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星河の覇皇

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第一部第五章 電撃作戦その一


電撃作戦
 アッディーン率いる艦隊は指令通りカジュール公国に向けて進軍していた。
 カジュール公国は西方で最も小さい国だる。領土も人口も少なくミドハドの属国のような存在であった。
 この国が今まで生き長らえてきたのはその地形によるところが大きい。あまりに複雑な地形の為他の国々が手出し出来なかったのである。大艦隊を動員して敗れた国も多い。
「そこで発想の転換だ。出来る限り少数の兵で奇襲をかけるというわけだ」
 アッディーンは艦橋でガルシャースプと共にいた。
「隠密に行動し一気に首都を衝く。そして瞬く間に敵艦隊を叩くのだ」
 彼等は敵艦隊の配置を既に知っていた。敵はオムダーマンとの国境に兵を重点的に配置していた。
 それに対し彼等は陽動に出た。アジュラーンが艦隊をその国境沿いに偏って移動させたのだ。
カジュールはそれに乗ってしまった。彼等は新設されたアッディーンの艦隊の存在を知らずアジュラーンの艦隊に対して兵の殆どを動かしたのだ。当然そこに隙が生じた。
「アジュラーン閣下のフォローが有り難いですね。これで作戦がやり易くなりました」
「ああ。だがそれでも危険はまだあるぞ」
 迂闊に行動して存在が知られれば全てが水の泡である。
「一気に国境を抜ける。そしてあとはわき目もふらず首都を衝く。いいな」
「はい、行きましょう」
 こうして彼等は作戦を発動した。道案内はこの星系出身であったかつての海賊がつとめた。彼は軍にもいたことがありカジュールのことには詳しかった。
 まずは国境を突破した。僅かな兵しか配置されておらず彼等は国境を何なく抜けた。
 そしてそのまま休むことなく首都を目指した。最短距離を突っ切った。
「行け、敵に追いつかれるな!」
 首都までには二つの軍事基地がある。まずは交通の要衝サダム星系にあるサダム要塞である。
 この基地は強力なビーム砲で装備していることで知られている。周りはアステロイド帯や磁気嵐が渦巻いている。避けては通れない。
 まず彼等は出撃してきた敵の艦隊を一蹴した。アッディーンは彼等の姿を認めると一気に接近しそのまま突撃を加えて蹴散らしたのだ。
 それを受けて算を乱して逃走する敵艦隊。彼等は要塞に向けて逃げた。
「追え、そのまま進め!」
 アッディーンはそれを見て指示を下した。オムダーマン軍はそれに従い敵艦隊を追う。
「来たな」
 要塞の防衛司令官はそれを見て言った。彼等が今ビーム砲の射程には入ったことを確認した。
「よし、撃て!」
 彼は命令を出した。だが撃てなかった。
「何故だっ!」
 彼の問いに対して参謀が答えた。
「駄目です、ビームの射程内に味方がおります!」
「何っ!」
 彼は慌ててモニターで確認した。その通りであった。
 これがアッディーンの狙いであった。敵の艦隊に紛れ込むことで敵にビーム砲を撃たせなかったのだ。
 敵が手をこまねいている間にもアッディーン達は突き進んだ。そして要塞に貼り付いた。
「よし、陸戦隊突入せよ!」
 その言葉に従い厚い装甲に身を包んだ兵士達が要塞内に切り込む。そしてその中を瞬く間に占拠していった。
 ビーム砲にその防御の殆どを頼んでいたうえに不意を衝かれた彼等はオムダーマン軍陸戦隊の敵ではなかった。彼等は戦うよりも降伏する方を優先させた。こうしてサダム要塞は陥落した。
 彼等はそのまま進んだ。そして今度は首都の前にあるリクード要塞の前に来た。
 この要塞は長大な壁を持つことで知られている。その壁で首都を守っているのだ。
 後方には敵艦隊が迫っている。領内を急襲された彼等は国境に最低限の兵を置いたうえで慌てて急行してきたのだ。
「閣下の軍への備えを最低限にしてか。また思い切ったことをするな」
 アッディーンは敵艦隊があと三日の距離まで達したという報告を聞いて思わずその言葉を口にした。
「その危険を冒してでも戻って来なくてはまずいでしょう。何せ首都が危ないのですから」
