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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール

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卒業祝い


卒業祝い

 フロル・リシャールが卒業を迎える。
 
 フロルはヤンの一つ上、アッテンボローの三つ上の男である。そんな男の卒業は、ヤンやラップ、アッテンボローにとってはまるで非現実的なものにしかなりえなかった。
 それだけフロルという男が彼らの中で大きな存在だとも言えるし、それだけフロルがめんどくさい男だった、ということも言える。
 またヤン一派の中で一番の年長者たるアレックス・キャゼルヌなどに言わせれば「あいつはガキ大将だからな」ということであり、「自分の面倒は後輩に任せる奴なのさ」ということだった。かくいうキャゼルヌも、フロルとは酒呑み仲間であり、徹夜で酒を飲み喧嘩までしたことがあったものである。


 自由惑星同盟軍士官学校を卒業した者には、みな等しく少尉任官となる。つまり卒業したてでいきなり下級将校なわけだが、たいていの場合、現場ではひよっ子扱いである。事実、彼らは知識や理論においては現場の軍人のそれを上回ることが多くとも、戦争の経験不足は補うべくもなかった。


「まさか先輩が卒業するだなんて思いませんでしたよ」
 アッテンボローは卒業式後の打ち上げでこう言った。
「なんだ、おまえ、俺に留年して欲しかったのか?」
「そうすれば、フロル先輩はラップや私と同学年ですか」
 ヤンが軽くビールを傾けながら呟く。
「なんだ?」
「それはぞっとしませんね」
「よーし、ヤン、覚えておけよ。俺が先に任官するからには、将来おまえをこき使ってやるからな!」
 フロルはそう言うと一気にビールを飲む。

「俺にしてみれば」キャゼルヌは酒の摘みを一口含んだ。「おまえにはずっと士官学校にいて欲しかったもんだ。そうすれば現場に面倒がやってこなくて済む」
「酷い言われようだなぁ、キャゼルヌ先輩」
「そうは言っても、フロル先輩ならなんとかやってけますよ」
 ラップが笑いながら言う。
「ラップだけだよ! 俺の味方は!」
「男同士で肩を組んでも暑苦しいだけですぜ、先輩方」
「ふん、女なんざ!」

 フロルはそう言いながら、ジェシカ・エドワーズを思い浮かべた。あの美しいご令嬢はこのラップと結婚するのだ。だがラップはその直前に死んでしまった。もちろん、俺がいる限り、そんなことはさせない。絶対にラップの息子の面を見て、笑いながら祝ってやると決めているのだ。

「……そういえば先輩、ジェシカ嬢はどうなったんですか?」
 ヤンが尋ねる。
「ほぅ、フロルを気に入るような趣味の変わった女がいたのか?」
「そういうキャゼルヌ先輩だってまだ独身でしょう?」
「俺か? 俺はそのうち結婚するさ。料理が上手くて、亭主関白ができるような美人な女性とな」
 キャゼルヌは無駄に胸を威張る。
「どうだかね、先輩はきっと尻に敷かれますよ。それで子供に愚痴るような亭主になるんです」
「なんだ、妙にリアルなことを言うな、フロル」
「いえいえ、ただの予想ですよ」

 これから3年後に結婚することを、フロルは当然知っていた。確か上官の娘だったはず。あんな美人な嫁さんもらって二人も可愛い娘を授かる男なのだ、キャゼルヌは。全身全霊でキャゼルヌ夫人に加力しようというものだ。

「ジェシカなぁ。まぁ最近は何も言ってこないからな、たぶん興味もなくなったんだろう。どうせ、動物園の猿でも見るくらいの興味だったのさ」
「そうですかね? フロル先輩、結構モテるでしょうに」
「ラップ、こいつにお世辞はよせ。調子に乗る」
「キャゼルヌ先輩、こう見えても俺は自分の容姿に自信があるんですがね」

 フロルは人に言わせれば、見ようによってはハンサム、と言われる容貌である。10人の女性が見れば、2人くらいは興味を持つ、という程度という話だが。
 身長は184センチ。旧欧州人の血が入った両親から、それに見合った身長の息子が出来た計算で、体はいたって健常。軍隊格闘で一通り鍛えられた体は、引き締まった成年男子として遜色のないものである。もっとも、ヤンほどの怠け者でない限り、ある程度はこうなるだろう。事実、アッテンボローもラップも、体格としては既に軍人のそれだと言える。髪は薄い茶色。濃く入れすぎた紅茶の色、とはヤンの表現で、「つまりフロル先輩ももうちょっと薄まればいい具合」という意味である。

「おまえは10人が見たら2人が興味を持つ、程度だろう。俺なんかは10人の女性がいたら4人は声をかけるぞ」
「キャゼルヌ先輩の場合は、10人の女性士官でしょう。それに公平な判断をするには、襟の階級章を外していただきたいものですな」
「まぁまぁ、二人とも」
「そういや、ヤンとラップこそどうなんだ? ジェシカと仲いいんだろ?」
「ええ、まぁ、それなりに」
「……そうか、まぁよろしく言っといてやってくれ」


