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或る皇国将校の回想録

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第三十話 国家安全保障談合

 
前書き
この回の登場人物

馬堂豊久 陸軍中佐 主人公、駒州公爵家重臣団の一員である馬堂家の嫡流 

堂賀静成 陸軍准将 軍艦本部情報課次長であり馬堂中佐の嘗ての上司 憲兵出身の情報将校
      

利賀元正 〈皇国〉行政の長である執政 僧侶出身で五将家体制の中では中立派

西原信置 陸軍大佐 西州公爵西原信英の長男 

海良末美 陸軍大佐 東州公爵安東吉光の義弟 抜け目のない政治屋軍官僚
 

 


皇紀五百六十八年五月八日 午後第五刻
皇都 星湾茶寮内 奥の間 
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


 ――あかん。
 全身を強張らせた馬堂豊久の脳裏に極めて短い一文が浮かんだ。
――西原と駒城だったら反宮野木という共通点はあるが、安東は統一した方針は執れていない。安東吉光兵部大臣を代表とする現実主義派は他家に可能な限り出兵を行わせ、東州軍には戦略資源を産出し工業地帯としても復興を成し遂げつつある東州の守りに専念し、龍州防衛の策源地として兵部省から公費の投入を行うべきだと主張していた。
 これは兵部省や東州鎮台に居る安東家の分家、陪臣が中心となって主張している。
――これはまだマシな方だ、東州の工業力を伸ばし、温存できれば東海洋艦隊の増強も望め、敵の消耗が著しくなったら再反攻の際に東州を策源地とすることも不可能ではない。駒州軍を筆頭に内地の軍に消耗を強いることになるし、〈帝国〉相手に龍州の防衛線を長期的に維持できるかという見通しが楽観的に過ぎるが安東家最良の軍政家であり調整家である安東吉光が可能な限り安東家に利する形で国防戦略を練ったと云う事だ。
――だが、もっとマズイのが安東の奥方を中心としたいわゆる海良派だ。
こちらは東州軍を温存する事は同じだが、四将家を中心とした陸軍主力の攻勢によって双方が消耗したところで〈皇国〉の主導権を握ろうと云うものであった。これは、安東家の体力が低下している事を考えたら、けして不自然なものではない。この時点で早期講和を目指しているのだろう。だが常識的に考えたら北領から再び殴りかかられるか事実上の属国になるかのどちらかしか選択肢がない。安東家も漸く立て直した家産が公爵家という名義ごと崩壊するのは間違いない。
 これが厄介なのは安東家の当主である安東光貞が方針を決めかねている事である。元々、駒城保胤と馬が合った人当たりは良く温厚な人格であるのだが、保胤にもその傾向はあるが、保胤以上に優柔不断であり、本人は自身の叔父が打ち出した方針に賛成しているのだが奥方への情と東州復興に関する実績が邪魔をして明確に否と云う事が出来ないことである。

改めて海良末美に視線を送る。
――即ち、現在のところ安東家内でも東州軍の消耗抑制しか方針は一致しておらず、実務派の軍人・官僚達と政局における政争を中心に安東家の立て直しに携わってきた者達の間で方針の対立が起きているのである。この海良大佐は家柄だけではなく、実務を通して確と実績を得た事で執政府内に影響力を築いている秀才だ。兵部大臣とも関係は悪くない。
だが姉である東州公爵夫人に忠実であり、彼女の派閥における実務家として評されている。

――どちらだ?どちらに味方をするつもりだ?無論、どちらも駒州にとって好ましいものではない。だが、落としどころを探るとしたら兵部大臣の方が長期的な視野を持っている分、まだ交渉の余地がある。

「ふむ――これで予定通り全員そろったな」
 〈皇国〉執政の利賀元正はつるりと禿頭を撫でると面白そうに面子を眺める。
「さて、と西原大佐。随分と玄人好みというか、そこの若造を除けば有体に言って前線に縁がない面子を集めたようだが何のつもりかな?」

「有体に申しまして――皆さんの考えている今後の方針を拝聴いたしたいのですよ。
誰もが独自の方針をもって動いている。駒城も守原も、そしてこの座に居る皆も然り」
そう云うと五将家の一角を代表する西原大佐は一人、下座の奥に坐している若い中佐に意味ありげに視線を送る。
「要らぬ面倒が――それも誰にとっても取り返しがつかないものが起きる事もありますのでね」

