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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール

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帰郷


帰郷

「卿がパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐か」
 ヘルマン・フォン・リューネブルクはそう言って、オーベルシュタインの隣の席に座った。場所はイゼルローン要塞内の士官専用のバーである。オーベルシュタインは突然、自分の隣に座った男に対して視線をやったが、その階級が少将であることを見て取ると、静かに席を立ち上がり、敬礼をする。
「いい、座れ」
 リューネブルクはそれを面白そうに見ていたが、短く答礼しながら言った。オーベルシュタインは表情をひとかけらも動かさないまま、座らない。不躾に突きつけられる視線を感じながら、リューネブルクは質問をした。
「卿は、俺を知っているか?」

 片手間にバーテンダーにウィスキーを頼んだ。右手はぎこちなく動いたが、リハビリはそれなりの効果を得ていた。まだ完全にはほど遠いが、たいていのことならできた。切り落とされた腕が、あまりにも鋭く切られていたおかげで接着は上手くいっていた。そのことを医者に聞かされたリューネブルクはシェーンコップの顔を思い出して舌打ちをしたが、義肢になるよりはマシだった。白兵戦には、やはり生身の柔軟な強靭さが必要不可欠だったからである。
 リューネブルクはその腕に対してもなんの感情の揺らめきを見せない。
「ヘルマン・フォン・リューネブルク少将閣下、私になんの用ですか」
「やはり、知っていたか」
 リューネブルクはそう言って頬に笑みを浮かべたが、オーベルシュタインにしてみれば面白いわけはない。彼は鉄面皮のまま、リューネブルクに視線を向けたままだ。
「……その目、義眼か」
 リューネブルクは自分に向けられた瞳が光彩を点滅させたことに気付いて指摘したが、オーベルシュタインは睨みつけたままである。

 オーベルシュタインにしてみれば、戦闘で右腕を失い、政治的基盤であったハルデンベルク伯を失った落ち目の少将が、自分に接触したことに危険な意図を感じ取っていたのだ。ただでさえ、ミュッケンベルガーなどの上司には異端視され忌避されているオーベルシュタインにしてみれば、それ以上の反感は得たいと思うべくもなかった。彼はその一身に悪意や怨念を受けることに対しては何らの疼痛も感じなかったが、そのせいで社会的な出世や地位が低下し阻害されるのは避けたかったのである。彼は未だ一介の大佐であり、彼が胸に抱えたゴールデンバウム王朝に対する憎悪は発露の場を与えられていなかったのだ。

「はい、先天的な疾病によるものです」
「すると、劣悪遺伝子排除法が今もその権威を有していれば、排除されていただろうな」
 リューネブルクは嘲笑にも似た笑みで毒を吐いたが、受けたオーベルシュタインにしてもなんの感慨も受けたようにはなかった。
 そのオーベルシュタインの反応を見て、リューネブルクは意外、という顔をした。彼は自分の性格と言動が度々他人を苛立たせることを知っており、またそれを利用して来た男だった。彼にしてみれば、怒りに狂った人間ほど扱いやすい者はいない。怒り、はとても直線的な感情だ。その方向さえ見極めていれば、人をいなすことなど容易い、と考えていたのである。
「……卿は、面白い男だな」
 これはリューネブルクの言葉だったが、それは自らにこの男を紹介した、フロル・リシャールに対する感嘆も幾分含まれていた。このような男、少なくともリューネブルクは初めて会うのだ。感情を制御するのが上手い、という程度の男ならリューネブルクを幾人か記憶の名簿に記録していたが、ここまでの男はいなかった。それにこの雰囲気、凡人のものではなかった。
「少将閣下、閣下はいったい私になんの用なのですか」
「いや、卿に会え、という男がいてな」
「それで私にお会いになられたと?」
 オーベルシュタインにはそのような人間、心当たりもなかった。
「卿は同盟のフロル・リシャールという男を知っているか?」
「……知っておりません」
「ふむ」

