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星河の覇皇

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第八部第四章 総動員令その六


「サハラでは子供は養うものだ。養われるものではない」
「それはそうだけれど」
「アクバル」
 そしてまた息子の名を呼んだ。
「わしも母さんもな、その気持ちだけで充分だ。家を買うとなれば自分で買う」
「そうなんだ」
「そうだ。だから御前は何も気遣う必要はないぞ。その気持ちだけで充分だからな」
「わかったよ。けれど何かったら何時でも言ってね」
「おう、まあ絶対にないことだがな」
 彼はそう言ってまた笑った。どうやら息子に対する考え方は一つ筋が通っているらしい。
「わし等はこの家が気に入っているんだ」
 そしてまた言った。
「それは御前もだろう」
「まあね」
 アッディーンは笑みを浮かべてそれに頷いた。
「生まれた時から暮らしている家だからね、ここは」
「それはわしも同じだ」
 父もそれに応えた。
「わしの曽祖父さんの頃に建てた家だからな、ここは」
「それは聞いたよ」
「そうだろ、これは御前が子供の頃から何かと話していたな」
「ああ」
「小さいながらもな。いい家だ、ここは」
「僕もそう思うよ」
 ここで母親が料理を運んできた。そのカブサとサローナ、サラタである。まずカブサがそれぞれ三人の前に置かれサローナとサラタがテーブルの中央に置かれた。そしてスプーンも出された。
 サハラでは本来は手で食べる習慣であった。だが宇宙進出と共に他の文化圏の影響を受けそれが一種の流行となってフォークやスプーンを使うこととなった。最初はイスラムの伝統を破壊するとして抵抗があったが徐々に浸透し、やがて定着した。これはかって欧州において手で食べる習慣がフォークやナイフを使うものに変わっていったのと同じであった。なおマウリアでは今も手で食べることも多い。フォークやナイフ、スプーンが普及していてもだ。長い間続いてきた風習はそうは消えないことの証明の一つであると言えた。なお欧州にしろ十八世紀頃までは手で食べるのが一般的であった。ピョートル大帝は焼肉を手掴みで食べていたしルイ十四世もフォークやナイフを使うよりは手を使って食べるのを好んだ。ナポレオンに至っては殆どそうしたものを使わなかった。驚くべき速さで手掴みで食べ、食べ終えた骨等は床に投げ捨てていたという。貴族の出であっても少し田舎とされる地域ならこうした具合であった。
 彼等はまずカブサを口にした。国の中に米と肉の味が広がる。
「どうだい」
 母は息子にカブサの味を問うた。
「美味しいよ」
 息子は笑顔でそれに応えた。
「やっぱり母さんの作るカブサは美味いね」
「そうかい、それはよかった」
 彼女もそれを聞いて顔を綻ばせた。三人はサローナやサラタも口にした。そして食事をしながら話を再開した。
「ところでだ」
 まず父が切り出した。
「うん」
 それにアッディーンが応える。
「今日ここに来たのは単に顔を見せに来たわけじゃないだろ」
「わかってるんだね」
「当たり前だ、わし等を何だと思っている」
 彼は息子に対してそう言った。
「御前の親だぞ、親が子供のことをわからないでどうするんだ」
 実際には全くわからない親もいるのだが彼等は違っていた。少なくとも無責任な親ではなかった。
「あれだろ、結婚の話」
「うん」
 アッディーンは父に対しそう頷いた。
「新聞とかで見たぞ。何でもティムールのお嬢さんと結婚する話が出ているのだな」
「ああ。それをどうしたらいいかと思ってね」
「それでうちに帰ってきたんだね。私達に相談する為に」
「その通りさ。どのみち結婚するとなったら父さんや母さんに話をしておかなくちゃいけないしね」
 サハラでは結婚は個人同士というよりは家同士の結び付きを強める意味合いが強い。これはエウロパの貴族達と似ているといえば似ているかも知れない。なお妻はイスラムの戒律に従い四人まで持ってもよい。だが公平に愛さなくてはならないのはこれも同じである。昔から何かと批判されてきたこの戒律であるが実は戦争による未亡人とその家族に対する救済策である。だからこそムハンマドが定めたのである。実際にはムハンマドは女性に対しては当時としては極めて公平な考えの持ち主であった。フェミニストであったと言っても過言ではないだろう。少なくともイスラム以前の部族社会の様に女の子ならば殺すということはなかった。彼はそれを厳しく禁じていた。男であろうと女であろうと子供は殺してはならない。彼はそう教えたのである。