 ガルシャースプはアッディーンに答えるように言った。
「ほう、あの要塞があるのにか?」
 アッディーンの顔は目の前にある長大な壁の防衛線に向けられていた。
「そういう問題ではないでしょう。今我々がここにいることが問題なのです」
「どのみち一緒だがな」
 アッディーンはそう言って笑った。
「今から俺達は首都に突入するのだからな」 
 そう言うと全艦に突撃を命令した。
 彼等は突撃を開始した。といっても正面に突撃したのではない。
 まずは大きく迂回した。そして壁の一番下の端の部分に向かった。
「全艦一斉射撃!」
 アッディーンの命令が下される。彼等はそれに従い壁に向けて総攻撃を開始した。
 五千隻もの艦艇が一斉に攻撃を開始したのである。それも一点に。彼は敵の防御の最も弱い点を見抜きそこに総攻撃を仕掛けたのだ。
 壁は崩れた。アッディーンはそれを見逃さなかった。
「よし、入るぞ!」
 敵が守りを固めようとするのより早く動いた。そして要塞の中に侵入した。これで決まりであった。
 これでリクード要塞も陥落した。アッディーンはそのまま首都へ突入した。
 敵の姿を見たカジュール政府は肝を潰した。そして国民と彼等の身の安全の保障を条件に降伏を申し出てきた。
 アッディーンはこれを快諾した。こうしてカジュール公国は僅か二十日でオムダーマンの前に滅びた。
 この戦いの最大の功労者は当然アッディーンであった。彼は中将に任ぜられると共にこれまで彼が持っていた艦隊と旧カジュールの軍を新たに加えたカジュール駐留艦隊の司令官となった。
「これで遂に正式な艦隊の司令官になったな」
 アジュラーンはモニター電話でアッディーンに対して祝辞を送った。
「はい。ですがミドハドとの戦いがまだ控えていますからね。喜んでいる暇はありません」
 ミドハド政府はこの度の侵攻に対し激しい怒りを露わにしていた。そして再び軍を動員しようとしていたのである。
「その件だがまた君に働いてもらうことになりそうだ」
「こちらに攻めて来るのですか?」
「すこし違うな。今度は我が軍が攻めるのだ。悠長なことを言っていられる状況ではなくなってきたようなのだ」
「といいますと?」
 アッディーンは問うた。
「うむ。今回の勝利で危惧を覚えたミドハドは水面下でサラーフと接触しているようなのだ」
「ほう、犬猿の仲の二国が」
 両国の対立関係は昔からでありそれはオムダーマンとサラーフの関係よりも根が深かった。
「そうなのだ。我等の勢力伸張と敗戦の恨みを晴らす為にお互い手を組もうとしているらしい。そして我々を叩くつもりのようだ」
「よくある話であすね」
「そう言ってしまえばそれまでだがな。だが我が軍もそれに対して手をこまねいているわけにはいかない」
「そこでミドハドを徹底的に叩くと」
「そういうことだ。先んずれば人を制す、というしな」
 これは古代中国の覇王項羽が言った言葉である。
「今回の作戦においてミドハドを完全に潰す。そして後顧の憂いを完全に絶つということで決まった」
「その為の兵は既に決まっているのですか?」
「まずは君の艦隊だ。そしてカッサラ方面から六個艦隊を向ける」
「といいますと閣下も?」
「私は今回の作戦には直接参加はしない。カッサラ星系の防衛が任務だ。サラーフの動きが気になるしな」
「成程」
 当然といえば当然であった。
「今回君はカジュール方面からの侵攻を担当する。言わばカッサラからの主力とは別の陽動部隊だ」
「ですがかといって油断は出来ませんね。おそらく連中も必死ですから」
「そうだ、我が軍は今九個艦隊を持っている。そのうちの大部分を使う。それでも苦戦は必至かもな」
 対するミドハドは十個艦隊である。先日アジュラーンとアッディーンに敗北した二個艦隊はようやく再建されたばかりである。
「閣下の艦隊をカッサラ防衛に置き一個は予備ですか」
「そうだ。この戦いは戦力の劣勢を承知で行なうものだ。そして作戦成功は君の手にかかっている」
「私にですか?」 
 アッディーンは思わず問うた。
「そうだ。まず君はカジュール方面から進出し迎撃してくる敵軍を撃破した後敵主力の後方に回ってくれ。そしてカッサラから侵攻する我が軍の主力の援護を頼む」
「こちらに向けられる敵の戦力はどれだけですか?」
