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星河の覇皇

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第一部第五章 電撃作戦その二


「キロモトと八条にしてやられたな」
 中国の首都星京の中央にある大統領官邸。ここは地名の名をとり『長春城』とも呼ばれる。中国の政治の中心地として知られている。
 そこの海が見える部屋に一人の年老いた男がいた。中国の大統領李金雲である。
 少し白い髪にやや広めの額、顔は少し四角いが結構整っている。黒っぽいスーツに身を包んでいる。
 彼は政治学者として名を知られていた。政治家に転身した時学者特有の空論ではないかと言われたが彼は実務も優れており、また現実主義者であった。そして激しい権力争いにも勝利し今回の選挙で大統領に選ばれたのである。親分肌で部下からの人望も厚い。
「はい。まさか中央軍を一気に作り上げるとは思いませんでした」
 傍らに控える秘書官が言った。
「これも時代の流れか。だが我々の存在は誇示しておかなくてはな」
 李は波を眺めながら言った。
「我々は連合において主導的な役割を果たしてきた、今までな。そしてこれからもだ。アメリカや日本に負けるわけにはいかない」
 彼の目が鋭く光った。
「国軍もある。そして何よりも我々にはこの豊かな国がある」
 中国の国力はアメリカ、日本と並んでいる。人口においてはアメリカと同じ位の数字である。
「これを使わぬ手はない。すぐに周辺国に手を回せ」
「ハッ!」
 秘書官は頭を下げた。そして彼等はその部屋を後にした。

「アメリカと中国が動いているようです」
 キロモトに下に彼等の動向に関する情報が入ってきた。
「やはりな。動くだろうとは思っていたが」
 キロモトは執務室でそれを聞くと口の両端だけで微笑んだ。
「如何いたしましょう」
 報告した官僚が問うた。
「こちらは今は動かなくともよい。少なくとも経済や貿易で動くのならこちらの望むところだ」
 経済関係での調整は連合政府の最も重要な仕事である。従ってそれに関しては彼等も自信がある。そうでなくては今までこの連合という雑多で広大な国家をまがりなりにもまとめていたわけではない。
「ですが議会のことになると厄介ですな」
「それはな。だがそれもすぐに変わる」
「変わるといいますと?」
「すぐにわかるさ」
 彼はそう言うと再び笑った。
 それから暫くしてこれからの連合の在り方についてこれまでにない議論が起こるようになった。
 一つはこのまま開拓地を開発していき何処までも進んでいくべきだと主張する派、もう一つは連合軍が設立されたのだしとりあえずは落ち着いて内部を固めるべきであると主張する派、その二つの派で議論が交あわされるようになったのである。
「これまではただ進んでいくだけだったしな」
 街頭演説を聞いた市民の一人がポツリと言った。
 まず開拓を主張する者達は保守派と呼ばれた。彼等はこれまで通りの連合であるべきだと主張していた。連合軍の設立で連合の中央集権を止め、あとは既存路線でいくべきだと主張した。
 それに対して内部を固めるべきであると主張する者達は連合派と呼ばれた。彼等は今のところは開拓を控え連合内部の整備を行い中央の権限をより強化すべきであると主張した。
 彼等の主張は連合全体を包んだ。そしてそれは先の連合軍設立の時よりも更に大きなうねりとなっていったのである。
「さて、面白くなってきたな」
 キロモトは新聞でその話を読みながら言った。
「連合の国を越えた話になっている。違う国の人間の間でも議論になっているな」
「はい、彼等は選挙においてもそれを争点としているようです」
「ほう、選挙においてもか」
「そうです。今やそれぞれ二つの派に分かれて議論をしているところです」
「ふむ、政党が出来るかも知れんな」
 キロモトはそう言ってニヤリ、と笑った。
「政党、ですか」
「そうだ。今までこの連合では中心にはなかったものだ」
 連合においては各国にはそれぞれ政党が存在していたが中央にはなかった。これも連合の強い地域性の特色であった。
「だがそれが出来るとなるとどうなる」
「連合の中の目が中央により一層集まりますね」
 秘書官は言った。
「そうだ。我々もようやく力を持つ中央政府を持つ事が出来るのだ」
「エウロパのようにですか?」
「ふむ、エウロパか」
 キロモトは秘書官の言葉に対し思わせぶりに笑った。
「少し違うな。我々はあそこまで中央が強くなる必要はない」
 エウロパにも各国政府があるが元首だけがいる事実上の象徴であり連合のようにそれぞれが強い権限を持っているわけではない。
「エウロパはエウロパ、我々は我々だ。意識する必要もないだろう」
「そうですか」
「ただし、ある程度は参考にすべきかも知れんがな」
 やがて朝食を知らせるベルが鳴った。キロモトは秘書官と共食事に向かった。

