| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

マクベス

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一幕その一


第一幕その一

                 第一幕  魔女の予言
 中世スコットランド。まだこの国は深い森に覆われていた。それと共に森に棲む深き者達もまた根強く生きていた。
 魔物も妖精も。そしてまつろわぬ者達も。皆森の中にいた。そこには黒い魔女達もいた。
 森の中で彼等は何かを踊っていた。黒く長い服を着てそこにそれぞれ踊っている。その踊りは全くの滅茶苦茶であるようでいてそれと共に非常に調和のとえたものであった。
 その踊りを踊りながら彼女達は口々に言っていた。
「あれは用意したのかしら」
「ええ、したわ」
 中央には巨大な釜がある。それを囲んで踊りながら話をしている。
「豚の蹄を入れたわ」
「ではもういいわね」
「ええ、いいわ」
 そうして踊りを止めて。釜を囲んで言う。
「船を難破させよう」
「いえ、面白い場所に届けてあげましょうよ」
「面白い場所?」
「そうよ。西の果てに」
 魔女の一人が仲間達に楽しげに話す。
「大昔カルタゴ人達が知っていた国があるの。そこに届けてあげましょう」
「あら、そんな国があるの」
 実はあるのだ。当時はそれを知る者はまずいはしなかったが。知っているのはそのカルタゴ人達と北の荒くれ者達だけであった。他には誰も知らなかった。
「それがあるのよ」
 その魔女は言う。
「ただ難破させるだけじゃ面白くないからそれでどうかしら」
「いいわね、それは」
 仲間の一人がそれに賛成した。
「じゃあそれで」
「いざ行け船乗りよ」
 魔女達はその豚の蹄を釜の中に入れて言う。
「遠いあの国へ」
「そうして果てしない旅に」
「戻って来た時には」
「何が起こるのか」
 そんなことを言いながら歌い踊っていた。それは魔女というよりは古の神々の儀式のようであった。若しかするとそうなのかも知れないが彼女達自身がそれをわかっているかどうかは全くわからない状況であった。そんなことはどうでもいいのかも知れない。彼女達にとっても。
 その森の道に二人の馬に乗る男達がやって来た。一人はやけにくすんだ金髪に青い目をした頑健な身体に端整な顎鬚を生やした大男でその顔立ちも逞しくまるで王の如きであった。彼は黒い立派な服とマントを身に着けている。
 もう一人は灰色の男であった。灰色の服とマントを身に着けておりその顔は知的で黒い髪と目が印象的である。髭はいささかあちこちに散っている感じで隣の男程整ってはいない。確かに端整だがそれ以上に何処か陰があり自信もなさげだった。それが彼に微妙な陰を落としているように見えた。
 二人はそれぞれ並んで森の中を進んでいた。そうして森の木々の間からのぞく空を見上げていたのであった。
「何か不思議な空ですな」
「そうでしょうか」
 黒い男は灰色の男の言葉に応え空を見上げる。だが彼はそれには同意しなかった。
「私は別にそうは」
「思われないと」
「はい」
 彼は言う。
「むしろ不吉な感じです」
「左様ですか。むっ」
 ここで灰色の男は魔女達に気付いた。
「あれは一体」
「マクベス」
「マクベスだ」
 魔女達も彼に気付いていた。灰色の男の名を呼んでいた。
「そなた達は何者だ?」
 今度は黒い男が魔女達に問うた。
「気がおかしいようだが」
「バンクォーだな」
「うむ、バンクォーだ」
 魔女達は彼の問いに答えない。そのかわりに彼の名も呼ぶのであった。
「マクベスよ」
「マクベスよ」
 彼女達は次にマクベスの名を口にする。
「わしか」
「おめでとう、グラーミスの領主よ」
 これはその通りであった。彼は既にグラーミスの領主であったのだ。
「それを知っているのか」
「そう、知っている」
「そして」
 そのうえでまた言葉を続けてきた。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