 リューネブルクは右手で掴んだウィスキーのグラスと、その中にきらめく琥珀色の液体を眺める。
——やはり、フロル・リシャールのスパイは、ここまで達しているということなのだろうか。
 リューネブルクは第6次イゼルローン防衛戦のあと、しばらく入院をしていた。一つに右手が切り落とされ、そのリハビリに時間がかけられた、ということがあるだろう。彼はそのしばしの時間のうちに、自分なりに考えをまとめていた。あの同盟の大佐は、帝国内部でも広まっていない事件を自分より早く掴み取っていた。それはつまり、それだけ非凡な情報網が構築されているということの証左に見えた。そして自分をあの場で殺さなかったことの意図。自分が同盟に不利益をもたらすことの自覚は、多少なりともリューネブルクにはあったから、最初はそれが目的ではないか、と考えた。だが、少ししてそれを却下した。ならば、あの男はここまで高機能な情報網を作り上げる、という一大事業を成し遂げるわけはないからである。彼は同盟の軍人であり、同盟のために情報網を作り上げたなら、自分を殺すのが道理なのだ。
 すると、生かされたのは違う目的が、同盟にとっての不利益よりも大きな利益をもたらす何らかの目的があったはずなのだ。
 そのことについて考えたリューネベルクだったが、結局は答えの算出を諦めた。一つに、自分が権謀術数に長けた戦略家ではない、と自覚していたことにもある。自分は陸戦の専門家であり、そのことに関してならばオフレッサーのような男にも負けない自信があったが、それが艦隊戦や謀略戦になると、自分より勝っている男がいるだろう、とわかっていたのである。
 そしてどうやら、あのフロル・リシャールは自分よりも謀略に長けているらしい、と諦めたのだ。
 退院後、彼は肩身の狭い思いをしながらも、帝国内の情報管理体制について自分なりの調査を行ったが、それに引っ掛るようなものはなかった。やはり、彼よりもリシャールという男は上手なのだ、と彼は納得した。

 事実を述べると、フロルはまだそこまでの情報網を構築していなかった、だけである。ベンドリングを仲間にしてまだ日が浅く、情報網の拡充もフロルの指示により、フェザーンが優先されていたからである。
 それにはフロルの意図があった。
 イゼルローン要塞は戦争の最前線である。そこで取り沙汰されている機密は、当然軍事関係のものが多かった。そして、それは無論のこと、軍部としては喉から手が欲しい情報ではあったのだが、フロルの目的上、それよりも求めるものがあったのだ。
 それはフェザーンの裏の情報であり、ラインハルトの政略的な秘密であったり、はたまた帝国内部の貴族社会の秘密であったりした。それはフロルが軍人として戦争に勝つ、ということを主眼にして戦っていたのではない、という理由があるだろう。フロル・リシャールの目的は、一貫してヤン・ウェンリーと愉快な仲間たちが生き残らせることだった。始め、それは憧憬によってなされた決意であったが、今となっては、親しい友人となった彼らを死なせるわけには行けない、という悲愴な義務感がフロルを縛っていた。それは未来を知る者だけが得るであろう、感情だったろう。
 そのためには、すべての情報の集まる星、フェザーンがフロルには問題であったし、事実そこから得られる情報量はイゼルローン要塞のそれよりも膨大であった。

 そんなことを知る由もないリューネブルクのとった行動は、不本意ながらフロルの言う通りにすることだった。彼自身はそれに強い不快感を覚えていたのだが、逆に愉快な思いを微かに感じていたことも事実であったろう。彼には自分を見下ろしてたフロル・リシャールという男のことが、妙に心に残っていたのだ。それは面白いおもちゃを見つけた子供の心境に近かったかもしれない。この新しいおもちゃが、いったいどんな性能を秘めているか、リューネブルクは知りたかったのだ。
 そしてオーベルシュタインに会った。
 リューネブルクと同様に、身に異端と異常を秘めた男に。