「成程、成程。それは確かにあってはならぬことだな」
執政は面白そうにのけぞって笑い、そして牽制の言葉を発する
「だがここに居る連中が神妙に手札を見せ合うとでも?」
その言を受けて海良大佐が唇を釣り上げる。
「私は構いませんよ。皆様ご存じでしょうが、安東家全体の方針を語る事は難しいのであくまで個人的な意見程度ですが」
いち早く逃げを打った若手大佐に歴戦の情報将校も嗤い、そして告げる。
「私も個人的な私見は語っても構わんよ。だが軍機やそれに関する情報は駄目だ」

「君はどうだね。中佐?」

「――同じく、私個人の私見ならば。家督も継いでいない上に〈帝国〉軍来寇の際には龍州送りの身ですが」
落ち着きをとりもどした豊久も言葉少なく頷く。
「執政閣下は?」

「俺は駄目だ。忍びとはいえ言質を取らせるつもりはない」
想定していたのだろう、西原大佐もあっさりとそれに頷いた。誰しもが何も確約できないという事を確認しあい、話は進む。
「それで、今後の方針と云っても西原殿は何をお知りになりたいのですか?」
海良大佐は尖った顎を撫でながら先任大佐に尋ねる。
「そうだな、例えば諸君は如何にこの御国を護るべきであると考えているか、とかな」
――つっこむなぁ。この人も。
内心では冷や汗を流しながら気を落ち着けるために豊久は茶を啜る。
「たとえば北領で実際に戦火を交えた馬堂中佐の意見は皆さん、興味を持っているでしょう?」
話しかける相手が格上二人と格下一人になった時点でさりげなく言葉遣いを変えているあたりは如才ないものである。
「あぁ確かに興味はあるな」
執政が笑みを浮かべて頷いた。
「私も前線とは縁がないですからな」
海良大佐も真面目に頷いた。
「いきなり引きずり出されるのを見てるだけで愉しめそうだ」

「最後おかしいのが居た気がしますが解りました。改めて念を押させていただきますが
※あくまでも個人の感想であり、馬堂の意図を保証するものではありません――という事でお願いします」
 再び予防線を張ると馬堂豊久砲兵中佐は軽く瞼を揉み、言葉を発する。
「まず第一に彼我の動員兵力が違いすぎる事は当然の認識としなければなりません。東方辺境領軍だけでも戦時編制に移行すれば160万超、部分動員だけでも我々の兵力を超える事になります。それだけではなく――」
わざとらしく云い難そうに言葉を切る。
「なんだ、早く云いたまえ」
 海良大佐が急かすと、馬堂中佐は頷いて言葉を継いだ。
「天狼会戦とその後の追撃による一方的な攻勢経過を見た〈帝国〉軍首脳部は〈皇国〉を美味しい狩場と受けとった可能性があります。ただでさえ、伸長著しい東方辺境領軍による勝ち戦の独占を軍中枢は喜ばないでしょうし権益の独占を防ごうとする本領の商会も動くでしょう。となるのなら〈帝国〉本領軍から何かしら手を打ち、無理にでも食い込んでくる可能性があります」
 自分達が草刈り場扱いされている、と云われた海良は顔を顰めるが反論することなく苦々しそうに頷く。
「――成程、その可能性は否定できないな」
 
「尤も、それもアスローン・南冥両国の動向次第であろうな。
凱帝国は宰相が内治優先を唱えており〈帝国〉との小競り合いを避けるつもりらしいが、アスローンは大王国が内乱を叩き潰してから二年だ。そろそろアスローンも再建が進み、火種の燻りが目立ち始めている――とはいってもそれに対応しても余力があるのが〈帝国〉の恐ろしいところだがな、もし本格的な戦争へと発展したらどちらに注力するかの判断が難しいところだろう。まぁ後で叩くか今叩くかの違いしかないが」
堂賀准将が顎を掻きながら補足を行い、馬堂中佐はそれに会釈して礼をし、再び口を開いた。
「つまるところ、〈帝国〉全体を敵に回すことになってしまいます。これはただ単に正面兵力の問題ではなく、仲介役としての〈帝国〉本領政府を用いることが極めて困難になる事が挙げられます。東方辺境領軍だけならば〈帝国〉本領政府の仲介で互いに手に負えない泥沼に入った後でも損切りに持ち込むことが不可能ではなかったのですが――」
 西原信置大佐は米酒で満たした杯を傾け、後を引き取る
「双方が手におえない戦況に至っても諌められるものが居なくなるという事か。あぁいや、そのような状況を引き起こす事すら困難であろうがな」

