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マクベス

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第二幕その四


第二幕その四

「生きていたのか。いや、死んでいるな」
 マクベスはなおも言っていた。
「間違いなく。それがどうして」
「おかしいな」
「うむ」
 客達はそれぞれの顔を見合わせて話し合っていた。
「陛下は」
「何もいないというのに、玉座には」
「ふむ」
 その中で一人鋭い目をさせている者がいた。マクダフである。
「どうやら間違いないな」
「去れっ」
 マクベスは玉座の亡霊に対して告げた。
「王の命令だ。地獄にさっさと行くのだ」
「陛下」
 夫人は玉座から下りた。そうして夫の横に来て言うのだった。
「御気を確かに」
「そなたか」
「はい。落ち着かれるのです」
 また彼に囁くのであった。
「宜しいですね。何もいません」
「そうか。いないのか」
「思うからこそ見えるのです」
 あえてこう言って夫を安心させた。
「宜しいですね。だからこそ」
「わかった。思わないようにしよう」
 マクベスは妻の言葉にようやく落ち着きを取り戻したのであった。
「それではな」
「はい。それでは皆様」
 落ち着いたばかりの夫に代わって乾杯の音頭を取るのであった。
「今こそ喜びの杯を。憎しみも怒りも忘れて愛と陽気を楽しみましょう」
「はい」
「それでは」
 客達もそれを受けて杯を手にした。
「全ての悪を消すもの。それは」
「正義だ」
 マクダフは誰にも聞こえないようにして呟いた。
「それは」
「これしかありません」
 だが夫人はそれに気付かずに杯を掲げるのであった。
「新しい命の糧。それを楽しみ」
「また新しい喜びを」
「まだ来ていないバンクォー殿の分まで」
 あえてバンクォーの名を出した。
「楽しみましょう」
「その通りだ」
 マクベスもようやく気を取り直して言う。
「私もまた彼の為に」
「杯を」
 客達も続いた。その時であった。
 また亡霊が姿を現わしたのだった。しかも同じ場所に。
「まだいたのか」
 マクベスはまた彼を見て顔を青くさせた。
「何処までも。生きているのか。いや」
 そうではない。それはわかる。
「死んでいる。では地獄に行け」
「見ているな」
 マクダフはまた呟いた。
「あの方の亡霊を。ということはだ」
「全てを地獄の炎に焼かれて。死んでしまうのだ」
「陛下」
 また夫人が彼に囁く。
「ですからそんなものは」
「いや、いる」
 今度は妻の言葉を退けた。
「恐れてはいないぞ、私は」
 自分自身への言葉であった。
「貴様なぞ。だから」
「どうしたのだ?」
「やはりこれは」
 客達はまた疑念に包まれた。もうそれは止められなかった。
「妙だな」
「あそこに。誰かいるのか」
「わしには予言がある」
 マクベスは玉座の男に対して高らかに宣言した。
「それがある限り。貴様なぞには、いや」
 その予言にギクリとする。
「まさか。そんなことが」
「皆様」
 それでも夫人は平然とその場を取り繕いにかかった。
「陛下はお疲れです。ですから」
「違うな」
 やはりマクダフはそれに騙されはしない。
「この男は王ではない」
 マクベスを見て言う。
「ただの。謀反人だ」
「だがそれは違うのだ」
 マクベスはなおも己のものである筈の玉座を見て言っていた。
「わしこそが。わしこそが」
 うわ言の様に繰り返す。影が灯りの中に揺れそれはまるで別の生き物のようであった。
 
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