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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第二十話 触手


帝国暦 489年 5月 10日   アムリッツア  カルステン・キア



「どうだ、キア。なんか面白い記事出てるか」
「そうですねぇ。日刊オーディンによるとオーディンじゃ憲兵隊、国家安全保障庁、フェザーン、それに海賊屋敷が四つ巴になって情報戦をしてるって書いて有りますよ」

俺が答えると“爺さん”ことヴィルヘルム・カーンが顔を顰めた。
「そんな事は分かってるさ。リスナーからだって人が足りねえ、金が足りねえ、このままじゃ連中に出し抜かれるって悲鳴が上がってるんだ。それより他にはねえのかよ、なんか面白い話が」

「夕刊ヴァルハラにはお嬢様の影響力が強まっているって出てますね、金髪の信頼も厚いとか……。まあ仕事も出来るけどあっちの方でも役に立っているんじゃないかって書いて有ります。夕刊ヴァルハラはその手の話が大好きだから……」

「そりゃ嘘だな。金髪もお嬢様もあっちの方はねんねのお子様だそうだ。親っさんの言う事だから間違いはねえよ。親っさんもそっちの方はからっきしだからな」
爺さんがケケケっと笑った。そんな爺さんをウルマン、ルーデルが呆れて見ている。

しょうもねえ爺さんだよな。もう七十を超えていい歳なのに全然枯れてねえんだから。もっともいい加減に枯れたらどうだなんて言ったら人間枯れたら御終いだって言い返すのは目に見えている。とんでもねえジジイだが、そんな爺さんだからイゼルローン要塞攻略を親っさんから任されたんだろう。

あの作戦を幹部の中でも知っていたのは親っさんとアンシュッツ副頭領と爺さんだけだと聞いている。艦を降りたはずのジジイがイゼルローン要塞攻略の責任者ってウチの組織も結構滅茶苦茶だよな。まあ作戦の実施は若い奴に任せたらしいが。

「爺さん、相変わらず口が悪いなあ。金髪とお嬢様は良いけど親っさんの事は拙いんじゃねえの?」
俺が注意すると爺さんがニヤッと笑った。なんともふてぶてしい笑みだぜ。
「本当の事だろう、キア。俺はな、親っさんにワーグナーの頭領みたいに五人も女こさえろとは言わねえよ。でもなあ、一人ぐらいは居たって良い、そう思わねえか?」
「そりゃまあ、そうだけど……」

「キア、爺さんに同調してどうすんだよ、またアンシュッツ副頭領に殴られるぞ」
「勘弁してくれよ」
ウルマンが笑いながら俺に注意した。そうだよな、気をつけないと。このジジイ、とんでもない根性悪だからな。……待てよ、五人?

「爺さん、ワーグナーの頭領の所はかみさん入れて四人じゃなかったっけ? 五人って間違ってないか、それともまた増えたのかな?」
俺が問いかけると爺さんがまたケケケっと笑った。
「五人だよ、増えたんじゃねえ、隠してあったのがバレたんだ。向こうはえらい騒ぎらしいぜ」

はあ? 皆で顔を見合わせた。ウルマンもルーデルも???な表情をしている。そんな俺達をおかしそうに爺さんが見ている。
「隠してた? 何だそれ?」
「五年前から囲っていた女がかみさんにバレたらしい。相手の女は二十一ってことだ」
「二十一?」

周囲から声が上がった。二十一歳で五年前からって事は囲った時は十六歳かよ。そりゃ若いのが良いって気持ちは分かるけどよ、娘、いや下手すりゃ孫と間違われるぜ。周囲に隠してたってのもそれが理由だろうな、十六歳の娘を囲うなんて聞いたら皆怒るわ……。

十六歳か……、ワーグナーの頭領もやるもんだぜ。それにしてもこのジジイ、一体何処からそんな話を仕入れてくるんだ? 油断も隙もねえジジイだな。呆れて見ていると爺さんがまたケケケっと笑った。
「三歳になる娘が居るらしいな」