 連合のこの動きはエウロパにも伝わっていた。ラフネールはそれを執務室で聞いた。
「彼等が中央に政党を持つようになるとはな」
 彼はそれを聞くと静かな声で言った。
「まだそうなると決まったわけでは・・・・・・」
 それを伝えた補佐官は少し眉に陰を落としていた。
「いや、これは時代の流れだ。彼等は必ずや中央に政党を持つようになるだろう」
「そうなるでしょうか」
「なる。時代の流れだけでなく強力な指導者も出てきているしな」
「この二人ですね」
 補佐官はそう言うと持っていたファイルから二枚の写真を取り出した。
 それは二人の人物のそれぞれの顔写真であった。一人は若い白人の女である。白人といっても何処かポリネシア系が混ざっている。髪は茶色がかった金色であり瞳は黒い。
 もう一人はアジア系の男である。肌は黒めであり全体的にやや四角く眼鏡をかけている。その目は知的な光をたたえている。
「平面写真とはまた古風だな」
 ラフネールはその写真を見て苦笑いを浮かべた。
「申し訳ありません」
 補佐官は頭を垂れた。
「謝る必要はない。こういった写真はこちらのほうが見易いしな」
 彼はそう言うと写真を受け取った。
「こちらの女性がキリ=ト=マウイか」
「はい、ニュージーランド出身の保守政治家です」
「保守系か。一体どういう経歴かね」
「はい、ニュージーランドの法学校を卒業後とあるベンチャー企業を経営していましたがそこで政治家の夫と知り合い結婚、そして彼に影響を受け政界に入ったのです」
「だが彼女は連合議会の議員になったのだね。夫はニュージーランドの議員だったのに」
「それが彼女の一風変わったところです。どうも中央議会に理想を求めたようです」
「あの中央議会にか。確かに変わっているな」
 連合の中央議会といえば大国の利害の衝突の場である。それはエウロパにおいてもよく知られていた。
「法学校を卒業してすぐにベンチャー企業の経営を始める程ですからね。そして彼女は今は保守派の指導的な役割を任ずるようになっております」
「どういう経緯でだね?」
 ラフネールは再び尋ねた。
「あの連合軍の設立以降連合の在り方について議論が起こっておりまして」
「それは知っている」
「その中でとある総合雑誌に論文を発表したのです。連合はどうあるべきかという論題で」
「そして彼女はこのままでよい、と主張したのだね」
「そうです。そしてそれに反論したのが」
「このランティール=モハマドだね」
 ラフネールはここでもう一枚の写真に映る男を見た。
「彼はマレーシアの首相だったな」
「はい、ついこの前まで」
「かなりのやり手だったと聞くがな。あのアメリカや中国に対して一歩も引かなかったとか」
「連合一の寝業師とも呼ばれていましたな。日本に対して良いことを言いながらも牽制を忘れなかったりと」
「まあそうでなくてはあの連中を相手にはできないな」
 アメリカや中国、日本とマレーシアの国力差はかなりのものである。
「連合軍の参加にも最後まで最も強硬に反対していたそうじゃないか」
 連合軍の参加には反対していたのはアメリカや中国、ロシアだけではなかったのである。マレーシアは反対する国々の中でも特に連合軍の設立及び参加に強い反対の意見を主張し続けていた。
「それも外交上のテクニックだったというわけか」
「そうです。それで自国の意見と存在を連合の各国に誇示したのです」
「煮ても焼いても食えないな。そんな男は今まで聞いたことがない」
「イギリスには結構いそうですがな」
 ラフネールもこの補佐官もフランス出身である。両国の微妙な関係は今だに続いている。
「フフフ、確かにな。まあ我がフランスも言えた義理ではないが」
 フランスもそうだ、とよく言われる。しかもお高く止まっている、と。
「それは根拠のない誹謗中傷に過ぎませんがね」
「君も言うな、大人しい顔をして」
「これこそフランス流です」
 補佐官はそう言うとニコリ、と笑った。
「さて、そして彼はマレーシアの首相を退いたんだな」
「はい、連合軍参加と共に」
 これが連合軍設立の最後の決め手となったのである。
「そして今何故改革派のリーダーになっているのかね?」
 これはラフネールにとっても少し妙なことであった。
「マウイの主張に早速反論してきたのです。その考えは連合の動きを停滞させるものである、と」
「わからんな。彼は連合軍にも反対していたのだろう」
「それがポーズに過ぎないということはおわかりだと思いますが」
「・・・・・・確かにな」
 微笑んだ。ラフネールも伊達にエウロパの総統ではない。この程度のことは見抜くことが出来る。
「そして彼は改革派の指導者となった、ということか」
「はい」
「しかし連合も相変わらず妙なところだな」
「といいますと!?」
 補佐官はラフネールの言葉に首を伸ばした。
「うむ、開拓を更に推し進めていくべきと主張しているのが保守派で中央の権限を強め内部をまず整えるべきだと主張しているのが改革派とはな。普通は逆のことが多いのだがな」
「そういうものですね、政治とは」
 補佐官は少し感嘆したように言った。
「保守と革新の差なんてそんなものでしょう。どちらが善でどちらが悪とは政治の世界では絶対に言えませんしね」
「言ったらそれこそフランス革命か二十世紀の全体主義だな」
「はい」
 フランス革命のジャコバン派やナチス、ソ連といった存在は人類にとって魔女狩りと並ぶ忌まわしい流血の歴史として伝えられていた。
「例えば、だ」
 ラフネールは一言断ってから補佐官に話しはじめた。 
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