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星河の覇皇

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第八部第三章 異邦人その三


「やれやれ、忙しい」
 連合の交通路は数多くある。その中でも地球への航路はとりわけ交通が多い。だが最近は事情が少し異なっているのである。
「今までここはそんなに人の往来が激しくなかったけれどなあ」
 宇宙ステーションの駅員がそうぼやいていた。彼は宇宙船の入港及び出港の業務でもう目が回りそうだったのである。見れば痩せたひょろ長い若い男であった。白人であるが肌はやや黒い。
「折角暇な場所に来たと思ったのに。災難だなあ」
「何を言っとるんだ、君は」
 ここで壮年の男の声がした。
「忙しいのは駅員として冥利に尽きるだろうが」
「あ、駅長」
 若い駅員は彼に声をかけた。見れば壮年で白い頬髯の男がそこに立っていた。
「わしの若い頃はそれは凄かったのだぞ」
「それはもう何度も聞いていますよ」
 彼はうんざりした顔でそう答えた。
「けれど私は忙しいのが苦手なんですよ」
「軟弱なことを言うなあ」
 駅長はその言葉に呆れてしまった。
「忙しいとそれだけ働いたという意識があるだろう」
「給料は一緒ですよ」
「やれやれ」
 駅長は駅員のそんな言葉を聞いて溜息をついた。
「どうやら君は根本から鍛えなおさんといかんな」
「別にそうしてもらわなくて結構ですけれど」
「どやらそうしても無駄なようだな」
「はあ」
 もう完全に呆れてしまっていた。
「まあいい。それで今日の船は何処に向かっているのが多いかね」
「ガンタース星系ですね」
「ほう」
 駅長はそれを聞いて声をあげた。
「ガンタースにか」
「はい。これがそのデータです」
 駅員はここでその日入港した船の出港先を書いたデータを差し出した。
「その殆どがガンタースに向かっております」
「本当だな」
 どうやらこの若い駅員は怠け者ではあるが仕事はそれなりにできるようである。最もやる気は微塵も見られないが。
「そして貨物船ばかりでしたね。客船はありませんでした」
「そうだろうな」
 ガンタースが要塞群であることは連合にいる者ならば誰でも知っていた。
「戦艦等はなかったか」
「そうした艦はありませんね。もっとも別の航路はわかりませんが」
「ふむ」
 そちらは彼等の勤めている会社とはまた違った会社の航路である。だから彼等もすぐには知ることは出来ないのである。
「乗り入れはあったか」
「ありました。かなり多いです」
「それも全てガンタース行きなんだな」
「はい」
「そうか。どうやらかなりの物資が集められているようだな」
「そのようですね。けれど我々にはそんなことは関係ありませんよ」
「それはそうだ」
 彼等はあくまで駅員である。民間企業である。軍事関係だとしてもそれに首を突っ込む理由はない。少なくとも彼等の様な一宇宙港の駅員達の仕事ではない。
「わし等は船の出入港を満足にしておればよいからな」
「そういうことです」
 若い駅員の言葉は妙に説得力があった。
「自分の仕事をしていればいいんですよ。俺はそう思いますよ」
「じゃあ真面目にやれ。いいな」
「はいはい」
「はいは一回だ」
「はい」
「・・・・・・本当に不真面目な奴だな、君は」
 二人はそんなやりとりをしていた。とりあえず彼等の仕事は気楽なものであった。だが中にはそうそう気楽ではない者もいるのである。
「やれやれといったところだな」
 連合軍後方支持部長コアトル元帥は連日自分の下に送られてくる書類の山にいささか辟易していた。
「書類だけでもこれだけあるのか」
「残念ながら」
 背広を着た男がそれに応える。
「これからまだまだ増えますよ」
「勘弁してくれ」
 思わずそう言った。
「このままだと執務室が書類で埋まってしまうぞ」
「既にガンターズは物資で埋まっていますが」
「それでもまだまだこれからだそうだな」
「はい」
 背広の男は答えた。
「まだ艦隊の集結も為されておりませんし。話はこれからです」
「それに宣戦布告もまだだ」
「はい」
「それでこれか。実際に戦争になったら後が思いやられるな」
「それはそうですが」
「二千個艦隊の物資となるとまさに天文学的数字だな。その書類にサインするだけでも大変だ」
「企業ではそのおかげで潤っているところもありますけれどね」
「これだけの物資が調達されて動くのだ。それも当然だろう」
「保険業界が軍人に色々とアプローチをかけているそうですよ」
「何という奴等だ」
 これにはコアトルも呆れた。
「死ぬのを楽しみに待っているようだな」
「彼等にしてみればそれが仕事ですから。一概に悪いとは言えませんよ」
「それはわかっているつもりだ。そんなことを言ったら葬儀屋は全員極悪人だ」
「その葬儀屋も色々楽しみにしているそうですよ」
「我々が死ぬのがそんなに嬉しいのか」
「ですからそれが仕事なのです」
「そうだったな」
 コアトルは顔を苦くさせた。
「そのかわり彼等の無事を祈る者もいますよ」
「家族か」
「あと医者です」
「・・・・・・そうだろうな」
 彼等にとっては仕事が増えるからである。患者も多過ぎてはたまったものではない。
「あと宗教家。将兵のところに来てその心の平穏を導いているそうです」
「それはいいことだな」
「占い師も繁盛していますね。そうした関係のグッズが売れているとか」
「それは面白いな。だが国の財政は大変だ」
「国防費はもう火の車ですからね」
「ああ」
 国防省の財政も無限ではないのだ。予算の配分は厳しく決められているのだ。
「あれだけではとても足りないだろうな」
「それで長官も頭を悩ませておられるようです」
「当然だな。戦争は資金がなくては何もできない」
「はい。それは経営でも同じですが」
「全くだ。変なところだけ一緒だ」
 コアトルはそう言って溜息をついた。
「それで次官はかなり動いておられるようだな」
「そのようですね」
 彼等はここで国防次官について言及した。
「予算の獲得に必死になっておられるそうですね。最近あちこちを飛んでおられるようです」
「次官も次官で大変なのだろうな。それでどうなると思う」
「予算ですか」
「そうだ。獲得できないとなればえらいことだぞ」
「私からは何とも言えません」
 そう答えるしかなかった。
「そうか」
 それはコアトルもわかっていることであった。
「次官に期待するしかないか」
「はい」
 八条はこうした予算の獲得といった仕事は得意ではなかった。温厚で淡白な性格故か粘りに欠けるのだ。しかも育ちの良さ故か金といったものに対する執着もない。これは彼の基盤と実家がしっかりしており、選挙においても資金には困っていないからでもあった。普通連合の政治家といえば選挙資金の確保やスタッフへの給料等に常に頭を悩ませなければならない程なのである。利益を代弁している企業や市民団体、組合等から援助を受けたり支持者からの援助や自分の副業で得た金やそうしたものを使って何とかやりくりしている場合が多い。政治には何かと金がかかるものなのはやはり民主政治においては宿唖と言うべきものであるが連合においてはそれが顕著であった。だが八条はそれについては考慮する必要がないという極めて恵まれた立場にいたのだ。
 
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