彼方此方から溜息が聞こえた。ワーグナーの頭領、オットセイ並みの絶倫ぶりだな。子供は七人じゃなくて八人か……。そんな事を考えていると爺さんが声を潜めて話してきた。嫌な予感がするぜ。
「そんでな、かみさんが酷く焼き餅やいてワーグナーの頭領は家に帰れねえそうだ」

なんてえか、もう溜息しか出ねえな。……アレ? あそこのかみさんは後妻だったよな。前のかみさんが亡くなって愛人の一人が本妻に納まった、そんな風に聞いたぞ、あれ何時だっけ……。
「爺さん、俺の記憶に間違いが無ければ今の奥さんが本妻に納まったのって五年前じゃなかったっけ……」
俺が恐る恐る問いかけると皆がギョッとした表情を浮かべた。
「そうかもしれないなあ」

爺さんはとぼけた表情でニヤニヤしている。笑いごっちゃねえだろう、そりゃ奥さんも怒るわ。自分を後妻に迎えといて十六歳を愛人かよ、面子丸潰れだぜ。また溜息が出た。
「それでワーグナーの頭領は何処に? 他の愛人の所?」
ルーデルが問いかけると爺さんが“うんにゃ”と言って首を横に振った。そしてニヤッと笑う。
「今回ばかりは他の愛人達も怒っちまってなあ……」

爺さんの言葉に皆頷いている。そりゃ怒るよな、普通。
「問題の愛人の所にも流石に行けなくて、今は艦で一人で暮らしているらしいわ」
「……」
「これまではな、一家の人間に間に入ってもらって丸く納めてきたんだが、今回ばかりは皆勘弁してくれと逃げ廻ってるらしい。いやあ、大変な騒ぎだよなあ、これは……」
ルーデルとウルマンを見た。二人とも呆れた様な表情をしている。……こんな話聞いていても仕方ねえな、仕事に戻るか……。

今日の俺達はリューデッツの事務所で仕事だ。親っさんは今応接室で人と会っている。新しく辺境に進出してきた企業の重役らしい。宜しくお願いします、そんなところだろうな。

俺達は今事務所の大部屋で電子新聞の記事を調べている。妙な記事、おかしな記事が無いかを調べているわけだ。俺がオーディン、ウルマンがフェザーン、ルーデルが辺境星域発行の新聞を調べている。俺が名前を上げた日刊オーディン、夕刊ヴァルハラだがはっきり言ってこの二つはゴシップ紙に近い。載せている記事の信憑性など皆無に等しいんだが俺だけではなく後の二人もこの手のゴシップ紙の類を調べている。

理由は一つ、情報の信憑性は落ちるが鮮度は高いからだ。一流紙は必ず裏付けを取る、情報の確度は上がるんだがその分だけ記事に出るのは遅くなる。また一流紙にとっては意味の無い事でも俺達にとっては重大な意味を持つことも有る。ゴシップ紙を無視は出来ねえ。

例えばだが人の生死が良い例だ。商人にとって貴族の生死は重大な意味を持っている。しかしだ、一流紙が××伯爵が死にそうだなんて記事を出すだろうか? そんな事はしない、死んでから記事を出す。だが俺達にはそれでは遅い、死んでからではなく死ぬ前に××伯爵の領地の特産物を押さえる必要が有る。

つまり俺達には××伯爵が死にそうだという情報が要るのだ。だから俺達だけじゃない、フェザーン商人だってこの手のゴシップ紙を無視はしない。今頃俺達と同じように日刊オーディン、夕刊ヴァルハラを見ている奴が居るだろう、何人もだ……。

ウチが貴族の相続争い、反乱においてフェザーン商人を出し抜いて大儲けできたのはゴシップ紙に記事が出る前に特産物を押さえたからだ。親っさんの指示で押さえたんだが、独り占めだった。一度や二度じゃない、親っさんが頭領になってからずっとだ。五年ほど前からはゴシップ紙もウチの動向を注視するようになった。“黒姫は死の使い”なんて言われるようになったのはその頃からだ。

それにしても面白くないな。爺さんの言う通り今日のニュースは碌なのが無いぜ。四つ巴の情報戦が起きている、お嬢様の影響力が強まっている、キュンメル男爵が死にかけている、オスカー・フォン・ロイエンタール提督が女を変えた、そんなところか……。