 リューネブルクは一気にウィスキーを呷って、席を立った。
「オーベルシュタイン大佐、また会いに来る。卿に話してみたいことがある。なに、ただの余興だ」
 リューネブルクはそう言い捨てるとバーから出て行った。彼はもう少し、オーベルシュタインについて調べてから、フロル・リシャールという男について語るつもりだった。
 対するオーベルシュタインは自身に曖昧な質問を投げかけ、消えたリューネブルクについて考えていた。リューネブルクは無能ではない。だが、今回の事件で今度こそ折れたものと思っていたが、その顔から生気は失われていなかった。そして口にした、名前。フロル・リシャール。オーベルシュタインはその名を記憶した。要注意人物から告げられた要注意の名前として。



            ***



 フロルがティアマトにて、攻めて来る帝国遠征軍を討つ、と聞いたのは宇宙暦795年1月28日のことであった。そして彼をして意外と思わせることが知らされる。
 動員される先行艦隊の陣容である。ビュコック提督率いる第5艦隊、ウランフ提督率いる第10艦隊がその中にあったのは彼の記憶と変わらなかったが、そこにパストーレ中将の第4艦隊が加わったのだ。
 これはフロルの頭を悩ませた。史実では、ホーランド中将率いる第11艦隊がその席を埋めたはずである。だが、どうやらフロルの進言がトリューニヒト経由で軍に認められたらしく、第11艦隊は同盟守備隊に編入されていた。そのこと自体は彼を喜ばせたが、それによって歪められた歴史の結果は彼を悩ませる。

 ホーランドのやったような独断の孤軍突出は起こらないだろうが、さりとてそれが戦勝に繋がる要素とも思えなかったのだ。恐らく、国防委員会はトリューニヒトの意思は別にして、この3艦隊以上の戦力を出し惜しみするであろう。差し当たっては、この3艦隊で帝国軍35400隻を迎え撃たねばならなかった。


 そこでフロルはまたもや策動を開始する。彼はまず、パストーレの元を訪れ、先行艦隊の総指揮は、フロルも幕僚を務める第5艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック提督であることを認めさせた。そのことに関しては、パストーレも反論をしない。彼は自分よりもビュコックが有能の人であることを理解していたからだったが、
「この戦いが終わったら、私の元に戻って来れるだろう。楽しみにしていてくれ」
という言葉はフロルを不愉快にさせた。
 続いて、フロルはウランフの元を訪れ、同様のことをお願いした。


「貴官の言うことに異議はないが、どうしてこんなことを君がしているのかね?」
 ウランフはそのこと自体はすんなりと快諾したが、許可を取りに来たフロルに対してはこのような言葉をかけた。
「私はビュコック提督の部下です。提督のためになることなら、苦労を惜しみません」
 ウランフはパストーレやトリューニヒトとも親しいと聞くフロルの言葉に、驚きの感情を抱いたが、それを素直に認め、フロルを返した。少なくともウランフの目には、その言葉と態度が嘘であるようには見えなかったのだ。更には、誰よりもビュコック提督自身が、フロル・リシャール准将という男を信頼していることを知っていたということもあるだろう。フロルを疑うのは、自分の直感を疑うことになるだけではなく、ビュコックをも疑うことになるのである。ここは、信用しておくのが得策だった。
——それに、クソッタレの政府のせいで、3個艦隊で敵とぶつかることになるだろうというフロルの言葉は現実味があったしな。
 とウランフは考えていた。それにはフロルが情報部と仲が良い、という噂もが信憑性を持たせている。政府は先の第6次イゼルローン攻略戦で流された無為の血の量に怯み、この侵略に戦力を出し惜しみしているのだ。ウランフは改めて次の戦いの困難を思った。帝国と同盟の艦数はほぼ同数。わずかに同盟が劣っている程度。もしこちらがヘマをすれば、帝国が勝つだろう。そして、差し当たって勝つためには、第4艦隊だけが不安だった。総指揮をビュコック提督が執るならば、自分が第4艦隊のお守りをする必要があるだろう。
——これだから、おべっかで出世する軍人は手に負えんのだ。
 ウランフの愚痴は、留まるところを知らない……。