「その通りだがな。だが」
「相手が普通の家の女の子だったらよかったんだけれどねえ」
「ああ」
 それが彼等にとって最大の悩みであった。シャイターン家は確かに悪名高いがサハラにおいては屈指の名門である。それに対してアッディーンの家はごく普通の市井の市民の家である。資産など最早比べることすら馬鹿馬鹿しい程であった。何もかもが違っていた。そもそも住む世界が違うのである。
「結納等は何とかなるのか」
「それはね」
 アッディーンは答えた。
「僕も給料はかなりもらっているし」
「そうか」
 元帥、副大統領ともなればその給与はかなりのものである。ましてやアッディーンは官舎住いであり贅沢はしていない。趣味も読書や映画鑑賞等でありこれといって金のかかる趣味は持っていない。だからその貯蓄はかなりのものとなっているのである。株や土地等資産を増やすことに興味はないが元帥だけあってその給与はかなりのものである。それで充分過ぎる程の資産があったのだ。だがそれでもシャイターン家のそれとは比較にもならないものであったが。
「それで結納の方は何とかなるよ」
「じゃあそっちは心配しなくていいんだね」
「うん。何とかやれるよ」 
 サハラでは結婚する男の家が女の家に結納を送る習わしである。それはかなり豪華なものとなっているのである。
「だがまだ問題はあるぞ」
「そうなんだ。やっぱり普通の結婚じゃないからね、これは」
 それであった。相手はティムールを統治する家の者である。それに対してアッディーンはオムダーマンの副大統領。これはかなり政治的な意味合いの強い結婚であるのだ。この時代においてもそうした政治的意味合いを持つ結婚はあった。とりわけサハラにおいては。ムハンマド、いやそれ以前の部族社会からの伝統である。
「大統領ともお話したんだろ」
「うん」
「それで何て」
「僕の考えを尊重したいってことだけれど」
「そうか」
 二人は息子の言葉を受けて頷いた。
「わし等としては御前の結婚は心から嬉しいんだ」
「けれどね、この結婚はよく考えた方がいいね」
「うん」
「こういっては何だがな、一度その娘さんと御会いしてみたらどうだ。政治とかそういうのを抜きにしてだ」
「そういうわけにもいかないだろうけれどね」
「直接会ってどういう人か確かめろってことだね」
「ああ」
 二人はそれに頷いた。
「それから結論を出しても遅くはないよ」
「わしも母さんと同じ意見だ」
「うん」
 それを受けて彼は決心した。
「じゃあそうさせてもらうよ。一度会ってみる」
「ああ、そうした方がいい」
 これはやはり政治的な意味合いもあった。直接彼女、そしてこの婚姻を持ち出してきたシャイターン家の者と会う為である。やはり政治の問題であるのは変わらなかった。
「ではこれで決まりだな、うちでは」
「うん」
「行っておいで、ティムールに。そしてそれから決めるんだよ」
「わかったよ」
 食事は終った。それで彼は席をたち家を出た。両親はそんな彼を見送った。これまでになく優しい顔であった。
「じゃあね。また帰ってくるから」
「ああ。今度はすぐに帰ってこいよ」
「それはわからないけれどね」
 苦笑してそれに応えた。
「けれどまた何かあったら連絡するよ」
「おう」
「きっとだよ」
 二人はそれを聞いて息子に対して声をかけた。
「気をつけてね、何事にも」
「そしてしっかりとな」
「わかってるさ」
 親にかかっては常勝提督も唯の息子であった。結局人間とはそうしたふうにちっぽけなものなのかも知れない。少なくとも親から見れば。永遠に自分の子供なのであるから。
「心配しないで、とは言えないけれど」
 アッディーンもやはり人の子であった。
「きっとまた帰ってくるから、ね」
「ああ」
 こうして彼は家を出た。そして携帯に電話を入れた。
「私だ。話は終わったぞ」
「おお」
 ハルダルトが電話に出た。
「では今からそちらに戻ります」
「うむ。そして副大統領府に戻ろう。色々と話したいことがある」
「はい」
 こうして彼は戻った。そして自らティムールに赴くことになった。 
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