「一個艦隊程だと思われる。今カジュール方面に向かっている敵艦隊があるらしい」
「そうですか。ではカッサラから攻める我が軍にはかなりの戦力を向けてくるでしょうね」
「おそらく七個か八個だろう。一個は首都防衛だからな」
「向こうには地の利もあります。これはかなりリスクの高い戦いですね」
「そうだ、しかし今やらねば我々にとってより危険な状況になる。それだけは避けなければならん」
「そうですね。では素早く作戦を進めるとしましょう」
「うむ、頼むぞ」
 こうして二人は電話を切った。それから暫くしてオムダーマンは軍を動かした。そしてカッサラ星系から六個艦隊、カジュールからアッディーン率いる艦隊をミドハド領内へ侵攻させた。こうしてオムダーマンとミドハドの決戦の幕が開いた。

 先日行なわれた米中露の選挙においては連合軍への参加が争点であった。結果は参加賛成派が勝利を収め三国の軍は連合軍に参加することが決定した。
 そして態度を決めかねていた他の国々もそれに賛成した。こうして連合の全ての国の軍隊は連合軍に編入されることとなったのである。
「これで中央政府は絶対的な力を手に入れたな」
 白亜の宮殿の奥深くにある執務室から声が聞こえてきた。
「そうですね、おそらくこれまでとは比較にならない程の発言力を持つことになるでしょう」
 豪奢な机の前に立つ若い男が目の前に座る人物に対して話していた。
「我が国の連合内での発言力の低下は避けられないかと」
「それは承知のうえだ。しかし連合軍に参加しなくては我々は孤立してしまうからな」
 若い男に向かい合って座るその男は低い声で言った。
 金髪碧眼の黒人である。背は座っていてもわかる程の長身である。肌は褐色だがその顔立ちは白人のものに近い。鼻が高く唇は薄い。彼の名をヘンリー=マックリーフという。先の選挙でアメリカ合衆国の大統領に選ばれた人物である。
 農業の盛んなことで知られる星系の中流家庭に生まれた。幼い頃から頭がよく大学では法律を学んだ。そして弁護士となり辣腕を振るった。それを当時の改革派政党の党首に見出され政治家となった。彼の下で副大統領を務めた後大統領選に出馬したがこの時は敗れた。しかし今回の選挙で勝利を収め大統領となった。行動力に溢れた人物として知られている。
「それに我々は軍を失ったわけではないぞ」
「国軍ですか」
「そうだ」
 マックリーフは答えた。
 国軍というのは中央軍とは別にそれぞれの国が持つことを認められた軍隊である。地球にあった頃のアメリカの州軍のような存在であり小規模ながらそれぞれの国の治安を守ることを目的として保有が認められている軍である。当然中央軍に比べて規模も装備も微々たるものでありいわば予備戦力である。
「ですがそんな大した存在ではないですね。ないよりましという程度で」
「確かにな。だがないよりはましだ」
 マックリーフは無機質な調子で言った。
「しかし君は重要なことを見落としているな」
「といいますと!?」
 若い男はその言葉に目をパチクリさせた。
「何も影響力は軍事力だけではないぞ。それを忘れてもらっては困る」
「はあ」
「軍事力だけでどうこうするのなぞ一千年以上前に終わっている。それは我々が最もよくわかっている筈だがな」
 彼の言葉は正論であった。今の時代は衝突があった場合軍事力ではなく貿易や経済で手を打つことのほうが遥かに多いのだ。無論サハラのような地域もあるが連合内ではそれが主流であった。その調整の為に中央政府があり国同士の武力衝突は長い間絶えていたのである。
「それに議会がある」
 中央議会には政党というものは存在しなかった。それぞれの国から選出された議員が祖国の権利を声高に主張する場となっていた。
「我々は何といっても中国と並ぶ最大議席を保有している。この意味は大きいぞ」
「確かにそうですが」
 彼は口ごもった。
「まあ見ているのだ。軍事力など使わなくとも我々の力は保持出来る。私のやり方を見ているがいい」
 彼はそう言うと自信に満ちた声で笑った。そして執務室を出て隣国の外相との会談に赴いた。 
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