 さて、一連のことをし終えたフロルは、唐突に呼び出しの電話を食らった。実家からの連絡である。フロルとカリンの家族でもある、シェットランドシープドック、エリィの母犬の、危篤の連絡だった。
 フロルとカリンが、フロルの生家に戻ったのは、1月29日のことである。

「イザベル、死んじゃうの?」
 カリンは胸にエリィを抱きしめながら、フロルに聞いた。微かに瞳に涙が溜まっているのは、カリンがフロルの実家で老犬イザベルに会ったことがあるからだったろう。
 イザベルは人間の年齢で言えば80歳を越える、おばあちゃん犬だった。イザベルが生んだ、最後の仔犬の一匹がエリィだったのだ。フロルはスクールの学生の頃、一緒に遊んだイザベルのことを思い出しながら頷く。二人と一匹は、高速鉄道の|個室《プライベート・ルーム》で、首都星ハイネセンの第二都市デンホフに向かっていた。フロルは目の前の座席に座っているカリンの手を握りながら、老犬のことを思い出していた。
「もうおばあちゃんだったからね」
「エリィ……お母さん死んじゃうんだって」
 エリィに言葉がわかるはずもなかったが、心なしかその瞳に哀しみがあるように見えた。あるいは彼女は彼女で、動物的な超感覚でそれを悟っているのかもしれない。科学は無限に発展していたが、未だ、動物のそういった勘のようなものは解明されていなかった。
「エリィ、可哀想……家族が死んじゃうなんて……私とおんなじ……」
「だけど、カリンには俺がいるだろ?」
 フロルはカリンの頭をそっと撫でる。カリンはそれに頷いたが、顔は沈んだままだった。一度、カリンをフロルの実家に連れて行ったことがあったが、その時ずいぶんとイザベルと遊んでいたことをフロルは思い出していた。
「カリン、エリィも悲しいかもしれないけど、エリィにはまだ俺とカリンという家族がいるんだ。だから、みんなで幸せに暮らそう、な?」
 フロルは優しく微笑みながら話しかけた。
 カリンは涙を手の甲で拭き取って、もう一度大きく頷いた。カリンは心優しい。きっと、将来は軍人にならないで、もっと幸せな人生を送ってくれるだろう。
 フロルは自分が握る少女の手の暖かみを感じながら、そんなことを考えていた。


「久しぶり、フロル、それにカリンちゃん」
 フロルの実家近くの駅で、二人を出迎えたのはアンナ・リシャール、フロルの母親だった。彼女は改札から出て来たフロルとカリン、エリィを見ると元気そうに手を振った。
「久しぶり、母さん」
「お久しぶりです、アンナお母さま」
 フロルとカリンはアンナと抱き合って再会を祝した。フロルはしかし、アンナの体の小ささに内心で驚いていた。昔はあれほど豊かであった体格も、老境に差し掛かって衰えを見せていた。明らかにフロルの両親は、フロルより先に死ぬのだ。そのことが幸せとは思わない。だが、前世のように両親を残して子が死ぬよりはマシだったろう。
 優しく輝くような笑顔は変わっていなかった。

「あの人も家で待ってるわ」
 アンナは笑顔のあと、顔に憂いを混ぜてそう言った。フロルの父親、レイモン・リシャールが家から出てこないということは、いよいよイザベルも容態が悪いのだろう。
「アンナお母さま……イザベルは……」
「老衰らしいわ。苦しまずに、逝けるだろうって」
「それだけが、救いだな」
 フロルは駅前で全自動の|地上車《ランドカー》を呼び止めながら、呟いた。


