその言葉に頷いた。
「彼等にも彼等の誇りがある」
 そう言って前にいる連合軍の大艦隊を見据えた。
「それは見てみたいものだ」
 モンサルヴァートはそうした意味においても騎士であった。彼は相手を軽く扱うつもりはなかった。
「敵の国防長官、一体どのような者か」
「会うのが楽しみではありますね」
「うむ」 
 彼等は戦場を見据えながら話を続けた。そして来るべき男のことを考えるのであった。

 連合軍は占領地においては極めて規律正しく真面目であった。一般市民への暴行等は厳しく禁じられていたのでそれは当然であったがそれを考慮しても彼等の行動は賞賛に値するものであったと言えよう。
「連合の軍隊だからどんなとんでもない連中かと思ったが」
 エウロパのジャーナリストの一人が取材において驚きの声をあげた。彼の会社のあった星系は占領されており連合軍の取材をせざるをえない状況であったのだ。
「こんな規律正しい軍隊はエウロパ軍の他にはない。いや、彼等以上か」
 そう評価した。母国の軍隊よりも規律が上だとまで言ったのであった。そこまで連合軍の規律は正しいものであった。
 掠奪や暴行はないと言っても等しかった。あることにはあったがそこには法が行き届き見逃されることはなかった。彼等は占領地においてあくまで戦場の紳士であり続けたのであった。
 占領された地域の国の首脳や王室には危害は一切加えられなかった。これまで通りの政務を認められた。ただ軍事施設は接収されていたがこうしたことも手続きを踏まえて行われていた。
 財産や安全も保障されていた。貴族の邸宅に土足で上がりこんだりすることはなく美術館や博物館から絵画や彫刻品、宝石といったものが持ち去られることもなかった。これには博物館員達が胸を撫で下ろした。彼等は占領されたならば全て持ち去られると思っていたからである。
 また連合軍は一般市民に対して親切に接するようにしていた。これは八条の直々の指示で行われていた。これは彼の考えによるものであった。こうして連合軍のエウロパにおいける評価はさらに高まった。敵の軍隊であるという現実は確かにあったがそれでも彼等の評価は高いものであった。
 だがそうしたこととは別の面で色々な問題が起こっていた。
「まずい」
 連合の兵士達はドイツのレストランに入って注文したメニューを食べて一言そう言った。
「味が薄い」
「いや、ない」
 それが彼等の評価であった。彼等にとってエウロパの料理はあまりに味が薄く感じられるものであったのだ。これはドイツ以外の国においても同じであった。
 連合の料理は味付けが濃い場合が多い。そして香辛料も多く使う。唐辛子や胡椒、そして多くの香草を使う。調味料もだ。その種類もまたエウロパのそれとは比較にならない程多い。そうした意味で連合の兵士達はエウロパの料理を味気ないものと感じたのであった。
「しかも量が少ない」
 そうした言葉もあった。連合においてはレストランでも家庭でも料理の量が多い。エウロパのそれと比べると倍程も違っていたのである。
 それは庶民の使うレストランだけで言えることではなかった。貴族達の店においてもそうであった。
「こんなのじゃ食べたうちには入らない」
 エウロパの料理は彼等にとっては甚だ不評であった。味も量も彼等を満足させることはできなかった。そして彼等はエウロパにおいて驚いたことがまだあった。
 貴族と庶民では食べるものが全く違うのである。連合においては金さえ出せば誰でも同じものが食べられるからこれは彼等にとっては考えられないことであった。
 庶民がザワークラフトやソーセージ、オムレツ、ポトフ等を食べる。それに対して貴族達は聞いたこともないような料理を食べる。基本的に貴族は庶民の、庶民は貴族のものを口にはしない。幾ら金があってもそうであった。
「何故貴方達は貴族の食事を食べないのですか?」
「お金はあるのでしょう?」
 連合の兵士達はエウロパの市民にそう尋ねた。尋ねられたのは一人の老人であった。
「連合では違うのですかな?」
「ええ」
「お金さえ払えば誰が何を食べようと構わない。まあ国によって食べ物はかなり違ったりしますが」
「連合ではそうなのですか」
 その老人はそれを聞いて逆にそう呟いた。
「貴方達にとってはそれが当然のことでしょう」
「勿論」
「誰が何を食べようと構わないのではないですか?食べても罰せられるわけではありませんし」
 エウロパにおいてもそうした自由はある。誰が何を食べてもよい、悪いということを定める法はエウロパにはないのである。なおサハラでは豚等を食べず、マウリアでは牛を食べないのは宗教的な理由である。エウロパにおいても連合においてのその信条からベジタリアンであったりする場合があるがこれもまた別である。
 
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