「龍州に防衛線を築くのなら今の内から相当な準備が必要でしょうな。
会戦状況に持ち込んだところで勝ち目はありません。工廠の増設、兵站連絡線の強化、陣地線の構築に導術運用体制を最低でも大隊、可能ならば中隊単位で構築しなくてはなりません」
そう云いながらちらり、と安東の利益代表者を見る
「面倒だな、導術の利用は前線の脳味噌筋肉どもが厭うのでね、まったく、情報は鮮度が肝心と云うのが解ってないのが多すぎる」
 そう云いながら薄く笑みを浮かべている。
――そうなんだよな。なんやかんやで皇都で陰険な事をやっている将家はすでに導術アレルギーから脱却しているものも多い、オッス,オラ極右な守原ですらチャキチャキ使っているのだから金銭・権力が絡めば利便性を重視するのは階級に関わらないって事だ。
 内心、肩を竦めながら馬堂中佐は苦笑して諌める
「面倒と云っても金と違ってすりつぶした人的資源は回復するのに十年以上掛かりますからな。労働力をすりつぶすのは戦争である以上仕方ないですが、国力を衰退させ、恨みだけ買ってまた殴りかかられるなんて事になったら最悪です。人口から考えれば同じ百人死んでもあちらが用意できる代わりと此方が用意できる代わりの回数が違いすぎますからな」

「正直なところ、戦術的面での軍政に関する話になってしまいますが、自分の職分と北領で感じたことにおいてはこういった類の工夫を凝らして粘るしかないと思います。
連中の弱点は脆弱な兵站です、長期的に消耗を強いれば先に悲鳴を上げるのはむこうです」

「分かっているさ、だが貴官も先ほど言っていた通り、動員可能兵力の違いも踏まえて慎重に吟味しなくてはならんだろう。
これを貴官に云うのは馬鹿げた話だが、君が北領で示した防御戦の最大の要因は気温、河川等の地形の利用そして〈帝国〉軍が陥った兵站状況の悪化に拠るところが大きい。
防御陣地と導術利用の効果を否定する事はできないが、あれ程の戦果を再現するのは〈帝国〉軍が何も対抗策を練っていないことを前提にしても不可能だろう――と鞍馬が云っていた」
 安東派の軍監本部戦務課参謀の名を最後にぽつり、と付け加えきまり悪そうに頬を掻いた
「無論、逆にこちらが戦力を完全にすりつぶしてからの講和が完全な屈服へ至る道でしかないのもまた事実であり、そのあたりの見極めが非常に重要なものとなるでしょう」

「その為にも細工は流々、厭わず使え、か。先立つものがあれば良いのだがな先立つものが有れば。
唯でさえ導術要員は少ない上に引っ張りだこだ。工廠増設は私も推し進めているのだが既存の鉱山設備の充実もある程度並行して行うべきだろうし稼働するには時間がかかる」
 海良も真顔で答える、さすがに東州の復興に携わっただけあり、そうした点については知識を持っているようであった。
「うむ、その点については断然同意しよう、というかもう少し人件費を回してくれたら美奈津であんな醜態をさらさずに済んだのだがな――本当に」
 心なしか肩を落としながら防諜機関を牛耳っている堂賀が溜息をついた。
「正直なところ、我々にとっても鎮台の維持も結構厳しいからな。特に東州はそうだっただろう?」
西原大佐はそういって安東家の代表者へと視線を送る。
 治安の悪化への対策の為にも鎮台の編制と同時に生活基盤の再構築を行わなくてはならなかったからこそ、安東家は破産の危機へ瀕したのである。
「見栄を張らずにいうのなら全くその通りですな。金がない、生み出す土壌もないと来ると東州公爵領は重荷にしかならない」
 肩を竦める海良大佐に堂賀准将が矛先を向けた。
「そのような状況で貴官はどうするべきだと考えているのだね?」