もっとも寝たきり男爵は年がら年中死にかけているし節操無しが女を変えるのも珍しくもねえ……。でもなあ、節操無しは帝国軍の重鎮の一人だからな。どんな女と付き合ってるかは大事だよな。それにしても落ち着きのねえ野郎だよ、全く。気が多いんだか、好みが難しいのか……。

ドアの開く音がした。廊下で親っさんが誰かと話している。多分客だろう、話が終わって見送るところだな。さて、どうするか……。
「ルーデル、ウルマン、そろそろ親っさんの所に行くか」
俺の言葉に二人が顔を見合わせ頷いた。

それから十分程してから親っさんの所に向かった。緊張するぜ、こいつは俺達にとっては或る意味試験みたいなもんだ。どんなニュースに関心を示したかってな。親っさんだって同じニュースを見てるんだから。

親っさんは自分の部屋で一息入れていたところだった。部屋にはココアの匂いがしている。出直そうかと思ったが親っさんが報告を聞きたがった。親っさんの執務机の前に立ち一人ずつ報告だ、先ずは俺からだ。親っさんが関心を示したのは寝たきり男爵の事だった。

「それでキュンメル男爵がどうしました?」
「また発作を起こしたそうです。そろそろ本当に駄目じゃないかって……。その所為かもしれませんが金髪と会いたがっているとか。最後の望みなんですかね、ちょっと可哀想な気もしますが……」
「……」
あ、親っさん、何か考えてるな。

「親っさん、キュンメル男爵領の物産ですが押さえますか。今なら未だ何処も動いていないと思いますが……」
親っさんが首を横に振った。
「無駄でしょう。あそこはマリーンドルフ伯が管理しています。キュンメル男爵が死んでも混乱は生じない」

そうだった、あそこはお嬢様のところと親戚だったな。ていう事は金髪に会うのも実現するか。……最後くらい望みを叶えてやりたいぜ、ずっと寝たきりなんだからな。親っさんもそれを思ったんだろうな。俺が終わると次はウルマンだった。フェザーンの報告をし始める。

「黒狐が坊主と会っているという記事が出ています」
「坊主……」
「地球教の坊主だそうですが……」
ウルマン、自信なさげだな。まあ確かに妙な話ではある、黒狐と坊主か……。あれ、親っさん、また考えてるな。ウルマンがホッとした様な表情をしている。

「他には有りますか?」
「フェザーンでは中間貿易の旨味が段々無くなっていると言う記事が出ています。大手はともかく中小の輸送会社、個人の交易船は輸送費の割に利益が出ないと。同盟内部か帝国内部での交易に専念した方が利益は出るかもしれないと有りますし業界再編に拍車がかかるだろうともあります」

ウチが価格を下げているからだな。まあその所為で先日の騒ぎも有ったわけだが……。
「おかしいですね」
親っさんが呟いた。おいおい、なんか有るぜ。ウルマン、ルーデルと視線を交わした。二人も緊張している。

「フェザーンの自治領主という仕事は忙しいはずです。まして今はフェザーンにとっては苦難の時と言って良いでしょう。こんな時に地球教の坊主と会う……。気になりますね」
言われてみれば確かにそうだな。

「フェザーンの事務所に注意を呼びかけましょうか」
ウルマンが進言すると親っさんが頷いた。
「そうですね、そうしてもらいますか」
「はい」

ウルマン、嬉しそうだな。自分の見立ては間違っていなかった、そう思ったんだろう。なるほどな、一つ一つは???だが二つを結びつければ確かに変だぜ。この辺り、俺達はまだまだ親っさんには及ばねえ。少しでも追いついて力になりたいもんだ。