「父さん、久しぶり」
「フロル、元気そうだな。お嬢ちゃんも、前よりふっくらしたな」
 レイモンはそう言って小さく笑ったが、力がない。彼も、家族の死が近いことを悲しんでいたのだ。イザベルは犬だったが、確かにリシャール家の一員だった。
 通された居間には、タオルケットに力なく横になったイザベルの姿があった。微かに蠕動するお腹が、彼女の生存を辛うじて語っていた。
 フロルは静かに膝をつき、イザベルの体を撫でた。隣にカリンもやってきて、じっとイザベルの顔を見ている。カリンの横にはエリィが歩いてきて、最初カリンの暗い顔を心配そうに見ていたが、自分の母親に近寄って来た死の匂いを嗅ぎ付けたように、鼻をイザベルに近づけた。
 その瞬間、ぴくりとも動かなかったイザベルの顔が動いた。微かに目を開ける。白く濁りかけた瞳が、フロル、カリン、そしてエリィを見極めたかどうかは彼らには知りうるべくもない。だが、確かに、小さく一声、吠えたのである。
 その様子をそこにいたすべての人間の一匹の犬が見つめていた。

「イザベル、穏やかにおやすみ」
 フロルは静かに、動かなくなった愛犬の目蓋を閉じた。午後5時34分、夕日に辺りが赤く染められた部屋の中で、イザベルは永遠の眠りについた。



 ひとしきり、カリンが泣いて、泣いて、泣き疲れて眠った頃、アンナはカリンを寝室に運んで行った。フロルは自分の母親の元を離れようとしないエリィを見ながら、父の書斎のドアをノックする。ややあって声がして、フロルは部屋に入った。
 レイモンが目を赤くして、ワインを飲んでいた。ボトルを見ると、相当の品物だったが、レイモンは何も言わず静かにそれを飲んでいる。
「父さん……」
「今でも思い出すよ。イザベルが家にやってきた日のことを。おまえは喜んでなぁ。一緒に寝るんだって言って、犬小屋で一緒に眠っていたんだ。覚えているか?」
「ああ、覚えているよ」
「それからもうこんなに時が経ったとはな。そりゃあそうか、おまえさんが軍人になって、准将になるくらいだもんな。俺もアンナも、年を取るさ……」
「まだ、生きててくれよ。孫の顔を見せるまでは」
「もうカリンちゃんで充分だよ」
 レイモンはそう言って再びワイングラスに口を付けたが、目をやったフロルの表情から、何かを読み取ったようだった。静かに、笑みを頬に浮かべる。
「そうか、おまえにもそういう相手ができたか」
「二つ年上の、同じ軍人の人だよ」
「それはめでたいな。イザベルも、喜んでいるだろう」
「母さんにはまだ言ってない。まずは、父さんにと思って」
 レイモンは静かに頷いたが、ふと、気になるように
「カリンはどうするんだ?」
「イヴリン……、俺のパートナーだが、彼女はカリンとも仲がいいよ。三人で一緒に暮らすことになると思う」
「そうか、それはよかった」
「今度、連れて来る」
「美人か?」
「母さんには負けるよ」
 フロルの答えに満足したように、レイモンは声もなく笑った。立ち上がって、自分よりも大きくなったフロルに歩み寄り、抱きしめる。その力は、フロルが戸惑うほど強い。
「幸せになれ、フロル」
「ああ」
「おまえはいつも、自分を犠牲にして周りを助けようとする子供だった。心優しいことは嬉しいが、親としては心配でしょうがなかったんだぞ」
 フロルはその言葉に反応したが、言葉に表すことはなかった。彼も、そのことには自覚的だったのだろう。ただ、父親を強く抱きしめただけである。
 離れたあと、レイモンはどこか愛嬌のある笑顔で、
「それで、あっちの方はどうなんだ?」
と聞いた。何が、と聞き返すほど、親の心がわからぬフロルではない。
「相性はバッチリだよ。激しすぎて、余計体力がついたくらいだ」
「それは良かったな!」
 男同士にしかわからない気持ちを共有しながら、二人は書斎を出た。キッチンから漂ってくる、アンナの料理の香りに誘われつつ。
 フロルは泣き疲れたカリンをどうしようか、と思っている。夕食までは、まだ時間がかかるだろう。それまで、彼女を見守ってやろうと、フロルはお姫様が眠る二階の寝室に、足を向けた。




















 
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