「誰に、よろしくですって?」
 一同はその声に驚いて振り向いた。ジェシカ・エドワーズの声だったのだから。
「やぁ、ジェシカ」
「あら、不良士官候補生……もとい不良少尉殿じゃないですか。ご卒業おめでとうございます」
「おう、ありがとな」
「ジェシカ、こんばんは」
「素敵なドレスだね、ジェシカ」
「ヤンもラップもありがとう。あなたがアッテンボローくんね、話は二人から聞いてるわ。すると、あなたが事務次長の——」
「アレックス・キャゼルヌだ。こんばんは、お嬢さん」
「初めまして、キャゼルヌ大尉。ジェシカ・エドワーズです」
「どうしてここがわかったんだい?」
 フロルが尋ねる。ここは三月兎亭の近くのバーだった。
「偶然よ、偶然」
 ヤンとラップはお互い目を見合った。そんな偶然があるものか、と。
「それで、俺の卒業を祝いに来てくれたのか、ジェシカ?」
「ええ、近くでコンサートがあっから、その帰りよ。それにしても、よく先輩も卒業できましたよね?」

 フロルは実技などは抜群に得意なのだが、座学は不真面目極まりないので、学年の総合順位では中くらいがいいところである。

「なんでみんなそう言うんだ? そんなことを言ったらヤンの方が危ないじゃないか」
「それはそうですが、私のことをいちいち引き合いに出すのはやめてくれませんかね、先輩?」
「だってこの中で一番、真面目に不真面目なのはおまえだろう」
 フロルは不満顔である。


 ジェシカ嬢はそのあと、この男だらけの集まりに同席した。椅子をどこからか持ってきて、ワインを飲みながら談笑中である。
「そういえば任官先はどこになった?」
「第四艦隊の分隊に配属されるようです」
「そうか、するとパストーレ准将かな。気をつけておけよ」
「まぁあの人はよくも悪くも政治家と仲がいいですからね」
 フロルは静かに頷く。パストーレ、そうだ、第4艦隊を率いてアスターテで戦死する無能者だ。確かトリューニヒトとも仲が良いはず。

「大丈夫ですよキャセルヌ先輩! フロル先輩はそんな簡単に死ぬような男じゃないですよ」
 アッテンボローがほろ酔いで言う。まだ飲み慣れていないのだろう。考えてみれば士官学校一年生だからまだ未成年である。
「こいつが殺しても死なないような男だというのには賛同するがね」

「おい、アッテンボロー。おまえ、最近出てきたトリューニヒトって政治家、どう思う?」
「え? トリューニヒト? ああ、あの薄っぺらい愛国主義者ですか?」
「おまえの親爺さん確か新聞記者だろ、なんか言ってなかったか?」
「親爺とは会っても喧嘩しかしないもんでね!」
「どうしたフロル、その政治家が気になるのか」

 キャゼルヌが目を光らせた。キャゼルヌはこう見えて後方任務の若きエリートなので、裏の情報にも詳しい。今後、人事のこともキャゼルヌに通せば色々と助けてもらえるだろう。

「俺が世界で一番嫌いな政治家ですよ」
「それはまた穏やかじゃないな。フロルがそこまで言うとは」
「私も好きじゃあないですね、ああいう巧言令色な政治家は」
 ヤンも助け舟を出す。ラップも頷いていた。
「でも、なんでそんなに嫌いなの?」ジェシカが問う。「まだそんな凄いことをやったわけでもないのに」
「……むしろ世間の受けはいいくらいだよな……」

 フロルは考える。これから自分はいったいどのように動けば良いのか。今後、恐らく帝国の動きは活発化し、同盟軍はなかなか勝てないだろう。そして政治家どもの権力が強くなる。同盟の社会構造は歪みを増大させるはずだ。国防族議員が軍部に大きな影響力を持つようになるだろう……。

 そして周りの友人はみなそのフロルの顔を見て言葉を飲んだ。いつもお気楽に笑っているあのフロルが、真剣な顔で何かを考えるなど、それこそ珍事というものだった。

「なぁ、みんな」
 フロルは顔を上げる。するとみながこちらを見てることに軽く驚きながら、言葉を重ねる。
「俺はこれから戦争に行く。行くからには綺麗事じゃ済まないこともあるだろう。だが、ヨブ・トリューニヒト、あいつだけは気をつけろ。決して気を抜くな。そして俺も、何があってもどうなっても、あいつの味方にはならん。それを、覚えておいてくれ」

 その一言で、卒業祝いの飲み会は、異様な空気に包まれながら、終わりを告げることになった。

























 
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