星河の覇皇
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第八部第四章 総動員令その一
総動員令
連合が戦争への準備を着々と進めているその頃エウロパにおいても戦争への準備が進められていた。むしろそれは彼等の方が進めていたといっても過言ではなかった。
なぜならば彼等の国力は連合とは比較にならないからだ。人口、経済力、軍事力においてそれぞれ三十倍の差がある。軍事力は今のところそこまで開いてはいないがそれでも大きな差があるのは事実であった。やはりそれが彼等の心理に大きな影響を与えていた。
「どうすれば連合を防げるか」
彼等はそれだけを考えていた。
「少ない国力や兵力で防げるか」
それが課題であった。そしてそれをどう為すかどうか考えていた。しかしそれが容易ではないことは言うまでもないことであった。だからこそ彼等は苦悩していた。
中央の総統政府だけでなく地方政府といってよい各国の政府も苦悩していた。そしてそれは国民も同じであった。彼等は貴族も平民も皆如何にして連合と戦うべきかを考えていた。
「開戦は避けられない状況となっているな」
ラフネールは自身の官邸の執務室でシュヴァルツブルグ及びモンサルヴァートを前にしてそう切り出した。
「我々と彼等の戦力差は最早取り繕えるものではない。だが戦わなくてはならない」
「はい」
二人はラフネールの言葉に頷いた。
「今のところ戦力はどれ位集まっているか」
「志願兵も入れて三百個艦隊程です」
シュヴァルツブルグがそれに答えた。
「宇宙艦隊司令長官が彼等を訓練中です。練度は順調に上がっております」
「そうか。それは何よりだ。やはり彼を長官にしたのは正解だったようだな」
「はい」
シュヴァルツブルグはそれに頷いた。今のエウロパの宇宙艦隊司令長官はキーン=バルバロッサ=ローズのことを言っているのだ。なお彼はエウロパ元帥に昇進した。これもシュヴァルツブルグやモンサルヴァートと同じである。
「艦隊の練度を上げるのは彼に任せていればいいな。だが」
「はい。やはり数がとても足りません」
シュヴァルツブルグはそう言った。彼等にとって最大の懸念はやはりそこであった。
「三百個艦隊、五億ではまだとても足りない」
「おそらく連合は六十億を優に越える兵を送り込んでくるでしょう。それを考えますと」
「より多くの兵が必要だな。だがどうして集めるかだ」
ラフネールは眉を歪めてそう言った。
「彼等に対抗できるような兵力を揃えることは不可能としてもだ。戦えるだけの兵が必要だ。今ではとてもその域まで達してはいないだろう」
「はい」
「どうするかだ。志願を募るのももう限界だ。他に何かあるといえば」
「徴兵制ですか」
ここでモンサルヴァートがそれを口にした。
「これならば兵をより集めることも可能ですが」
「それしかないか、やはり」
ラフネールの顔に苦渋が浮かんだ。
「非常時とはいえとりたくはなかったが」
「仕方ないかと。ただその兵は精鋭でなければなりません」
「選抜徴兵制にするということか」
「実質的には。技術者や身体能力の高い者を兵士にすればいいかと思います。これによりより多くの兵が入ることでしょう」
「そうだな。ではそうするか」
「それが宜しいかと」
ラフネールにもそれはわかっていた。そして何よりも逡巡している時ではないことがわかっていた。ならばそうするしかなかったのである。
「よし。議会に徴兵制の法案を提出しよう。すぐにそれの書類作りにかかってくれ」
「ハッ」
モンサルヴァートはそれを受けて敬礼した。
「だが徴兵制だけではまだ不完全ですな」
ここでシュヴァルツブルグが口を開いた。
「といいますと」
モンサルヴァートがそれに問うた。
「兵士だけでは戦争は出来ないということです」
「成程。そういうことですか」
彼はそれを聞いてこの老齢の軍務大臣が何を言いたいのか即座に理解した。そして答えた。
「それでは産業の方もそれに合わせるべきですね。国の全てを戦争に向けなければならない」
「総動員か」
ラフネールがそれを聞いて呟くように言葉を漏らした。
「そういうことになりますな」
シュヴァルツブルグはそれに低い声で答えた。
「やはりそれだけしないと連合と戦うのは不可能であると存じます」
「問題は間に合うかだな、戦いまでに」
「間に合わせるのです」
シュヴァルツブルグの声が強くなった。
「そうでなければ我々は滅びます。むざむざ滅んでよいものでしょうか」
「まさか」
ラフネールはその言葉に首を横に振った。
「そう考えているならば今この場に君達二人を呼んだりなぞはしないさ」
「それを聞いて安心しました。では決まりですな」
「うむ」
ラフネールは強く頷いた。
「総動員令も発しよう。すぐにな」
「はい」
「エウロパは一千年の歴史がある。だが今まで外敵に侵攻されたことはなかった」
ラフネールはここで語りはじめた。
「そしてこれ程までの危機に瀕したこともなかった。増え過ぎた人口に悩まされることはあっても連合の脅威を隣に置いて
いてもここまではなかった」
「はい」
二人はその言葉に頷いた。
「だが今その危機にある。そしてその危機を乗り越えなくてはならない」
「わかっております」
それに答えた。
「その為にはどんなことでもしよう。例えこの命をゼウスやヴォータンに捧げようともな。それは卿等の命もだ」
「もとよりそれは承知のこと」
シュヴァルツブルグがそれに答えた。
「エウロパの武人として当然のことです」
「私もです」
モンサルヴァートもそれに答えた。
「この命、喜んで戦の神々に捧げましょう。エウロパの為に」
エウロパにおける戦いの神は何人か存在する。アテナにアーレス、ヴォータンにティール等である。とりわけアテナとヴォータンが篤い信仰を受けている。イタリアやフランス、スペインの者はアテナを信仰することが多くドイツやスウェーデンの者はヴォータンを信仰する。かってのギリシアと北欧の神話体系の名残であった。
「では頼む。私もいざという時にはこのオリンポスを枕に討ち死にする覚悟だ」
「総統もですか」
「私とてエウロパの者だ。その誇りはあるさ」
そう答えて微笑んだ。彼はフランスの子爵家に生まれたあまり大きくない貴族の家の者である。代々学者であり歴史学において知られた人物であった。政治家になっのは偶然の産物であった。かっての生徒が政治家になった折にスタッフとして迎え入れられたのであった。その学識を買われてのことであった。そこで政党の党首に見込まれて彼自身も政治家となることになった。そして遂にはエウロパの総統に就任したのである。
「武器を手にしたことはないがね。ペン以上に重いものを持ったことはないにしろだ」
そう自嘲めかして言うがその目の光は違っていた。
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