「しがらみ抜きでいうのならば義理の叔父上である兵部大臣閣下の提案が一番だと考えておりますね。攻勢の時期は既に失われ、現状で東州単独で生き延びる事は困難です。
現状家内に流布している案のように攻勢に出て他の将家が消耗したら遠からず東州も自壊していしまいます。こう見えても兵站畑もそれなりに耕しておりますので、その程度の見通しはつきますよ。どんな資源も穀物にはならない。〈帝国〉水軍が我が国の水軍を模倣しだしたら真っ先に東州が崩壊しますな。
故に私は陸軍将校ですが、国防方針においてはには東州灘の確保に非常に関心を持っております」
 ――成程。
豊久は年上の大佐に分析の目を向ける。
 ――この大佐殿の最大の関心は皇都の防衛ではなく、東州の生存に絞られているわけだ。
現状の東州は経済復興のために木材や資源開発の再建に資金を投じ、東州内乱前のように穀物の完全な自給はできていない。だからこそ内地との連絡線を保つ間は反攻の拠点として工業化を推し進め。内地との連絡線である東州灘を〈帝国〉に抑えられる可能性が見えたら――つまり、龍州が陥落したら真っ先に早期講和へと方針を転ずるということか。
「大佐殿のお考えは極めて順当なものであると私も思います」
その目に狡知の光を宿した海良ににこやかに答えながら内心では舌打ちをする。
――そして、この男はそれすらも個人の私見でしかないと牽制している。東州を蔑ろにしたら講和――いや、降伏の工作を行う可能性があると云いたいのか?だが単独では無理だろう。だが資源地帯であり工業地帯でもある東州だけでも十分に交渉の札なりうるか?
守原なり西原なりと組めばどうとでもなるな――面倒な。
自分を棚に上げ、相手の小賢しさを内心罵りながら馬堂中佐は話題の相手を西原大佐へと転ずる。
「西原大佐殿は如何にお考えでしょうか?」

「正直に言うのならばさしたる考えは持っていない。そういった類の事は鎮台司令部の面々に任せているからな」
 平然とそう言ってのける西原信置大佐に海良が目を剥く。
「西原殿、幾らなんでもそれは・・・・」
「そもそも皆の意見を交換しようって言い出したのって大佐殿じゃないですか」
 予想通りの返答に脱力しきった豊久も無駄だと知りつつ突っ込みをいれる。
「そうだったかな?ウフフ」
 ――うわ、うぜぇ。
 もはや諦めの領域に旅立った豊久はいち早く会話から離脱し、眼前の米酒を少しだけ口に含み、つまみを手に取り、意図せずに漫才のようなことをし始めた海良大佐の独り相撲を生暖かい目で観戦する。
 西原信置に翻弄される若手二人組を尻目に興味深そうに佐官たちの国防談義を眺めていた執政が堂賀へと話題を振る。
「貴様は――前線とは縁がないか。現状、〈帝国〉の“耳”はどの程度入り込んでいるか分かるかね?」
堂賀は憲兵将校からの生え抜きで前線には殆ど縁がない。
「今のところはさほど目立った動きはありませんね。ただ〈皇国〉人を仲介した網もあるかもしませんので警保局警備部と連携してそちらを洗っている最中です。場合によっては魔導院と提携せざるを得ませんのでその際には閣下にお口添えを頂くことになるかもしれません」
 そう執政へとぼそぼそと囁くさまは講談に出てくる悪役そのものだな、と知られたら色々と酷い目に遭うであろう事を考えながら馬堂豊久中佐は周囲に飛び交う幾万もの人命、資源、そして国家の命運に影響を及ぼす言説に耳を澄ませた。

 
 

 
後書き
 登場人物が多すぎて把握できない。と御指摘を受けたのでハヤカワミステリ程度ですがその回のメイン登場人物を前書きに載せました。
読者の方々が利便性を感じられたのならば後で全話に反映させていただきますので感想を書いていただけるのならついでにちょいと書き加えて下さい。
それと外伝を投稿し、一短編を完結させましたのでよろしければ御笑覧ください。
また本編がきりの良いところまで行くか、気が向いたら書こうかなと思ってます。

 
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