ウルマンが終わるとルーデルが辺境について報告を始めた。もっとも辺境はあまり大したことはねえ。直ぐに終わって親っさんの前から引き下がった……。



帝国暦 489年 5月 10日   アムリッツア  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



キア、ウルマン、ルーデルが部屋を出て行くと老人が一人入れ替わりに部屋に入って来た。ヴィルヘルム・カーン、黒姫一家でも最も喰えない老人の一人だ。老人はニヤニヤ笑っている。おいおい笑うなよ、寒気がするじゃないか。
「少しお話が有るんですが宜しいですかな」
「ええ、こちらも相談したいことがあったんです」
爺さんが真面目な顔になった。俺をじっと見ている。嘘じゃないぞ、本当に話したいことはある。

「怖いですなあ、親っさんが話があるとは。またイゼルローンのような事ですか」
「そうじゃありませんよ。ところで話とは」
「……ワーグナーの頭領ですが大変なようですな」
「大変?」
「浮気がばれたそうで」
「……なるほど」
珍しい事じゃない、あそこは一年の四分の一はそれで揉めている。

「そのうち親っさんに仲裁に入ってくれ、そんな話が来るかもしれません」
「馬鹿な事を」
「そうですなあ、親っさんに夫婦喧嘩の仲裁とか論外ですな」
そう言うとカーンがケケケッと笑った。

俺が黙っているとカーンがニヤッと笑って一つ頷いた。分かっている、ここからが本当の話だ。今までの話は他の奴に何の話をしたかと訊かれた時の言い訳用だ。
「最近、妙な連中が辺境に入り込んでいるようです」
「妙な……。薬の売人ですか」
「いや、ちょっと違うようで……」
なんだ、爺さんが困惑している。

「ルーデルは何も言いませんでしたが……」
「まだ記事には出ていませんなあ、私の方に引っかかった、そう言う事です」
「なるほど」
「はい」

ウチの防諜に引っかかった、そういう事か。黒姫一家には防諜、監察を任務とする組織が有る。もっともその組織の存在は殆どの人間が知らない。知っているのは俺、アンシュッツ、そして目の前にいる組織の責任者、ヴィルヘルム・カーン……。以前、ウチの腐ったリンゴと流れ者の繋がりを警告してきたのもこの男だ。

「どういう連中です」
俺の問いかけにカーンはちょっと首を傾げた。
「随分と横柄な連中だそうですよ、もっとも余り裕福とも思えないとか……。昔は羽振りが良かったのかもしれませんな」
「……」
「そうそう、ちょっと周囲を憚るようなところもあるようです」
「なるほど……」

「少し探ってみようかと思いますが?」
「そうですね、お願いできますか。多分裏に誰かが居ると思うのですが……」
「そうですな、私もちょっとそれが気になります。フェザーンか、オーディンか……」
「或いは別口か……」

カーンが俺をじっと見ている、一つ頷いた。今度は俺の番だ。
「爺さん、オーディンの海賊屋敷に知られることなく人をキュンメル男爵に張り付けられますか?」
「キュンメル男爵をリスナーに知られることなくですか……」
意外そうな口調だな、爺さん。

「誰にも知られたくないんです」
「なるほど、海賊屋敷を動かせば周囲に知られますからな、だからウチを動かす……。やろうと思えば出来ますが……」
海賊屋敷を監視する人間達、それを動かす……。

「急ぎます、何時からできます?」
「やろうと思えば明日からでも出来ます。しかしキュンメル男爵にそこまでの価値が有りますか?」
気乗りしない口調だな。気持ちは分かる、出来れば動かしたくないよな、周囲にバレるような事はしたくない。
「キュンメル男爵はローエングラム公に会おうとしているようです」
「……それが」

「男爵は動けない、会うとなればローエングラム公がキュンメル男爵邸に行くことになる。男爵はフロイライン・マリーンドルフの従姉弟です」
「……」
「キュンメル男爵を唆す誰かが居るかもしれない」
爺さんがギョッとしたような表情を見せている。

「……親っさん、まさかとは思いますが、親っさんは……」
「まさか、ですよね。しかし……、今ローエングラム公に死なれると痛い。そうは思いませんか?」
「確かに痛いですな。なるほど、親っさんが何を心配しているかが分かりました。さっそく人を張り付けましょう、明日とは言わず今日にでも」
カーンはチラッと俺を見て一礼すると部屋を出て行った。どうやらまた忙しくなりそうだ。




 
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